或るおまんじゅうの一生
この作品は、旧媒体で投稿されていたシック・セカンドに掲載されたものに、加筆・修正を行ったものです。
或る所に、満仲国と大福連邦がありました。
両者はお菓子ランキングの21位と22位をめぐって争っていました。はじめは悪口の言い合いでしたが、やがてエスカレートしていきました。そしてとうとう、大福連邦から満仲国に兵士が送り込まれました。
まんじゅ村の小さな城で、会議がありました。本拠地はまんじゅタウンにあるのですが、敵に動きを察知されないように、こうして地方で話し合っているのです。
満仲国は今までほとんど戦争に加担しないでいました。これが初めてなのです。普段雇っている兵士も国を守れる必要最小限の人数にとどめていたので、軍事力では大福連邦に大きくひけを取ってしまいます。そのかわり、外交は大福連邦よりも得意でした。
しかし、今は世界のほとんどの国で平和協定が結ばれています。反対国が多かったので当初の協定案よりも制限が緩み、当事国のみが争いに参加する権利を持ち、他国はそれに介入してはならないという決まりになりましたが、いずれにせよ助けを求めることはできません。
それに、この協定を発案したのは満仲国なのです。破ったら他の国から白い目で見られてしまいます。
「まんじゅ太郎。すぐに国中の兵士を集めなさい」
満仲国の第一王女である、まんじゅ姫が言いました。
「わかりました。あと、僕の名前はまんじゅう太郎です」
まんじゅう太郎が言いました。彼は数少ない常任の兵士の一人で、戦闘係という職までもらっています。しかし本当は彼は戦いなんてせずに田舎の実家で畑仕事をしたいのです。でも、世の中はそう簡単にはうまくいきませんでした。
そこへ、息を切らしたまんじゅう次郎がやってきました。彼はまんじゅう太郎の弟で、偵察係という職をもらっています。
「まんじゅ姫、まんじゅう偵察隊によると、敵は素手で戦っているようです」
「まんじゅ次郎、貴重な情報をありがとう。では、何か武器をもたせるべきだろうか。向こうに合わせて、素手にするべきなのか⋯」
「まんじゅう次郎、とても光栄に思います。あと、こちらも素手のほうが良いかと思います。
例えばこちらがナイフを持って出陣したとしましょう。それで我々が勝ってもどこからか不公平だとぶうぶう言うやつが出てきてもおかしくありません。それに、もしそれで負けてしまった場合、我が国の名誉に大きく関わります。それによって、当初の目的―「お菓子ランキングの上昇」は達成されないどころか、むしろ下がってしまうでしょう。
しかし素手ならば、それらの心配はなくなります。ただ、勝率は大きく下がるでしょうけれど」
どうしますか、と問われ、まんじゅ姫はふとまんじゅう太郎に目をやりました。
すると、とつぜん頭に名案が浮かびました。
「おい、摩論。お前、今からお手玉になれ」
「ええっ!?」
摩論、と呼ばれた丸っこいやつは、驚きの声を上げました。それもそのはず。
人生でお手玉になれなんていう命令を王家直々に下されることなど、殆ど、いやほぼないのですから。
そうです、彼女はまんじゅう太郎の相棒である愛称「変幻自在ボール」の御手田摩論に目をつけたのです。殺傷力のない(に等しい)彼なら、多少使ってもあまり批判を浴びずに済むはずです。
「まんじゅう太郎。摩論を操るのは、誰にでもできるんだよな」
「いえ、ぼくだけです」
「⋯⋯」
まんじゅ姫は考えました。
まんじゅう太郎は意欲こそないものの、一騎当千とも呼べる実力者だ。
ならば、一人で戦わせるか。
「まんじゅ太郎。一人で大福連邦の兵士を追い払ってこい」
「ぼくの名前はまんじゅう太郎です。G⋯あと、いくら僕が秒速70mでも、一人で大勢を相手するなんて無茶です。やめましょう」
これが戦闘係任命の所以です。
にやりと王女らしくない笑いを顔に浮かべながら、至って冷たくまんじゅう太郎に告げました。
「煩い。早く行け」
はあ、と溜息をついてまんじゅ⋯う太郎は一人(と一個)でまんじゅ村をあとにしました。
「まんじゅが丘まで攻めてくるなんて、大福は足が速いよなあ」
自身の速度をまるで忘れたかのようにまんじゅう太郎がつぶやきました。
