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第7話「母の束縛」

「真央、お茶を持ってきたわ」

 ドアを開けて入ってきたのは、上品な花柄のワンピースを着た女性だった。月白のお母さんだ。俺は慌てて立ち上がり頭を下げた。

「こんばんは、お邪魔してます」

「こんばんは、小林くん。お久しぶりね」

 月白のお母さんは有名なピアニストで、単独でクラッシックの演奏会を開くぐらいのすごい人だと聞いている。月白の母親は口元で優雅に笑みを作ったが、その目はどこまでも冷めていた。

 お母さんは俺から視線を外して、月白の方を向く。

「真央、今日もバンドの練習?」

 月白は硬い表情で答える。

「作曲してるんだ」

 お母さんは微笑みを浮かべるが、声は冷たい。

「そう。でも真央、いい加減にそんな遊びはやめて、ちゃんとピアノに専念したらどう? さっきのピアノ、素晴らしかったわよ。やっぱり才能は隠せないのね」

 月白の眉間にシワがよる。

「遊びじゃない」

「遊びでしょ? ピアノだったらいくらでも私が道を作ってあげるのに、なぜそんな……」

 お母さんの視線が俺に向けられた。明らかにその目には軽蔑の色が浮かんでいる。

「お母さん、俺たちは最近、事務所にも認められて、プロを目指して……」

「プロ?」

 お母さんは鼻で笑った。

「真央、現実を見なさい。音楽で食べていくということがどれだけ大変か、あなたは分かってるの? ピアノなら確実にプロになることができるのよ?」

 月白は急に椅子から立ち上がる。その表情は氷のように冷たい。

「……外に行こうぜ、コバ」

「あ、あぁ……」

 月白はお母さんに背を向けて歩み去ろうとする、お母さんはそんな月白の背に手を伸ばした。

「真央、話はまだ……」

「後で聞く」

 俺が立ち上がるより前に、月白はすでに防音室の扉を閉じていた。俺は、月白のお母さんに頭を下げて、急いで防音室を出る。

 月白はすでに玄関で靴を履いていた、俺は月白に声をかけた。

「大変だな、お前も」

「……まあな」

 俺も靴を履き、二人で外に出る。むわりとした夏の夜の空気を感じる。

 月白はポケットに手を突っ込んで、うつむき加減で無言で歩いていた。

 月白の後ろ姿には話しかけて欲しくない雰囲気が漂っていた、それを無視して俺は切り出す。

「月白、聞きたかったんだけどさ、お前はなんでそんなにプロにこだわるんだ? お前、ぶっちゃけロックじゃなくても全然食っていけるんだろう?」

 月白は足を止めて振り返る。その表情には皮肉な表情が浮かんでいた。

「……お前には分からないよ」

「何がだ?」

「俺は……あの母親にずっと縛られながら生きてきた」

 月白の声は低く、普段の冷静な調子とは違っていた。

「小さい頃から、俺の人生は全部母親が決めてきた。何時に起きて、何を食べて、何時間ピアノを練習して。学校も、習い事も、友達づき合いも。全部母親の思い通りだった」

 俺は黙って月白の話を聞いていた。

「椎名から勧誘されてスピーシーズを始めた時は、本気でやるつもりはなかった。でも、いつしかそこが俺の居場所になっていた。母親の束縛から抜け出して、俺はやりたいことをはっきりと見つけた」

 月白は夜空を見上げた。月白は決意を決めたような表情で話始めた。

「俺は、スピーシーズでプロにならないといけない。そうしないと、俺が自分で決めた道が間違っていたことになる。ここで失敗すると俺はまた母親の支配のもとに戻らなければならなくなる」

「それで必死になってたのか」

「俺にとってスピーシーズは……自由そのものだ。俺が始めて自分の意志でやりたいと決めたことだ」

 月白の真剣な横顔をじっと見つめていた。俺は考え続けていた。俺はこれまでのスピーシーズを守り続けようとしていた。それは、俺がいる居場所を守り続ける行為だったように思う。だが、月白も月白でプロになることで、自分の生きる道を切り開くため戦っていたのだ。

 俺は月白に答えた。

「分かったよ」

「何がだ?」

「今までお前がなんの為にプロになりたかったのか分からなかった。でも、お前の今の話を聞いて、お前のスピーシーズへの思いが分かった。俺も本気でやる。お前の生きる道を切り開くためにプロになろうぜ」

 月白は振り返って、少し笑顔を見せた。

「ありがとう、コバ」

 俺たちは再び暗い夜道を歩き始めた。二人で同じ方向を向いて。


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