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10  霧を止める者の騎士 2

 セリオンはキョウの前で立ち止まった。

 バスターソードよりも、一回りも大きな大剣を振り回すわりには細身で、身長も百七十センチほどだろう。

 腕はキョウより太いが、ずば抜けて太い訳でもない。標準より少し太いくらいだ。しかし、その体でここまでの大剣を振り回すなら、筋肉でなく技術で振り回しているのだろうか。そうとすれば、恐ろしいほどの剣技だ。

 後ろにはイップ王女が、数人の騎士とマグナに囲まれ、守られながらやってくる。

 キョウはその光景を見つめたまま動けなかった。

 二百名の兵士に囲まれるよりも、命の覚悟を(せま)られている。

 その者が目の前にいるだけなのに、喉が乾く。

 セリオンはキョウに頷いた。

 キョウは、ただ(にら)んだまま動けない。

 兵士達はその光景を見守り続けた。

「イップ王女から話は聞いた。しかし、お前とは剣を()わしたくない。退()いてくれ」

 キョウは何度も(つば)を飲み込み、やっとのことで声が出せた。

 みっとも無いことに、キョウの声は(ふる)えている。

「こっ、断る! 今、俺の姫が空間輸送システムを止めている。悪いが、誰であろうとここを通す訳には行かない!」

 キョウの腰の引けた声に、兵士達は誰一人として笑わなかった。

 鎧ごと人間を飛ばす者だ。それと対峙すれば、そう成るのが正常な反応だ。それでも道を(ゆず)らない分、若い騎士はまだ度胸がある。

 セリオンはキョウの言葉を聞き、微かに唇を上げた。

 本来、セリオンが望んだ通りに事が進んでいる。イップ王女には悪いが、このままの方がセリオンにとっては有難い。しかし、イップ王女は護衛の騎士の間から抜けると、キョウの前にやって来た。

「キョウ、リオは中に入ったのか? 何と無謀(むぼう)な!」

 責めるようにイップ王女はキョウを睨んだ。

「直ぐにリオを呼び戻せ! 霧も少ない今なら間に合う。あれを壊すのはセリオンしか無理だ。リオには………」

 そこで要約(ようやく)、イップ王女は何かに気付いた。

 イップ王女は不審(ふしん)に片目を目を細める。

「………何故、キョウはここにいる?」

 今までと声のトーンが違う。

 イップ王女は自分達と同じく、リオはキョウにシステムを壊してもらうと考えていたのだろう。

「俺は行かない、することが有る」

 キョウの台詞で、イップ王女は、やっとリオの言っていた意味を理解したようだった。

「壊さなくとも、本当に止まるのか?」

 震えながら問い掛けるイップ王女に、キョウは頷くことで返事を返した。そこで、イップ王女とセリオンの表情が変わった。

 (きび)しく、(にら)むような表情。

 法国の兵士は、数人が霧に乗っ取られ、それを倒すために辺りは騒がしく成り始める。マグナと護衛の騎士は、そちらに意識を取られている。

 イップ王女の護衛の騎士達は、霧に乗っ取られた者を近づかせないため一歩前に出た。マグナは魔法の矢を出し、狙いを定める。しかし、マグナの魔法は、霧に乗っ取られた者だけを上手く狙えないので、マグナも前に出た。

 周りが騒がしくなる中、三人だけは霧を無視して、そのまま会話を続ける。

「お前、これの事を、空間輸送システムと呼んだな?」

「あぁ、それが正式な名前だ」

「正式だと? なぜ知っている?」

 (するど)さを増したセリオンの問い掛けに、キョウは答えず、ただ、睨むだけであった。

 どう答えていいか解らないし、どこまで話していいかも解らない。

 そこで、イップ王女はキョウの後ろの、穴の中から制御盤に繋がる、何本ものケーブルに目を向けた。

 イップ王女はこれが制御盤とは知らないし、制御盤の中に何が入っているかも知らない。しかし、キョウ達はそれを利用しているのを見て、やっと理解した。

 リオとキョウのほかに、もう一人の女性が居たはずだ。

「あの時いた女性は、そうなのか?」

 震えながら問い掛けるイップ王女に、キョウは再び頷いた。

「そうだ。ユキナは向こうの人間だ。しかし、リオはユキナと会う前から、空間輸送システムを理解していた。だから、これはリオのアイディアだ、リオは霧を止められる!」

 確かにユキナにより、リオは空間輸送システムの全てを把握(はあく)した。しかし、リオが居なくては止まらなかったことを、どうしても伝えておきたかった。

 イップ王女は理由が解っていても、なぜ自分に伝えてくれなかったのかと、心のなかでキョウやリオを責めた。

「だからイップ姫、リオに任せてくれ!」

 キョウの台詞にイップ王女は眉間(みけん)にシワを寄せた。

「いや、それだけは(ゆず)れない。キョウ、その方法を教えよ。リオに代わり(わらわ)(おこな)う!」

「無理だ!」

「何故だ!」

「イップ姫――――貴女がもし、二万七千の言葉を知らないとして、それを直ぐに覚えられるか? 今、リオがやっているのは、それ以上の内容だ。いいか、リオは二万七千の言葉の意味も理解しているんだぞ」

 その言葉に、イップ王女の顔が(おどろ)きゆがむ。

 確かに、二万七千の言葉をすぐに覚えるのは無理だ。しかも、二万七千の言葉に意味があったとは知らなかった。

 リオがそこまでの者とは思っていなかった。対峙したときは、度胸(どきょう)の有る、しっかりとした子供と思っていたが、しょせんは子供という考えが大きかった。

 リオは自分の記憶があるから、この装置の事を詳しいと思っていたが、自分より詳しくは知らないと思い込んでいた。なのに、キョウの話す内容は、逆にイップ王女が知らない内容ばかりだ。

