同居生活
「コインランドリーに、行きます!」
世界が滅んでから大体3日目。とりあえず定住する場所が見つかって、今後はどうやって生き残りを捜しながら旅をしていくのなあ、なんて思いながら自分の部屋で昨日の夕飯の残りのみそ汁を飲んでいると、俺の部屋に突撃してきた心に、唐突に宣言された。
「は?」
心に脈絡がないのはよくあることだが、突然宣言されて俺の頭は疑問符だらけだ。第一なんでこいつはいつも選手宣誓みたいなノリで語り始めるんだ。
「ほら、このアパートに決めた時に、コインランドリー近いねって話したじゃない?いい加減、1日目に来ていた服も洗いたいし」
そんな俺の不満なんて全く気付いていない様子で心が説明する。恐らく、心のも世界が滅んでから何日目というカウント方法なのだろう。気持ちはわからなくもない。心にはあえて言わなかったが、あの日の俺はこの上なく機嫌が悪かった。それを初めて会った他人にぶつける勇気がなかったのと、心があまりにのほほんとしているから毒気を抜かれただけで、あの日そばにいたのが真面目な越した友人だったら俺は怒鳴って当たり散らしていたと思う。そんな、あの日着ていた服には、世界から人間がいなくなって感じた動揺、不安、泣いても払拭出来ないような心細さが汗となって、染み付いている気がする。そんな事実ごと、綺麗に洗い流してしまいたい。
「それでね、」
物思いにふけっていた俺など意にも介していない心は、返事のない俺に話しかけていたようだ。
「コインランドリーからちょっと行ったところに銭湯があるみたいなの!瞬くん、銭湯って行ったことある?」
「ない、けど」
「じゃあ決まりね!洗濯物と着替え持って、30分後に下に集合」
一方的にそう言い残すと心は自分の部屋に戻って行った。嵐のようにやってきて、風のように去って行った心を目で追いながら、朝ご飯渡すの忘れたなあ、思ったが朝から追いかける元気もなかった。
結局心には待ち合わせ場所でおにぎりを渡しその場で食べてもらった。アパートの2階へと続く階段の段差に座りながら「ピクニックみたいだね」と笑っておにぎりを食べる心は今日もご機嫌だった。
「この辺り、近くにお店が並んでて、ほんとに暮らすのに困んないね」
「そうだな、じゃあ帰りに夕飯でも買って帰るか」
「私、今日はオムライスがいいな」
コインランドリーで洗濯物を回し、待っている間に銭湯に行く。その後ショッピングモールで買い物をしたら、帰るころには選択は終わっているはず。なかなかのタイトスケジュールだ。
コインランドリーから銭湯に向かう途中、「しまった」と心が呟いた。
「何が?」
「いあ、私コインランドリー行くの好きなんだけど」
「はあ」
「好きじゃない?コインランドリー」
「コインランドリーに対して好きとか嫌いとかの感情を持ったことがない」
「えー?エモくない?コインランドリー」
「いや別に…」
「とにかく!私はコインランドリーに行くのが好きなのね!」
好きの理由が明確に説明出来ないのか、強引に力技でごり押してきた。
「で、コインランドリーの何が好きかって、選択の待ち時間が好きなの」
「全然わかんないんだけど…」
「え、選択物がぐるぐる回ってるの、ずっと見つめるの楽しくない?」
「全然」
同意を得られず不服そうに口を尖らせる心に「でも」と続ける。
「でも、それは何だか心らしいとは思う」
「私らしい?」
「ぼやっと景色を眺めてそうなところは、心らしい」
「それって私がどんくさいってこと⁉」
心外だとぎゃんぎゃん喚く心に本当に言いたかったことはそうではない。川の流れとか、雨が降る光景とか、そんな景色をずっと楽しんで眺めて至れる人間は優しい人だ。そんな風に感じるから心らしいと思った。絶対、本人には言わないけど。
「じゃあ、コインランドリーの醍醐味を味わえなくて、今日ははがっかりだな」
「ううん」首を振って、「瞬くんと買い物行くのも、銭湯行くのも一緒に歩くのも楽しいから、嬉しいよ」にこにこと能天気に笑う心はやっぱりどんくさそうだ。
家に帰ったら、ベランダの物干し竿に洗濯物を干した。コインランドリーで乾燥も一緒にしなかったことえお後悔しつつも半分ほど干したところで隣の部屋の窓が開いた。
「瞬くん、仕事早いねー」
「家帰って、1回座ると次立ち上がるのが面倒くさくなるだろ。こういうのは先にすませとく方がいいんだよ」
「偉いねー。私は絶対休憩入れちゃうな―」
よく晴れた、昼間だった。世界が滅んで大体3日目。おそらく平日の出来事だった。ニュースやSNSがないと今日が何の日で何曜日かも覚えていない。調べればわかるんだろうけど、何となく調べる気がないだけだ