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2 公爵家からの依頼

 数少ない我が家のメイドが、念のためまだ手放していなかった来客用の食器と、ほんの少し残っていた高級な茶葉でガルシア公爵をもてなしていた。


(このギリギリっぷり……まさに綱渡り状態ね)


 いたる所で我が家の没落ぶりがわかって少々切ない。


「お初にお目にかかります。エミリア・カレフでございます」

「ああ、急に来てすまないね。リューク・ガルシアだ。よろしく。」


 公爵はいたって普通のおじさん貴族に見える。だが笑顔が胡散臭い。あの黒い噂はこの胡散臭い笑顔のせいで勝手に周囲が余計な想像を膨らませたのでは? というくらい胡散臭い。


「それで、私などにどのようなご用件があってこのような所まで……」


 ここは王都にある屋敷ではない。王都から馬車で2日ほどかかるカレフ家の領地なのだ。


「いやその……」


(なに? ここまで来ておいて言い淀むって……)


 ガルシア公爵は少しあたりを見渡して、それから息を整えていた。おじさんがなにをそんなにドキドキしているんだ。そして意を決したように私の目を見つめ、たいしたことない依頼をするかのように、穏やかな声でとんでもないお願いをしてきた。


「エミリア嬢、娘の代わりに『悪役令嬢』をやってもらいたい」

「はああ!?」


 おっといけない! あまりに久しぶりにそんな単語を聞いたので、ついつい普段通り反応してしまった。


(『悪役令嬢』ってあの悪役令嬢!?)


 乙女ゲームとか少女漫画に出てくるアレでしょ? なんかヒロインに意地悪したり恋路を邪魔するライバルみたいなやつ。

 先ほどの叫び声などなかったかのように、私の方も普通を装って言葉を返す。


「あの、悪役令嬢とは? 劇か何かのお話でしょうか?」


 私は前世の記憶については誰にも話していない。何故ならバレると面倒くさそうだからだ。だからたとえ聞き覚えのある単語を出されてもしらばっくれると決めている。


(公爵もまさか前世の記憶が……?)


 少なくとも公爵に悪役令嬢なんて単語を教えた人物がこの世界にはいる。


(怪しい! 怪し過ぎる!)


 だいたい悪役令嬢なんて最後は絶対に痛い目にあうんだからやるわけないだろ!


「もちろん、君の身の安全は保証する」

「と、仰っられましても」


 笑顔で愛想良く、何言ってんだお前、と言う気持ちが伝わるようくっきりハッキリ言葉を強めた。

 通常であれば公爵家の頼みをこんなにバッサリ断ることは憚られるのだが、我が家はもうある意味で怖いものはない。そんなレベルで急速に落ちぶれているのだから。


(諦めて早よ帰れ! 私の時間をくだらん話で消費するな!)


 そんな私の祈りも虚しく、公爵は額に手を当てて理由を話し始めてしまった。


「実は先日、占い師が訪ねてきてね。その、我が家のことをよく知っていて……それで愛する娘が危ないと言うのだ」


 よく知っていて……ってのは例の噂の話だろう。もしかして黒い噂の出所はその占い師か?


「どうやら間も無く王立学園は異世界の遊技の舞台と繋がるそうなのだ」

「はあ」


 気のない返事をするが頭の中は忙しい。


(ここ! ゲームの世界だったの!?)


 言われてみれば、転生者の私になかなか都合のいい世界だった。中世ヨーロッパ風の世界観だし、通う予定だった学園の制服は前世のそれと大きく変わりはない。前世の常識や倫理観に大きな齟齬がないのも暮らしやすいポイントだった。


「そこで娘は悪役として活躍する予定らしい」

「活躍するとどうなるのですか?」

「王太子殿下との婚約破棄に加え、今後一切誰からも婚姻を結んで貰えないそうだ」


(それだけ!?)


 ぬるい! ぬるすぎるぞ!? それ現状の私なんですけど!?


 それでも自分の娘を憐れんでか、公爵が涙ぐんでいた。


「だから、娘を留学させようと思っているのだ。ちょうど隣国の第二王子が婚約者を探しているらしいし……」

「え!? 王太子との婚約は!?」

「まだ正式に婚約はしていない。今なら問題なく白紙に戻せるだろう」


 問題ない? すでに散々噂になって引きこもりの私まで知っているが。


「では別に私が悪役令嬢の代役を務める必要はないのでは? 学園を避けるだけで十分回避できる未来だと思いますが」

 

 公爵が私の言い草に眉を顰めることがないのはラッキーだ。案外心の広い人物なのかもしれない。


「世界の崩壊を防ぐ為に、悪役令嬢役は必要なんだそうだ」

「と、言いますと?」

「公爵家の力がありながら、少しも留学の話が進まないのだ。それに王太子との婚約の話も……彼方は乗り気ではなかったはずなのにどう言うわけか婚約をやめることを渋り始めている」


 そうきて深くため息をついた。


「占い師はそれを『矯正力』だと言っていた」


 公爵はとても深刻そうに語る。矯正力ってつまり物語が変わってしまわないように目に見えない力が働くってことか?


「その矯正力というのは、悪役令嬢が変わることには目を瞑ってくれるので?」


 それなら矯正力として随分甘いじゃないか。


「必要なのは学園の入学式でヒロインに苦言を呈し、攻略キャラクターから反感を買う役目を担うことだけらしい」

「ええ!? それだけですか!?」


 いやしかし、天下のガルシア公爵の口からヒロインとか攻略キャラクターなんて単語を聞く日が来るとは。私は少々しらけ気味な表情になってしまう。それがわかってか、公爵は焦って突然重大な提案をしてきたのだ。


「もちろん報酬は弾む! この家を建て直すには十分なはずだ!!! 頼む! どうか引き受けてくれ!」


 深く頭を下げる公爵が目に入った瞬間、

 

「喜んでー!!!」


(しまったー!!! つい……つい金に目がくらんで……!!!)


 思わず前のめりで返事をしてしまった。


(つーか先にそれを言えよ!!!)


 公爵は私の手のひら返しに戸惑っているようだった。口をぽかんと開けたまま固まってしまった。


「オホン……失礼しました」

「あ、いや……こちらとしてはありがたい返事だ」


 そうして背筋をただして再度公爵の目を見て返事をする


「その話、謹んでお受けいたしますわ!」


 久しぶりの笑顔だった。

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