 ここに来て、立場が全く逆に成ってしまった。

 キョウがあのときに言った、「リオにそう言った誰もが無理なんだ」の台詞、それはこう言う意味だったのだ。

「イップ姫、後悔(こうかい)してももう遅い。リオに記憶を植え付けたのは貴女だ。リオを(あなど)るな!」

 確かに、セリオンに壊してもらうより、向こう側の人間のユキナが付いているなら、子供のリオがどこまで出来るか解らないが、その方法で止める方が確かだろう。

 このまま、何も出来ず、任すしかないのか。

「………そうか、壊さなくても止まるのか」

 どこか寂しそうに、イップ王女は呟いた。

 その表情に、キョウの胸が痛む。イップ王女の気持ちが痛いほどわかる。

 国民の発展を望み、人々を助けようと奮闘(ふんとう)した、今まで生きてきた全てが無駄で、イップ王女には何も出来ない。

 彼女は見ている事しか無いのだ。

 しかし、キョウには掛ける言葉が見つからない。それはセリオンの役目だから。だが、セリオンは何も言わなかった。

 セリオンもキョウの気持ちと同じだが、心の片隅(かたすみ)ではキョウ達に感謝していた。

 イップ王女の気持ちは解るが、それでも、行かせたくはない気持ちの方が大きい。

 自分が付いていようが、向こう側の世界に対しての不安もあったし、壊す過程(かてい)で、霧によって命を落とす可能性が大きいかったからだ。それほど穴の中の霧は多い。

 だから、これはセリオンの(つたな)い作戦が成功した結果なのだ。

 マグナもキョウの相手をしていないのには訳がある。

 マグナは霧に乗っ取られた者を相手しながら、セリオンやイップ王女の同行を探っていた。

 セリオンやイップ王女の気持ちは解るが、それでも悪いが、キョウ達が失敗すれば、マグナの魔法で地下の施設を破壊するつもりだった。

 そだけの大きな魔法に、彼の()れた身体は持たないとおもうが、彼自身の死に場所はそこだと決めていた。 この二人に恨まれるだろうが、年寄より若者を先に行かせるわけにはいかない。

 セリオンとマグナは、イップ王女をこの世界に留まらす為に、王女を(あざむ)いている。

 しかし、イップ王女はいまだに食い下がる。

「キョウ、それなら頼む。(わらわ)には無理でも手伝わせてくれ、このままでは、リオは一人で行って………」

 イップ王女はそこで言葉を切り、不思議そうにキョウを眺める。

 キョウは、イップ王女に記憶の話を聞いた時に、空間を閉じればリオが戻って来られないと解って、他人から見ても解るほど動揺(どうよう)していたのだ。それなのに、リオとイップ王女が話していた時や、現在リオが空間を閉じていると言うのに、余りにも普通過ぎる。

 キョウはまだ隠している。何が有るのだな、帰れる方法が。

 イップ王女は少しだけ目を細めた。

「キョウ、先ほどお主が口にした、する事とはなんだ?」

 その台詞で、今度はキョウが顔をしかめた。思わぬところで失言した、イップ王女には隠し通さなくてはいけなかった。

 キョウは、リオをこちらに帰すことばかりに頭が行き、思わず口にしてしまったのだ。

「帰るための準備か? それなら、その方法は一つしかないな。キョウ――――もう一度開けるのか?」

 キョウは答えない。いや、答えられないでいた。ただ、二人を睨んだまま佇んでいた。しかし、それが答えだと解ったのだろう。場の空気が一気に変わる。

 今まで二人は、こちらに気を使い、友好的(こうゆうてき)であったのだが、もう変わっていた。

 イップ王女の敵を見る眼。

 セリオンの膨れ上がった殺気。

 キョウはここまで反応するとは思っていなかった。やはり、リオの判断(はんだん)は正しかったのだ。そして、イップ王女の判断も早くて正確だった。

「セリオン、あれを壊せ!」

 イップ王女は制御盤を指差す。

「はっ!」

 しかし、セリオンが動くよりも、キョウの行動は早かった。

 剣先をセリオンに向けた。

 今までの、セリオンに対しての恐怖は薄れていく。

 制御盤を壊されれば、リオはこちらの世界に帰ってこられない。それだけは()けなければならない。

 そして何より、リオの邪魔をするものは、誰であろうと許さない。

「動くな!! 制御盤は何があっても壊させない! イップ姫の気持ちは痛いほど解るが、それでも、リオの邪魔をするものは許さない!!」

退()け! お前ごと切り()せるぞ!」

 セリオンも殺気を放つ。

 セリオンやイップ王女に対して、開けると言う行動は、何を置いても阻止(そし)すべき内容なのだ。

 目の前で見てきた人々の惨事(さんじ)

 手を差し伸べても助からない人々。

 イップ王女にしては、国民の為を想っての行動が、国民の死に(あたい)した後悔(こうかい)

 セリオンにしては、人々を(みずか)らの剣で救えなかった事実。

 何を置いても止めるべき行動。

 二人は、空間輸送システムの内容が解らないので、なおさらだろう。

 しかし、キョウにしてもリオを守る為の唯一の方法。

 お(たが)いに(ゆず)れない想い。

「キョウ、お主にもその記憶は()るだろう。(それ)でも(なお)、開けると成れば話は別だ。そこを退()かなくては、お主に未来はないぞ!」

 イップ王女の台詞に、キョウは心の中で謝った。

 植え付けられた記憶だが、その生き様や容姿(ようし)に、ずっと(あこが)れていた女性。

 セリオンと同じく、鳶色(とびいろ)の瞳に恋い()がれていた。

 しかし、今は違う。

 この二人からすれば(わず)かに思うかも知れないが、それでも、ほんの(わず)かでも、キョウは見ていたのだ。

 この旅の間に作ったのだろうか。

 いつの間に傷を()ったのか解らない、細かい傷跡(きずあと)が一杯ある小さな手で、多くの悲しみを必死に受け止めようとして、短い指を大きく開けた、青い瞳の小さな者。

 キョウは一番近くで見ていた。

 その彼女を誰よりも守りたかった。

 キョウは真っ直ぐにイップ王女を見つめた。

「イップ姫、リオのする事を理解できない貴女(あなた)に、未来を(かた)る資格はない!」

 イップ王女はキョウを(にら)む。

 キョウはその(にく)しみを真正面(ましょうめん)から受け止めた。

「お前にとっては、ただの記憶か。しかし、あの惨劇(さんげき)は目の前に有った現実だ。それでも開けると言うなら、覚悟(かくご)を決めろ!」

 セリオンの台詞にキョウは頷いた。

「俺にはなセリオン、あんたの記憶がある。――――俺の想いはあんたと同じだ!」

「どこが同じだ! 俺と同じなら、あれを閉めれば二度と開けられない!」

「セリオン、それでもだ! ()くなった者には悪いが、それでも俺は()が姫の為に開ける!」

 キョウは開けると言い切った。

 不思議な感覚だ。閉めに来たのに開けるとは。

 王国ファスマの前王、ナイル・ファディスマは技術の発展により、大戦を回避(かいひ)しようとした。

 (うば)うより作る事で、人々の目を反らせようとしたのだ。だから、空間輸送システムを開けるために建設した。

 そして、イップ王女は、(ゆた)かな国を目指すため、技術を上げ、他国の追撃(ついげき)を許さない程の技術を手に入れようとした。だから、空間輸送システムを開けようとした。

