王子の俺が女装して女子校に潜入したら、スパダリ騎士令嬢に攻略されました
「……いや、なんで俺が女装して忍び込むんだよ」
鏡の中で、知らない美少女が俺を睨んでいる。
いや、俺だ。
侍女が俺のまつ毛を増やし、髪を伸ばし、笑顔まで貼り付けた結果がこれだ。
「殿下。王妃様の件をお忘れなく」
側近の冷静な声が刺さる。
——母上の善意が、国庫を溶かした。
次は、同じ失敗をしない。
つまり『猫を被った令嬢』を見抜け、と。
……それでなんで、俺が猫を被るんだよ。
「だからって、俺がスカートで学園に潜入する必要ある?」
「同性の距離でしか見えない『線引き』があります」
「線引きのために俺の尊厳を引き裂くな」
学園の門をくぐった瞬間、視線が突き刺さった。
背が高い転入生——つまり俺——はそれだけで目立つ。
——やばい。ここは目立ったら負けだ。
「転入生さん?」
振り向くと、背筋の伸びた少女が立っていた。
長身。凛とした声。金髪のストレートロングに、碧い瞳。
何より、所作が騎士だ。
……いや、木剣袋を提げてる。騎士だこの子。
「迷ってる?案内する」
「え、あの……」
「大丈夫。私がついてる」
手を取られた。細い指なのに、離す気がない握り方。
やめろ、その台詞。心臓に悪い!
廊下を歩くだけで、周囲がざわざわし始めた。
「見た?騎士令嬢様が転入生をエスコートしてる!」
「お似合いっ!!」
「壁になってお二人をずっと愛でたい……!」
壁?なんの話だ。ここ、学園だよな?
学園こわ。……つまり、視界の端で尊さを摂取したい連中ってことか。
少女は平然としている。むしろ、視線を遮るように俺の前に半歩出た。
「見世物じゃない。近づくなら礼儀を」
言い方がイケメンすぎる。
「……あの、名前は?」
「まだ名乗ってなかった。——私はカリーナ・ド・ヴァレリオン。あなたは?」
「アン……アン・ド・クレールです」
ヴァレリオン……確か侯爵家。
当主は騎士団の師団長。兄三人も弟三人も騎士筋。
——そりゃこうなる。
「緊張してる?」
「してません」
「嘘。手、冷たい」
冷たいのはお前のせいだよ、俺は今、女装で——
女の子と手をつなぐなんて初めてなんだよ。
二日目の放課後、遠くから聞き慣れた声が飛んだ。
「——殿……っ」
側近だ。やめろ。今ここで俺の身分が——
俺が固まったのを、彼女が見逃さない。
「知り合い?」
問いの声が、少しだけ低い。
俺は笑顔を作る。作れているかは知らない。
「……違います」
「ふうん」
死んだ。潜入開始、二日目。
俺は呼吸だけ整えて、廊下の角へ彼を誘導した。
背後から、カリーナの視線が突き刺さる。
「経過報告を」
「今それどころじゃない。ここは女子校だぞ。声を抑えろ」
「女子校ですからね。殿下も『女子』ですし」
殺すぞ。
側近は俺の姿を上から下まで眺め、口元を歪めた。
「なるほど。学園の王子役は、彼女にお譲りしたんですね」
「譲ってない」
「では姫役ですか。可憐でいらっしゃる」
「黙れ」
その時。
「——あなた」
静かな声が割って入った。
振り向くと、カリーナが立っている。笑っていない。
いつもの柔らかさが消えて、目だけが冷たい。
「その人、誰?」
「……ただの——」
言いかけて、詰まった。嘘を重ねるほど、カリーナが遠くなる気がした。
側近が、面白がって一歩前に出る。
「失礼。彼女は可愛いですね。あなたが玩具にしたくなるのも——」
「——やめて」
声は低い。でも、怒鳴ってない。
それが逆に怖い。
「彼女を弄ぶなら、私に勝ってからにしなさい」
鞘から、木剣が抜かれた。
抜刀の所作が、冗談じゃなく本物だ。
廊下が凍りつく。
周囲の女子たちが、息を呑んだ後——
「きゃ……っ」
「尊い……!」
「壁になりたい……!」
違う、壁とか言ってる場合じゃない。
側近も一瞬で青くなる。
「……え、ちょ、冗談——」
「冗談で踏んでいい線じゃない」
俺の心臓が、変な音を立てた。
やめろ。かっこよすぎる。
俺は今、止めたい。止めたら理由を問われる。
止めないと決闘が始まる。
「あ、ヤバ……」
思わず漏れた声に、彼女がこちらを見た。
その目が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「大丈夫。怖くない」
——姫扱い。完全に。
……無理。惚れる。もう惚れてる。
まずいまずいまずい!!
