呪女
わたしは思う。
人間って意外と自分に対する感情には無頓着で、自分以外のモノに対しては執着する生き物なんじゃないかって。
だから自分を大切にしない人間はたくさんいる。
だって自分を大切にしてばかりだと、ジコチュー(自己中心的)って言われるし?
だからこそ、他人の顔色を窺ってしまうんでしょうね。
キライになってほしくないから。
スキでいてほしいから。
でもその反面―
愛してほしくて、
憎んでもほしい。
人間って忙しいものよね。
せめて一つの感情でずっと止まればいいのに、ふとしたキッカケで逆転することだってある。
全くもってせわしのないこと!
でも『生きる』のに飽きないってこともないのだから、おかしなもの。
『生きる』ことに飽きた人間の末路は大体似たようなモノ。
自分にも他人にも無関心になってしまうから、恐れるモノが無くなってしまう。
恐れるモノが無くなってしまうからこそ、できてしまう大胆な行動もあるワケで…まあ真似はしたくないわね。
逆に言えば、『生きる』為に必要なモノはたくさんある。
人間関係だと、自分を取り巻く人達―両親・兄弟・姉妹、友達・恋人などなど存在する。
しかし大事にすればするほど、大切に思えば思うからこそ、『ふとしたキッカケで逆転した場合』の反動は凄まじいモノになる。
コレばかりは、自分自身でもコントロールができないらしい。
胸の奥からわき出て来るモノは、暴走する熱き感情。
しかし私は思う。
本当に自分でも抑えられないモノなのだろうか?
あるいは…自分で抑えようと思わないモノなのかもしれない。
本当は抑えなくてはいけない。
けれど本心では抑えたく無いモノ。
人間とは本当に恐ろしくも、楽しい生き物だ!
不確かな気持ちや感情に振り回され、己を見失いがちになるなんて!
冷静ではいられないところがまた、愚かでいとおしい…!
…けれど自分を取り巻く人間関係、その中で誰が一番危険なのか、あなたは分かる?
「わたしは何となく分かるなぁ」
クスクス笑いながら、雨の中を歩く。
今はもう肌寒い夕暮れ時。
人気の少ない山道を、女子高校生が一人で歩いていたら危険だと言う人もいるかもしれない。
だけどわたしは一人で帰るのが好きだった。
一人の時でしかできないことが多かったから。
それは今まさに、目の前に映った。
「ひっく…ううっ…!」
悲しげな声を上げながら、雨に濡れた一人の女子高校生。
同じ学校の制服で、見覚えがある顔だ。
確か…同学年で、別のクラスの生徒だ。
彼女は山の中でずぶ濡れになりながら、蹲っていた。
わたしはそっと近付き、彼女を傘に入れた。
「どうしたの? そんなに泣いて」
彼女は驚いて顔を上げた。
眼が真っ赤になるぐらい、泣き腫らしていた。
「…殺されたの。このコ…」
そう言って目の前の石に視線を向けた。
丸い石が、盛り上がった土の上に置かれていた。
―お墓だ。
しかもこの大きさなら、犬かな?
