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第11話「湾岸ライブ」

 スピーシーズのスタジオでの練習日。スタジオでは、シノと俺が二人だけで練習をしていた。

 俺は黙って指弾きでプレベの弦を弾いていた、向こうの方ではシノがキックドラムの練習をしている。

 月白はまだ来てない。珍しいことだ。いつもは三人の中で一番早く来ているのに。

 その時、スタジオのドアを開けて月白が入ってきた。

「おい、聞いてくれよ」

 スタジオに入ってきた月白の顔は、いつになく興奮した声をしていた。顔を上げて表情を見ると、見るからに嬉しそうな顔をしている。俺は訝しげに声を掛ける。

「どうした、月白?」

「大手の事務所から連絡があった。単独ライブをやらせてくれるって」

 俺は持っていた楽器を下ろした。シノも練習の手を止めてこちらを見ている。

「マジで?」

「ああ。湾岸の『SOUND HARBOR』っていう大きなハコだ。キャパ800人」

 シノが口笛を吹いた。

「やるじゃない、あんたたち」

 800人! 今まで俺たちがやってきたハコの中で一番大きい。

「すげーじゃん、月白!」

「あぁ、大手の事務所の人たちが今までのライブを見てたらしい。俺たちのスピーシーズを評価してるらしくて、大きなライブをやらせてみて客の反応を知りたいとのことだ」

 これは……、すごい話だぞ。ひょっとしたら反応が良ければ、プロデビューのための専属契約もありうるぞ!

「いつだ?」

「来月の25日。一ヶ月しかない」

 月白の表情が引き締まる。月白は俺とシノを見つめて真剣に口に出した。

「この一ヶ月、死ぬ気で練習するぞ」


 それから俺たちの練習は激変した。全員で週に五日はスタジオに入り、月白は新譜を三曲作った。シノとの息は、いつの間にかぴったり合うようになっていた。相変わらず口は悪いが、音楽に関しては妥協を許さない姿勢だけは俺は気に入っている。

 月白も、練習の時はいつも以上に集中していた。家のピアノで作った新譜は、25日のライブ向けにセットリストの構成で作られている。俺たちは本番に向けて、月白の作った曲のイメージを明確に再現できるように練習していた。

「これで椎名の夢も叶えられるな」

 練習後、月白がぽつりと言った。俺は、その言葉を聞いて頷いた。

「ああ。絶対に成功させよう」

 シノは珍しく素直に話を聴きながら、微笑みながら答えた。

「当たり前じゃない。ここでチャンスを逃したら次はないわよ」


 ライブ当日。俺は時間に合わせて、ベースケースを担いで家を出る。時間は十三時、開演は十九時からなので、リハに合わせて早めに家を出る。

「おー、緊張するな!」

 自分で頬を張って気合いを入れる。街は夏の日差しが溢れている。そんな中を俺は遠足に向かう小学生のように興奮していた。

 湾岸のライブハウスまではバスで一時間半。リハーサルが十六時からだから、十四時のバスに乗れば余裕で間に合う。

 バス停でシノと待ち合わせる予定だったが、シノから「一人で行く」というLINEが来た。月白は一人で機材車に乗って、一人で先入りして向こうのスタッフと準備をする予定だ。

 結局、俺は一人でバス停に立っていた。遠くから湾岸エリアに向かうバスがやってくる。俺はベースケースを担ぎ直して手を挙げてバスを止めた。


 バスの中は混雑していた。土曜日の昼間だが、湾岸エリアに向かう人が多い。俺は最後部の座席に座れる席を見つけると、腰を掛ける。ベースケースを隣の空いてる席に置くと、窓から外を眺めた。

 車窓からの眺めは街並みが流れていく。普段乗ってる電車やバスの眺めとは違い、海沿いの工場地帯の景色が遠くに見えた。

 だんだん緊張してきた。とうとう、俺たちのスピーシーズがプロレビューを決めるかもしれないライブが始まる。

「やっとここまで……」

 思えば長かった。高校で椎名に勧誘されて入った軽音部から始めたベースも、今では実際にライブで観客を沸かせられる。この一ヶ月の練習で、スピーシーズの演奏は完璧に一つにシンクロしたプレイができるほどにもなっている。

 かたわらのベースケースを眺めた。バイト代をためて中古で買ったプレベ。今ではそれも塗装が剥げる程に使い込んだ。

 改めてバスの車内を見渡す。どことなく午後の弛緩した空気が流れている。それはどこまでも平和な日常の風景であった。

 だんだん眠くなってきた。昨日も夜まで練習してたしな。窓から差し込む日差しはどこまでも暖かく……そう思った瞬間だった。

「危ない!」


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