女子校の廊下で決闘って何?ここ、訓練所じゃないよね?
「場所を移しましょうか」
カリーナが平然と言い、側近が反射で頷く。
平然と移すな。女子相手に正気か?中止しろ
周囲の女子たちは、手を口に当ててきゃあきゃあしている。
「決闘……!」
「騎士令嬢様、男役すぎる……!」
「壁になりたい……!」
壁、多すぎだろ。全員いったん消えてくれ。
中庭。
輪ができた。勝手にできた。止められない勢いでできた。
「では——」
側近が木剣を構える。
カリーナも構える。姿勢が良すぎて、絵になりすぎる。
頼むから動画にするな。SNSに上げるな。国が終わる。
「始め」
——カンッ!
誰だよ開始のゴング鳴らしたの!?
木剣がぶつかり、乾いた音が響く。
速い。強い。何より、二人とも迷いがない。
え、待って。ガチじゃん。
カリーナの剣は綺麗だ。無駄がなくて、まっすぐ。
側近の剣はえげつない。実戦寄りで、相手の隙だけを狩りに来る。
やめろ。どっちが勝っても地獄だ。勝った側が『正しい』みたいになる。
それに、怪我したら——説明が——
「っ」
カリーナの足が一歩、深く踏み込む。
側近がそれを読んで、半歩ずらす。
やめろ!読み合い始めるな!楽しくなってくるな!
周囲の歓声が途切れた。
みんな気付いたのだ。これ、遊びじゃない。
その瞬間、俺の中で何かが切れた。
もう無理。止める。止めるけど『男』として止めたら死ぬ。
『女』として止める。俺は今、女……
「やめて!!私のために争わないで!!!」
自分の声が通った、思ったより高く出た。
声が届いた瞬間、二人の表情が変わる。
だが、踏み込んだ足も、振り抜いた腕も、もう戻せない。
カンッ!!
二人の木剣が交差し、周囲が息を呑んだ。
「……大丈夫?」
「大丈夫じゃない!」
木剣を放り出して駆け寄ってくるカリーナの問いに対し、俺は勢いで叫んだ。
「女子校で!決闘!しないで!!」
「え」
「え、じゃない!!」
言ってから気付いた。
俺、今、学園の常識を知らない転入生っぽく振る舞ってる。
それはそれで怪しい。
でも、止まった。止まっただけ勝ち……!
側近が咳払いをして、妙に丁寧に頭を下げた。
「失礼しました。軽率でした」
お前、急に社会性を取り戻すな。
最初からそこは持っとけよ。減給するぞ。
カリーナはまだ納得していない顔だ。
『弄ぶなら勝ってから』って言った子が、こんな簡単に引くわけがない。
俺は息を整えて、必死に『女子の理屈』を探した。
「あなたが怒ってくれたのは、嬉しい。……でも、剣は怖い」
「……私、冗談にされるの、嫌いなの。特にアンのことは」
俺、何を言ってる?
