第13話「Species Be Once Again(1)」
ステージに上がる舞台袖で、月白は心配そうに振り返る。
「コバ、本当に大丈夫か?」
「問題ない。いくぞ」
俺はベースを背負って、ステージに向かう階段を登る。
舞台袖から観客を覗いて、俺は息を呑んだ。
今までみたことないぐらい広い客席はほとんど満席になっていた。遠くでは立ち見の客まで詰めかけている。
最前列の席をみると、スーツ姿の業界関係者らしき人たちが腕を組んで座っている。彼らはリラックスした様子でステージを眺めているが、会場を見渡して客の入りを見定めているようでもある。
また、最前列の端には見覚えのある姿も見える。椎名だ。その隣には大きなお腹をした女性も座っている。椎名の彼女も一緒にきて、ステージを待ちながら談笑していた。
「……うおお」
今まで見たことのない光景だった。スピーシーズが今まで経験したことのないステージだ。規模も、そしてその背負ってるプレッシャーも半端じゃないものだった。
「緊張するな……」
後ろにいた月白が俺の肩を叩いた。
「ああ。でも、俺たちのプレイをぶつけてやろうぜ」
シノは勝気な表情で頷いて答える。
「当然でしょ」
会場でブザーが鳴り響き、照明が暗くなる。俺たちはステージのスタンバイのために所定の位置に着く。会場からはどよめきが聞こえる。
ステージ上のライトが灯る。強烈な光線が俺たちを照らし出した。
ストラップでギターを肩にかけた月白は、マイクを握って一歩前に出る。
「みなさん、今夜はありがとう!」
会場で大きな拍手が響く。俺たちは軽く楽器を鳴らしてそれに応じた。
「俺たち、スピーシーズのライブに来てくれてありがとう。こんなに大きなハコでさせてもらえるのは、みんなの応援があってのことだと思う」
月白はそこで一度、後ろの俺たちを振り返る。目で合図を送り、マイクをスタンドにセッティングして、レスポールのネックを握るのが見えた。
「それじゃあ聞いてくれ。一曲目は『夜明けのリフレイン』」
照明が一瞬落ちて、青い照明がステージを照らし出す。うっすらとスモークが満ちている会場は、深海の底のようになった。
シノが四つ打ちのカウントを叩いた。
1曲目のカウントで、シノの右足がペダルを踏み抜いた。
バスドラムが会場の床を押し上げ、800人の胸を同時に殴る。
小柄な体がスネアに体重を叩きつけるたび、空気が裂けるような音が飛んでくる。
手首じゃなく、肩からぶつけるようなストローク。それなのに、クリックもいらないほど正確だ。
見た目は小娘なのに、その音は獣。
俺はプレベのネックを強く握る。そして一発目。先を丸めたピックで四弦を弾くと、腹の底に響くような低音が会場に響き渡る。
俺のベースラインが響いた瞬間、会場の空気が変わった。客席の最前列から後ろまで、みんなが身体を揺らし始めた。
曲の前奏をリズム隊が形作る。リズムが会場に満ちていく。ビートが客席を走り出す。
そこに月白のギターが入り、メロディーが会場を包んだ。
「黎明を告げる風が俺を飲み込んでいく——」
月白のボーカルが会場に満ちた。どよめきのように人々が大きく揺れた。
月白の声が人々を支配していく瞬間が見えた。遠くからうねりのように手拍子が押し寄せてくる。
足の痛みが再びぶり返す。俺はズキズキとする足の痛みをベースに集中することで無理やり押さえ込んだ。
後ろを見て、アイコンタクトをした。頷いたシノのドラムが俺のベースラインを支え、押し上げてくれる。ベースとドラムが絡み合う。
俺のベースラインが一瞬だけ音程を下げる。その低音の波動に合わせて、シノのキックドラムが会場に叩きつけられる。観客の心臓に直接響くような、太くて深い音。
俺が四弦を弾く瞬間、シノの左手がスネアを叩く。完璧なタイミングではない——ほんの0.1秒遅れて入ったその音が、逆に俺のベースに絡みつくように響いた。まるで会話をしているような、問いかけと応答。
俺のベースが力強く前に押し出されると、シノのドラム全体がその衝撃を受け止めるように爆発した。スネア、キック、タム、シンバル——すべてが連動して、俺のベースラインを下から支え、上から包み込む。
俺たちの音は、もはや別々の楽器ではなかった。一つの巨大な生き物が脈動しているような一体感が、ステージから客席へと波のように押し寄せていく。
観客席で人々が立ち上がり始めた。拳を上げ、身体を揺らし、俺たちのビートに身を委ねている。
一瞬、俺はシノと目が合った。小さく頷き合う。
完璧な一体感だった。月白のサビのボーカルが会場で疾走する。
「冷たい風が 背中を押して
Far away light is calling me now
That voice inside keeps knocking my heart!
『まだここで終われない』
躓く度に 拾った音を
今もこうして 歌に変えてる
失くしても また見つける
終わらない 夜明けのリフレイン」
最後のコードが会場に響き渡り、余韻が静寂の中に溶けていく。
一瞬の沈黙。
そして——爆発的な拍手とどよめきが会場を包んだ。
「うおおおおお!」
観客席から雄叫びが上がる。
月白がマイクを握り直す。汗で髪が額に貼り付いているが、その表情は充実感に満ちていた。
「ありがとう!」




