明度2
ドアを閉めて廊下に出た朔は軽い目眩がした。
(渡しすぎたかなー)
姉が帰ってきて1ヶ月。ほぼ毎日元気のない姉にカメハメ波を発射している。
攻撃している訳ではない、自分の「イロ」を両手から姉に飛ばして渡しているのだ。
お父さんに抱えられて帰ってきた最初の頃なんかひどいもんだった。あまりの姉のイロの無さにあわてた朔はカメハメ波を連投しその場に崩折れた。
次の日ベッドの横でぶっ倒れている弟をみてまや姉はこう言ったものだ。
「ちょ、あんた大丈夫?」
(こっちのセリフじゃい!)
僕が幼稚園の頃、子供はみんなドラゴンボールが好きだった。
男子は外でドラゴンボールごっこをしてたし、悟空に憧れてカメハメ波の練習をしてたし、ジャンケンに負けてフリーザになるのを嫌がってた。(小西の魔人ブーは定評があった)
だからこれが普通だと思っていたのだ。
だってまばたきをすれば友だち達から色とりどりの「気」があふれていたし、それをいちいち話したりすることもなかったから。
しかし今考えるとやはり子供はすごい。みんな身体中から「気」がほとばしってスーパーサイヤ人もびっくりの状態だ。
大人になるとそういう人はごくまれになる。
「せんせーきょうきれいなピンクいろだね!」
「ありがと朔くーん。でもこのズボンはみどりいろだよー」
みたいなささやかなすれ違いはあったけど、まあ朔少年は無邪気に育ってたわけだ。
でもある日決定的なことが起こる。
その日も幼稚園の庭でドラゴンボールごっこをしていた僕は、練習の成果でついにカメハメ波を撃てるようになる。
自分の手からヘロッと飛び出していったたまごくらいの黄緑の「気」が魔神ブー小西に吸い込まれていったのを僕は一生忘れないだろう。
「うっうっ撃てたーー!!倒れろよ魔神ブー!」
ついでにその時の一瞬の静寂も忘れることができないだろう。
「さくくんナニいってるの?」
「撃ったじゃんいま!ほらっ…波ァッ!」
さっきより大きい、グレープフルーツくらいのカメハメ波が小西のむちむちした腹に吸い込まれていった。
「見ただろー!」
「なにが?」
「カメハメ波当たったろ!」
「当たってないよ」
「当たったよ!カメハメ波当たったら倒れなきゃいけないんだぞ!ズルだ小西くんズルしたー!」
どうして小さい子はズルしたと言われるとムキになるのだろうか。小西もご多分にもれず顔を真っ赤にして突進してきた。しかし僕も必死だ。なんとしてもこのカメハメ波を認めさせるために魔神ブーを倒さなくては。
僕は渾身の力を込めて気合いの一発を放った。それはサッカーボール大の玉になって真っすぐ向かってくる小西の顔にぶち当たった。
と、その時。
ストン。と僕の腰が落ちた。まるで大事な糸が切れてしまったように。その糸は僕が呆気にとられている間にもプツプツ切れていく。
ストンストンストン。膝も、肩も全く力が入らない。
小西が僕の肩口をつかんだ。その時見た小西の「気」は凄いことになっていた。ただでさえ溢れださんばかりの気が柱のようにそびえ立っている。
黄色い小西の「気」。その所々が黄緑色にゆらめいている。
太いだけで運動オンチの小西がなんでこんなに力強いのか。力の入らない僕は人形みたいに小西に振り回されていたという。