でも、今のは嘘じゃない。怖かったし、嬉しかったし……
カリーナの表情が、すっと緩んだ。
そして、俺の手を取って——指先を包む。
「ごめん。私、やり方を間違えた」
低い声。優しい。優しすぎる。
「次からは、剣じゃなくて言葉で守る」
「……」
「怖がらせない。約束する」
それが一番、心臓に悪いんだよ。
俺は笑うしかなくて、笑ってしまった。
そして気付く。
……俺、これ……落ちてる。
出会って二日で。惚れっぽすぎる。馬鹿か。
カリーナは、何も知らないまま微笑む。
「お詫びに、今日は私が送る」
「……うん」
送られる側になってる時点で、もう終わっているだろ。
件名:学園潜入任務 経過報告(極秘)
追記1:学園内に『壁になりたい』文化が存在。観測者多数。警戒を要す。
追記2:対象A、当方(側近)への敵意を確認。武器(木剣)を抜刀。
追記3:対象B、止めに入る際の身体能力が想定より高く、周囲に疑念を誘発。
潜入初日にカリーナと知り合ってから、何かと世話を焼かれる。
そして、存外にカリーナと過ごす女子高での生活が楽しくなってくる自分に引いてるのも事実。
そして、なんで文化祭にロミジュリなんだよ。
ロミオはもちろんカリーナ。
カリーナは似合いすぎて笑えるレベル。
ジュリエット?……そんなの、もちろん俺がジュリエット。
件名:学園潜入任務 経過報告(極秘)
追記4:二次創作(コピー本)を確認。通称『白薔薇』。内容は目撃情報に基づき精度が高い。
追記5:対象B、当該冊子を没収しようとして逆に購入(証拠保全の名目)。情緒不安定。
追記6:文化祭演目『ロミオとジュリエット』配役が確定。
ロミオ:対象A/ジュリエット:対象B。拒否権なし(投票圧による)。
客席は暗い。照明だけが二人を切り取る。
ロミオの手が、ジュリエットの頬に添えられる。
落ち着け。台本通りだ。
これは演技。演技。演技——
「さらばだ、愛しい人」
カリーナの声が低くて、綺麗で、反則みたいに優しい。
……やめろ。台詞の威力が高すぎる。
リアル王子の俺ですら、そんな言葉吐いたことないぞ。
顔が近づく。
目を開けていれば、逃げられる距離だった。
なのに——
俺は、目を閉じた。
勝手に。反射みたいに。
唇が、無意識に『待つ形』を作ってしまう。
え?俺、今、何して——
触れる。
フリをするだけ。一瞬のはずだった。
……なのに、離れない。
台本の行間に、もう一拍、時間が落ちる。
観客席が無音になったのが、肌で分かった。
カリーナの指先が、ほんの少しだけ震える。
あ。彼女も——
気付いた瞬間、遅れて頭が真っ白になる。
台本、終わってる!!終わってるのに俺、まだ——
ようやく離れた時、舞台上の空気が一段変わっていた。
『演技』じゃなくなった、って全員が分かった顔をしてる。
拍手が爆発する。悲鳴も混じる。
「尊っ……!!」
「生まれてきてよかった!!!」
「一拍長いの、公式が最大手で正義ですわ!!」
やめろ。公式にするな。
カーテンコールで、俺は笑顔の仮面を貼り付けながら、内心だけで崩壊していた。
……終わった。任務も、俺の心臓も、全部。
舞台袖に戻った瞬間、カリーナが小さな声で言う。
「……ごめん。長かった?」
謝るな。お前が謝ると、俺がますます——
「……嫌だった?」
真っ直ぐな目。
俺は一拍だけ呼吸して、負ける。
「……嫌だったら、目を閉じてない」
カリーナの耳が赤くなる。
でも、きっと俺の方が赤い。
惚れっぽすぎてオモロい、って思ってたけど。
笑ってる場合じゃない。俺、もう詰んでる。
舞台袖。まだ拍手の余韻が遠くに残っている。
衣装のままの俺は、呼吸の仕方を忘れていた。
「……冗談で、女の子がこんなことしないで」
自分の声が震えているのが分かる。
カリーナは目を逸らさない。
「本気にしてしまうから」
「本気にしていいよ」
即答だった。
それが怖くて、嬉しくて、どうしようもなくて、喉が詰まる。
「……していいわけない」
「どうして?」
「だって——」
言えない。言ったら全部壊れる。
でも、もう壊れてもいい気がした。
「カリーナ。驚くかもしれないけど」
カリーナの眉が、ほんの少しだけ動く。
それだけで、心臓が跳ねた。
「俺は、男なんだ」
その一瞬、世界が静かになる。
「……驚くと思う?」
カリーナが小さく笑って、いつもの調子で言う。
「最初から知ってたけど」
「は?」
声が裏返る。
俺の覚悟が、舞台の照明みたいに眩しく空回りする。
「歩き方。止まり方。視線の置き方。あと、隠しきれてない癖がいくつか」
「じゃあ、なんで黙ってたんだ」
