通り過ぎる三学期
一月九日。三学期の始業式。心菜との事は、精神的に大分傷ついたけど、冬休みのお陰で随分立ち直れた気がする。
今から考えれば、彼女と別れた日が終業式で良かった。あの状況で学校に行っていたら相当にきつかったからな。
マンションの外に出ると結構寒い。コートの襟を立てて駅まで行くと電車に乗った。学校の有る駅で降りて改札を出ると…心菜がいた。
俺は彼女を無視してそのまま速足で歩き始めると
「待って祐樹」
無視して更に早く歩いた。後ろから走って来る足音がする。
「祐樹」
彼女が俺の腕を掴もうとしたので、それを振り払うと
「近寄らないでくれ」
彼女が目を丸くして驚いている。急いで立ち去ろうとすると
「聞いて、お願い」
俺はその声を無視して学校に行った。
そんなぁ。改札で祐樹が来るのを待って、話しかけようとしたけど全く出来なかった。これじゃあ、どうにもならない。でもやだ別れたくない。
俺は下駄箱で洗いたての上履きに履き替えると教室に行った。自分の席に着くと
「工藤、あけおめ」
「あけおめ、小見川」
「どうだ。気持ちは収まったか?」
「収まったつもりが邪魔された」
「邪魔された?」
俺は心菜の方にチラッとだけ視線を送ると
「そういう事か。あれだけしておいて復縁でも迫る気なのかな?」
「勘弁してほしいよ」
小見川と話していると担任の先生が入って来て全員体育館に行くように言われた。
小見川と俺が席を立とうとすると心菜がこちらに来ようとしたので
「小見川急いで行こう」
しつこい女だ。
「そうだな」
体育館での始業式が終わり教室に帰って来ると小見川に
「なあ、頼みがある。橋本さんが近付いてきたら、何でもいいから俺に話しかけてくれ。あいつとは話したくない」
「分かった」
ところが心菜は来なかった。来たのは緑川さんと門倉さんだ。
「ねえ、工藤君。今日の放課後、少しお話できないかな?」
「ごめん、俺、当分一人で居たいんだ」
「そう、残念だけど仕方ないね。また声を掛けるよ」
それだけ言うと二人は自分の席に戻った。何か話をしているけど。
「野乃花、工藤君。結構まだダメージが残っているわね」
「そうね。もう少し静かにしていようか」
「うん、仕方ないけど」
私、門倉野乃花。工藤君にはもう告白してある。もちろんその後、彼は心菜と付き合ったけど三ヶ月もしないで浮気がばれて別れてしまった。だから私の告白はまだ有効と思っている。でも今は無理をしない。彼の気持ちが落ち着くまでは。
始業式の後、二教科程授業があり、その後マンションに戻った。道場はもう始まっている。お昼を食べて、直ぐに道場に行った。朝の気持ち悪さを消す為だ。
その後は、心菜も緑川さん、門倉さんそして水島さんからも声を掛けられることはなかった。
だから、月曜から金曜までは放課後図書室で勉強した。前は俺を犯罪者の様な目で見ていた受付の子も俺が図書室に入って行くとチラッとだけ俺の顔を見た後、表情を変えずに机に視線を戻したので、俺的にはちょっとほっとしている。
一月の途中で模試も有ったが、問題につかえる事も無く全て解けた。正解かどうかは知らないけど。
二月の第二週にほぼ全校生徒が嫌うであろう持久走大会が行われた。学校の近くを通っている緑道を使って行われる。
男子は往復六キロ、女子は途中折り返しで四キロを走る。最初校庭から出発して校庭に戻る事になっている。
各要所には先生達が立っていて、折り返し地点まで行かないと手にチェックマークを付けてくれない事になっているので距離を誤魔化すことが出来ない。
最初に男子が先に出発して、後から女子が出発するんだけど、早い男子は折り返した後、先行している女子を抜く奴もいるというから凄い。
俺は小見川と普通にのんびり走っている。でも小見川は現役陸上部、それなりに早い。俺達より先に出た男子をどんどん抜いて行く。折り返し地点を過ぎたところで
「なあ、工藤。やっぱりお前陸上に入らないか。去年の体育祭の時もそうだが、今回のこの持久走だって、いい走りをしている。俺は陸上をしているから、この位の距離は大した事無いが、普通の生徒はこうはいかないぞ」
「小見川、おだててくれるのは嬉しいが、俺には向かないよ。それに今日偶々調子良いだけだ」
「またそれか、短距離は天性八十パーセントだが、長距離は天性二十パーセント、練習八十パーセントと言われている。充分やれると思うんだがな」
「はははっ、買い被り過ぎだって」
そんな話をしながらどんどん男子生徒を抜いて行く。とうとう女子生徒の後ろの方が見えて来た。あっ、心菜だ。胸に晒しでも巻いているのか、あまり激しい動きはしていない。
持久走は苦手の様だ。心菜も抜いて走って行くとすぐ前に今度は緑川さんと門倉さんそれに水島さんが仲良く走っている。ちょっとだけ心菜が遅れ始めたという所か。
その人達も抜くと学校の門が見えて来た。
「工藤、結構いい成績で終わりそうだな」
「多分」
祐樹と小見川君が私を抜いて行った。小見川君は陸上だから分かるけど、祐樹も綺麗なフォームで走っている。もし付き合っていたら彼、私と一緒に走ってくれたのかな?
