第3話「続けることと変わること」
肩を怒らせながら街を歩く。ただならぬ殺気を察して通行人はみんな俺を避けていく。どいつもこいつもマヌケな顔をして、街は平和そのものだ。
イライラしながら街を歩いていると、いつしか工事現場に辿り着いた。何気なくその現場を見つめてると、見慣れた後ろ姿が目に入った。
「椎名?」
その人影は気がついたように振り返った。それは確かに椎名だった。作業服を着て、何やら重そうな機材を担いでいる。
椎名は明るい声を出す。
「おう、コバじゃん。こんなところで何してんだ?」
「椎名こそ、仕事?」
「ああ、この辺りの現場でミキサーの準備してたんだよ。偶然だな」
椎名は機材を地面に置いて、顔にびっしりと浮かんでいる汗を拭いた。
「月白から聞いたぜ。新しいドラマーは見つかったか?」
その質問を聞いた途端、俺の胸に黒雲が立ち込める。
「……全然ダメだよ。真面目にやる気ある奴が来ない。さっきオーディションだったんだけど、ボイパ男に無気力男、クソ生意気な年下の女だぜ?」
椎名は大口を開けてバカ笑いをした。
「お前らしいな。妙に神経質で完璧主義なところは昔から変わってない」
俺は椎名の笑いにムッとしながらも答えを返す。
「でも、お前みたいな奴はもういないよ」
「それは当たり前だろ。俺は俺だし、新しく入る奴は新しく入る奴だ」
椎名は急に真顔になって、俺の顔を見つめて話す。
「続けることと変わることって、矛盾しないんだよ、コバ」
椎名は俺の肩を軽く叩いた。
「俺だって変わった。バンドを辞めて、家族を持って、違う仕事をしてる。でも俺の中のスピーシーズへの想いは変わってない。お前らも同じじゃないか? メンバーが変わっても、スピーシーズはスピーシーズだろ」
椎名の表情は真剣だった。そんな椎名の言葉を聞いて、俺はじっと考えていた。
椎名は途中でスピーシーズを抜けたけど、誰よりも俺たちのスピーシーズのことを考えていた。椎名が始めて、俺たちが引き継いだスピーシーズを守るためにはどうした一番いい?
脳裏に月白の顔が浮かんだ。
あいつはスピーシーズをどうしたいんだろう? プロになるためとはいえ、ドラムオーディションを始めようと行ったのは月白だった。それなのに俺はただ腐ってるだけで、スピーシーズの足を引っ張ってるのは俺じゃないか。
「俺、スタジオに帰るわ。月白が待ってる」
椎名は笑みを浮かべる。
「おう、頑張れよコバ」
俺は現場を後にして、平和な街を背を丸めながらのそのそと歩いた。
スタジオのドアを開けると、月白が一人でメトロノームに合わせながらボーカルの練習をしていた。
月白の前に立ち、俺は頭を下げた。
「月白、ごめん」
俺が謝ると、月白は練習を止めて、安心したような表情で話を始めた。
「いや、もういいよ。コバの気持ちを考えてなかった俺も悪い。もう一回、オーディションやろうぜ」
ほっとした。月白がキレていたらスピーシーズは終わってた。
「そうだな。今度はバンド仲間の経験者限定にして……」
その時、後ろのスタジオの扉が開く音がして、女の声が聞こえた。
「話は済んだ?」
帽子を斜めに被った、さっきの女の子が立っていた。
「外で待たせんな。とりあえずあんたら二人が揃わないと叩けないから、試しに叩かせてよ」
俺と月白は顔を見合わせた。この子、まだいたのか。
「……どうする?」
「とりあえず演奏させりゃいいだろ。落とすのはその後でもできるし」
東雲詩音は、何も言わずにドラムセットに向かった。スティックを手に取り、くるりと一回転させる。軽くスネアを叩いてチューニングを確認する。小柄な身長に合わせてバスの位置を調整していた。
「何叩けばいい?」
月白は困ったように返答する。
「えーと……スピーシーズの『夜明けのリフレイン』知ってる?」
月白が恐る恐る聞くと、東雲は鼻で笑った。
「YouTubeで聞いた。楽勝でしょ」
イラっときたが、今度は俺は黙っていた。さっきのこともあるので、また文句は言いにくい。
カウントを取ると、東雲のスティックが宙を舞った。
スティックが落ちた瞬間、一発でスネアの音が部屋の空気を引き裂いた。
軽く叩いたはずなのに、鼓膜の奥が震える。反射的に背中がぞわっとした。
一打ごとに、全身が殴られるような圧がくる。腕のスナップだけじゃない。肩の筋肉が膨らむのが見える——全身の筋肉で落としてくるから、小柄な体からは想像もできない重さが音に乗る。
ハイハットが刻む細かいリズムは刃物みたいに切れ味があって、キックは胸の奥から突き上げてくるような音がする。
気がつけば、月白がわずかに彼女のリズムに乗っていた。俺の体も同じ拍を刻んでいた。
スタジオ全体が彼女のプレイに支配されていた。
最後のフィルインは、スティックが見えない速さで回転しながら落ち、バスとスネアが同時に炸裂。
余韻が吸い込まれるように消えた瞬間、スタジオを完璧な沈黙が包んだ。
東雲詩音は、スティックをくるりと回して俺たちに向けた。
「で? 落とすのはその後でもできるんだっけ?」
その瞬間、俺は確信した。こいつだ。
椎名の代わりはいない。でも、スピーシーズの未来を作るためにはこいつしかいない。