「知られたくないのかと思って」
「俺は必死だったんだぞ……!」
カリーナは少しだけ、申し訳なさそうに言った。
「……ダメだった?」
「ダメなわけあるか……!」
怒鳴りたいのに、声が優しくなる。
情けない。けど、これが本音だ。
「俺は、必死だった」
「うん。知ってる」
「……じゃあ、なんで」
カリーナは一歩近づいて、俺の頬に触れそうで触れない距離で止まった。
「必死な人を、笑いものにしたくなかった」
「……」
「だから黙ってた。アンが自分で言えるようになるまで」
胸が痛い。
今度は、守られたせいで。
名前を呼ぶだけで、喉が熱い。
「……カリーナ」
「冗談じゃない。さっきのも。今のも」
カリーナは静かに頷く。
「だから、本気になって」
「……本気にして、どうする」
「選ぶんでしょ?」
「……え」
「あなたが誰を選ぶか、ずっと見てたんでしょ?」
そこで初めて、カリーナの目が少しだけ揺れる。
余裕じゃない。強がりだ。
「でもね」
カリーナが小さく息を吸う。
気が付けば手を取られ、指が絡まる。
「知らなかったこともある」
「……何」
「私は可愛いものを愛でるのが好きで、アンが可愛いから近づいた——」
「可愛い……」
「それが一番、最低だと思ってた」
カリーナはそう言いながら、俺の手を唇に寄せる。
「だから、好きになったって言う資格がない気がした」
俺は、もう笑うしかない。
惚れっぽすぎてオモロい、なんて、今さらだ。
こんなの惚れずにいられるわけがない。
「だから、私はずっと本気」
カリーナは言い切って、俺の衣装の袖をそっと掴んだ。
逃がさない握り方。剣を持つ手と同じ、迷いのない指先。
「……責任、取るから」
「責任って、それ俺が言う台詞じゃないのか」
「アンは言わなくていい。私が言う」
胸が詰まって、笑いが出そうになる。
「俺、男に戻ったら少しは格好つくと思ってたんだ」
「うん」
「でも……無理だ。勝てる気がしない」
カリーナが眉を上げる。
「何に?」
「カリーナのスパダリに」
一瞬、カリーナが固まって——すぐに小さく吹き出した。
「じゃあ、勝たなくていい」
「え」
「並んで。私の隣に」
近い。
さっきの舞台よりずっと近いのに、怖くない。
「……アンじゃなくて、アンドリアスって呼んで」
言った瞬間、顔が熱くなる。
カリーナは間を置かず、はっきりと呼んだ。
「アンドリアス」
たったそれだけで、全部がほどける。
「うん」
「うん、じゃない」
「……好きだ」
「知ってる」
「……それも、最初から?」
「それは、今知った」
カリーナが、今度は冗談じゃない顔で言う。
「全部、本気にして好きになって。——もう、逃がさないから」
やばい。俺、王子なのに。
この人に『娶られる』未来しか見えない……!
件名:学園潜入任務 経過報告(極秘)
追記7:キスシーン、台本ではフリ想定のはずが、接触により時間が約一拍延長。対象Bは終始目を閉じていた。
追記8:観客の反応は極めて良好。『公式』なる概念が成立。収拾不能。
翌朝、俺は鏡の前で息を吐いた。
侍女たちに囲まれて、髪を解かれていく。
「本日で潜入は終了ですか、殿下」
「……終了、というか……」
言い方が分からない。
任務はまだ終わっていないはずなのに、俺の中では何かが確定している。
言い淀んでいると、扉が控えめに叩かれた。
「入るよ」
カリーナの声。
侍女たちが空気を察して、波が引くように下がった。
残された俺は、半端な髪と半端な心で立ち尽くす。
カリーナは俺を見るなり、自然に言う。
「アンドリアス。朝食、食べてないでしょ」
「……食べるつもりだった」
「つもりは要らない。食べる。それか食べさせようか?」
命令形が優しいの、反則だ。
「……カリーナ」
呼ぶと、カリーナはすぐに近づいて、俺の襟元を整えた。
指先が熱い。
「昨日のこと、後悔してる?」
「してない」
即答してしまって、俺は自分に驚く。
カリーナが少しだけ笑う。
「じゃあ、今日からは——本気でいこうかな」
「……」
「本気で、私の隣にいて」
俺は喉を鳴らして、頷いた。
男に戻っても勝てない。
この人のスパダリに、勝てる気がしない。
「……俺、王子なんだけど」
「知ってる」
「勝手に決めないでくれ」
「勝手に決めてない。あなたが頷いた」
手遅れ。
嬉しい方の手遅れ。
そこへ、最悪のタイミングで側近が現れた。
「殿下。経過報告の時間です」
「今じゃない」
「今です」
カリーナがちらりと側近を見る。
「からかうなら、私に勝ってからにしなさい」
「はい」
即答すんな!!
