一周忌
父の一周忌は八女のお寺で十一時からスタートだ。
四九日はお寺についたのが最後だったので、今回は最後に登場なんてあってはならない。平日だから、広川町のあの幹線道路は渋滞するかも。何があるか分からないけど、やるしかない。
仏壇に飾ってあった祖母と祖父の位牌と思っていたモノは、違う人のモノだった。祖母の両親だった。それを過去帳に入れたいと母に言った。
位牌に書かれた日にちを確認したら、ひいじいちゃん、ひいばあちゃん共、おじいちゃんの命日になっている。おじいちゃんが亡くなったとき一緒に、別の位牌にしたのは祖母だ。きっと、祖母もそのことを望んでいるはず。そのことを伯母や叔父にばれずにやりたいと密かに思っていた。
母に過去帳に記載したいと言った。
どうせ、母が亡くなって管理するのはわたしだ。
「お父さんは、おばあちゃんの両親の魂をお寺に預けたいけど、しばらくはうちに祭るって言ったんだよね。過去帳には入れたくないと言っていたんじゃないかな。椛島家じゃないしね」と、母。
そうなのか。
父の遺志と祖母の遺志。相反する気持ち。やはり父が亡くなった今、わたしは父を優先したほうがいいのか。
わからない。
問題を先送りにしたまま、今日は一周忌だ。
家を1時間半前に出ると決めていた。四十九日は自分たちが最後にお寺についたから、今回は一番乗りで来ようと決めていた。あき子より遅いなんて、サイアクな気持ちだった。
ふつうなら三十分しないで着くと思うけど、渋滞しても一時間はかからないだろう。
道中、渋滞はあったが、いつもほど混んではいなかった。
早すぎた。一時間以上前についた。
駐車場に軽トラックが一台だけ。わたしたちの前には法事はないらしい。それらしい車はない。
周りを見て回った。
「早く着きすぎたね」と、母。
「何時に伯母さんたちが来るのかわかるから、これでよかったのよ。見逃しなしだよ」
と、言った。
「そうだけど」と母。
ああ、面倒くさい。自分だって、その方がいいって賛成したくせに。
しばらくウロウロしたり車に乗っていた。周りの第二駐車場や第三駐車場にも車でいった。屋根がついているところもあったが、車は停まっていない。結局元の駐車場に戻る。端の邪魔にならない所に停めた。
一時間ほど待ってから、伯母が大きな車でやってきた。法事十分前。従妹の嫁が運転していた。社長夫人。普通の人で細いのに貫禄もオーラもあって、眩しかった。
頭を下げてお礼を言った。
「今日はありがとう」
「あたりまえよ。それよりあき子は来るの」と伯母。
「きます」
「あら良かったわ」と、伯母。
社長夫人が帰って、すぐに叔父さん夫婦も到着した。お礼を言う。
「さあ、お寺に入りましょう」と、伯母。
「でも、あき子がまだ来てない」
わたしが言った。
「追いかけてくるわよ」
そうだろうけど。みんなでぞろぞろとお寺に入った。
お坊さんが本堂に入っても、妹は来なかった。間違えて伝えていた?
ショートメールで日時と場所、食事処を知らせていた。一名出席で、って返事。確認した。場所を団地っていってたっけ?もしそうなら、タダのいじめじゃん。それとも、伝えた時間が違ったとか。メールの本文は間違っていなかった。
みんなが座って、お経が始まる。途中で妹が走って本堂に入ってきた。駐車場を遠くに停めてしまい、時間に間に合っていたのに来るのが遅くなったとのこと。
「叔父さんのすぐ後ろを走っていたのは知っているよね。時間は遅くなっていないよね。途中でコンビニ行ってたの分かっていたよね」と、妹はまくしたてる。
叔父さんは「気づかなかったな」と一言。
お坊さんと叔父さん伯母さんに謝っている。手元を見ると、数珠も忘れていた。
言い訳なんかしなくていいのに。「遅れてごめんなさい」って一言の方がスマートだ。それで終わる。
いろいろと言い訳すると、ウソつきだって思ってしまう。本堂に一番近い駐車場はガラガラだったのになぜ停めなかったのか。四十九の法要のときは停めたのに、どうして今回は分からなかったのか。言いたいことが頭の中をグルグル回る。お経が頭の中に入ってこない。
うがった気持ちでしか見ることは出来なくなっている。
お経が終わって、別室に連れていかれた。いつもの中庭が見える。植木がきれいに選定されていた。
中央に長椅子が二つ。並んでいる。今回も手前に座った。その横に母。伯母。妹が伯母の隣に座り、智子叔母さん、そして浩一叔父。
お坊さんは一列に座っている方と反対側に座った。
しばらくの沈黙。父の話をしたところで共感する人もいない。カバンから手帳を取り出した。