「殺されたって、どういうふうに?」
「バイクで…轢かれたの! なのにアイツはっ…!」
彼女の声が、怒りに満ちる。
「アイツって?」
彼女が言った名前には、聞き覚えがあった。
わたしは地元の県立高校に通っていて、今は二年生。
その名前の人物は、同じ学年で別のクラスの男子生徒だった。
「数日前の夕方、このコを連れてここら辺を散歩してたの。そしたら…アイツがありえないスピードで突っ込んできて…!」
バイク…そう言えば、最近免許を取ったのだと、廊下で自慢げに話してたっけ。
そしてバイクも手に入れて、喜んで人気のない山道で暴走していたのか。
「なのにアイツは逃げたのっ! しかも翌日には平気な顔をして学校に来てっ…」
「問い詰めたりしなかったの?」
「したわっ! でも知らん顔されたの! 証拠も証人もいないだろうって」
あ~まあ確かにこんな山の中では、証人もいないだろう。
証拠だって、バイクを洗ってしまえば消し去ってしまえる。
「だからここへ埋めたのね?」
「そう…。だってもうグチャグチャのバラバラで…。拾うのも大変だったから」
そりゃあ持ち運ぶのも、大変だっただろう。
「悔しい…! アイツ、今も平気な顔をしている! 一つの命を奪ったのに、のうのうと生きているのよ!」
彼女の顔が赤く染まり、眼が大きく見開いていく。
まるで鬼のように。
「まあ今の法律じゃあ、ペットを殺されても相手は軽罪で済んでしまうからね。しかも未成年で免許取りたてだったのなら、なおさら…」
「そんなの許さないっ!」
彼女は立ち上がり、わたしを睨み付けた。
「アイツが不幸にならないなんて、おかしい! 幸せになるなんて絶対に許さないっ!」
女は怒ると修羅になり、とても美しくなる。
真正面から怒りをぶつけられているのに、わたしは冷静にそう思った。
だって眼はとても光輝き、頬には赤みがさしていて、唇も噛み締めているから真っ赤に染まっている。
化粧もせずに、女はこんなにも美しくなれる生き物だ。
くすっと笑い、わたしは彼女を見つめ返した。
「―なら、自分の幸せと引き換えに、彼を不幸にしても構わない?」
「えっ…」
ああ、途端に光が揺らいでしまった。
けれどわたしは笑みを浮かべ、続ける。
「アナタにはわたしが受けるはずだった『不幸』を一つ、引き受けてほしいの。換わりに彼にはアナタが望む『不幸』をもたらしてあげるとしたら?」
「あなたの『不幸』を…。どっどんな内容なの?」
「それはアナタが彼に望む『不幸』次第ね。軽ければ、軽いモノを。重かったら…やっぱり同じぐらいの重さを背負ってもらうわ」
「『不幸』次第…」
彼女は眼を伏せ、胸に両手を当てた。
きっと今は亡きペットの思い出を、よみがえらせているのだろう。
しばらくして、彼女は眼を開けた。
静かな、だけど強い意志を宿した光をその眼に映しながら。
「―分かったわ。『不幸』を引き受けるから、アイツをっ…『不幸』にして!」
「ええ、確かに引き受けたわ」
その時のわたしの表情は、きっと最上級の微笑みだっただろう。
彼女はもう少し、冷静になるべきだったのかもしれない。
わたしが彼女に与える『不幸』とは、彼女が考えるほど甘くはなかったのだから…。
でも考えないことを分かりつつ、契約を出したわたしもわたしだろうな。
きっと彼女は追い詰められていたのだろう。
ペットを殺された怒りに任せ、こんな契約を結んでしまうほどに―。
少し考えれば、おかしなことだと分かるはず。
…いや、分かっているからこそ、縋ったのかもしれない。
おかしいと分かってはいた。
けれど他に縋るモノがないからこそ、わたしに頼ってしまったのは、きっと周囲に打ち明ける人間がいなかったせいだろう。
彼は学校ではとても人気者。
勉強も運動もまあ中の上ぐらいのレベル、だけどとても人付き合いが上手かった。
恨みを買われにくいタイプとでも言おうか?
