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弁当の終焉

作者: Shiho

その日は突然やってきた。


「もう弁当終わりだって」(から)になった弁当箱を渡しながら、悠生(ゆうせい)が言う。


「二学期の?」

見上げる顔は、スラリと高い位置にある。


「いや、もういらないんだって」

「高校生活の?三学期はどうするの?」

「午前中行くだけだから、もう弁当はいらないらしい。これまでありがとうございました」


なんということだろうか。まだ十二月に入ったばかりである。


親にとって弁当は重圧でしかない。けれど、これくらいしか、してやれることはもうない。最後のご奉公は、こうしてあっけなく幕を閉じた。


付属高校に通う悠生は、すでに大学進学も決まっており、受験勉強もない。

来週からは期末テストが始まるが、悠々自適であった。


小学校は地元の公立に行った。幼い悠生にとって小学生になるのは、大変なことであった。未知でアウェーの学校は恐ろしい場所だった。


登校前の時間帯は負のオーラをまき散らし、毎日の宿題にも悶絶した。

そんな息子に玲香(れいか)辟易(へきえき)し、どうしても寄り添うことが出来なかった。


ある日、息子に異変が起きた。すごい勢いで髪が抜ける。すがるように駆け込んだ病院で、玲香は医師の一言一句を、聞き漏らすまいと必死で書きとめた。


すると、医師は言った。

「お母さん、そんなにメモってどうすんの?医者にでもなる気?」


本当は、こう言いたかったに違いない。あんたがそんなに必死になってどうすんの、子供がかえって不安になるでしょ。


玲香は、メモを取るのをやめた。

心がつぶれそうだった。不安で、息をするのも苦しかった。


けれど、親が笑って、しっかり手を握っていれば、子供はトンネルの暗さに気づくこともなく、案外すんなりと、そこをくぐり抜けられるのかもしれない。


先が見えない未来は怖い。しかし、怖いだけだと思っていた未来は、思っていたよりもずっと明るかった。


(あらが)い、もがいた先に未来は宿る。


未来は積み重ねた今で出来ている。未来を拓くのは、いつも、今の自分なのだ。


たくさんの人に助けられ、支えてもらいながら、悠生は十八歳になった。痛みを知る彼は優しい人に成長した。


親として、彼に、何をしてやれただろうか。


「期末テスト、ノー勉でいいよね」

「少しはやりなよ」


子供を育てる時間は、台所と共にある。毎日ここで野菜を切り、肉を炒め、魚を焼いた。


たくましく成長した後ろ姿をまぶしく眺めながら、カラの弁当箱を水に浸す。


お母さん業を卒業する日は、もう、すぐそこだ。

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