 どちらも自分の為にではない、他人のためにだ。それは素晴らしい考えの元に、空間輸送システムを利用しようとした。

 しかし、キョウは自分の為だけに開ける。

 (はな)れたくない。

 その想いの為に。

 それは(おろ)かな行動だと、自分でも解っている。

「だけど、それでもあんたの姫より、俺の姫の方が未来を見ている。閉めて終るのでない。リオはこれを終わりとして見ていない。リオの物語はここから始まるんだ!」

 二人は(たが)いに(にら)み合った。

 セリオンはバスターソードより、一回り大きい剣を、右手に構えたまま、キョウに剣先を向けた。

「解った。なら、もう何も(かた)らん。お前はお前の為に足掻(あが)け。俺は俺の信念(しんねん)(つらぬ)き通す! 空間を閉じるのはくれてやる、しかし、開けさせはしない!」

 キョウは、バスターソードに(みた)たない、大振りの剣をいつものように担ぎ、左手を前に出す。

「俺はな、セリオン、あんたの様に逃げたくない。自分の守る者を守る騎士で在りたい。それだけだ! 制御盤を(こわ)してみろ、俺はその(すき)にイップ姫の首を(ねら)うぞ!」

 キョウとセリオン、互いに守るものの為、二人の戦いが始まった。



 剣の横には、(たが)いに同じアルドネル・エマのブランド名。(たが)いに片刃(かたば)で、大振りの大剣。

 まるで何かに(みちび)かれたように同じ形の剣。

 ただ、違うのはその剣の大きさのみ。

 キョウのロングソードより一回り大きい、ハーフバスターソードに(くら)べて、セリオンのバスターソードは、それよりも二回りも大きい。しかし、それこそが絶望的な問題だった。

 セリオンは先ほど兵士を、刃の付いていない(みね)で飛ばしていたのだ。それが刃の有る方なら、あの大剣だ。鎧を着ていようが、関係なくそれごと切り裂かれる。

 しかも、キョウのハーフバスターソードでは、軽い一撃なら、正式な騎士の鎧は切り裂けない。鎧の隙間(すきま)を狙うか、必殺の一撃を狙うしか傷を与えられない。

 そして、一番の問題は剣技。

 キョウの剣技はセリオンの型を真似(まね)をしている。

 本来はバスターソードで行う剣技。キョウのハーフバスターソードでは軽く、本家にどこまで通じるかわからない。

 この時点で、どこを取っても、キョウが有利(ゆうり)な点が見えてこない。キョウが勝てないと思った点はそこである。

 しかし、だからと言って(ゆず)れない。この戦いにはリオの生還(せいかん)がかかっている。

 だからキョウは、剣を担いだまま、片手で器用(きよう)胸当(むねあ)てを取り外した。それから剣を腰につける為の、金具の着いたベルトも外す。

 イップ王女は不思議に思い、眉毛(まゆげ)を下げていたが、セリオンにはキョウの(たくら)みが解った。

 鎧を着ていても、セリオンには関係なく斬り裂かれるだろう。それならば、鎧を着ていようが、いまいが関係ない。

 だからせめて、身体を軽くして機動力(きどうりょく)()かせたのだ。

 少しでも勝利に近づくために。

 これでキョウがセリオンに(まさ)っているのは、(はや)さがある。

 小さいことだが、今は自分の(はや)さを信じるしかない。

 全くもって不利(ふり)な戦い。セリオンの一撃が当たれば、終わりなのは目に見えている。そして、キョウの速さを生かした攻撃も、軽い攻撃なら鎧にはばかれるだろう。

 セリオンは片手で、重いバスターソードをキョウに向けた。

 肩に剣を担ぐ、いつもの構えではない。

 いくら速さを得ても、キョウ相手に本気になれないのだろうか?

