第6話「月白のピアノ」
自宅でごろごろしていると、LINEに通知が入った。確認すると月白からだった。
「新譜作るから手伝え。19時ごろにうちに来いよ」
月白の家に行くのは久しぶりだった。高校の頃は何度か来たことがあったが、最近はスタジオでの活動がメインだったから、こうして家に招かれるのは珍しい。
返信を返しつつ、一人呟いた。
「月白が自宅に俺を呼ぶのは珍しいよな」
普段、作曲は月白一人でやることが多いし、俺に意見を求めることはあっても、最初から一緒に作ろうなんて言ってくることはなかった。
月白の家は相変わらず立派だった。高級住宅街の一軒家で、庭も広い。俺の狭いボロアパートとは大違いだ。
玄関だけで俺のワンルームの部屋と同じぐらいの広さがある。母親が有名なピアニストということで、昔っからお坊ちゃんだということを知ってはいたが、改めてその家を見せてもらうと思い知らされてしまう。
「おう、コバ。上がれよ」
月白は普段とは違い、ラフな格好で出迎えた。玄関で靴を脱いで長い廊下を歩くと防音室の重厚な扉が見える。
月白は重たい防音室の扉を引き開ける。その中に入ると無数の楽器や機材が並んでいた。PCデスクには大型のモニターや最新のオーディオテーブル、MIDIキーボード、そして壁にはいくつものギターが掛けられている。部屋の中央には大きなグランドピアノまである。
「すげーな。前来たよりもまた機材増えてんな」
「まあな。最近、DTMにも手を出してるんだ」
月白はデスクに置いてあるマウスをクリックすると、DAWソフトの画面を操作する。画面には何本もの波形やトラックが表示されていた。
「打ち込みまでやってんのか。ほんと、お前はなんでも出来すぎて嫌なやつだな」
「趣味だよ。趣味。スピーシーズの楽曲にも打ち込み組み込んでみようと思ってな」
ちょっと画面を操作して月白はウィンドウを閉じた。俺はここに来た用事を思い出した。
「で、どんな曲作るんだ?」
「シノが入ったから、もうちょっとハードな感じにしたいんだよ。あいつのドラム、パワーあるだろ?それを活かせる曲を」
月白はリラックスした様子で、傍のスタンドに掛けていたレスポールを手にとっていくつかのリフを弾き始める。
断片的ないくつかのメロディーを奏でる。それは今まで月白が作曲してきた楽曲とは違い、攻撃的なニュアンスを含んでるように感じられた。
「どうかな?」
「確かにかっこいいな。でも、なんかまとまりがよくなくね?」
「うーん」
月白は首をひねって、再びギターを弾いた。また違うリフを奏でるが、これもどうもピンとこない感じだよな。
「違うんじゃね?」
「だよな」
月白はPCの画面を見つめて、打ち込みのドラムトラックを打ち込んでいく。
それから三十分ほど二人で試行錯誤してみたが、どれもピンとくるフィーリングがなかった。俺は椅子から立ち上がって腰をのばす。月白は変わらずモニターに向い、色々と操作をしている。
「ちょっと休憩しようぜ」
俺が話しかけると、月白はもどかしい様子で答える。
「ダメだ、今日中にはある程度形にしておきたいんだ」
相変わらず完璧主義なやつだ。スピーシーズの楽曲は月白が全部作っているが、わりかしでも業界でも評判が高いし、他のバンドからも楽曲提供してほしいとの依頼も受けることがある。
月白はカチカチとマウスを操作して、またギターを抱え直す、スピーカーから出てくるドラム音のリズムが出てくる。エフェクターでディストーションを効かせた激しいリフが響くが、それでも月白の顔は曇ったままだ。
月白はしばらく、天井を見上げて何かを決心したように頷いた。ギターをスタンドに置くと、すくと立ち上がった。
「どうしたんだ月白?」
月白は黙って部屋の真ん中に柔らかなカーペットの上を歩いていく。部屋の中央にある立派なグランドピアノの前に立つと、椅子の高さを調整してピアノの蓋を開けた。
月白はピアノで様々なメロディーを奏で始めた。そのメロディーは正確にペースやギターのリフ、そしてドラムのリズム感まで表現する。
驚いた。ピアノだけでロックのサウンドを正確に再現している。様々なメロディーを試行錯誤しているが、最終的に一つのメロディーラインに落ち着いた。
「これだな。コバはこれをベースで弾くことができる?」
月白は再びピアノに向い、一つのメロディーが流れた。
「おう、できるぜ。……すげえなお前。ピアノだけで作曲できるのかよ」
月白は苦笑をした。
「子供の頃からずっと母親にやらされてきたからな。まぁ、一応俺はクラッシックもやれるんだ」
そういうと月白はピアノを演奏し始める。それは完璧な「エリーゼのために」だった。
「本当になんでもできるんだな。嫌味なやつだ」
俺は笑った。その時、防音室の扉の方から声が聞こえた。




