異世界転職人(リクルーター)誕生
1. 鳴り止まないコールと、終焉の静寂
「はい、キャリア・ブリッジの縁子です。……左様でございますか。ええ、そのご希望条件であれば、現在はエンジニア枠よりも、プロジェクトマネージャーとしての適性を前面に押し出すべきです。あなたの強みは——」
オフィスに鳴り響く、電子音の咆哮。 縁子、30歳。職業、キャリアアドバイザー。 彼女の武器は、サーバーに蓄積された無機質な求人データではない。受話器越しに伝わる微かな声の震え、無意識に繰り返される語彙の癖——それらから、本人すら気づいていない「原石」を掘り起こす、異常なまでの直感と洞察力だった。
(……この人、本当は現場よりも調整役をやりたがってる。声が、安心したがってるもの)
深夜。ビルを抜ける風が冷たい。最後の面談を終え、疲れ果てた身体を引きずるようにオフィスを出ようとした、その瞬間だった。 胸の奥を、灼熱の杭で貫かれたような激痛が走る。
(あ、これ……マズい……。まだ、あのクライアントさんに、内定の連絡……送ってないのに……っ)
指先から体温が奪われ、視界が真っ白に染まっていく。 無機質な蛍光灯の光が遠のき、縁子の意識は深い闇の底へと沈んでいった。
2. 伝説の酒場と、黄金のスープ
「……っ、はぁ!?」
脳内を埋め尽くしていた、締め切り直前のアラート音が霧散していた。 代わりに耳を打つのは、軽快に爪弾かれるリュートの音色と、腹の底に響くような荒々しい笑い声。そして、芳醇なエールと煮込み料理が混ざり合った、暴力的なまでに食欲をそそる香り。
「ここ、は……?」
縁子が目を開けると、そこは重厚な石造りの建物の軒下だった。 つい先ほどまで彼女を苛んでいた胸の激痛は、嘘のように消え失せている。だが、自身を見下ろして絶句した。新調したばかりのブランドスーツはボロボロに裂け、泥にまみれている。
視界の端を、巨大な怪鳥が横切っていく。 通りを往くのは、革の鎧に身を包み、腰に無骨な鉄塊を下げた「冒険者」たち。 あまりの非現実感に眩暈を覚え、縁子がその場に崩れ落ちた時——。
「おい、あんた。そんな面して座り込んでると、せっかくの酒が不味くなる。ここは死体置き場じゃないんだよ」
頭上から降ってきたのは、雷鳴のような迫力と、不思議な包容力を兼ね備えたハスキーボイスだった。 見上げると、そこには腰に手を当てて仁王立ちする一人の女性がいた。 鮮やかな髪を無造作に束ね、白いエプロンから溢れんばかりの豊かな肢体。その背後に掲げられた看板には、古めかしい、だが力強い書体でこう刻まれていた。
——『ルイーダの酒場』。
「すみません……少し、立ちくらみが……」 「腹が減ってるのか、人生に詰んだのか。どっちだい?」
ルイーダと呼ばれた女性は、射抜くような視線で縁子を覗き込んだ。それは、数多の英雄や落伍者の生き様を見届けてきた者にしか宿らない、鋭くも深い慈愛の光。
「……両方、かもしれません」
縁子の掠れた声に、ルイーダは「はっ」と短く、愉快そうに喉を鳴らした。
「気に入った。自分の欠乏を認められる奴は、ここじゃ『見込みあり』だ。ほら、立ちな。うちは出会いと別れの場所だが、行き倒れの死に場所にはさせないよ」
差し出された手は、驚くほど分厚く、そして温かかった。 その手に導かれ、縁子は酒場の喧騒——「異世界」のど真ん中へと足を踏み入れる。 カウンターに置かれたのは、木皿に盛られた黄金色のスープ。湯気の向こうで豪快に笑うルイーダの背中を見ながら、縁子は確信していた。
(この人は、最高の『現場責任者』だ。この場所なら……私はもう一度、やり直せる)
