3 取引き
公爵はホッと一安心といった表情になっていた。よっぽど自分の娘が可愛いらしい。
「では早速話を詰めましょうか」
「そ、そうだな」
なんだよなんだよ。きっちり金を払う気があるのなら最初から言えよな~。タダでやれとは言わないと思ってはいたけど、うちの借金を返せる額ってことはとんでもない金額になるはずだ。それを可愛い娘のために出せるとは……危ない危ない。邪険にして追い返してたらいよいよ私の人生詰んでたわ。
「あ! ちょっと兄を呼んで参りますね! 金額の内容は兄と話していただいたほうが確実……」
「ちょっちょっ! すまない! 先にもう少し話すことがあるのだ」
(えぇ……後出しか~?)
私の微妙な表情の陰りに気付いてか気付いていないのか、公爵は慌てて言葉をつづけた。
「まず、エミリア嬢には我が家に養子に来てもらわないといけない」
「ええ!? 公爵令嬢になるのですか!?」
「そうだ……先ほど少し言いそびれたが、悪役令嬢にはガルシア公爵家の娘である必要があるそうなのだ」
やっぱり後出しだ! でも大した内容じゃなくてよかった。
「ご実家に思い入れがあるかもしれないが、籍だけでも構わない。承諾いただけるだろうか……」
「全然かまいませんが!?」
爵位が上がるのだ。なんの問題があるというのだ。
「そ、そうか……よかった……エミリア嬢は家がお好きだと聞いていたのでな」
(それ! 文字通り家の中が好きなだけっ! ただの引きこもり!)
またもや安心した顔に変わったガルシア公爵は、細かな条件を提示し始めた。
「お願いしたいのは先ほど言った通り、学園に入学したらヒロインに苦言を呈してもらう。内容はなんでもいいらしい。とにかく注意することが大切なのだ」
至極真面目な表情だが、なんて大したことない内容なんだろう。
「なんでもですか?」
あまりにザックリとしすぎている。矯正力というのは一体どんな物語を望んでいるんだ。
「ああ。とにかく注意するだけで、攻略キャラクターは悪役令嬢に反感を抱くそうだ」
「なんで!?!?」
「すまないが、それは私にもわからなくてな……」
なんて悪役令嬢に理不尽な世界! 悪役令嬢だけ人生ハードモードって可哀想過ぎない!? あ、だから娘を逃がして私を替え玉にするのか。
(まあ既に私も人生ハードモードに突入してるし、ここを耐え忍べば飢え死にすることはなさそうだし……いっか!)
「それで……攻略キャラクターとはどのような殿方で?」
だいたい想像はつくけど、これは必要情報だろう。私を敵視してくる相手と言う話だ。
「王太子、宰相の息子、大神官の息子、隣国の第三王子、騎士団長の息子だそうだ」
「偉い人の子どもだらけ!!?」
「王立学園だからな。どうしてもそのような方達ばかりになる。まあただ、この面子が同じタイミングで入学というのは……そうそうあることではないだろうが……」
もう少し親しみやすそうなメンバーでもよさそうなものだが。なんだこの近づき辛い面子オンパレードは。それになんだか既視感がある……思い出せなくてモヤモヤと気持ちが悪い。
「その後はどうしたらいいのでしょうか?」
「あとは好きにしてくれてかまわない。どうか娘の代わりに学園生活を楽しんでくれ」
「えっ!? 」
出番はその一瞬だけ? その一瞬で悪役令嬢という運命のルートを歩くことになるなんて、マジで悪役令嬢可哀想~~~!
「悪役令嬢の注意をきっかけに、攻略キャラクター達はヒロインに興味を持つそうなんだ。それがなにより物語を始めるのに重要らしい」
物語が始まってしまったら後はもういいと言うことか。よーいドン! のドン! をすればいいわけね。
「ではその……断罪はどうなるのでしょうか」
「占い師にもそれはハッキリとわからないらしい……もしかしたら、謂れのない罪で学園の生徒の前で追及されるかもしれない」
つまり社会的な公開処刑はされるかもしれないということか。
「だから初めに身の安全は保証する、という条件を出されたのですね」
「ああ。これは決して口外しないでほしいのだが……君への誠意として話そうと思う」
急に先ほどまで情けないお父さん風だった公爵が、真面目な仕事モードへと雰囲気を変えた。やればできるじゃんやれば。
「お約束は守ります」
我が家を立て直すためにはもうこの公爵の話にのるしかない。毒を食らわば皿まで、だ。
「王家との約束で、我が家は一切の罪に問われないことになっている」
「はあ!? そんなのあり!? えぇ!? あ……だからあの黒い噂!」
やりたい放題ではないか!
「ああ……その、あの黒い噂のことはそもそも王はご存知なのだ。その手の汚れ仕事を我が家が受けている代わりに罪を免除されている。もちろん細かい決まりがあって私怨の大量殺人や王家への造反などはその対象外だが……」
黒い噂の内容は様々だった。違法賭博場の運営、武器の密輸、隣国へのスパイ等々……どうやら裏の世界も王家が把握するために与えられた役目らしい。
「噂は本当だということですね」
「ああ。だがあまりにも真実味にかける内容のせいか、どうやら危ない一族であるのは本当のようだが、まさか公爵家が実際にあのような悪事に手を染めているわけではないだろう……と世間には思ってもらえているよ」
確かに……私もまさかまるっと全部本当だとは思っていなかった。
(じゃあこの人、実は結構怖い人じゃん!!!)
ちょっとラフに話過ぎてしまった。あまりにも普通のおじさんだったからだ。これも仕事上必要な擬態なのかもしれない。だが今更態度を変えたら逆にビビってると思われて条件が悪くなるかもしれないからな。今は少しだって条件を落としたくはない。
(ええい! 女は度胸だ!!!)
「では本当に学園で悪役令嬢をやってもかまわないということですね?」
悪役令嬢っぽくニヒルな笑みを浮かべてみると、公爵が慌て始めた。
「えええ!? いやもちろんかまわないのだが! その……ええっと……いや、エミリア嬢が負うリスクを考えれば好きにしてくれて大丈夫だ」
断られたら大変だと、オールオッケーしてきたぞ。
「冗談ですわ」
まさかそんな覚悟を決めたような表情でOKされるとは思わなかった。そんなに他人と結婚できないことが公爵にとって、公爵の娘にとって重い罰になるのだろうか。まあこの価値観の違いはラッキーだと思うことにしよう。これで学園で適当に過ごしても文句は言われないのだから。
「他に気を付けておくことはございますか?」
「いや、このくらいだろう」
「では、お金の話を!」
お兄様~! と急いで兄を呼んだ。
話はすぐにまとまった。うちの借金は綺麗さっぱり肩代わりしてくれ、更に学園に必要な学費から生活費まで全て面倒見てもらえることになった。大盤振る舞いだ。
兄は私が公爵家へ養子に行くのだけは悲しんでいたが、あくまで籍だけの関係だし、頼まれなくてもこの家に戻ってくると宣言したら嬉しそうに笑っていた。
「お嫁に行ってもらわないと困るんだけどな!」
「いやいや、ずっと面倒みてくださいよお兄様~~~!」
その様子を公爵は微笑ましそうに見ていた。この人が本当にあの黒い噂のトップに立つ人だとはとても思えない。人は見かけによらないものだ。