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第4話「墓参り」

 まただ。俺はイライラしながらプレベの四弦を弾いていた。楽曲のリズムは暴走していくドラムで掻き乱され不協和音を響かせる。合わせようとしてもシノはさらにそこからアクセルを吹かす。

「おい、やめやめ! なんだよお前、前出過ぎなんだよ!」

 ドラムスに囲まれてるシノを睨みつけると、シノは凶悪な目付きで睨み返してくる。

「うっさいバカ、だらだらだるいプレイ。あくびが出る」

「んだと、コラ!」

 俺はシノの方に歩いていく。慌てて月白は慌てて俺とシノの間に割り込んだ。

「ストップ! あのな二人とも毎回練習する度同じ場所でぶつかってるじゃん。ちょっとはお互いに合わせないとバンドなんてできないぞ?」

 俺とシノは同時に相手を指差す。

「だってこいつが自分勝手なやつだから!」

 被った。

 月白は顔を押さえてため息をつく。

「今日はこれまでにしよう。俺の方が頭痛くなってきた……」

 月白はしょんぼりとしたままギターをケースに収めて帰り支度を始めた。こいつが入ってきていつも練習の時はこんな感じだ。俺も帰るか。夜はコンビニバイトだし。

 シノの方を見やると、一人で黙ってドラムを叩き続けている。俺は腕を組んでシノを観察していた。シノは気がついたのか演奏をやめる。

「口の悪い女。何でお前ずっとタメで話してんだよ。俺のほうが先輩だし年上だぞ?」

 シノは片眉をあげて、偉そうに返してきた。

「年しか誇ることがないのかよ。むしろその歳まで生きてきてその程度のプレイしかできないことを恥じろよ」

「……てっメェ。まじでムカつくなお前。憎まれ口の天才かよ。年上との口の聞き方も知らんのか。兄弟とかいないのかよ?」

 また腹立ってきた。こんなやつ相手にしても仕方ねぇ。さっさと帰る準備をしよ。俺は黙ってシノから離れて、ベースのシールドをコードを引いて乱暴に抜いた。ブツっとアンプからノイズがスタジオ中に響き渡る。コードも丸めずにベースケースに突っ込んだ。シノは後ろで煽るようにスネアを連打し始めた。



 俺はコンビニの自動ドアから出る時に大あくびをした。朝六時過ぎ、夜勤明けの空はもう明るくなり始めている。

「……さっさと帰って寝よ」

 手には安くで買った廃棄のコンビニ弁当の袋を手にしている。数少ないコンビニバイトの利点は、こうして食費が浮くことぐらいだろう。

 駅に向かって早朝の爽やかな空気の県道沿いを歩く。交通量は少ないが、時々、スクーターなどが俺を追い抜いていく。

 首をひねって鳴らす。27歳、そろそろ体の疲労も抜けにくくなってきた。こうやって深夜のバイトで生活費を稼ぎ、バンドを続けていくのもいつまでできるかな?

 思案しながら道を歩いてると、県道の向かい側に見慣れたシルエットを見つけた。

 帽子を斜めに被った小柄な姿。こちらには気が付かずに向こうの歩道を歩いている。

「……シノかよ」

 すぐに無視して視線を外そうと思ったが、その表情と手に持っている白い花束が気になった。

 普段の勝気な表情とは違い、どこか沈んでいて寂しげな表情をしている。その手に抱えている真っ白な百合は、朝の街には場違いな雰囲気を醸し出していた。

「こんな朝早くから何やってるんだアイツ」

 一瞬、声を掛けようかと悩んだが、脳裏には昨日のスタジオでのやり取りが浮かんだ。声を掛けてもどうせ、ムカつくことを言われるだけだろう。

 シノは向こうの通りを住宅街に向かって歩いていく。抱えている空気は普段とは違い、明らかに沈痛な面持ちである。

 ムクムクと心の中に疑惑の雲が沸き立ってくる。あいつ、何をしようとしてるんだ?

