12 VS? 騎士団長の息子
「はぁ~~~……」
ガイヤとの初めてのまともな会話は、魔術の授業でのことだった。入学して初めてのこの授業は、メインキャラクターそろい踏みで思わずため息が出てしまう。
この授業は魔力を持つ者だけの授業だ。さらにここは王侯貴族という身分を持つ者ばかりの学院、すでに魔術の英才教育を受けている生徒は多い。
「どうされたんですか?」
少し心配そうにアイリスが私の顔を覗き込んでくる。
「え? いやその……私、魔術は苦手なのよ」
なにせ全くこの手の勉強はしてこなかったし。
(まあこのため息は、アイリスから視線を逸らす気のないあの男どもへのものなんだけど……)
チラチラ見るな! いや、あからさまな凝視もやめろ!
アイリスは何故か張り切っている。魔術の授業が楽しみなのかもしれない。逆ハールートということは、魔術の方もばっちりステータス上がってる状態なんだろう。
「そうなんですか!? 意外です! エミリア様、他の授業はどれも先生方から褒められているのに!」
「ハハ……」
有難いことに座学に関しては前世の記憶……いや、前世の経験が有利に働いた。詰め込み教育万歳というわけだ。勉強の仕方がわかっていれば、この世界特有の学問でもなんとかなる。
(なんと言っても、就職する可能性もまだ残ってるからね……女官なら安泰だし。なによりホワイト企業!)
15年間、人生舐め切って生きてきたが一族の危機を経て私も変わったのだ。結婚せずに自分で自分を養う可能性を受け入れた。……まあとりあえず穏便にアーサーと婚約破棄するところからだが。
「魔術はこれまでの人生でほとんど勉強してこなかったのよ」
前世には魔力もなければ魔術の授業がなかったので、こればっかりはどうにもしとうがない。
「私……その……これだけは得意なんです。なにかあれば言ってくださいね! 少しでもエミリア様のお役に立ちたいので」
「ありがと。お願いするわ」
アイリスはとても嬉しそうに微笑んだ。最近アイリスはだいぶ落ち着いてきたように感じる。学園での授業も、レストランでの仕事もあり毎日忙しそうにしているが、最初に会った時のような切迫感がない。こういう風に穏やかな笑顔を見る日が増えた。
(忙しければその間はクズ男のことを考える時間が減るだろうしね)
「うわっ!」
攻略キャラ達がアイリスの笑顔をみて、揃いも揃ってだらしない顔になっていた。いやわかるよ。可愛いよな。
最初の授業はペアになって行われた。当たり前のように男どもがアイリスに殺到したので、アイリスは魔術の教師とペアになり、あとはくじ引きにされた。
(げっ! ガイヤか!)
ついに最後の攻略キャラクターと対面だ。私はガッツリ身構える。またどんな難癖つけられることやら。
「よろしく!」
「よ、よろしく!?」
なんとも太陽のように晴れやかな笑顔で声を掛けられ面食らってしまう。
(笑顔の裏でアレコレ黒いこと考えてないでしょうね!?)
いや、それは別キャラ、宰相の息子ベイルの領分か……。
今日の魔術の授業は魔術としては基礎的なものだった。地、水、火、風、それぞれを発現させたり、簡単に操るだけだ。現状の確認も兼ねている。
「ぐっ!」
私は案の定、どれも安定しない。ギリギリ地面を盛り上げ、水滴をたらし、マッチ程度の火をつけ、ノートを風でめくることが出来たが、それだけだ。他のメンバーはもう余裕綽々で高度な魔術を使っているのが見えた。
「大丈夫! できる! できるよ!」
「うん! いい感じいい感じ!!!」
「わー! 出来た! 出来たよ!!!」
ガイヤの応援が教室中に響いている。
(は、はず~~~~!)
私、もういい年なんですけど……応援の仕方が赤ちゃん向けじゃない!?
「ここをガーッ! って。ドンバシャーって感じでやるんだ!」
(わかるか!)
とは思っても、彼の善意を全身に感じてそんなことは言えない。だが気が付いたら彼に乗せられて、全力投球してしまっていた。ゼイゼイと息が荒いまま授業を終える。
「うん! よく頑張ったね!!!」
最後までガイヤは同じテンションのままだった。
「ゼィ……ゼィ……アリ……アリガトウゴザイマシタ……」
あれ? 私何かスポーツでもしてたんだっけ? スパルタコーチでもつけてたっけ?