「10月に祖母と祖父の法事をしようと思っています。33回忌と50回忌をして魂をお寺にお願いしようと思っています。大丈夫ですか」
「あ、手帳持ってきますね」
住職が席を外した。
「美帆は何を言っているんだ、お前は関係なんだろ」
強めに叔父が言う。
「お母さんに仕切らせろって言うけど、結局電話番号も食事も下調べして電話だけお願いって頼むのはわたしなんです。それなら、お母さんではなく、わたしがやるのが早いでしょう」
昨日の夜、わたしはやりたくないって言ったら、母がするよ、と言った。意外だった。
「でも、分からないから調べてお母さんに教えてくれないか。何をしていいのか、お母さんはわからないよ」
そうなるよな。ネットも何もかもできない母。冷蔵庫の修理依頼一つでさえできない母。わたしたち姉妹をどうやって育てたのだろう。
お坊さんが手帳を持って部屋の中にきた。でも、日にちを決めることは出来ない。部屋内の空気はすでに紛糾している。
「浩一さん、この間言ったでしょう。お姉さんと浩一さん、フジ姉さん3人でお父さんとお母さんの魂をお寺にお返しするってはなし。お姉さんに今ちゃんと言ってくださいよ」
と、智子叔母さんが叔父の横で言っている。
「何を言っているんだよ」と、伯母。
「3人でしようって言いましたよね、フジ姉さん」と智子おばさん。
「そんなこと、知らないけど」と、母。
お母さんが覚えているわけがない。
「二人で決めるのは構わないけど、そう決めたことはわたしに言ってくれないと分からないよ。四十九日のとき、お母さんに全部仕切れって言ったでしょ。変更したなら変更したって伝えてよ」
マジで訳が分からない。
「わたしはそんなこと言ってないわよ」と、智子叔母さん。
ウソでしょ。都合が悪いことは忘れる、お母さんと一緒じゃない。歳を取るとそうなるの?
「わたしはそんなこと聞いてないから、これからは言ってよ」
「美帆は関係ないでしょ。お彼岸のときお兄さんの仏壇にお参りに行って、そのときに言ったんだから」と、叔母。
「そんなの、知らないよ」と伯母。
伯母さんは覚えていない。本当に言ったの?自分たちで決めて言った気になってるとか。
「あなた、お姉さんに説明して。この間言ってたでしょうが」
叔父は伯母さんに三人だけで法事をする話をしていた。智子おばさんは加わらない。母と叔父、伯母。子供だけって言うならお母さんも部外者なんじゃない?そう思ったが言わなかった。
「わたしは椛島家じゃないのに、なんでしなけりゃならないのよ」と、伯母。
「姉さんもお母さんとお父さんの子どもでしょ。子供だけでしようよって話だよ」と、叔父。
「何言ってるんだい。なんで三人だけなんだい。最後だから盛大にした方がいいだろう。孫もひ孫も。なんで、人数制限するんだよ、おかしいだろ」と、伯母。
今回はつつましく法事が終わると思ったのに、なんでこんなに毎回、もめるんだろう。
「夫は60代サッカーをやっていて、今度の5月に宮崎で全国大会に出るんです」
後ろで大揉めしているのをほっといて、話をかえた。毎回恥ずかしい。
住職に突然話しかける。
「へえ、60。サッカーって体力いるんじゃないですか。大丈夫なんですか」と住職。
「若いころにサッカーしていたメンバーがほとんどのチームなんです。職業もいろいろです。学校の先生に会社の役員、養鶏場の経営者、農家のおじさん。元サラリーマン。みんな走れるつもりで走るんですけど、気持ちだけが走って足がついていかない人もいるんですよね。だから、コロコロ転がるんです。面白いですよ。昔、娘のトレセンで、高速バスで広島まで連れて行ったことがあって。広島に現地集合現地解散だったんですけど、夫が次の日仕事終わってから合流して。夫はたまたま福山で試合があって。はじめて夫の試合を見たんです。その試合で、おじさんたちコロコロ転がってました」
「へえ」と住職。
伯母が妹にお説教をしている。聞こえてきた。
「あんたが土地をもらったんだから、法事も親の面倒も先祖の世話も、あき子がすればいいんだよ。美帆は坂東家なんだよ、椛島家じゃない。その上、徳島に住んでいる。アンタは近所に住んでいるんだから、椛島家のアンタがやった方がいいとは思わないのか」
後ろで妹の怒号が聞こえた。
「お母さんに頼まれないからやってないだけだから。頼まれたら、やってたよ」
やる気なんてないくせに。
「ウソつき。自分は何もやらない、全部しろってメールしたのは誰だよ。証拠持ってるよ、コピーしてるんだからね」
と、怒鳴って我に返った。
妹がまだ怒鳴っている。
