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冬眠病

(ああ、お腹空いた……)

 起きるのと同時にそう感じた。

(早く、何か食べなきゃ)

 そう思うが、早くは動けず、掛布団を退け、上半身を起こすのに時間がかかる。

(早く、早く食べないと! 早く、何でもいいから……)

 泣きそうになるぐらい焦っているのに、ようやくベッドから右足が出た。急いで左足も出し、立ち上がる。部屋のドアまでが異常に遠い気がしたが、ほんの数歩でたどり着く。しかし、歩こうと足を出すたびに転びそうになるので真っ白い壁に手をつき、バランスを取りながら歩かなければいけなかったので、ほんの数歩にだいぶ時間がかかった。

 ようやく廊下に出た。そこから台所のドアまでもたいした距離はない。以前なら一分もかからずにたどり着いた距離だが、またしてもクリーム色の壁に手をつき、バランスを取りながら進まなければいけなかったので台所のドアまで数分かかった。

 台所に着く頃には肩で息をしていた。

 やっとの思いで冷蔵庫を開ける。

 中に入っているオレンジジュースをパックのまま口をつけて飲んだ。一気に飲み干すと、喉の渇きはなくなった。空腹もほんの少しだけまぎれた。

 深呼吸をしながら息を整える。

 椅子に座り、少しだけ物事を考える余裕が出来た。

(さて、何を食べよう)

 テーブルの上を見るとバナナとバターロールがあった。とりあえずバナナを食べようと手にとった。バナナにはシュガーポットがあり、とても甘そうだった。

(バターロールにはマーガリンとジャムを塗って食べよう)

 そんなことを思っているうちに五本あったバナナを食べきっていた。

 もう一度冷蔵庫を開け、中からマーガリンといちごジャムを取り出した。半分に割ったバターロールにマーガリンを塗りたくった。マーガリンが終わるといちごジャムをたっぷりと塗り、口の中へ入れる。

(ああ、おいしい)

 思わず微笑んでしまう。

 気がつくと六個あったバターロールとマーガリンといちごジャム一瓶がなくなった。夢中でバターロールを食べていたので喉が乾いた。

 冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、何が入っているか確認するとプリンとロールケーキを発見した。

 オレンジジュースを飲み、プリン二個とロールケーキ一本を食べた。

(よし、ご飯を作ろう)

 意識がだんだんはっきりし、ようやく動く気力が出てきた。

 お米を三合研いて炊飯ボタンを押した。お米が炊けるまでの間おかずを用意しなくては。卵四個でスクランブルエッグを作った。肉はタレと一緒に焼いて焼肉に。野菜は洗って切ってサラダに。それだけじゃ足りないと困るので缶詰のさんまの蒲焼と鯖の味噌煮を五缶ずつ用意した。

 おかずの準備が終わる頃、お米が炊けた。全てを食べ終わるのに三十分もかからなかった。

 ご飯を食べ終わったらお菓子を持って寝室へ向かう。

 ベッドの上でポテトチップスを食べ、チョコレートを食べ、ビスケットを食べ終わる頃、眠気に襲われた。

(眠い……そういえば、今は何月なんだろう)

 寝る前にどうしても確認しておきたかった。

 ガリガリに痩せた腕でクローゼットを開けた。

(あれだけ食材が揃ってたってことは、寝すぎたのかな)

 クローゼットの中から電源の入っていない携帯電話と充電器を取り出し、ベッドへ戻った。充電しながら携帯電話の電源を入れる。

(三ヶ月か……)

 日付を見て三ヶ月振りに起きたことを知った。

(多分、今寝たらまた何時間後かには起きれるけど、その次はいつ起きるんだろう……)

 不安になりながらもメールを打った。

『起きました。ご飯ありがとうございます。少しだけ寝ます』

 それだけ送信するともう目を開けていられなかった。


(ああ、お腹空いた)

