悪食
私たちの寝床は暗い押入れの中だった。狭い空間に無理矢理、薄い布団が引かれている。床の冷たさが布を突き抜けてくるので、私とトウキはいつも寒くて、お互いに体を寄せ合っていた。けれどそれが見つかったとき、お父さんがきもちわるいといってトウキの頭をガラス戸に叩きつけた。トウキは血まみれになって、だけど病院につれていってはくれなくて長いあいだ熱をだしていた。お父さんは呼吸の音がうるさいとまたトウキを殴った。それ以来私たちは肌をあわせるのはやめた。
夕方からあとは音をだすと怒られるから死んだようにじっとしている。目が慣れてくるとトウキが横になっていないのがわかる。膝を立てて部屋のほうを見ている。部屋からはテレビと父と母の笑い声が聞こえる。時々箸と皿がかちゃかちゃいって、きっと私が用意した温かいご飯を二人で食べているんだろうなと想像してしまう。そうすると決まってお腹が空いてくる。なにも食べていないのは、一昨日からだったか。以前は自分で作ったごはんを味見して凌いでいたけど、卑しい子だとひどく怒られてからそれもできなくなった。でもトウキはもっと食べていないはずだから我慢する。堅く目を閉じるけれど、今度はお父さんの笑い声が頭の中でぐるぐるまわりだす。お父さんのことは好きだけど、暴力を振るうお父さんは好きではない。汗が吹き出る。お腹の少し上辺りがきゅうと引き締まる感覚がやってくる。ああ、痛い。
ふと私の額になにかが触れた。トウキの手だった。トウキの手は冷たくて気もちいい。少し痛みが冷えていくのがわかる。
「ねぇ、トウキ」
「なぁに?」
「私たち、幸せだよね」
「うん、そうだね」
トウキはいつもニコニコしていて楽しそうだ。それは暗い顔をするなとお父さんに言われ続けた結果なのが、私は少し悲しかった。トウキはいつもがんばって笑っている。
「フユミは、外にでたらなにしたい?」
「わかんない」
「僕はなにをしたいだろう」
「わかんない」
トウキは外にでたいのだろうか? 私はあまり出たいとは思わない外は恐いところだって、お父さんもお母さんも言っている。外にでて働きにでているからストレスが溜まるんだそうだ。ストレスってなんだろう。お父さんとお母さんがトウキや私を蹴ることとなにか関係があるんだろうか。私たちと同じくらいの子どもはみんなお父さんやお母さんに蹴られているんだろうか。大人になったらみんな外で働いているらしいから、きっとそうなんだろう。
不意に襖が開いた。光が入ってくる。お父さんが立っている。
ああ、お父さんとお母さんが、私が声をだしたことを怒っているのだ。
「……ご、ごめんなさい」
悪い事をしてたら謝らないといけないんだと教わった。でもお父さんは怒ったままだった。許してくれなかった。
おまえはほんとにいつもないてあやまったらなんでもすむとおもいやがってむかつくんだよそのいじけたつらもっとこどもらしくにこにこできないのかいったいおまえにいくらかけてるとおもってるんだしんでかねうかせやがれ。あ? トウキ、おまえおやにむかってなんてめをしてんだ? ごっ。あにきなんだからいもうとのことくらいしっかりめんどうみやがれよ。が、どんっ。ばき
私は目を閉じて耳を塞ぐ。あれはお父さんじゃない。私のことはトウキが守ってくれる。だから恐くない。「これ」は恐くない。殴られるのも恐くない。蹴られるのも怖くない。本当は嫌だけど我慢できる。
ただ私は、日に日にトウキの目が尖っていくことだけが堪らなく恐かった。