いわゆる世渡り上手な性格で、人の顔色を自然と見てしまい、順応力が抜群に優れている。
だから彼の味方をする者は多い。
下手に騒げば、彼女の方が悪者になってしまうぐらいに。
今回の件は特にそうだろう。
人気の無い山の中で、ペット一匹がバイクで轢かれた。
彼女が彼を犯人だと分かったのは、そのバイクに彼が乗っている光景を、学校の駐輪場で見たことがあるから。
そして事故った後、彼は一応止まったらしい。
そしてヘルメットを外して、自分の仕出かしたことを確認した。
…そこまでしたのにシラを切れるのは、罪悪感が全く無いからか、あるいは心の奥底ではかなりびびっているかのどちらかだろう。
知らない振りをすることで、自分の記憶から消し去ろうとする努力がある意味、泣ける。
「だけどもう一人、事故のことを知っている人間はいるからねぇ」
彼女は知っている。
そして誤魔化そうとも忘れようともしない。
彼はそれが恐ろしくてならない。
だからこそ今学校で、彼女のウワサを流しているんだろうな。
ウワサの内容は呆れるぐらい、悪いことばかり。
実は援助交際をしているとか、黒魔術をしているとか。
…でも黒魔術については、案外否定はできないかもしれない。
何せこのわたしと契約をしてしまったのだから。
「さて、と…」
契約を交わした翌朝から、動き出さなければならない。
仕事は迅速・丁寧に。
基本よね。
彼女も彼が流しているウワサでかなり傷付いているみたいだし、聞いた生徒達も半信半疑とちょっとヤバイ空気が流れている。
彼女がいくら否定しても、彼が次から次へと流すからキリがない。
それにこう言ってはなんだけど、彼と彼女では人望が違う。
社交的な彼と、消極的な彼女。
正反対だからこそ、余計にだ。
「まずはウワサを変えようかねぇ」
背伸びをして、近くにいるグループの中に入った。
そこでの話題は彼女のことだった。
何でも教師の一人と、不倫をしているとか…。
苦笑しながらまずは話を聞く。
「そうなんだ。そう言えばさぁ、ちょっと聞いたんだけど…」
わたしは自然に話を逸らす。
人のウワサに対抗できるのは、同じく人のウワサだけ。
また好奇心の強い高校生達は、こういう話題が大好きだときている。
「ええ~?」
「ウッソー」
思った通り、聞いても信じられないという顔をされた。
「まあわたしも聞いただけだしね。本当かどうかは分からないわよ?」
わたし自身もあやふやであることを言う。
そして話題は変わる。
―コレで良い。
ここであまり主張を強くしても、怪しまれるだけだ。
ウワサを流すのは一日に一度だけ。
そして前に言った人達とは、また別の人達に話す。
こうすることによってウワサの出所を分からなくして、そしてより多くの人達に興味を持たれるようにする。
興味とは時に残酷な面を見せる。
人を傷つけようが、陥れようが、より深みを求めてしまうものだ。
やがて一ヶ月も過ぎないうちに、効果はハッキリと出た。
彼の評判はガタ落ちに、彼女のウワサは綺麗さっぱり消えていた。
「どう? このぐらいで」
夕焼けの美しい中、わたしは彼女と再会した。
「まだダメよ! ただアイツの評判が悪くなっただけじゃない!」
う~ん。…コレでも頑張ったんだけどな。
わたしの流したウワサは、彼の悪さ。
もちろん、内容はフィクション。
だけどほんのちょっぴり、真実を混ぜた。
―そう、彼がバイクで一つの命を奪ったことを。
もちろん、彼女のことは一切匂わせなかった。
けれど思い当たる彼はそのウワサを聞きつけた時、生きた心地がしなかっただろう。
「でも今じゃずいぶん追い詰められているわよ? そのうちちゃんとアナタに謝罪してくると思うから、ここら辺で、ね?」
優しく諭すように言ったのは、せめてもの慈悲だった。
彼女に対してはもちろんのこと、彼のこともそうだった。
もう充分、精神的には追い詰められた。
彼はそもそも、そんなに悪い人ではない。
ただちょっと、臆病なだけだった。
今では近寄ってくる人も減り、教師から見られる眼も冷たいものへと変わってしまった。
成績も落ち込み、見かければ明らかに落ち込んでダメージを受けた姿になっている。
「ダメよっ! まだ足りない! もっともっと、アイツを『不幸』にしてよ!」
彼女は必死の形相で、わたしの両肩を掴んできた。
チラッとお墓に視線を向ける。
