第2話 前編【それ、あなたの感想ですよね?ー論理の賢者と市場の罠】
「あんた……! 妖魔軍がこの町に何をしたか、忘れたとは言わせないよ!」
ルイーダの怒号が、酒場の空気を震わせた。カウンターを叩く拳の音が、重々しく響く。
「三年前だ。町中の子供たちが原因不明の咳に苦しんだ時、あいつらは法外な値段で『聖水の代用品』を売りつけやがった。あれを仕組んだのが妖魔軍の自作自演だってことは、冒険者の間じゃ常識なんだよ!」
だが、対面に座るその男——ぴろゆきは、小刻みにパチパチと瞬きを繰り返しながら、拍子抜けするほど淡々とした声を返した。
「あー、それ。何か証拠あるんすか? ギルドの公式報告書には『魔力汚染による自然発生』って明記されてましたけど。……あ、もしかして。ギルドが自分たちの調査能力不足を隠すために、とりあえず妖魔軍のせいにして責任転嫁してるって可能性、考えたことないすか?」
「なっ……!?」
その瞬間、男の背後に不気味な魔力の揺らぎが生じた。
【固有スキル:事実陳列が発動しました】
ルイーダの脳裏に、強制的に「不都合な記憶」がフラッシュバックする。 当時、調査を強引に打ち切ったギルド職員の冷淡な顔。書類の隅に書かれた『予算不足により調査終了』という無情な一筆。 ルイーダが「感情」で蓋をしていた「真実」が、無慈悲に引きずり出されていく。
1. 崩壊する世界の前提
ぴろゆきは、空になったグラスの縁を指先でなぞりながら、この世界の勢力図を「経営学」という未知の刃で切り裂いていく。
「まず、魔帝国。あそこはただの『脳筋ブラック企業』っすね。殺して奪うだけの略奪モデル。でも、奪う対象がいなくなれば自滅する。今の時代、そんな前時代的なモデル、投資対象にすらならないんすよ」
彼は鼻で笑い、続ける。
「賢いのは妖魔国です。彼らは『病』を自ら作り、その『修正パッチ(ワクチン)』をサブスクリプションで売っている。今や人間界のインフラは彼らの魔導技術なしじゃ回りません。実質、人間界はもう妖魔国の『下請け会社』に過ぎないんすよ」
「……っ、何を……」
「対して、人間界はどうっすか? 『勇者の再来』なんていう、再現性のない奇跡頼みの経営。まともな給料も払えないクセに『世界を救うやりがい』なんていう精神論で冒険者を使い捨てにする。……客観的に見て、どっちが『悪』なんすかね?」
ルイーダは絶句した。 長年の経験則が、彼の言葉に混じる「残酷なまでの正論」を否定することを拒んでいた。
2. 異質なステータス
沈黙の中、縁子が静かに動いた。 彼女は懐から取り出した魔法鏡を使い、壁面に男の『ギルドカード』を投影する。
【登録名:ぴろゆき】 【職業:言霊師】
【特殊スキル】 ・事実陳列:対象が隠蔽している「不都合な真実」を強制可視化する。
・論理の盾:発動条件「それ、根拠あるんすか?」。相手の魔法・スキルの論理矛盾を突き、無効化する。
・感想遮断:精神干渉を「あ、それあなたの感想ですよね?」の一言で100%遮断する。
・扇動:自身の主張を「もっともらしい空気」として伝染させ、組織を内部崩壊させる。
「ルイーダさん、彼の言うことは『現在の市場データ』としては正しいわ」
縁子の澄んだ声が、凍りついた酒場に響く。
「実際、冒険者の離職率は過去最高を記録している。その4割は、好待遇を謳う妖魔国系企業への『闇転職』……。彼は、この世界の歪んだ構造を言語化しているに過ぎない」
ぴろゆきは、勝ち誇ったように肩をすくめた。 「ほう、話がわかる人がいて助かります。結局、強い方に巻かれるのが最適解なんすよ」
3. キャリアアドバイザーの「逆論破」
「いいえ。ぴろゆきさん。あなたは一つ、致命的な計算違いをしているわ」
縁子は不敵な笑みを浮かべ、カウンター越しに一枚の羊皮紙——「異世界版・職務経歴書」を突きつけた。
「ほう、計算違い……? それ、あなたの感想ですよね?」
ぴろゆきの決め台詞に対し、縁子は眉一つ動かさず、プロのアドバイザーとしての冷徹な眼差しを向けた。
「いいえ、市場独占禁止法の観点からの指摘よ。妖魔国が世界を統一し、完全なプラットフォーム独占を果たした瞬間……彼らにとって、自分たちのシステムを脅かす『優秀な論破屋』は、排除すべきバグでしかなくなる」
ぴろゆきの眉が、微かにピクリと動く。
「転職後のあなたの『推定生存率』、計算してみたことはある? 妖魔国の独裁体制下では、あなたのその『ロジカル』こそが真っ先に処刑対象になる。……今のあなたは、自分を殺すためのナイフを、笑顔で研いでいるようなものよ」
「…………」
「私が提案するのは、妖魔国への転職じゃない。彼らの独占を崩し、あなたの『論理』が価値を持ち続けられる新しい市場の創造——いわば、世界の『事業再編』よ」
縁子の瞳に、プロフェッショナル特有の冷徹な熱が宿る。 論理で世界を冷笑する男を、さらにその上を行く戦略で黙らせる。 異世界転職人・縁子の本当の戦いは、ここから始まった。




