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君の望んだ色鮮やかな世界

作者: 朝比奈 ねあ

この世界に当たり前のようにある、色。それは、私のご先祖さまが遠い昔、この世界に与えてくれたものだ。この世界は私のご先祖さまが彩った世界そのままの状態で回っていて、変わらず平和な日常が訪れ続けていた。好きな人と過ごす、幸せな日常。こんな幸せな日が崩れる日など、絶対に来ないと思っていた。

そんな中、私を唐突な頭痛が襲う。そして見た。色が消え失せ、モノクロになった世界を。それが1ヶ月以内に起こるということも。

そして、何も特別な策もないまま、この時を迎えた。微かながら、色が消え始めた。それは本当に微かで、せいぜい鋭い人が異変を感じ始める程度。だが、遅かれ早かれ、この場所にもモノクロな世界は訪れる。日常は壊れる。ご先祖さまがいなくなった今、誰もこの進みゆく現象を止めることができない。モノクロになってゆく世界を、ただ眺めることしかできない。そんな自分に、腹が立ち、私は少しでも情報を集めようと家のパソコンとにらめっこを始めた。

‘モノクローム現象’

これは、今世界で起こっている異常現象。世界がモノクロに向かって進んでいて、今の技術ではこの色の暴走を止めることができない。ただ、世界のとある場所に色の源であるカラーボトルを差し込むことができれば、この狂った世界を再び彩ることができる。ただ残酷なことに、カラーボトルは差し込まれたその瞬間に半径1km以外のものと共に仮想空間へと向かう。すなわち、差し込みに行ったものは二度とこの世界に帰ってくることができないそう。色使いの家系の末裔なんだ。私がやらなくてどうする。でも、私には日常を手放す勇気はなかった。

(あお)ー!今日一緒帰ろうぜ」

そう、笑顔で私の名前を呼ぶ浅緋(あさひ)と過ごす日々を手放せるほど、私は強くなかった。

それでも、迷う私を差し置いて、モノクローム現象はどんどん進行する。光は和らぎ、色褪せ始める。あと一週間もすれば、世界は彩りを失う。私には、ご先祖様のような力はない。犠牲を出さずに、この世界の暴走を止めることができない。今、政府が話している。公平なるくじ引きで、カラーボトルを差し込む人、すなわちたった一人の犠牲者を決めると。自分の無力さが腹立だしい。悩みに悩んだ結果、私は考えられる中での最善手を見つけてそっと、姿を消した。浅緋の幸せが私の全てだ。もう、迷う必要などなかった。





俺たちの日常は、奪われた。モノクローム現象は、すべてを壊した。結局、政府は国民を犠牲にすることで殺到する批判を恐れ、現状維持を選んだ。早く何とかしないと、国民から犠牲を出すことに対する批判よりもっと深刻な事態になるとわからないのだろうか。実際、事態は悪化して、今世界に残るのは光と、微かな色。もうじき、光だけでこの世界は回るだろう。狂ってる、この世界は。何もかもが。碧は数日前から学校に来ない。俺の、こんな狂った世界での唯一の楽しみさえ、なくなった。碧がかつて座っていた俺の隣は、今は空席だ。ここ数日、学校はかつてないほどつまらない。どうしたんだよ、碧。またお前の明るい声で、浅緋と呼んでくれ。俺に笑いかけてくれよ。お願いだ神様、早く元の世界に戻してくれ。俺は、家へと帰り、泣き崩れそうな気持ちでベッドに潜った。もう何も考えたくなかった。ただうっすらと消えてゆく色が、やけに俺の心を傷つけた。朝起きたら色が戻っていればいいのに、これがすべてただの悪夢だったらいいのにと、何度思ったことだろう。でも、目が覚めるたびに絶望を味わった。色は戻るどころか、褪せてゆくだけだったから。だから、奇跡だと思った。最初は、夢だと思った。だって、信じらんないだろ。眠い目を擦って目覚めた俺の見る世界は色鮮やかに輝いていて、スマホは碧からのメッセージを通知していた。だが、弾む心を抑え碧とのトーク画面を開いた俺は、絶望を味わった。溢れる涙が抑えきれなかった。碧は、メッセージで俺にこう伝えてきた。碧は、色使いの家系の末裔として自分の使命を果たしたんだと。俺の望む世界を戻した、幸せになってと。冗談もいいところだ。碧、お前が色の代償として消えてしまうのならば、俺はモノクロの世界を望む。お前のいない世界で、俺は何をしろって言うんだ。お前なしで、どうやって幸せになれと言うんだよ。