彼女は山で咲いている花を、毎日供えに来ているようだった。
きっと消極的な彼女にとって、ペットが唯一、心許せる相手だったのだろう。
それを理不尽な出来事で奪われた気持ちは分からなくはないけど…。
「でっでもコレ以上、『不幸』にするのなら、アナタも彼もただでは済まないわよ?」
一瞬、意志が揺らいだように見えた。
けれど次の瞬間には、きっぱりと言った。
「―構わない。アイツが『不幸』のどん底を味わうなら、どうなったって構わない」
…若いって、良いことでもあるけど、ダメな部分もある。
怖いモノを知らな過ぎるのだ。
「…本当に、どうなっても構わない?」
「ええ。だからお願い! アイツを『不幸』にして! 立ち直れないぐらいの、ダメージを与えてよ!」
「はあ…」
深くため息をついた。
この暴走、何を言っても最早止まらないだろう。
「…分かったわ。彼には最上級の『不幸』を与えれば良いのね?」
「やってくれるのね! ありがとう!」
彼女は輝く笑顔を浮かべる。
…お礼を言いたいのはコッチの方なんだけどね。
最初に言った通り、願いが大きく・強ければ、反動も更に増すというもの。
まあ彼女がそれを願うのならば、わたしは実行に移すのみ。
学校ではすでに、わたしが言わなくても彼のウワサは暴走していた。
やがて教師に呼ばれ、親まで呼び出された。
けれど彼女のペットを轢き殺したことは言わない。
…う~ん。案外しぶとい。
だから今度はウワサの方向性を変えることにした。
彼の評判を落とす為ではなく、殺したモノに祟られていることにした。
だから彼は不運に見舞われるのだと―案外ウソではないことを広めることにした。
すると出るわ出るわ。
彼の周囲で起こるちょっとした悪いことは、全て祟りのせいにされてしまう。
人の見解とは恐ろしいものだ。
一度傾くと、勢い良く思考がそちらへ流れてしまう。
実際、祟り等ではない。
日常に起こる、ちょっとした不運なことだ。
誰でも何時でも起ってしまうことが、人の口で語られると祟りと成る。
彼が体育の時間に転んだことも、お財布を失くしてしまったことも、うっかりコップを割ってしまったことさえ、祟りのせいにされてしまった。
おかげで彼に近付く人はいなくなり、生徒達は遠巻きにヒソヒソとウワサを流す。
しかし彼は頑なだった。
決して祟りのせいにせず、偶然だと言い張った。
ここで神社にでも行けばまだ可愛げがあったんだけど…人の心はやっぱりよく分からない。
まあ確かにここでギブアップ宣言をすれば、彼は一つの命を奪ったことを認めることとなる。
彼にとって悪評が広まり続けることよりも、そっちの方が余程恐ろしいらしい。
やっぱりわたしには分からない感覚だ。
肩を竦めながら、わたしは彼に話かけた。
「顔色悪いよ? 大丈夫?」
「あっああ…」
彼は青白い顔で、二階の廊下の窓から外の景色を見ていた。
「ウワサなんて広まるのは早いけど、消えるのも早いから。気にしない方がいいよ?」
「…分かってる」
そりゃそうだ。
彼女のウワサもまた、広まるのは早く、消え去るのも早かったのを、彼は誰よりも知っている。
「なぁ…祟りってあると思う?」
「祟り、ねぇ…。祟りより、恨みの方がわたしは怖いわね」
「恨み…」
その一言は彼の胸に重く伸し掛かったのだろう。
「祟りって言うのは主に、死者が怨んで災いを起こすことでしょう? 恨みは生きた人間が発する感情だもの。わたしはよく分からない祟りより、分かりやすい恨みの方が恐ろしいわ」
「そう…だな。生きた人間の方が、よっぽど怖いよな」
彼は唇を噛み締め、窓から離れた。
「もう帰るな」
「ええ、さようなら」
彼は弱々しく微笑み、手を振って歩いて行った。
わたしは彼と同じように、窓の外に視線を向けた。
目の前に広がるのは、彼女と出会ったあの山。
…思ってしまうんだろうな。
そこでふと、駐輪場に視線を移した。
彼女がそこへ歩いて行くのを見かけたからだ。
彼女は自転車通学をしており、あのバイクもイヤでも眼につくだろう。
ちょっと可哀想な気もするけど…その時見えた彼女の表情が思い詰めたような顔をしていたので、少し疑問に思った。
しかしクラスメートに話かけられ、わたしは視線を逸らしてしまった。
…きっとここで彼女に声をかけていれば、未来は変わっていただろう。
―そう、彼がバイクで事故死するという未来を。