「王国ファスマ、イップ・ファディスマ王女の騎士、セリオン・ランディバー!」

 記憶の中で、幾度(いくど)となく自分が(かた)った台詞だ。

 相手から聞くとは夢にでも思わなかった。

 しかし、今のキョウも(ほこ)れる名がある。

 リオ、絶対守るからな。

 キョウは心の中で(つぶや)いた。

 キョウは、それほどの敵を前にして、危険なことに一度目を閉じ、そして見開いた。

 その瞳には力がある。

「所属国は無い、霧を止めるリオ・ステンバーグ姫の騎士、キョウ・ニグスベール!」

 キョウは、セリオンの得意(とくい)な担ぎ構えのまま()けだした。

 鎧で身を(かた)めた者と、鎧を着けない軽い者。

 初速(しょそく)(まさる)はずだ。

 セリオンはその場から動いていない。

 キョウは得意にしている、袈裟斬りからの()り上げで、相手の剣を飛ばす方法を思い(えが)いた。

 重い剣ではね飛ばせ無くても、相手に(すき)が出来るはずだ。

 キョウは剣に左手も()え、切りかかろうとした。

 セリオンは右手の剣を振る。セリオンとキョウの距離は遠い。キョウより大きい剣でも、まだまだ届く範囲(はんい)ではない。

 しかし、急に背筋に寒さを感じ、自分の剣を盾代りにして左側を守る。

 それは(かん)としか言いようが無かった。

 突如(とつじょ)、横殴りにキョウは(たた)き付けられる。

 キョウは自分の剣で受け止めてから、右に()びのき衝撃(しょうげき)を殺してから、驚きの表情でセリオンを見た。

 心臓の鼓動(こどう)が早い。完全に不意(ふい)()かれ、自分でもよく()けたと感心する。

 だが、何をされたのか解らない。完全にセリオンの攻撃範囲外(こうげきはんいがい)のはずだ。

 剣がもし届くなら、方法は投げるしかない。しかし投げたなら、横から来るはずもなく、正面から向かって来るはずだ。

 それに、投げていないことは、セリオンの手元に有る、大剣が語っていた。

 今の感覚からすれば、剣か腕が()びたように感じる。

 それは、技と呼べるものでないのは確かだ。しかし、キョウが動きを止めたのは一瞬だった。

 セリオンの目線が制御盤を(とら)えた瞬間、キョウは再び()けだす。

 考えろ、何か理由があるはずだ。

 キョウは走りながら自問(じもん)した。

 リオと出会う前のキョウなら、理由が解らないだけのことで、戸惑(とまど)い、近寄ることさえ出来なかっただろう。

 しかし、キョウはリオに出会って、難しく理解できない話を何度も聞かされて、成長したのだ。


 ――――物事(ものごと)には必ず、理由がある。


 それは、リオの科学的な考えだ。

 しかし、考えも、距離も残したまま、セリオンの次の攻撃が始まった。

 セリオンは右手を振り、直ぐに大振りの剣がキョウに襲い掛かる。

 キョウはそこで見た。

 セリオンは剣を握っていなかったのだ。

 セリオンのバスターソードは、(ひも)(つな)がれたように、離れたキョウを襲って来たのだ。

 ワイヤーか、(ひも)か。

 理由が解れば簡単だ。

 キョウは足を止め、自分の剣でバスターソードを(はじ)く。

 しかし、(ひも)で振り回しているだけなら、簡単に弾ける剣が、ズシッと重い。

 キョウは渾身(こんしん)の力で()ね返した。

 セリオンの剣は、(ゆる)やかな()(えが)きながらセリオンの手元に戻る。

 ワイヤーや(ひも)ではない。それも、ただの技術ではない。

 魔法か、もしくはユキナの世界の技術か。

()めておけ。いくら身体を軽くしたところで、俺に近付けなくては無意味だ。――――キョウ、お前では勝てない!」

「セリオン、あんたに俺の何が解る? 俺の記憶でも持っているのか?」

 キョウは皮肉(ひにく)に返す。

 セリオンはキョウの台詞には反応せず、制御盤に向かって歩き出す。

 キョウはそれを阻止(そし)するために、イップ王女の首を取ると言った。だが、今の技術があれば、(はな)れた場所からでもキョウを狙えるだろう。

 考えろ、この状況を見て、リオならどう答える?

 キョウは急いで、セリオンと制御盤の対角線上(たいかくせんじょう)に戻り、頭を働かせた。

 少し警戒したために、さきほどより距離が開いている。

 セリオンは再び右手を振る。

 キョウは両手を、クロスさせた構えをとり、セリオンの剣をいなす。

 その時、あることと、ほんのわずかな違和感(いわかん)に気付いた。

 (かす)かにだが、セリオンの剣が軽かったのだ。

 そして、右手。

 攻撃の時には、必ず右手は()っている。

 キョウは少しだけ笑った。

 キョウに科学を理解する頭はない。だが、離れて力が弱くなるなら、何らかの力がセリオンから出ているはず。

 だから、その力が重力で有ろうが、電磁力(でんじりょく)で有ろうかは解らなくてもいい。

 要はセリオンの持っている、何かを壊せば良い話だ。

 右手を振るなら、右手近くに有るはず。多分、手首に。

 キョウは大きく息を吸い込んだ。

 セリオンが攻撃を仕掛(しか)けようが、剣が離れているなら、キョウでも(はじ)けるのは解った。

 キョウは速さを生かし、一気に(ふところ)まで(もぐ)る為に走った。

 セリオンの剣がキョウを(こば)むが、一度は身体を()らし、一度は剣の握りの下で斜めに叩き、軌道をずらした。

 止めることが出来ず、目の前にやって来るキョウに対して、セリオンは初めて自分の大きなバスターソードを握り、構えた。

 セリオンにはキョウの思惑(おもわく)が解った。

 この技の正体がバレたのだ。キョウはセリオンの手首の制御装置を狙ってくるだろう。しかし、それだけの事。使い勝手が良いから今まで役に立っていたが、本来はこんな物を必要としない。

 セリオンは両手で、正眼(せいがん)に構えた。

 剣を構えたセリオンに対し、キョウは、とにかくこちらの剣の届く範囲(はんい)に入らないと話にならない。攻撃範囲(こうげきはんい)は向こうの方が大きい。

 ()けて来るキョウに対し、セリオンはバスターソードを振り下ろす。

 その一撃は速い。

 しかし、キョウは剣を担いだまま、低い姿勢でセリオンの(ふところ)まで(もぐ)り込んだ。

 キョウの肩に担いだ剣が、セリオンの一撃を受け流す。

 キョウは受け流した後、両手で握りしめ、右側から()いだが、セリオンは後ろに跳び、キョウの一撃をかわした。

 キョウはさらに追撃(ついげき)する。

 コンパクトで早い連撃(れんげき)

 以前(いぜん)、バードに()られた戦略(せんりゃく)を、キョウが使っているのだ。

 あれにはキョウも手を焼いた。

 セリオンも負けじと応戦(おうせん)するが、手数ではキョウが(まさ)り、セリオンの剣はギリギリでかわされ、何度も空を斬る。

 キョウの読み通り、速さなら勝っていたのだ。

 しかし、このままでは致命傷は(あた)えられない。

 さらに、空を斬るセリオンの剣は速く、ギリギリでしか()けられず、何度も身体をかすり、キョウの身体を傷つける。気を抜けばその場で終りだ。

 キョウに不利なのは変わりなかった。

 しかし、キョウは攻撃の手を(ゆる)めない。

 セリオンの本気の一刀(いっとう)は、キョウにはいなせない。だから、大振りの一撃を出させない攻撃だ。

 二人の攻防は、どちらも退()かぬまま、激しく続いた。



 キョウとセリオンが戦っている周りでは、霧に乗っ取られた者との戦闘が続いていた。

 イップ王女の騎士達は、近付く霧に乗っ取られ者を倒すが、マグナは法国の兵士達に手を貸している。

 それは優しさからではない。

 法国の兵士は連係(れんけい)が取れず、徐々(じょじょ)混乱(こんらん)が大きくなっている。混乱(こんらん)が大きいと、これだけの人数だ、イップ王女の身の危険に関わる。

 その時、再びこの部屋に来訪者(らいほうしゃ)が現れた。

 ローランド(ひき)いる、親衛隊合わせて百八十名の兵士。

 ローランドは部屋に入るやいなや大声を上げた。

「法国の兵士達よ何をしておる! 霧に乗っ取られ者ていどの相手に翻弄(ほんろう)されるな! 二人ペアで、(たが)いの背中を守りながら、冷静に状況(じょうきょう)を読み取り、意識を強く持って(こと)に当たれ!」

 現れたローランドは、直ぐに現状(げんじょう)を読み取り(げき)を飛ばす。下火(したび)に成っていた、デルマンの引き連れた兵士達は、それだけで士気(しき)を取り戻した。

()が部隊は、先に怪我人を確保、安全な場所まで連れていけ! 残りの者は討伐を手伝え。ヘラルド、あとの指揮(しき)を頼む」

 ローランドは、自分の親衛隊の隊長に指揮(しき)()せると、キョウとセリオンの方に目を向け、対決している二人と、後ろに広がる大穴を見て、今霧を止めるために何かが起こっていると理解した。