 起きるのと同時にそう感じた。

 手に握ったままの携帯電話を見るとメールが届いていた。

『おはよう。では、君の好きなパンを買って後で行きます』

 思わず微笑んでしまった。日付と時間を確認すると、数時間寝ていたことがわかった。先程よりはスムーズに起き上がり台所へと向かった。

 台所に着くと、冷蔵庫を開けた。中からオレンジジュースを取り出し、コップに注いでから飲んだ。そして、椅子に座りお菓子を食べ始めた。ポップコーン、ポテトチップス、チョコレート、お煎餅……次から次へと食べていく。

 お菓子がなくなる頃、彼が来た。

「おはよう。メロンパン買ってきたよ」

「おはよう。ありがとう」

 私は彼から紙袋いっぱいのメロンパンを受け取って食べ始めた。

「それにしても今回は少し長かったね」

「うん」

「八十日サイクルで安定してたと思ったのに」

「そうね」

 メロンパンを食べながら彼と会話をする。とても幸せな時間。

「ごめんな」

「……」

 彼の言葉に、私は何も言えない。彼のせいではない。でも、何て言えばいいのか私にはわからない。

「ジュース、買ってくる」

 彼はそう言うと立ち上がった。私は彼の背中を見つめて、やっぱり何も言えなかった。

 メロンパンを全て食べ終わる頃、眠気がやってきた。

(まだ、ダメ。彼が帰ってきてない)

 私は寝ないよう部屋の中を歩き回った。今寝てしまったら次に目が覚めるのはいつになるかわからない。

(どうしてこんなことになってしまったんだろう……)

 どうしても、あの日のことが悔やまれる。


 社会人になり、友達の紹介で彼と付き合うことになった。それから二年して、彼と結婚することになり、私は仕事と結婚式の準備に追われていた。忙しかったけど、とても幸せな日々だった。

 あの日もいつものように彼の部屋に遊びに行った。結婚式の話や新婚旅行の話をして、私はとても幸せだった。それはこの先もずっと続くものだと勝手に信じていた。

 彼が飼っていたシマリスと遊んでいたら、ふとした拍子に手を噛まれた。

「痛いっ」

 私の声に反応して彼が心配してくれた。

「大丈夫か? ケガは?」

 シマリスに噛まれた部分を彼に見せると、少しだけ血が出ていた。彼に消毒をしてもらい、絆創膏貼った。たいしたことないと思っていた。

 まさか、その日の夜から十日間も寝続けるなんて思わなかった。 熱が出たわけでもなく、ただ十日間寝ていた。彼も両親も何度も起こそうとしたと言ったが、私は一切覚えてない。それだけ熟睡していたようだ。

 私が寝るようになってから彼のシマリスが新種だということが分かった。

 その新種のシマリスに噛まれた私は一定期間寝続け、一定期間しか起きていられないようになった。

 「冬眠病」

 そう名付けられた病気はどんどん進行していき、最初は十日間寝て一ヶ月ほど普通のサイクルで生活出来ていたが、最近では何ヶ月も寝て、一日ももたなくなってきてしまっている。

 どんどん寝ている時間が増えている。起きるとひどい空腹に襲われる。

 病気が治ったら結婚しよう。

 そう約束してからもう何年も過ぎた。

 私は、言わなくてはいけない。

 彼に、別れて下さいと……

 この病気になったのは彼のせいではない。病気の私といて彼が幸せになれるはずがない。

 だから、早く言わなければ。

 彼が帰ってきたら……




(ああ、お腹空いた……)

 起きるのと同時にそう感じた。

(早く、何か食べなきゃ)

 私はぎこちない動作で掛布団を退けた。

(あれ……何か、大事なことを忘れてる……)

 そう思ったが、それよりも何かを食べなくてはと焦り出す。

(早く、何でもいいから食べないと!)

 その焦りとは裏腹にゆっくりした動作で私はやっとベッドから這い出した。



2011

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― 新着の感想 ―
わかるわかる、と共感できてしまう空腹の導入から、ゾンビものか時間トリップ能力かと思ったら「そう来たか!」という意表を衝く展開でとても面白い作品でした。
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