彼はわたしと別れた後、バイクに乗って、例の山の中を走っていた。
そこでバイクはトラブルを起こし、彼は亡くなってしまった。
翌朝、彼は祟りに合って死んだのだと、誰もが口々に言った。
しかしわたしは分かってしまった。
彼が本当は事故ではなく、殺されてしまったのだということを。
そう…あのペットのように。
ザアアア…
「豪雨、とも言えなくないわね。この雨の勢いは」
わたしは傘を差しながら、山のお墓の前に来ていた。
花屋から買った花束をお墓に供え、手を合わせる。
「お花、ありがとう」
声を聞いて、振り返る。
傘を差しながら、彼女が笑顔で立っている。
しかしこの笑みは、ペットのお墓に花を供えたから生まれたモノじゃない。
別の意味があることを、わたしは知っている。
「…コレで満足?」
「ええ、大満足よ。アイツ、このコと同じ死に方をしたんだもの」
彼女は笑いながら、石を撫でた。
…これで亡きペットが喜んでいるのか、分からないものだ。
「ちょっと言い方違うんじゃない?」
「ああ、あなたのおかげもあるわね。アイツを精神的に追い詰めてくれたのは、あなたの力があったからこそだから…」
「だからバイクで事故ったなんて話、わたしは信じちゃいないわよ」
言葉を遮って言うと、彼女の眼がぴくっと動く。
動揺したのだ。
「あの日、駐輪場へ行ったわね?」
「あの日って?」
「彼が死んだ日、よ」
「ええ、だって自転車通学しているもの」
「帰る前に、バイクに細工をしたでしょう?」
「………」
…この沈黙は、了承と受け取っていいだろう。
「彼、バイクの改造が趣味だったみたいね。だからアナタのペットを轢き殺すキッカケともなった」
昼間、たまたま彼の友達が話していたのを耳にした。
彼は手に入れたバイクを改造するのが趣味だったのだと―。
スピードをより早くしようと改造して、実験した。
成功はしたけれど、その代償は大きいモノだった。
「だから壊れたバイクを調べても、彼が勝手に改造したせいにされてしまう。よくもまあ良いタイミングで行ったものね」
彼はすでに精神的に不安定になっていた。
いつ自ら命を絶ってもおかしくないほどに。
「…だから言ったじゃない。あなたのおかげだって」
「わたしは確かに彼を追い詰めた。けれど死へ追い詰めたのは、あなたよ」
「どこにそんな証拠があるのよ!」
彼女はふてぶてしく笑った。
「証人でもいるの? いるなら出してみなさいよ」
証拠も証人もいない。
証拠は彼女が処分してしまっただろうし、証人もいないだろう。
駐輪場は裏門にあり、あの時間帯、帰宅部はとっくに帰り、部活をしている生徒達は活動している最中だった。
絶妙なタイミングで、彼女はバイクに細工をしたのだろう。
彼が精神的に最も弱っている時を狙い、バイクに細工する機会を狙った。
このわたしを利用して―。
「…ねぇ。彼が何故、この山に再び訪れたか、知ってる?」
「知らないわよ、そんなこと」
「アナタに会いに来たんじゃないの? そしてペットのことを謝りたいと思ったんじゃないかしら?」
彼にとっては忌まわしい場所なのに、あの日、ここへ来た。
それは彼女に出会い、謝罪しようとした可能性が高い。
…もっとも、今となっては確認しようがないのだけど…。
「そんなの分からないじゃない! またここにスピードを出してバイクを走らせたかっただけじゃないの?」
まあ…その可能性も否定できない。
だけどアレだけ弱っているのに、その可能性は低い。
彼は憂さ晴らしを簡単にできるような人間ではない。
それは弱っていく彼を見続けて、思ったことだった。
だけど彼女は否定する。
そんなこと、あるはずがない―と。
でなければ、彼女は自らの罪を後悔してしまうから。
罪悪感でおかしくなりそうだから、否定する。
…でもそんなの、彼と一緒だ。
自ら奪ってしまった命、なのに己の行動に責任を持たないなんて…。
否定してしまえば、彼と全く同じであることを、彼女は理解できないのだろうか?
いや、彼と全く同じだからこそ、認められないのだろう。
虚しいことだ。
わたしは肩を竦めて、深く息を吐いた。
「…とにかく、依頼は終了したわ。成功報酬、貰っても良いわね?」
「ええ、どうぞ。できることなら、何でも」
彼女は大胆になっている。
憎い相手の命を奪ったことで、自分が大きく成長できたとでも思っているのだろうか?