(ま、まさかアイリスをいじめた仕返し! とかじゃないわよね……?)
彼の眩しい笑顔を見ると違うと思いたいが、なんせ今までのことがある。
「ガイヤ様……あの……私になにか言いたいことがあったりします……?」
しかしやはり勘違いだと申し訳ないので、それとなく探りを入れる。
「ん~? いや、エミリア嬢はガッツがあるなぁ。苦手なことも全力で取り組めるのはいいことだよね」
あ、やっぱり私の勘違いだな。
「俺でよかったらこれからも練習に付き合うよ~」
「いえいえいえいえいえいえ結構です!」
思わず全力で首を横に振ってしまった。なんだか急にクールダウンして別人のように穏やかな空気を醸し出している。
(そういえば剣を握ったら人が変わるんだっけ? 剣じゃなくてもいいの? 戦闘モードになれば条件を満たすってことかしら……)
まだ息を整えながら、記憶を思い起こす。どうにも姉の話を適当に聞いていたせいか、それとも姉の説明がピンポイントの誇張表現だったのか、キャラクター像に若干のずれがあることが多い。
ガイヤは他の座学の授業でも彼はこんな感じでのんびりニコニコとしていたのを見ているので、基本は穏やかな気質であることは確かなようだが。
「遠慮しなくていいんだよ? 君は病弱でずっと屋敷にいたんだろう? 魔術を使うにも体力がいるし……なかなか練習だって出来なかっただろう?」
そんな設定あったな! 社交界に出てこない私はその設定で家に引きこもっていたのだ。まさかここでそんな勘違いが生まれているとは。
穏やかに優しくされるのはなかなか慣れない。最近は偉そうなやつばかりと対峙してきたから余計そう感じる。
(ガイヤ……攻略キャラの唯一の良心っ!)
と、心の中で称賛したのが悪かったのだろうか。
「そ、それに君はアイリス嬢と仲もいいだろう……? 最初はビックリしたが、君といるアイリス嬢はいつも笑顔だし……」
「結局そこかよ!!!」
せっかく湧いてきた好感度が一気にゼロになってしまった。
「ち、違うんだ! 彼女の笑顔を見せてくれるお礼にと思って……す、すまない……」
しょんぼりと耳が垂れた犬のようになっている。
(まあでも……どう考えても攻略キャラの中では人間的に一番いい人ね)
やっと一息入れられそうだ。それからは他愛のない話をした。なんの嫌味もなく、敵意もない男との会話は久しぶりだった。
「エミリア様~!」
教師との話が終わってすぐ、アイリスが走ってやって来た。パアっとガイヤの顔が輝く。
「さ! エミリア様早く次の授業に行きましょう!」
そう言って私の腕をグイグイと引っ張りはじめた。こんなことは珍しい。どうしたんだろう。
「あの! アイリス嬢、俺はガイ……」
「さあ早く!」
アイリスはガイヤの自己紹介を遮るように声を上げた。
「あ……じゃあまた……」
私も突然のことに上手く対処ができず、そのまま呆然とするガイヤを置いてアイリスと次の教室へ向かう。
「どうしたの!?」
真剣な顔のアイリスを見て少しばかりビビる。何? マジでどうした?
「だって……とっても楽しそうだったんですもの」
「え!? あ! ガイヤのこと!? うわぁ! ごめんごめん! 彼がよかったのね!?」
なんだ! アイリスはガイヤ狙いだったのか。そんな気配全くなかったぞ!?
「違いますよ! エミリア様が楽しそうなのが悔しくて……私を頼ってもらいたかったんです……すみません」
自分がしたことが良くない感情からだとわかっているからか、急に反省モードになった。日頃のお礼をやっと返せると思っていたのに、その役目をガイヤに取られてしまったと逆恨みをしてしまった……と、急激に自己嫌悪に陥りながら小さくなっていくヒロインが目の前にいる。
(ヤキモチ妬いたの!?)
アイリスは予想以上に私に懐いてくれているようだ。
あの、私一応悪役令嬢なので……ヒロインにこんなに大切にされていいのかしら……?