3. 覚醒のコンサルティング
酒場の掃除と給仕に明け暮れる日々の中で、その「違和感」は訪れた。 一人の青年が、ルイーダに縋り付くように声を荒らげている。
「ルイーダさん、頼むよ! 俺は剣士になりたいんだ! なのに、あの『鑑定水晶』の結果が『遊び人』だなんて、何かの間違いだろ!?」
その瞬間、縁子の脳内でカチリ、とスイッチが入った。 青年の顔立ち、骨格、そして苛立ちから周囲をキョロキョロと伺う視線の動線。それはかつて彼女が現実世界で担当した、世界を揺るがしたファンタジスタの若かりし頃と酷似していた。
(腕力はない。体格も細身。けれど……一瞬で人の配置を把握する、あの異様なまでの周辺視。彼は前線で斬り込む駒じゃない。戦場全体を盤面として操る『支配者』だわ)
「あの——少しだけ、お時間いただけますか?」
思わず口を挟んだ縁子に、青年……ケイスは怪訝な表情を向ける。縁子は彼を酒場の片隅へと促すと、プロのトーンで語りかけた。
「ケイスさん。まずはあなたの『成功体験』を聞かせてください。小さなことでいいんです。剣の訓練中、あなたが最も『高揚した』瞬間はいつですか?」
「高揚した瞬間……? そんなの……。あ、でも」
ケイスは視線を彷徨わせ、ぽつりと漏らした。
「模擬戦の時……仲間の戦士が死角から襲われるのが、動く前にわかったことがあって。『左だ!』って叫んだら、そいつが攻撃をかわせた。その時、なんだか自分のことみたいに、背中がゾクッとしたというか……」
縁子のペンが止まる。確信が、形を成す。
「ケイスさん。あなたは自分が主役になろうとして苦しんでいた。でも、あなたの本当の才能は、戦場というピッチを俯瞰し、仲間に最高の『パス』を出すことにあります」 「最高の……パス……?」 「そうです。あなたが叫んだその瞬間、あなたは一人の剣士を超え、パーティ全体の『脳』になっていた。剣を振るう必要はありません。あなたは後ろから、仲間が最も輝く場所を指示すればいい。それが、あなただけの英雄の形です」
その瞬間、縁子の視界に淡い燐光が走り、半透明のウィンドウが浮かび上がった。
【固有スキル:キャリア・コンサルティング成功】 【対象:ケイスの潜在スキル『戦術眼:Lv.MAX』を解放しました】
「俺……やります。剣を振るうより、仲間が勝つところを一番近くで見たい。それが、俺のやりたかったことだったんだ!」
錆びた鉄の剣を置き、ルイーダから贈られた一本の指揮棒を握りしめるケイス。その背中は、もはや迷える「遊び人」のものではなかった。
4. 異世界転職人の夜明け
数日後、街を激震が襲う。 ケイス率いる新米パーティが、上位モンスターである「はぐれオーガ」を無傷で完封したのだ。 「信じられるか!? ケイスの指示通りに斧を振ったら、吸い込まれるみたいに急所に当たったんだ!」 「あいつ、未来が見えてるのか!?」
喧騒を離れ、厨房で皿を洗う縁子の背後に、ルイーダが静かに立った。その手には、ずっしりと重い金貨の袋。
「……驚いたね。鑑定水晶でも見抜けない『魂の形』を、あんたはたった数分の会話で暴いてみせた。エニシ、あんたは何者だい?」 「ただの、お節介なキャリアアドバイザーですよ。……適材適所、それが私のモットーなんです」
窓の外には、二つの月が幻想的な光を投げかけている。 かつて使い潰されたスキルが、この世界では誰かの運命を変える希望になる。
「さあ、次のクライアントはどなたかしら?」
キャリアアドバイザー、縁子。 迷える冒険者たちを「天職」へと導く、異世界転職人の伝説がここから始まる。