―残念ながら、それはわたしが否定する。
「わたしがアナタに与える『不幸』は、コレよ」
わたしは彼女の目の前に立ち、左手で自分の胸に触れた。
そこは心臓の真上だ。
わたしの心臓の鼓動は弱々しく、そして不定期。
このままだと、数ヶ月も持たないだろう。
「一応聞いておくけど、アナタ、丈夫よね?」
「えっええ…。持病とかはないわ」
「なら結構。普通の寿命で構わないわ」
「えっ…?」
わたしは傘を持つ手を放した。
そして右手で、彼女の胸に触れる。
そこは彼女の心臓の位置だ。
力強く、鼓動を刻んでいる。
「―上等ね」
わたしは笑みを浮かべ、グッと両手を強く押した。
どくんっ!
「がはっ…!」
彼女は大きく眼と口を開いた。
わたしの手を振り切ったが、すでに終わった。
彼女は自分の胸を掻き毟り、傘を放り出し、暴れ回る。
その顔色はみるみる白くなり、眼の色が濁る。
やがて地面に倒れ、痙攣し、動かなくなった。
「ちょうど心臓が持たなくなっていたのよね。タイミングが良かったわ」
わたしは再び胸に触れる。
彼女と同じ、力強く鼓動が刻まれている。
―そう。彼女に引き受けて貰った『不幸』は、わたしの弱くなった心臓。
そして頂いた『幸福』は、彼女の残りの寿命の全て。
「コレで五~六十年は持つかしら? まあその間に、他の寿命も貰うかもしれないけどね」
わたしは落とした傘を持ち、再び差した。
踵を返したところで、ふとお墓を見てしまった。
…コレでもう、このお墓を訪れる者はいなくなってしまったのだ。
ちょっと悪いなとも思ったので、わたしは彼女の傘を拾い、動かぬ肉体に差してあげた。
こんな力があるけれど、心が無いわけじゃない。
わたしは〈呪女〉と言うモノ。
人間の願いを一つ必ず叶える代わりに、わたしの『不幸』を引き受けてもらい、『幸福』を得るモノ。
だから本当の姿も違うし、歳も違う。
性別はまあ女性のままだけど。
この能力を持つ意味は、何故だか理由も原因も分からない。
しかし生まれ付きあった。
しかもわたしだけじゃない。
わたしの血筋、主に女性がこういう力を持つモノが多かった。
つまり先祖代々、受け継がれたモノなのだ。
ゆえに誰が言い出したか知らないけれど、〈呪女〉と呼ばれている。
呪いという言葉を使われるのは、本当のことを言うとちょっと不本意だったりする。
確かに『不幸』と『幸福』を操るけれど、それはあくまでも依頼人がいるから成り立つ契約だ。
そう…依頼人である人間が存在するからこそ、わたし達みたいなモノも存在するのだ。
例え害を与えるモノであっても、換わりに願いを叶えるのならば、お互い様だというもの。
しかし受け継ぐのが女性限定というのは、何故だか頷ける。
古今東西、恨みの話の多くは女性が多い。
感受性が男性よりも豊かだというものもあるけど、女性は孕む。
子供もだけど、恨みも孕むモノだ。
「ふふっ。女の恨みほど、恐ろしい感情はないかもね」
恨む気持ちはそうそう長続きはしない。
しないからこそ、短期間で恐れるほど燃え上がるのだ。
わたしは山道を歩きながら、スキップした。
得たモノが良かったから、気分も浮かれているのだ。
「さて…次はどんな取り引きになるのかしら?」
取り引きを持ちかけるのはわたしだけれど、受けるのは依頼人次第だ。
そこでちゃんと説明を求められればするけれど、ほとんどスルーされるのはちょっと悲しくもある。
…まあだけど、説明をちゃんと聞いたところで、契約破棄を言い出す人間はいないんだけどね。
だからこそ、人間らしいとも言えるところが、情けなくも愛すべきところかもね?
【終わり】