まんじゅが丘まであと100kmくらいです。まんじゅう太郎が本気になれば24分程度でつくのですが、それは何処か惜しいのでのんびり歩いていました。しかし兵士としてあるまじき行為だとは言われないでしょう。
彼の歩行速度は秒速20mなのですから。寧ろ褒められるくらいです。
まんじゅう太郎にとって今回の戦闘はとても憂鬱でした。
戦い自体が嫌なのもありますが、相手が大福連邦だということが心に重くのしかかっています。
決して強いからだけではありません。
大福連邦の侍女として働くだいふく佐智という幼馴染の少女がいるのです。
こうやって彼が戦いの火蓋を切ることで、佐智が苦しむのではないか、そう思えて気が気でならないのです。
しかし、そう思っているうちにまんじゅが丘に到着してしまいました。
たどり着いたからには、もう戻る術はありません。渋々といった感じで、まんじゅう太郎は懐からすっかりお手玉フォルムが馴染んだ摩論を取り出しました。
すると、不敵な笑みを浮かべた大福が近づいてきました。
「お前、さては満仲国のまんじゅうだな。おれは大福軍団のリーダー、だいふく三郎だ。お前は誰だ?」
「ぼくはまんじゅう太郎。満仲国の戦闘係で、足が速いのが自慢だ。こいつは御手田摩論。お手玉だ」
本当はお手玉ではないのですが、詳しく話すのは面倒ですし、わざわざ敵に情報提供する義理もありません。
「やっふぇー」
摩論は特に訂正しようともせず、呑気に挨拶しました。
「ふん、聞いたぜ。お手玉―そいつで戦うんだってな。お前、随分と大福を⋯」
攻撃態勢を取り、だいふく三郎はまんじゅう太郎に叫び声とともに飛びかかりました。
「舐めやがってよぉっ!!」
間一髪、咄嗟の判断でまんじゅう太郎が摩論をちくちくお手玉にフォルムチェンジし、だいふく三郎の眉間に刺したことで一命を取り留めました。
「な⋯こうなったら⋯」
だいふく三郎がそんなことを言って懐に手を入れ、金属製の何かが顔を出しかけた隙にまんじゅう太郎は近くの気に登り、反撃とばかりにだいふく三郎にミドルお手玉にフォルムチェンジした摩論を投げつけました。
「痛っ!」
だいふく三郎は目に涙をいっぱい溜めて、逃げ出していきました。根性のないやつです。そういえば実家にあんな感じの弟がいた気もします。それにしても根性のないやつでした。
「太郎。こんなやつに2分12秒73もかけるなんて、体つくりをさぼっていたのか?」
兵士たちの悲鳴や奇声の中、聞き覚えのある声がまんじゅう太郎の耳に飛び込み、樹上から見下ろすと、なんと、そこにまんじゅう次郎がいるではないですか!
「次郎!」
思わず声を掛けると、まんじゅう次郎がにやりと笑ってまんじゅう太郎のいる枝を折りました。
まんじゅう太郎はさっと着地し、目をうるうるさせながら言いました。
「次郎、僕が心配で、助けに来て―」
「なわけないだろうが」
非常にもまんじゅう次郎はまんじゅう太郎の声を遮り、そう言い捨てました。
まんじゅう太郎の目に溜まっていたはずの涙は蒸発していました。
「次の相手は、ぼくだ」
そうまんじゅう次郎に宣言されたものの、まんじゅう太郎は急な展開についていけず、なかなか戦闘態勢が取れません。
「⋯何故裏切ったんだ。素手っていうのも嘘だったじゃないか」
まんじゅう太郎にはもはやそう声を振り絞ることしかできませんでした。
「⋯大福連邦の暮らしが羨ましかったんだ。ぼくらの生まれた家は、ほら、貧しかっただろ⋯だからぼくは自然と豊かさに羨望を抱くようになってた⋯ぼくはただ、みんなで豊かになりたかっただけなんだ」
意外にもまんじゅう次郎は苦しげにそう答えました。
乾いたはずの涙が、またまんじゅう太郎の目元に押し寄せてきました。
「ああ、わかるよ⋯お前の気持はよく分かる⋯。でも、ぼくは故郷を、ぼくらの文化とまんじゅうのプライドを、守りたいんだ。⋯次郎、ここは⋯退いてくれないか」
「⋯折角ここまで来たんだ。もうこんな機会は二度とない。そこまで言うなら⋯ぼくを倒せ。今ここで、どちらが大事か―決めよう」
そんな二人のやり取りを、まんじゅ姫は遠巻きに眺めていました。
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