 しかし、ローランドにはレナ姫との約束がある。まずはそれからだ。

「デルマン第三皇太子! 何処(どこ)におる!」

 ローランドが声を上げたその時だった。

 キョウとセリオンは剣で押し合い、(たが)いを押し飛ばす形で、一旦距離(いったんきょり)を置いた。

 セリオンは(あなど)っていた。いくら自分の記憶が有っても、少年にここまで追い付かれているとは思いもよらなかった。

 キョウの剣は、鎧を脱いだから程度(ていど)の速さではない。

 速いし、重い。

 刃筋が通っているからだ。

 しかしそれは、剣の腕が天才的に上手いからで無いと、キョウの太刀筋(たちすじ)からうかがえる。

 キョウは何一つ、天や神からタダで受け取ったものはない。

 そして、セリオンから受け取ったものだけでもない。

 それは、血の(にじ)鍛錬(たんれん)の表れだろう。

 ――――仕留(しと)める!

 セリオンの殺気が極限(きょくげん)まで上がった。

 今までの様に、小手先(こてさき)の技は使わない。最大の力をもってキョウを両断(りょうだん)する。

 セリオンは、大振りのバスターソードを、肩に担ぎ、左手を差し出す、いつもの構えをとった。

 キョウにも解っていた。次がセリオンの本気の一撃だと。

 キョウもバスターソードに()たない、大振りの大剣を肩に担ぎ、左手を差し出す、いつもの構えをとった。

 左右逆だが、(たが)いに(かかみ)に写したように同じ構え。同じ剣の形。

 両方とも、相手の呼吸を読んだ。

 そして、ついにその時がやって来た。

 音もなく、何の前兆(ぜんちょう)もなく、突然に、床にあった大穴が消えた。ユキナの世界が元に戻ったので、こちらも元に戻ったのだ。

 それは、十八年間()しんだ、人々を悲劇(ひげき)の底に追いやった、事の発端(ほったん)が閉じたのだ。

 それは、これからは、霧の無い時代が来ることを(しめ)していた。

 キョウとセリオンの攻防を見ていたイップ王女は、目を見開きその場に座り込む。

 彼女の望んでいた事が、リオの手により、今、現実の物となった。

「終わったのか? これで、霧が現れないのか?」

 イップ王女は複雑(ふくざつ)な感情のまま、穴のあった床を見つめ続けた。

 望んでいた(はず)なのに、()やまれる。せめて、自分の手で決着を着けたかった。

 イップ王女が何も出来ないまま、宿敵(しゅくてき)は消え失せた。

 しかし、心のどこかに安堵感(あんどかん)が現れた。

 イップ王女の言葉に、マグナも、王女の騎士達も、ローランドも足を止め、その現状(げんじょう)を見わたした。

 そして、ローランドが現れることにより、収束(しゅうしゅう)しだした周りの兵士達の剣が、しだいに下がっていく。

 この場で、剣を構えているのは二人のみ。

 誰もが、その光景を見守った。

 セリオンは内心の嬉しさを隠していた。

 これで、イップ王女を失うことはない。後は、あれを壊せば完璧となる。

 二度と、霧による崩壊(ほうかい)はなく、世界の安全は守られる。

「キョウ、お前達は良くやった。しかし、もう(あきら)めろ! ここからは誰も望まん!」

 嬉しいのはキョウも同じだ。

 無理だと何度言われても、リオはやり切った。

 初めて会った時は、子供には無理だと心のどこかに有った。

 だが、日を(かさ)ねていく(たび)に、リオを知っていく(たび)に、本当に閉まるとキョウは信じた。

 そして、現に、リオはその言葉通り、霧を止めた。

 キョウが信じた様に、リオもキョウを信じたから、迷いなく空間の穴の中に入っていった。

 あとはキョウが約束を守るだけ。

 姫の命令を守るだけだ。

「セリオン、俺にはあんたの記憶があるが、あんたとは違う。リオは宣言通り、霧を止めた。次は俺の番だ!――――俺は(あきら)めない! 俺はリオを、我が姫を助ける!」

 キョウは目を見開き、セリオンを見る。

 お互いに(ゆず)れないもの。

 息が合った。互いに息を吸い込むと、二人は相手に向いて()け出した。

 先に剣を(はな)ったのはキョウだ。

 まだセリオンの間合いですら無いのに、袈裟斬りに振り下ろす。

 セリオンは自分の間合いに来てから、袈裟斬りにキョウを狙った。

 キョウが選んだのは、速さではなかった。一番不利な、力で相手をねじ()せる方法だ。

 キョウは剣を下から競り上げる。

 キョウとセリオンの剣が重なった。

 (たが)いに力任(ちからまか)せに、(たが)いに相手の剣を(はじ)こうとする。互いに、刃筋は通っていた。

 ここから起こったことは、流石(さすが)はアルドネル・エマ、流石(さすが)はセリオンとしか言えない。

 ガキンと鈍い音がなり、キョウの剣先が、真ん中辺りから(ちゅう)に浮く。

 信じられないことに、セリオンはキョウのハーフバスターソードを斬ったのである。

 回転しながら飛んでいる、キョウの愛刀の刃先。

 終わったと、観ていた誰もが思った。

 しかし、セリオン相手に、若い騎士は良くやったと、誰もがキョウの功績(こうせき)(たた)えた。

 勝った。

 セリオンはそこで、初めて気を抜いた。

 キョウの瞳には、剣を折られてなお、(あき)めの光は宿(やど)らない。

 まだ力がある。

 これで、また少し軽くなった。

 キョウの次の行動は、さらに速かった。

 キョウは折れた剣をそのままセリオンの首筋に当て、目で追っていた愛刀の剣先を取るために、セリオンに抱き着いた。

 とっさにセリオンは(あわ)てるが、もう遅かった

 回転しながら(ちゅう)()う、自分の愛刀の剣先を左手で受け取ると、そのままセリオンの背中にある、鎧の隙間(すきま)めがけて突き刺す。

 セリオンは思わぬ反撃(はんげき)に、背中を()らせ、キョウに抱き着かれたまま、(ひざ)を折った。

「グッ!」

「終りだ、セリオン!!!」

 キョウはセリオンの首の血管を狙い、折れた剣を振り抜こうとする。

「待て! 待ってくれキョウ!!」

 その声に、キョウは思わず手を止めた。

 イップ王女は、(かが)んだ姿勢(しせい)のまま、キョウを見つめている。