「野乃花、里奈見た?」
「「うん」」
「工藤君、綺麗なフォームで走ってるね。陸上の小見川君と一緒だから凄いスピードだよ」
「うん、やっぱりまだ諦められないな」
「ふふっ、野乃花だけじゃないわ」
小見川と俺が校庭に戻ってトラックを一周してゴールすると、まだ男子は数人しかいなかった。
「工藤、十位以内の様だな。やったな」
「ああ」
「しかし、これだけ走って、ほとんど息切れしていないのかよ。お前本当に凄いな」
「小見川だって」
「俺は陸上だからアップで三キロ位走っている。その後練習してクールダウンでまた二キロ位走るから。こんなの大した事無いけど」
「陸上とは言え、流石だよ」
「まあな」
俺達がトラックの端っこの方で休んでいると心菜、緑川さん、門倉さん、水島さんが仲良く四人で入って来た。女子は大分帰って来ている。
持久走が終わっても、この後しっかりと二限だけあった。眠い…。
そして翌週水曜日、学校に行くと廊下や教室内がざわざわしている。前田や、一条の前には、見たことのない女の子がいた。可愛いラッピングのチョコを渡している。
そして田中の机の上には綺麗にラッピングされたチョコの山が有った。そう言えば今日はバレンタインデーか。俺には関係ないが。
俺が席に着くと緑川さん、門倉さん、水島さんが寄って来た。最初に緑川さんが
「工藤君、はい本命チョコ」
「えっ、でも俺なんかに」
「君だからよ」
次は門倉さんだ。
「私も本命チョコ」
「門倉さん」
今度は水島さんが
「はい、私も半分本命チョコ」
「半分本命?」
「まあいいじゃない受け取って。義理では無いからね」
「うん」
三人が自分の席に戻ると
「ハーレムは健在だったな工藤」
「どうすりゃいいんだ。これ?」
「食べるしかないだろう」
「それはそうなんだが」
心菜が俺をじっと見ているが無視をした。
昼休みになり、クラスの話した事もない女子達三人からも綺麗にラッピングされたチョコを貰った。どうなってんだ?
小見川もチョコが三個机の上にある。
「良かったな小見川」
「工藤に言われたくないけど」
俺は、そんなイベントが有っても、放課後は毎日図書室でその日勉強した科目を復習した。マンションに戻れば明日の予習だ。
そして土日は家事と稽古に励んだ。女の子達との賑わいは無くなったけど、これが俺の普通。
小見川や前田、一条、田中とも良く話すようになった。これが俺の望んだ高校生ライフだ。当面、女の子はいい。
三月に入り、土日を挟んで金曜から翌水曜まで学年末考査が有った。そして木曜日は卒業式の予行演習、金曜日は卒業式だった。
翌週火曜日に学年末考査の結果が発表された。自分の順位よりも心菜と美月の順位に驚いた。
二人共縁が無い筈の順位表に載っている。美月が二十二位心菜が二十五位だ。緑川さん、門倉さん、水島さんもだ。どういう事なんだ?
この三十位以内に入るという事は来年2Aになる事が確定されたって事だ。なんてこった。
「工藤、やったな。三位かよ。凄いじゃないか」
「小見川だって二十位じゃないか」
「工藤に言われても嬉しくない。でもあの四人、相当にしつこいな。前田が言った通りだ。それに渡辺さんまでもが。これは新学期から修羅場の予感が」
「小見川脅すな」
「いや現実かも知れない。でも仲間では一条だけだな。前田と田中は順位外だ」
「でも四十位までなら」
「それはそうだが」
三月十四日、ホワイトデーには、緑川さん、門倉さん、水島さんと後チョコをくれたクラスの女子三人に同じチョコを贈った。一応、○○divaだから喜んでくれたけど。
そして三月二十五日の修了式を持って高校一年の生活が終わった。
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次話からいよいよ二年生です。
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