お母さんが面会できないのに病院にきた。信じられないとか、お母さんはめちゃくちゃだとか、なにかいろいろ言っていた。どうでもいい話だ。もう過去の話。不動産はとっくに妹のモノだし、父は一年前に死んでいるのだ。
わたしは納得して母のことをしている。あき子にはもう、触ってほしくない。母をそしてわたしを憎んでいる妹。
「すみません。今回は怒鳴らないつもりだったのに。お恥ずかしい」と、住職に言った。隣でお茶を出してくれている住職の奥さんの顏が引きつっている。
「最後の父の面倒をみたのもわたしなんです」とわたし。
「そうでしょう。分かってますよ」と、住職。
父の土地を手に入れた途端、妹は父を手放した。それでいいよ。妹がそうしてくれてやっと、父が手に入った。前半はウソばかりで情報も出してくれなかった。妹さんに聞いてくださいばかりで、病院はなにも教えてくれなかった。迷惑だから病院に連絡しないで、死んでも教えないよって妹に言われたときは絶望しかなかった。けど、最後は直接病院から電話がきてどういう状況かわかったのだから。言いたいことはあるけど。でも、これでよかったのだ。
お母さんのことだって、わたしがやる。
アンタは土地をもらっているのに、面倒をみないなんておかしいよ、と伯母に言われたのだろう。そんなことはどうでもいいのに。
「お葬式の後、いろいろ思うことがあって。お父さん、お母さんと結婚してよかったのかなって疑問に思っていたんです。幸せだったのかなって。わたし霊感なんてなくてオバケなんか見たことなくて。オバケを見たわけじゃないんですけど、49日前に仕事場で急に頭の中に映像が流れてきて。お父さんがまだ若くてお母さんと赤ちゃんが見えたんです。すごく温かい幸せな気持ちが一気にあふれてきて。お父さんは幸せだったんだと思いました」
一息ついた。
「こんなことって、あるんでしょうか」と、わたし。
涙があふれてきた。もう、今回は泣かないって決めていたのに。
「いろいろありますよ。49日前は故人の思いが残っていますから」と住職。
49日過ぎたら?もう父は出てこないの?
廊下に出てから、奥さんに聞いてみた。
「父の夢を最近見なくなりました。もう、会いに来てくれないのでしょうか」
「だいじょうぶですよ」と、奥さん。
ほんとうに?会いに来てくれるの?
わたしは父に依存して生きているのだろうか。
車を置いてそのまま歩いた。花むらさきはお寺の近くのうどん屋だった。狭い入り口を抜けて奥の個室に行く。
妹の横にいけと智子おばさんに言われたが「イヤです」と言って行かなかった。おいしいごはんもまずくなる。
料理が配られてから、叔父さんに法事のことを聞いてみる。3人だけの法事をするって話はなくなった。盛大に最後の法事はとりおこなわれるらしい。伯母さんが勝ったのだ。いつものパターンだ。
「33回忌と50回忌。あき子、来れる?」
伯母さんが言った。
「これます」と妹。
「美帆は」
「行きます」
この状況下で行きませんって言える心臓の持ち主がいたら教えてほしいんですけど。
「日曜日だよ、大丈夫なの」と、智子叔母。
「大丈夫です。わたしは2か月前くらいには休暇申請をしなくちゃいけないから、それまでに日にちを決めてください」
と言った。
「土日でいいの?」
「もちろん」
わたしが土日がムリだって、言っていたから叔母は仕切られたくなかったのか。これを知ってたらあんなに怒らなかったのだろう。根回しは大事だ。一言言っておけばよかった。
「法事の二か月前に、浩二が美帆に何日にしますって連絡したらいいのよ」と、伯母さん。
「ムリだよ。二か月前にはまだ予定は決まっていない。それに、忘れそうだ。土日は基本、休みだから。今決めよう。10月の第二日曜日はどうだ」と叔父。
「分かりました。じゃあ、第二日曜日に」とわたし。
「美帆は日曜日に休みとれるのか」
「まあ、嫌がられますけど、取れます。この間娘の埼玉の卒業式に休みを申請したら店長に、お前のせいで夕方6時以降は売り場が誰もいない。どうしてくれるんだって言われましたけど、取るなとは言われませんでした。だから取りました。そのときは航空券のチケットも取ってたし」
「なにそれ、嫌がらせじゃない」と智子叔母。
「まあこの言葉、コンプライス違反ですよね。土日休みの人が多くいる職場なんで、わたしは土日休みはないんです。それも夜担当。そもそも入れる人が少ないから、代われる人なんかいないんですよね」
「大丈夫なの、第二日曜日は連休だよ。月曜日も休みだけど」と妹。
「それは困る。もっと怒られる」
手帳を見た。本当だ。9日は祝日だ。
