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第8話「託された想い」

「……あっちぃ」

 体を直撃する昼過ぎの直射日光で目が覚めた。夜勤から帰ってきた後にずっと寝ていたが、午後の日差しが窓から差し込んでる。

 貧乏なワンルームでの冷房はあまり効かず、汗だくになりながら俺は身を起こす。室内の温度はもう一度寝直すのは無理そうだ。俺は無理矢理立ち上がった。

 冷蔵庫を開けて、中に何があるかを物色する。ひとまず、残りの牛丼弁当は食べることはできるようだ。それらを取り出して弁当をレンジで温め直す。

 覚醒途中の寝ぼけ眼の思考で考える。今日は特にバイトのシフトはない。スピーシーズの練習もない日であるし、完全なオフだ。

 温め直した弁当を食べながらスマホでスピーシーズの公式SNSアカウントを確認する。最近はいいねの数が増えた。シノが入ってきてから、明らかに少しずつだが新しい感想が増えてるような気がする。

 それから流し台に立った。電動カミソリで髭を剃りながら、今日は何をするかを考えた。

「そういえば椎名、元気にしてるかな」

 椎名のことを思い出した。最近、LINEで確か駅前の再開発工事に携わってるって言ってたな。どうせ暇だし、久々に顔も見たいし、椎名のところに顔を出してみることにするか。


 適当にジーンズと柄Tシャツで外に出ると、案外、外の方が涼しかった。平日のビジネス街でサラリーマンが忙しく歩いてる中を、俺は駅前に向かって歩いていく。駅の向いでビルを建築しており、工事現場は簡単に見つかった。大きなクレーンが動いていて、鉄骨を上に運んでいる。作業員たちは忙しそうに動き回っていた。

 現場の入り口付近をうろうろしていると、遠くに見慣れた後ろ姿が目に入った。

「椎名!」

 手を振って声をかけると、ヘルメットをかぶった椎名が振り返った。

「あ? コバじゃん。何やってんだよ。忙しいのに」

 椎名は苦笑いを浮かべながら俺の方に歩いてきた。作業着姿の椎名は真っ黒に日焼けしてたくましく見えた。

「おう、現場を離れて暇なの?」

「ちょうど小休止だよ。で、何の用だ?」

 椎名はヘルメットを脱いで、汗を拭った。

「いや、特に用事はないけど。元気にしてるかなーと思って」

 椎名は大笑いをする。

「お前らしいな。相変わらず暇人だ」

 椎名は財布を取り出して、自販機に向かった。俺も椎名の背中を追った。

「最近どうよ仕事?」

「まあまあかな。実は先月、主任に昇格したんだよ」

 椎名は満面の笑みで胸を張った。俺は笑いながら椎名と肩を組んだ。

「マジで? すげーじゃん!」

「現場の連中からも信頼してもらえてるし、給料も上がったからな。家族を養うには十分だ」

 椎名は自動販売機から缶コーヒーを買って、俺にも一本放り投げた。

「そうそう、面白い話があるんだよ」

 椎名は自分の缶コーヒーのプルタブを開けながら言った。

「うちの現場に入ったばかりの新人がいるんだけどさ、休憩時間にYouTubeでスピーシーズの曲聞いてるって言っていたんだよ」

「え? マジで!?」

「『夜明けのリフレイン』だってよ。『この曲いいっすね』って言うから、『実は俺、昔このバンドでドラム叩いてたんだ』って教えたら、めちゃくちゃ驚いてた」

 椎名はゲラゲラと笑っている。

「すげぇなー。なんか地味にスピーシーズ、知らないところで知名度上がってんじゃん!」

 すげぇ。俺たちの音楽が、誰かに届いている。でも……。

「椎名、もうバンド活動には未練はないのか?」

 俺が聞くと、椎名の表情が曇った。

「ないわけないだろ」

 椎名は無言で缶コーヒーを一口飲んで、遠くを見つめた。

「正直、街中でスピーシーズの曲が流れてると、足が止まっちゃうよ。あー、俺もあの中にいたんだなって」

「そうか……」

 椎名の表情を見る。その眼差しは真剣だ。

「でもな、俺は俺の道を選んだ。守るべきものができて、家族がこれから生まれる。それは幸せなことだと思っている」

 椎名は俺に眼差しを移した。

「だからお前らお前らの夢を叶えろよ。俺一人じゃできなかったことを、お前らがやってくれ。シノって子、すげーらしいじゃん」

 そう言って、椎名は俺の肩を軽く殴った。

「まあな。でも、アイツ気が強いし、人に合わせる気がないんだよな」

「お前も十分気が強いし突っ走るだろ。お似合いじゃん」

 椎名はそう言ってニヤニヤしている。

「お前、何考えてるんだよ。そういう奴じゃねーよ」

 椎名は大口を開けて笑う。

「ははは。でもな本当に、お前らには頑張ってほしいんだ。俺が諦めた分まで、上に行ってくれよ」

 椎名の言葉で、改めて責任の重さを感じた。スピーシーズが抱えてる想いは俺たちの分だけでない、椎名の願いも込められている。

「分かった。俺たちは絶対にプロになってみせる」

「おう、その意気だ」

 椎名は腕時計を見る。

「そろそろ休憩時間終わりだ。また今度飲みに行こうぜ」

「ああ。頑張れよ」

 椎名はヘルメットをかぶり直して、現場に戻っていった。その後ろ姿を見送りながら、立ち上がった。

 椎名は椎名の人生を頑張っている。なら俺も、俺なりに頑張らないとな。椎名から受け継いだスピーシーズを守らないといけない。そして、その先の風景を作るのも俺たちの役割なんだ。


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