二年目の体育祭はちょっと違う
野乃花とは、毎日朝俺のマンションの有る駅のホームで待合せして一緒に電車に乗った。初めての日はぎこちなかったけど、一週間もすると大分慣れて来た。
俺がホームに行くと彼女が笑顔で迎えてくれる。その笑顔が本当に可愛くて、つい俺も微笑んでしまうようになった。
「祐樹、おはよ」
「おはよ、野乃花」
さっと手を繋いで来る。俺も握り返すと俺の顔を見て微笑む顔がまた可愛かった。
「今日体育祭だね」
「ああ、本音は出たくない」
「無理よ、祐樹の運動力の高さは、もうみんなにバレているんだから。期待しているわ」
「期待されても」
そう、今日は体育祭。去年みたいな二人三脚は逃れたものの、百メートル走とクラス対抗リレーに出る事になった。はっきり言って帰りたい。
「私、祐樹の事思い切り応援するから頑張って」
「…………」
「なんで無言なの。そこは野乃花の為に頑張るとか言って欲しいな」
「野乃花の為に頑張る」
「うんありがとう」
はぁ、野乃花って結構押しが強い。俺の弱点を突いてくる。対抗策は無い物かな。
そんな事を話しているとあっという間に学校の有る駅に着いた。改札を出ると
「工藤君、野乃花。おはよ」
「おはよ、緑川さん」
「おはよ、優子」
「野乃花、二人でいるのが似合うね」
「ふふっ、ありがとう」
本当は、私だって祐樹の傍に居たいよ。でも野乃花を応援するって決めたんだ。だからなるべく二人でいる時間にさせないと。
「ねえ野乃花。私、来週から家から直接学校に行くようにする。もうあの件も大丈夫そうだし」
「えっ、いいの」
「うん」
「緑川さん、あの件って?」
「工藤君に関係ない二人だけの秘密よ」
「…………」
仲間外れにされた気分。
学校に着くと校庭では体育の教員や生徒会役員、それに体育祭実行委員会の人達が、ラインを引いたり、テントの中の椅子を並べたり、競技で使う道具を校庭の隅にある倉庫から出していた。
中止にはなりそうにないな。この天気だし。雲が全くない。仕方ないか。
教室に入ると
「おはよ、工藤、門倉さん、緑川さん」
「小見川おはよ」
「「おはよう小見川君」」
二人が自分の席に行くと小見川が
「なあ、工藤。毎日緑川さんや門倉さんと一緒に登校するけど?」
「ああ、駅で会うだけだ」
まだ、正式に付き合っていない以上小見川にも言えない。
「そうか、毎日が偶然って?それって必然?」
「どっちでもいいよ」
「そだな」
生徒全員が校庭に出て整列した。校長の挨拶の後、体育の先生が挨拶を言って、その後準備体操に入った。
皆の前には生徒会長の望月奈緒さんがいる。いつもながら整った顔立ちで気品がある。はっきりとした性格で男子生徒だけでなく女子生徒からも注目を浴びている人だ。
今日は長い黒髪を後ろで一つにまとめてポニテにしている。顔立ちがはっきりでて余計その美しさを際立たせていた。
その人が、音楽に合わせて体操始めると、男子の生徒の視線が思い切り集まった。皆さん、真面目に準備運動しましょう。まあ、分かるけど。
体操が終わり、クラスの集合場所に行くと俺の両隣りに直ぐに緑川さんと野乃花がやって来た。
「あの、女子はあっちでなくていいの?」
「何処に座ってもいいんだよ工藤君」
「そうそう」
「そうなの?」
「工藤、今年も熱い体育祭になりそうだな?」
「小見川、代わってくれ」
「やだね。俺一条の所に座るから。お二人さん仲良くね」
「「うん、ありがとう小見川君」」
本当に熱くなりそうだ。
私、新垣美優。工藤君が門倉さんと緑川さんに挟まれている。本当は私もあそこに座りたいけど、彼とは、同じ図書委員というだけ。
あの二人はクラスの中でもはっきりと工藤君を意識した行動をしていて、クラスメイトも暗黙の了解の様な雰囲気だ。
今の状況ではどうしようもない。でも今日の競技、もしラッキーなら彼を捕まえるチャンス。
俺の競技は、午後一番のクラス対抗リレーと百メートル走だ。午前中はのんびりと過ごせる。
のんびりと目の前で行われている競技を見ていると変な競技が始まった。借り物競争だ。去年有ったっけ?そう言えばこれに野乃花も出るんだ。
見ていると野乃花だけじゃなく新垣さんも出る様だ。あっ、新垣さんがスタートした。野乃花は次の次だ。
新垣さんを見ると途中で紙を拾って中身を見ている。えっ、新垣さんがこっち走って来る。どうしたんだ?