「頼む! 都合(つごう)が良いのは解るが、これ以上、これ以上は(わらわ)から誰も(うば)わないでくれ!」

 涙ながらに(うった)える、イップ王女に対して、キョウは剣を振り抜けなかった。

 甘いとは解っている。父親にも指摘(してき)された所だ。

 だが、それでもキョウにはそれ以上、剣を振ることは出来なかった。

 それほどイップ王女は多くを(うしな)いすぎていた。これ以上は、記憶があるキョウに、(うば)うことは出来なかった。

「お主が(わらわ)に聞いた台詞。その答えは解っておる! ………空間を閉まった時、(わらわ)(くわ)しいことに喜んだ! 解っておるのだ。それは皆のためではない………セリオンが行かなくて、無事で良かったと安心したのだ! 皆のため、国民のためとは口で言いながら、(わらわ)はこの地で、セリオンと共に生きられる未来に、安心したのだ! キョウ、頼む! ()ねるなら(わらわ)の首にしてくれ!」

 涙を流しながら、イップ王女は床に()せる。

 誰も、何も言えなかった。

 キョウはセリオンから離れて、上から見下ろした。

 セリオンからは、今までの闘志(とうし)は消え、床を見下ろしたままだった。

 自分の(つか)えている、イップ王女からの言葉だ。(みと)めないわけにはいかない。

「――――キョウ、俺の負けだ、好きにしろ」

 キョウは何も答えなかった。

 剣技ならセリオンは勝っていた。キョウが(いく)ら速さを()ようとも、敗ける戦いではなかった。

 勝てなかったのは意識の違い。

 セリオンは空間を閉めたことで、キョウやリオに感謝の気持ちが出来てしまった。そして、心のどこかでは、閉めることの出来る、彼等なら開けても大丈夫だという、考えが(しょう)じた。

 それに対して、キョウは一つも後がない。自分の守るべき者を守る方法は、勝つしか無かった。

 現在、空間輸送システムの開け方を知っているのは、キョウのみだ。

 だから、勝利を(つか)み生き残るしか、リオを帰すことは出来ない。

 この勝利は当然な結果なのだ。

 キョウは自分の愛刀を見る。

 制御盤を開けるための、リオに祝福を受けた、キョウの絆が折れてしまった。

 でも、まだ終わりじゃない!

 辺りには剣を(たず)わった者が多くいる。しかし、鉄を斬り裂くほどの大振りなものは一つしかない。さすがにそれを振り抜けるか解らなかったが、選択肢(せんたくし)もなかった。

「――――貸してくれ」

 キョウはセリオンに手を差し出す。

 剣を貸せば、キョウが何をするのか解っていたが、セリオンは握りをキョウに差し出した。

 キョウはセリオンの、バスターソードよりも大きな大剣を(たずさ)え、制御盤に向かう。

 そして、いつもの構えを取るために、剣を担いだ。

 ズシッと、いつものでない重みが肩にのしかかる。

 初めて使う大きさや、長さで、感覚は(つか)めない。しかし、(ため)し振りも出来なかった。

 セリオンとの戦闘で、身体の(いた)る場所が痛み、愛刀を折られた最後の一撃で、腕の筋肉が悲鳴を上げ、元々の愛刀を振るのですら(きび)しい状態だ。

「イップ王女、セリオン。頼む、リオを信じてくれ。――――霧は現れない! 必ず成功する!」

 キョウは一度だけ目を閉じると、覚悟を決め、左手を剣に()え、真っ直ぐに振り下ろした。



 少し前だ。

 リオはパソコンに集中していた。

 空間の開ける隙間(すきま)を無くすプログラムはうち終わり、キョウ側の空間輸送システムにデータを送る。

 画面には送信中に変わり、ひとまず帰る準備は(ととの)った。

 次は閉める作業だ。

 リオは席を離れ、ユキナが先ほど使っていたノートパソコンの画面を(のぞ)き込む。

 止めるためのプログラムを、デスクトップの方に送信しようとして、途中で作業が止まっていた。

「ユキナ! このままデータを送って大丈夫?」

 ユキナは霧を相手しながら大声で答える。

「あぁ、閉めるのに必要なはずだ、そのまま送ってくれ」

「解った。………っと、これは電源を完全に()つものね。やはりこちらの空間輸送システムは、再起動できないか」

 リオはリズム良く、キーボードを叩き続ける。そこで、ユキナの逃した霧がリオに近付いた。

「マズイ! リオ! 意し………」

「邪魔っ! これはあなたたちの為でもあるの!」

 ユキナが注意を(うなが)す前に、リオは霧に話し掛けながら、霧を手で(はら)った。もちろん霧には変化はないが、霧はリオの横を通り抜ける。

「リオ、お前………」

 ユキナは「そこまで考えていたのか?」と言う台詞を飲み込んだ。

 リオに聞いて、霧が六次元の生物だと、ユキナにも理解できた。しかし、霧によって、どちらの世界にも多くの被害が出ているので、誰もが霧は敵と見なすが、開けたのはこちらの世界だ。

 言わば霧も被害者に当たる。

 リオは勢い良くエンターを叩いた。

「ユキナ、終わった! 後五分ぐらい持ちそう?」

「あぁ、後五分なら時間は持つ。充電も三割り行けるだろう」

 三割あればギリギリ開く。

「よし、じゃ、今から閉める準備を(おこな)う!」

 リオは宣言してから作業に入る。作業とは言っても、ここからは待ち時間が多い。

 ノートパソコンの送信を終わるのを待ち、キョウ側の空間輸送システムに、データを送るのを待つ。

 そこからはパスワードが必要となる。

 さきほどより、上から、人々のなだれ込む音や、キョウと誰かの話し声が聞こえる。

 あまりよろしくない状況(じょうきょう)なのはわかっている。気持ちが(あせ)るが、(あせ)ってミスすることの方が怖い。

 リオは歯を食いしばっていた。

 万が一があり、リオが帰れなくなっても仕方(しかた)がない。その覚悟は元々あった。しかし、上はキョウ一人だ。大人数に攻めてこられれば、彼の命は無い。

「早く! お願い、早く送って!」

 リオは祈るようにディスプレイを見つめた。

 上では(はげ)しい音と声が起こり出す。

「まだかリオ!」

「後95%! 96、97、98、………来た! 止めるためのデータは送信完了。後はキョウ側のデータだけ。そちらも、えっと、………88% 行ける、もうすぐ! 今から閉める為のプログラムを立ち上げる準備をするわ!」