俺は、地面を打ち続けるような激しい雨の中、全速力で走った。どうするかなんて考えられない。ただ、碧のいない現実が耐えられないから。少しでも希望があるなら、それに縋るのみだ。向かうは、碧がカラーボトルを差し込んだ、あの場所。なあ、碧のご先祖さまよ。なんで、碧はいなくならなきゃいけねえんだ。俺、あいつが大好きだよ、愛してる。碧がいないと、俺は何も出来ないんだ。神さま、仏さま、碧のご先祖さま、誰でもいい。少しでも俺と碧に同情してくれるのなら、俺に、碧を返してくれないか。頼むよ。もう俺には、運命が碧を奪ったこの場所で泣き叫ぶことしかできないんだ。





目覚めたのは、真っ白な空間。私は、浅緋に、できる限りの幸せを与えたつもりだ。浅緋は常に言っていた。モノクロな世界など終わりに等しいと、早く色が戻って欲しいと。これが、私が浅緋にできる最大限だった。私は15年間しかあの世で生きれなかったけど、後悔はない。大好きだった君のために死ねたんだから。浅緋のためだったら、死だって怖くないんだから。でも、まだ心のどこかでまだ浅緋と話したい、浅緋のいる世界で生きたいと思う自分もいた。不意に悲しく、切なくなって何もないこの死後の世界で、1人泣いた。

泣き続ける私を黙らせたのは、微かに聞こえた、君の声。

「碧!聞こえるか、俺だ、浅緋だ。碧、聞こえてるなら戻ってきてくれ、また俺の名前を呼んでくれ。神様、どうかお願いします、碧を俺に返してください」

泣きながらそう叫ぶ、浅緋の姿が見えた。もちろん私は死後の世界にいるから浅緋から私の姿は見えているはずがない。なのに、まるで私がそこにいるかのように、私に語りかけるかのように、浅緋は私の名前を呼び続けた。何度も。必死に叫ぶ君は、たまらなく愛おしくて、それに応えられないことが切なくて、でも何よりも嬉しくて、色々な感情が混ざって私も、泣いた。今までにないくらい大声で、泣き叫んだ。それからどのくらい時間が経ったのだろう。不意に私の頭の上に手が置かれた。顔を上げると、そこには優しげに微笑む老人の姿があった。私のご先祖さまだと、その老人は言った。変わらず涙を流す私に、ご先祖さまは続ける。

「碧、お前は私の子孫として相応しい程に勇気を振り絞ってこの世界を救った。自分を犠牲にしてまで、他の者を助けた。そして今、お前を愛すものがお前を返せときた。本来これは駄目だが、これほど強い愛を見て見ぬふりすることは、先祖としても、人としても嫌なものでね。碧、あの男の元に帰ってやれ。後は、私に任せなさい」

浅緋の元に帰らない理由など、無かった。ご先祖さまにお願いし、君の元へと送ってもらう。君は、まだ私に気づかない。それほど、顔を埋めて泣いている。また涙が込み上げ、私の頬をつたう。そっと、君の頭に手を置く。そっとこちらを向く顔に光が宿る。笑顔が君の顔に蘇る。私と浅緋に、もう言葉など必要なかった。






その後沈みかけた夕日が映し出したのは、平穏な日々へと歩いてゆく、2人の男女の姿。これは、自分を犠牲にして世界を救った少女と、最後まで運命に抗った少年の話。

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