「工藤君、一緒に来て」
「えっ?」
「お願い」
強引に手を引かれた。
「工藤、行ってこい」
「行け行け工藤」
男子から冷やかしの声が飛んでくる。仕方なしに手を繋いでゴールに向かうと新垣さんが、待ち構えていた係の生徒に紙を渡した。
「2Aの新垣さんがゴールしました。お題は…大切な友達です」
「「「おおーっ」」」
「ふふっ、工藤君。ありがとう」
「まあ、友達だからね」
意味分からず、元の所に戻ると緑川さんが怖い顔して待っている。どうしたんだろう?
「工藤君、仕方ないけど不味いわね」
「えっ、どういう意味?」
意味が分からず競技を見ているとあっ、野乃花がスタートした。途中で紙を拾い上げて見ている。えっ、またこっちに来た。
「工藤君、私をお姫様抱っこして」
「はあっ?」
小見川や一条達が腹を抱えて笑っている。後で覚えていろ。
「早くして」
「でも」
「でもじゃない。競技終わってしまうよ」
「工藤君してあげないさいよ」
緑川さんにも言われて仕方なく野乃花をお姫様抱っこするととてもいい匂いがした。
「ゴールに向かって走って」
俺の首に手を回して来た。
「な、なんと。先程、女子に手を引かれた男子が、今度は女子をお姫様抱っこしています」
「「「おおーっ!」」」
「祐樹、嬉しい」
「門倉さん、ここ学校」
「聞こえないよ」
俺はほとんど最後でゴールすると野乃花が、手に持っている紙を係の生徒に渡した。係の子がお題を見ると
「良いんですか、これ読んで?」
「うん」
なに書いて有るんだ。
「えーっ、ただいまゴールした2A門倉さんのお題は…いいんですかほんとに?」
「うん」
「お題は、私の大好きな人にお姫様抱っこして貰う。でした」
こんなお題有ったっけ?
「「「「おおおーーーっ!!!!」」」」
はぁ、何というお題だ。俺どうすればいいんだ。
「工藤君、一緒に戻ろう」
野乃花に手を引かれてクラスの所に戻ると小見川がやって来た。
「いやーっ、工藤。何か有るとは思ったが、まさかこれほど派手とは。流石俺のダチだぜ」
「勘弁してくれ」
それ以降、クラスの男子だけでなく他のクラスの男子からも嫉妬の視線やからかいの視線が目一杯注がれた。俺帰りたい。
お昼休憩になり教室に戻り、購買に行こうとしたら野乃花がやって来た。
「工藤君、今日は私がお弁当作って来たの。一緒に食べよ」
「小見川。あれいない」
良く見ると一条達の所に行ってニタニタしている。終わった。
-ねえ、門倉さん、工藤君の事。
-確定ね。
―私もっと早く告白してればよかったかな。
―でも、相手はあの門倉さんよ。
―そうよねえ。
女子達、心の声が駄々洩れです。
悔しい、隣に座っている私を無視して門倉さんが工藤君とお弁当を食べている。本当に何とかしないと手遅れになる。
門倉さんの作ってくれたお弁当は、色彩豊かでとても美味しかった。何故か緑川さんが来ない。二人だけだ。
見ると緑川さんは水島さんや他の子達と食べている。緑川さん、言った事本当に実行している。視線を野乃花に戻すと
「工藤君、一杯食べて」
「ありがとう」
はぁ、これでクラスの中では確定されたか。でもなあ。
午後からのクラス対抗リレーは、俺対他のクラス対抗の様な雰囲気になってしまった。同じ順で並んでいる男子からの視線が痛い。
リレーが始まり、女子からバトンを渡され走る俺を後ろから走って来る男子達が、手でバトンを振り回し奇声をあげて追いかけてくる。勘弁してくれ。
百メートル走に至っては、先頭を走っている俺に他の生徒が凄い形相で追いかけてくる状況だ。なんか俺恨まれる事したっけ?
無事?に体育祭も終わった駅までの帰り道、俺は野乃花と並んで歩いている。
「祐樹、ごめんね。でも借り物競争のお題は、開けるまで分からないから偶然だよ」
「分かっている。仕方なかった。けど目立ったな」
「祐樹、私の事嫌いになった?」
「それは無いけど」
「じゃあどんな感じ?」
「前より好きになったかな」
「やったぁ!」
祐樹が顔を赤くしている。一か八かの勝負だったけど。私の勝ち。本当のお題はポケットの中。これは家に帰って捨てよ。
「祐樹、明日休みだよね。会いたい」
「良いけど」
「ほんと。嬉しい」
翌土曜日、午後から野乃花がやって来た。午前中は掃除、洗濯やスーパーへの買い物が有るから会えないと言ったからだ。
でも、彼女は心菜の様に直ぐにあれをしようなんて言わない。一緒に緑道を散歩したり、ベンチで休みながら二人でジュースを飲んだりした。
「祐樹、もし君が私を欲しいならいつでもいいよ」
「分かった」
本当に俺の心が野乃花に向いたらそうしたいとは思うけど、今はまだこの距離感がいい。
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門倉さんの作戦勝ち?
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