「第一日曜日でもいいですか。11時から」
「そうしよう」と叔父。決まりだ。
「住職にはわたしが伝えた方がいいですか」と、智子おばさんに聞いてみる。
「美帆ちゃん、よろしくね」と、笑顔で智子おばさんが返事した。
さっきのぶちぎれ案件は何だったのか。結局わたしじゃん。
「食事はどうしますか。孫、ひ孫だ、となるとかなり大人数になりますよ。早めに予約しないととれませんけど」と、わたし。
花むらさきは店舗が小さいから無理だ。前行ったたちばなも大人数だと、早めに予約を取らなければならない。人数が簡単に確定するだろうか。
「大きいところを知っているから。わたしがする」
伯母が言う。
「あき子は父の霊を見ましたか」
わたしは聞いてみた。
ずっと気になるところだった。わたしみたいに父からメッセージを受け取っていたのではないか。父は妹を許しているのではないか。智子おばさんが言うように、実は仲良くしてほしいんじゃないか。自分にひどいことをしたけど、許してあげている。父はそんな高邁な人物だったんじゃないか。
「わたしはそういうの分からないけど、旦那はわかるみたい。おばあちゃんがちょくちょく来てるみたいなんだよね。お母さんが、家に位牌を置いて出ていったじゃない。旦那が、水を入れたり世話をしてたんだよね。信心深いんだよ。おばあちゃんの安楽椅子も持って行ったんだけど、捨てられないっていうか。それをしたらおばあちゃんが怒るって言ってるんだよ」
まじか。
ウソだろ。
四十九日の時、妹は言ったのだ。
「お母さん、いい加減にしてくれませんか。位牌の魂、抜きっぱなしですよね。いい加減、入れてもらえませんか。こっちは迷惑しているんですけど」
自分の言ったこと、覚えていないの。
それとも、魂が抜けていたと思われる位牌に、水を入れてお供えをしていたのか、あの男。マジですか。
そんな妹の夫におばあちゃんは会いに来てるわけだ。信じられない。これが本当なら、おばあちゃんは許したんだ。妹夫婦を。いや。
「あの位牌は、おばあちゃんじゃないんですけど」
言ったけど反応がない。知っていたのか。
おばあちゃんは、過去帳の中にいる。
あの位牌は、おばあちゃんじゃなくて、おばあちゃんの母親だ。
お父さんがあき子に会いに来ていないことだけ知って、ほっとした。わたしもなかなか小さい人間だ。笑える。
みんなに法事用の饅頭を渡した。もちろん、お寺さんにも渡していた。お金を渡さない妹にも渡した。徳島の老舗和菓子メーカー。キンチョウ饅頭だ。
家に帰る途中、母の大好きなお茶屋にも寄って、八女茶と干ししいたけを買った。毎回八女に行くたびに連れていけ、連れていけと言われていたから、今回はわたしから提案した。これで、母も満足しただろう。
「信じられないよ。お金なんか払わないくせにタダで飲み食いしてお菓子をもらって、ありがとう一言もない。それどころか、ムシだよ、ムシ。すれ違ったけど、無視されたんだよ、あたしは」
母が帰りの車の中で騒いでいる。
「そんなことどうでもいいよ。それより、おばあちゃんと旦那が仲良しって言うことが気に入らないよ」とわたし。
正確にはおばあちゃんのお母さん。わたしの知らない人だ。多分戦争で亡くなっている。旦那はおばあちゃんを知らないから、勘違いしているのだろう。
「バカだね、全部ウソだよ。水をやってるなんてウソ。引越しで位牌を回収したとき、仏具の湯飲みは干からびて、カラカラだったんだ。一日二日じゃあんなことにはならないよ。よくもまあ、口から出まかせが、で続けられるよ」
母はギャアギャアと怒鳴っていた。
「信じるなんて、アンタもバカだよ」と、母。
「法事を予約したいけど、結局、主催者は誰なの。叔父さんなのかな」
母に聞く。
「浩一さんがするわけないじゃない。結局わたしがすることになるのよ」
家に帰ってお寺に電話した。10月1日11時から予約した。住職はすでに出かけていて留守のようだった。年配の女性が出た。
「ああ、10月1日11時からですね。空いてます。規模はどうしますか」
「みんな揃ってするから大人数になると思うんですけど。今はまだわかりません」とわたし。
「主催者はどなたですか」
「椛島フジでお願いします。母です」
「ご連絡先はどうしましょうか」と、女性。
「わたしの携帯で」と、番号を教えた。
「じゃあ、主催者は坂東さんでよろしいのですね」と言われた。
「違います。主催者は母です。そんなこと言われるともめるので、絶対にやめてください。わたしは補助です。主催者ではありません」
「わかりました」
電話を切った。