 気が付けば、ボタンは横断歩道のボタンを押していた。シノの小さい背中はまだ向こうに見えている。俺は、なぜか気になってシノの後ろを追って歩き始めていた。


 前を歩くシノは、住宅街を抜けて小高い丘の方へ歩いていく。こちらの方は何があっただろうか? わざわざこんな住宅街の中ほどまで歩いてきたことはない。

 なんでこんなにあいつのことが気になるんだろうな? ひょっとして俺はストーカーをしてるのか? いや、断じて否だ。俺がいく方向にたまたまあいつが歩いてるだけなのだ。

 五分も歩くと階段が現れた。シノは慣れた様子で石段を登っていく。俺は、近くの石塀の影に身を潜める。

 なんとなく、シノの行き先の検討がついてきた。あいつの雰囲気とこんな丘の上にある場所と言えば、大概墓参りだろう。俺が石段を上り、辿り着いた場所は案の定、墓石が並んだ墓地であった。

 シノは墓地の中ほどの墓石の前で花を備えてしゃがみ込んでいる。

 俺は、墓石の影に隠れてシノの様子を窺っていた。シノは静かに手を合わせている。その小さな肩が震えてるように見えた。

 なんだか後ろめたさを感じる。見てはいけないものを見てしまったような気がした。そろそろ帰ろうかな?

「いつまでそんな所に隠れてるのよ。バカみたい」

 シノは振り返らずに言った。バレてたのか。俺は立ち上がりシノに話しかける。

「……別に隠れてたわけじゃねーよ。偶然だよ偶然。夜勤明けに歩いてたらお前の姿を見かけてな」

 シノは振り返って俺の顔をじっと見つめていた。その表情にはどこか普段とは違う寂しさが浮かんでいた。

「……誰の墓参りなんだ?」

「……兄貴の墓」

 シノは再び墓石に顔を向けた。

 俺は、シノのそばまで歩いて行って隣に座った。そして、手を合わせて拝んだ。

 場を沈黙が包む。シノはぽつりぽつりと話を始めた。

「交通事故で死んだの。私が高校三年の時」

 俺は、シノの表情を横目で盗み見ていた。涙こそ溢れていないが、今にも泣き出しそうな表情をしている。

「兄貴もドラマーだったのよ。私がドラムを始めたのも兄貴の影響。ずっと兄貴の後を追いかけてた。兄貴が入ったバンドのライブも毎回見に行ってたし、同じスティック使って、同じフレーズ練習して」

 シノの声は普段な強気な調子ではなく、あくまでも静かに淡々と起きたことだけを伝えていた。

「でも兄貴が死んでから、私一人になっちゃった。ドラム叩いてても、兄貴の真似してるだけなんじゃないかって思うようになって。兄貴の代わりになろうとしてるだけなんじゃないかって」

 墓石に刻まれた名前を見ると、「東雲しののめ 奏音かなね」と書かれている。

「だから表に出るのが怖かった。バンドなんてやる気になれなかった。でも……」

 シノは俺の方を見た。

「あんたたちの音、初めて聞いた時に思ったの。兄貴の音とは全然違うって。でも何か、心に響くものがあった」

 俺は俯いて答えた。

「別にいいんじゃねーの?」

「え?」

 俺は淡々と続ける。

「お前が兄貴の分まで叩き続けてきたからお前はすごいんだ。別にお前がその後をついで無理する必要なんかないだろ。お前は東雲詩音だろ? 堂々と胸を張ってお前のプレイを世の中に見せつけてやればいいんだ。お前の兄貴もそれを望んでるはずだ」

 俺は立ち上がる。

「帰るわ。あと付けて悪かったな。まぁ、少しお前のことが分かったような気がするよ」

 シノは不思議そうに俺の顔を見つめていた。その表情は年頃の女の子のような色が浮かんでいた。

 俺はシノに背を向け、その場を後にした。

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