 リオは何度もモニターを見に走りながら、キーボードを再び叩いていく。

 キョウもう少しだから頑張って。

 リオは心の中で祈るしかできない。

 キョウはどの道、危なくなっても逃げないだろう。それが心配で、近くにいたくて、それでもやらなくてはいけなくて。

 リオは涙で(かす)む視界を、何度も指でぬぐい、モニターを見続ける。

 95、96、97、98………。

「ユキナ、来た。送信終わった! 次、いよいよ閉じるよ!」

「頼む、こちらもそろそろ辛い!」

 霧の(あふ)れ出すペースに、徐々(じょじょ)にユキナもついて行かなくなる。

「うん! パスワード行くよ!」

 リオは最後だと、涙を(ぬぐ)い去ると、覚悟を決めた。

 手の指を、ワキワキと動かしてから、キーボードを打ち込む。

「ウサギの穴」

 エンター。

 エラー。

「違う! ユキナ後は何がある?」

「題名はどうだ?」

「不思議の国のアリス」

 エンター。

 エラー。

「ダメ! ほか!」

「ちっ、後、何か有名なものは、………クソっ、思いつかない!」

 霧を相手しながらなので、ユキナの思考力(しこうりょく)が下がっている。リオはあごの下に手を置き、少しだけ(なや)んで(うなず)いた。

「止めるだから、最後の結末かな? だったら――――ゆめ」

「あぁ、夢か!」

「ゆめ、っと………………、ユキナ行くよ!!」

「いっ、良いのか、キョウに声を掛けなくて?」

 ユキナは息を切らしながら答える。

 リオは目を(つむ)り頷いた。

 本当は不安で、今すぐ会いたい。

 怒った顔や、真剣な顔。私を見ていてくれていた、あの笑顔をもう一度見たい!

 だからだ、必ずキョウは私を助けてくれる。私は自分の騎士を信じる!

 リオは目を見開いた。

「キョウは私の騎士よ、なめないで! 必ず私を戻してくれるわ!」

 リオは迷いなくエンターを押した。

 何の音もなく、突然(とつぜん)今まで大穴が空いていた場所に天井が現れた。

 入り口付近で霧を相手していたユキナも、(おどろ)き目を見開く。

「………閉じたのか?」

 リオはキーボードから手を(はな)し、椅子から立ち上がった。

「成功よ、ユキナ。――――私達の勝利よ!」

「やったな! リオ、お前、(すご)いぞ! (すご)いぞ!」

 ユキナは歓喜(かんき)を上げながら、残りの霧を斬り裂いていく。

 目の前には、自分の世界の扉。

 三ヶ月前に出てきた扉だ。

 そして、空間が戻ったことにより、途中の道のりで亡くなった者も扉の前に集められた。

 数は十人だけで、他の者は空間から投げ出されたのだろう。死体も残らなかった。

 (さび)しく思うが、それでも帰ってきたことがうれしい。

 リオは力が抜けたように、再び椅子に座りこんだ。

「――――キョウ、お願いね。私をあなたの元に戻してね」

 ユキナに聞こえないように、小声でつぶやく。

 すべての霧は倒し終え、ユキナはリオの元にやってくる。

「リオ、もし、もしだぞ、キョウがダメだったら、私が何とかするからな」

 リオは椅子から立ち上がった。

「もしは無いの。それよりユキナ、色々と(もら)って行くね」

 わざと元気な声を上げ、リオは辺りを物色(ぶっしょく)を始める。

 ユキナは感心したようにリオを(なが)めた。

 さすがだ。この状態(じょうたい)で次に頭が行っている。戻ることは当たり前の前提(ぜんてい)で、その次の事の準備だ。

「好きな物を持って行け。だが、十秒だぞ、あまり欲張(よくば)るな」

「解っている。ユキナ、このパソコン持って帰れない?」

「あぁ、固定式は無理だな。ノートパソコンならいくつかあるから持って行け。それに、これ。キョウの奴よろこぶぞ」

 二人はリオが持って帰るものを集めて、部屋の一番前で開く時を待った。

 リオの計算した設定なら、空間が開くのはこの壁際(かべぎわ)で、今いる目の前のはずだ。

 しかし、短い時間が長く感じ、いつまで経っても開く気配がない。

 ――――大丈夫。

 リオは心の中で何度もつぶやく。

 ユキナにしては、もうあきらめが入っている。

「リオ………そのな、もうキョウは………」

「ユキナ信じて、キョウは大丈夫、――――ほらっ」

 空間を()く、甲高い耳障(みみざわ)りな音を立て、目の前にリオの世界が現れた。

「ねっ、言った通りでしょ?」

 得意げにしているリオをユキナは急がせた。

「なに悠長(ゆうちょう)な事を言っている。ほら、早く! 荷物は渡すからとにかく出ろ! ――――境界面には触るなよ!」

 リオはユキナに急かされ、境界面をぴょんと飛び越えた。

 キョウ達の方ではざわめきが起こる。

 キョウが鉄板をはがし、スイッチを押した瞬間に、リオが現れた。それも子供だ。

 見ている者は誰も意味が解らない。

 閉じて、また開けたのだから。

「ユキナ早く! 早く!」

「解っている。――――ほらこれ」

 キョウはセリオンの剣を(たずさ)えたまま、リオの元にやってくる。

 その姿を見て、リオは少しだけ怒った顔をしてから、うれし涙を流した。

「もぅ、」

 どうせ、無茶(むちゃ)をしたのだろう。キョウは傷だらけ、おまけに剣まで変わっている。

「リオ! いちゃつくのは後! 先に荷物だ!」

「いちゃついてない!」

 ユキナの急がす声に、リオは文句を言いながら荷物を受け取る。

 こちらを(なが)め、固まっていている人々と、あまりにも温度差が違う。

「ほら、キョウ。お前にだ」

 ユキナがキョウに、鉄の棒を五本渡す。空間が閉じたことにより、死体が戻ってきて、何本か手に入ったのである。 

「これ、良いのか?」

「あぁ、こちらにもまだある。それぐらい良いだろう」

 荷物の受け渡しが終わり、キョウとリオはユキナを見る。時間は残りわずか。

「ユキナ、ありがとね」

 リオの挨拶は簡単だった。

「それは、こっちのセリフだ」

「ユキナ、これで多くの人が助かる。ありがとう」

「私のじゃ無いから礼はいい」

 三人は目線を交わす。

 もう時間だ。

「じゃ、ユキナまたね」

「あぁ、またな、リオ。キョウ」

 お互いに手を振り、再び空間の穴は、音もなく消え失せた。

 周りの人々はまだ固まったままだ。

 そして、リオはその人々を見た。

 人々は(たたず)んだまま動けない。

 キョウは、リオの後ろで胸を張る。

 リオは息を吸い込んだ。

「――――霧は止まりました。もう、二度と現れることは無いでしょう」

 法国の兵士や、イップ王女の護衛の者。全ての者が信じられないように、お互いの顔を見合わせ、再びリオを見た。

 この中でリオを知っている者は数名だろう。子供の言う事が信じられない。その事を感じたイップ王女は、リオの前へ出ると、片膝(かたひざ)を付き(こうべ)()れた。

 イップ王女は、どこかすっきりしていた。キョウに告白した時、自分の気持ちが解った。少し遅いが、イップ王女はセリオンと共に居たかった。その気持ちが大きかった。それは、素直な気持ちだった。