側近は咳払いして、真顔のまま紙を差し出した。
「改めて報告書です」
「やめろ」
「極秘です」
「やめろ!!」
カリーナが興味深そうに覗く。
「……何が書いてあるの?」
「読まないで」
「読んでいい?」
「よくない!!」
でもカリーナは、俺より強い。
「じゃあ、私が預かる」
「没収すな!!」
側近は静かに追撃した。
「追記欄のみです」
「その追記欄が一番危険なんだよ!」
カリーナが紙を受け取り、さらっと目を通す。
そして、俺を見て、にこりと笑った。
「……『攻略される側へ移行』だって」
「書くなぁぁぁぁ!!」
側近は涼しい顔でペンを走らせた。
俺は机に額をぶつけた。
「壁、仕事しすぎ……」
カリーナが背中を撫でる。
「大丈夫。私が守る」
「……俺、王子なんだけど」
「うん。私だけの王子でしょ」
完敗です……
件名:学園潜入任務 経過報告(極秘)
追記9:対象A、対象B(殿下)への独占行動が顕著。周囲の壁文化、公式行事に介入し制御不能。
追記10:殿下、正体告白を実施。対象Aは既知であった。殿下の精神的損耗が増大。
追記11:殿下、正式に『攻略される側』へ移行。以後、対象Aの指示に従い行動する見込み。
追記12:殿下の心拍数、平時の三倍(測定:壁)
『白薔薇・文化祭特別号 〜一拍の永遠〜』
発行:白薔薇文芸部(後方見守り隊)
注意:ご本人様の閲覧は固くお断りします
※印刷担当より:守れた試しはありません。
目撃録:第一幕「決闘の誓い」
中庭にて、ロミオ(カリーナ様)は剣を抜いた。
ジュリエット(アン様)は止めに入った。
「やめて!!私のために争わないで!!!」
その叫びは、恋の始まりを告げる鐘であった。
※鐘:心臓のこと
解説(壁注)
ここでジュリエットが止めに入った瞬間、ロミオの視線が柔らかくなったとの証言多数。
壁は見た。壁は息を止めた。
文化祭演目『ロミオとジュリエット』抜粋
舞台は夜。白薔薇の香り。
ジュリエットは息を潜め、ロミオの影を待つ。
ロミオ(低く、優しく)「さらばだ、愛しい人」
(客席:静寂)
(壁:尊死)
ロミオはジュリエットの頬に指を添える。
指先は剣を持つ者のそれなのに、触れ方だけは限りなく丁寧だ。
ジュリエットは、ゆっくり目を閉じる。
——その瞬間、世界は息を止めた。
触れる。
一瞬のはずだった。
だが、ロミオは離れない。
一拍。
台本にない時間。
誰のものでもないはずの間が、確かに二人のものになる。
(客席:無音)
(壁:息の仕方を忘れる)
やがて唇が離れる。
ジュリエットの睫毛が震えた。
ロミオは何も言わず、ただ『守る側の目』で見つめていた。
壁注:重大事項
『一拍』は存在した。複数名が同時に確認。
これは事故ではない。公式である。
観客席インタビュー(抜粋)
「壁に生まれてよかった。床でもよかった」
「拍手が遅れたのは、心臓が再起動してたから」
「ロミオが『勝った』とかじゃない。ジュリエットが『選んだ』」
巻末付録:壁の心得(改訂版)
当人に迷惑をかけない
尊さは静かに抱きしめる
ただし一拍は記録する(重要)
編集後記
今号の主題は『一拍』です。
なお、ジュリエット様は本番後、舞台袖で顔が真っ赤だったという目撃情報あり。
……尊いので次号も出します。
(※追伸:極秘報告書の存在を確認しました。入手経路は秘密です。)
ブックマーク、☆☆☆☆☆、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




