第12話「アクシデント」
運転手の叫び声が聞こえた次の瞬間、衝撃音が響く。バスが激しく横に揺れた。前の席のおばさんが通路側に倒れ込むのが見えて、窓ガラスが割れる音が響いた。
俺はとっさにベースケースを庇った。バスが完全に停止するまで、何が起こったのか分からなかった。
「みなさん、大丈夫ですか!!」
運転手の声で我に返った。バスの中は悲惨な状況だった。血を流している人、泣いている子供、倒れ込んで呻き声を上げている老人。俺も耳鳴りがする。
俺は立ち上がろうとして、左足に激痛が走った。
「痛ッ……」
足首を捻った。でも歩けないほどじゃない。折れてはいない。俺より重傷の人がたくさんいる。
「大丈夫ですか!? 救急車呼んでください!」
俺は前の座席の運転手に叫んだ。そして怪我をしている乗客の安否確認を始めた。
前の席のおばさんは額から血を流していたが、意識はしっかりしていた。中年のサラリーマンは肋骨を打ったらしく、息が苦しそうにしている。一番心配なのは、通路に倒れている高校生くらいの男の子だった。
「おい、大丈夫か?」
男の子は頭を打ったのか意識がもうろうとしていて、足が変な方向に曲がっている。明らかに骨折だ。
「大丈夫か!? 救急車が来るまで待とう!」
俺は男の子の側に膝をついて、声をかけ続けた。他の乗客も手伝ってくれて、怪我人の手当てを始めた。
遠くからサイレンの音が聞こえてきたのは、事故から十分後だった。数台の救急車がバスの近くに止まると、救急隊員がバスに乗り込んできて、重傷者から順番に運び出していく。
俺は倒れていた高校生に肩を貸して、バスから下ろしてやった。
「あなたも怪我してますね」
救急隊員は、俺が足を引きずってるのをみて声を掛けてきた。
「大したことないです。他の人を先に」
「でも……」
「大丈夫です! 俺よりも重症の人を先に助けてやってください!」
俺はバスの中で倒れていた、ベースケースを拾い上げた。スマホを見ると15時半。まだリハーサルには間に合うかもしれない。
「すみません、俺は急いで行かないといけないんで!」
「何を言ってるんですか! あなたも怪我をしてるんですよ!!」
「すいません! 急ぐんで!!」
止めようとする救急隊員のそばを抜けて、スマホで近くにいるタクシーを呼び出す。幸い、近くにタクシーは居たらしくてすぐに捕まった。
タクシーの中で月白に電話した。
「おい、コバ! どこにいるんだ!? もうリハーサル始まるぞ」
「バスが事故って……今タクシーで向かってる!」
「バスが事故!? 大丈夫か?」
「怪我はしたけど、大丈夫だ。すぐ着く」
タクシーの運転手に急がせた。それでも湾岸地帯あたりの道路は事故のせいか混雑していた。俺の神経は焼けつくようだった。このままタクシーで向かっていても間に合わない!
「ここでいいです! 降ります!!」
タクシーの会計を済ませると、痛む足を引きずりながら走り出した。一歩ごとに脳にずきんと痛みの信号が走る。だけど、俺はどうしてもライブには間に合わせなければならない!!
ライブハウスに着いたのは17時半だった。
ライブハウスの前で俺を待っていた月白とシノは、俺の姿を見つけると急いで駆け寄ってきた。
「コバ! あんた足をどうしたのよ!!」
シノは心配そうな声で俺を問い詰める。
「包帯巻いてくれ。演奏には支障ない」
「バカ! 病院行きなさいよ!!」
「今はライブが先だ!」
俺は月白の肩を借りてスタッフルームへ運ばれた。スタッフが包帯を巻いてくれて、痛みは少しはマシになった。シノはその後ろで心配そうに俺を見つめている。
月白は、なるべく冷静を装うように声を出す。
「リハーサルは無理だな。ぶっつけ本番だ」
俺はなんとか声を絞り出す。
「ギリギリだな。でも大丈夫だ」
俺は椅子から立ち上がり、足を引きずりながら舞台に向かう。足は痛かったが、アドレナリンが出ているのか、痛みが消えてきた。
月白は黙って俺の背中に手を回して、舞台までの道のりを支える。シノは、俺のプレベを持ってきてくれて、俺たちの少し後ろを歩いていた。
舞台袖で、俺はプレベを構えた。シノはまだ心配そうに立ち尽くしている。スタッフの声が掛かる。
「客が入ります!」
俺は頬を叩いて気合いを入れた。
「よし、やるぞ」