 だから、リオの凄さも素直に認めようとしたのだ。

 その様子に、セリオンも(したが)う。

 王女がしているのだ、護衛の騎士も、マグナも一度だけ(まゆ)をひそめたが、それにならう。 

 周りからはざわめきが起こった。その中をローランドが前にやってくる。

「そなたがリオ姫様か、レナに聞いておる。霧を本当に止めたのか?」

 リオはローランド第一皇太子を知らない。次期法王だと言うことも。

 だから、簡単に答えた。

「そう。私が止めたから大丈夫!!」

 ローランドは「おぉ!」と歓喜(かんき)を上げた。

 レナ姫の言っていたことは本当だったのだ。

 ローランドは兵士達を振り向くと、大声を上げた。

「これから、二度とこの霧を止めし者、リオ姫に剣を向けることは、法国オスティマ本国、第一皇太子ローランド・オティアニアが(ゆる)さん! 如何(いか)なる時でも、王国ファスマのリオ姫に手を出すものは、法国の敵と見なす! 者共、(きも)(めい)じておけ!」

 そのセリフに皆の者は「はっ!」と声を合わせる。

 その様子に頷いたローランドは、顔を戻し、リオを見ると、イップ王女と同じく、片膝(かたひざ)を付き(こうべ)()れる。

 法国の次期法王が頭を下げているのだ、他の者は(したが)わなければ成らない。

 四百人以上の人々が、一斉(いっせい)片膝(かたひざ)を付き(こうべ)()れた。

 リオとキョウは少し焦っていた。

 本人たちは、霧を止めた報告するため話しているだけで、どうやら相手は法国の(えら)いさんらしい。しかも、なぜかリオは王国ファスマの姫になっている。

 リオは間違いを正した方がいいのか、キョウを見て確認する。キョウはこのまま行けと頷いた。

 リオは「おっほん」と偉そうに咳払(せきばら)いをしてから、話を進める。

「だから、国に帰ったら、みんなに伝えて。もう、霧の無い時代が来たと!」

 誰からか解らないが、「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」と歓喜(かんき)が上がり、周りも一斉(いっせい)(さわ)ぎ出す。

 リオはイップ王女の前に座り込んだ。

「イップ王女、これからが大変よ。王国ファスマ再建国してね」

 それはリオが()りたい内の一つだ。しかし、再建国となると、リオには不可能になる。それには、膨大(ぼうだい)なお金や、カリスマ的存在は必要だからだ。

 だから、これはイップ王女にしか出来ないこと。

 イップ王女は、真剣にリオの瞳を見つめた。

 リオはその様子に、なんだか嫌な予感がした。

「リオ、(わらわ)にも限界はある。(わらわ)だけでは、それはかなわん。助けが()る」

 イップ王女の次のセリフが解ったのか、やっぱりかとリオは顔をしかめた。

「手伝え、――――王国ファスマのリオ姫」

「待って、誤解(ごかい)よ! 私は王国ファスマの姫とは言っていない! 多分、法国のレナ姫が勝手に言っているだけ」

「だが、その法国がお主を、王国ファスマのリオ姫を(みと)めておる。(もう)し分ないであろう」

 確かにこれから、リオの()りたいことには、そちらの方が都合はいい。リオは勝手にこの城に居座(いすわ)ろうと考えていたから。

「うっ、うん。ただし、姫はなし。私はそんなのじゃ無いから」

「いかん! 法国のローランド皇太子の言葉が(いつわ)りになる。それは今後の外交問題に発展する」

 「うっ、」とリオは言葉に()まり考えた。

 ローランドが先ほど()べた身分は、次期法王という事だろう。そんな者に片膝(かたひざ)を付かせたのだ、いまさら違うとも言いにくい。

「………わかった。ただし、肩書(かたがき)だけね。期待はしないで」

 「かまわん」と(うなず)くイップ王女に、護衛の騎士たちは戸惑(とまど)い、意味の解ったセリオンとマグナはかすかに笑った。

 キョウにもイップ王女の考えが読めた。

 霧を止めたことをここまでの人数が知ったのだ。世間にすぐに知れ渡るだろう。だから、リオを(はた)にして再建国を目指すのである。

 この国には霧を止めた者が居ると言えば、それだけで人が集まる。

 まったく、イップ王女も(あなど)れない。

 リオは溜息を吐き、立ち上がると、やっとキョウの前にやってきた。

 キョウは少しさびしく思う。

 こうやって、リオはどこまでも成長していく。そして、今みたいにキョウに気遣う時間は、最後になるだろう。

 それでも(かま)わない。

 俺は、騎士だから。

 自分の姫を守るのは当たり前の事だから。

 キョウは片膝(かたひざ)を付き、右腕を胸に当てて、(こうべ)()れる、騎士の取る最高礼を取った。

「キョウ、ありがとう!」

「リオ姫、頑張ったな。――――リオは俺の自慢(じまん)の姫だ」

 キョウのセリフに、リオは突然抱きつき泣き出す。

 本当は不安だった。キョウがいたから無茶が出来た。

 だからこれはご褒美(ほうび)だ。

 キョウが始めて(もら)ったご褒美(ほうび)は、幼い姫からのキスだった。

この話は3っつの要素で出来ています。

一つは科学雑誌ニュートン。一つはブランキー・ジェット・シティ、ダンデライオン。

そして、残りの一つは、今まで付いてきてくださった、これを読んでいる皆様。

感謝でいっぱいです。色々な人に読んでいただき、何とか一作品を終えました。

一応、これで終わりですが、エピローグもあるので載せます。

それで、本当の終わり。

今まで、キョウやリオに付いてきてくださった皆様、ありがとうございました。


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