1 貧乏令嬢
突然だが私、エミリア・カレフ伯爵令嬢は前世の記憶を持っている。ここは前いた世界とは違う世界、つまり異世界だ。
だからといって特にこの記憶を使って生きてはこなかった。世の為人の為に使うことも、自分が儲ける為に使うこともなかった。中世ヨーロッパ風の世界観ではあるが、生活様式は前世の日本とそれほど違いはないのだ。
(なんて都合のいい世界!)
更に言うとこの世界では大変珍しい魔力持ちでもあったが、別に使う必要もないので全く訓練もしていない。
「だって現状に十分満足してるし」
私の実家はなかなか裕福だった。屋敷の人間も私に激甘だったので、なんの苦労もなく今まで生活してきた。貴族としての堅苦しいイベントすら全てスルーして生きてきたのだ。人生舐め切って生きていた。
「だってお茶会って面倒くさいじゃん」
「パーティ? なんか疲れそう~……行かない!」
全く人前に出なかったせいか、私の現状を知る人は少なく、社交界では病弱な令嬢として噂をされている。その方が都合がいいので家族も特に否定しなかった。
「転生ガチャURゲット~!」
なんて叫んで、侍女達を困惑させた日もあった。
(だって容姿もいいし! 人生チョロ~い!)
まるで少女漫画のキャラクターのようだ。綺麗な淡いブラウンの美しい長い髪に柔らかなグリーンの瞳。鏡の前でウットリするってもんだろう。
だがある日、急に潮目が変わった。私と同じくらい自由人な父が、投資詐欺にあって我が家は没落寸前まで追い込まれてしまったのだ。
そうしてある朝、父は一枚の手紙だけを残していなくなった。
「冒険者になる!」
兄と2人、その手紙を見て脱力した。
「おそらく父上は一攫千金を狙って旅立ったんだろう」
人づてに、父が国外へ出る船へ乗ったことを聞いた。
「せっかく貴族に転生したっていうのに! あのクソ親父ー!!!」
15歳にして過去の自分のおこないを後悔した。ここまで来るまで現状に満足し、転生者としての知識を使うことなく生きてきた為、今更どうしようもなくなってしまっていた。前世の知識を使った新しい商売を! なんて今更あれこれ考えてももう遅い。それを始める元手すらないのだ。
「仕方ない……結婚も就職もする気なかったけど……」
死ぬまで実家に寄生しようと決めていたのに、人生とはままならない。
(まあ15年間遊んで暮らしたしな)
諦めて大人しく婚活と就活に人生の舵を切り替えようと考え始めた時、父の代わりに奔走する兄に、更に悲しい事実を突き付けられた。
「すまないエミリア……お前を学園へやる金もないんだ……」
「嘘でしょー!!?」
16歳を迎えるとこの国の貴族は須らく王立学園へ入学する。もちろん学費は高額であるが、その学園を出ていない貴族はまともな婚姻も就職先も望めない。
「人生詰んだ……」
そんな我が家の噂を聞きつけたのか、学園が始まる3ヶ月前、庭は雑草に溢れ、早くもサビれ始めた我が家の門の前に一台の豪華な馬車が止まった。
「何あのキラキラした馬車! うちへの嫌味~? 腹立つなっ!」
売れそうなドレスや宝石類を整理しながら、汚れ始めた窓ガラスの向こうに見える馬車が眩しい。
「エミリア、少しいいか?」
兄は何やら困惑したような表情で部屋を訪ねてきた。
「ガルシア公爵様がお前に会いたいそうだ」
「ガルシアってあの……?」
我が家が没落する直前、黒い噂が広がった家だ。確かそこの娘が王太子と婚約予定だと聞いた。そしてその直後にゴシップが出回るようになった。引きこもりの私の耳にまで届くのだから、社交界で知らない人はいないだろう。それどころかおそらく一般市民にも広まっていそうだ。
「はぁ? アポなしかよ」
私は機嫌が悪かった。お気に入りのドレスも手放さなけらばならないと言うのに、なんで気を使う必要のある目上の人間の相手なんかしなきゃならんのだ。
「エミリア~頼むよ!?」
「大丈夫ですって。これでも人前ではそれらしく振る舞えます。ご存知でしょう?」
兄は私の態度が心配のようだが、それなりに常識はあるので粗相するようなことはしない。
こう言う振る舞いが面倒くさくて社交界に出ず引きこもっていたが、たまにくるお客相手にはいつだってキッチリとした姿を見せていた。
「はぁ~お金降ってこないかな~」
「そうだねぇ」
豪華絢爛な馬車を眺めながら、兄妹2人、揃って大きなため息をつくのだった。