一周忌法要前日
法事は自分の都合に合わせると、叔父伯母には伝えていた。
月曜日に航空機で福岡へ。母の家に泊って次の日火曜日に法事。水曜日には航空機で徳島へ。二泊三日の旅だ。
レンタカーはネットで予約済み。久留米駅に到着してレンタカーで包括支援センターに直行。
春の移動で担当の三好さんは転勤。母の担当者が新しく変わると聞いていた。三好さんはいい人だった。次の人はいい人なのだろうか。母に何かがあっても、徳島から来るのは難しい。母の頼る先がわたししかいないことを説明するつもりでいた。母がわがままなことも、口は出すが何もしないことも伝えなければならない。
冷蔵庫が壊れた、冷えないと母が言ったときは、どうすることもできなかった。
業者に電話して、修理を依頼。家に来てくれる最短日は二日後。母に連絡をして日にちを伝え、母のながいながい愚痴も聞いた。冷蔵庫の奥のスイッチらしきものがあって、それを切ったのではないかとか、コンセントが外れたのではないかとヒアリングしたが「違う」という言葉しか返ってこない。
母は冷蔵庫が動かないことで頭がいっぱいになり、とにかく困った気持ちを何度も電話という手段で連絡してくる。朝、昼、夜。八時間労働のわたしがすべて電話を取ることは出来ない。着信履歴が携帯画面にでる。折り返しする気持ちにもなれない。
イレギュラーになったときには、わたしがいないと困るのだろう。結局、母と同居するしかないのか。母が徳島に来ないのなら、わたしが久留米にくるしかないとか。娘も三月に社会人になったのだから、扶養すべき子供はいない。夫を徳島に残しパートを辞めて、久留米で母が亡くなるまで働くとか。
業者が来たとき、すでにコンセントは抜いていた。これでは点検はできない、と言われたらしい。その日は帰ってもらって、再度コンセントを付け一日ほどおいていたら冷えていた。母の機嫌も冷蔵庫もなおったので事件は終了。
なんやそれ。いやいや、助かったと言うべきか。
最初、冷蔵庫が壊れたとパニックになったとき、担当の三好さんに冷蔵庫が本当に壊れたのか、みてくれないかと頼んだ。彼女は快諾してくれた。母が家にくるのを嫌がったので、結局は行かなかったのだが。
同じ県営に住んでいる、下に住んでいる夫婦や上にいるおばあさんなど、母の家の周りには最近仲良くなった知り合いがたくさんいる。そんな人に冷蔵庫が本当に壊れているのか(なにかの配線がつながっていないだけじゃないか)みてもらえないか頼んでほしいと言ったが、母は聞き入れなかった。
そんなくだらないことを新しい担当の人にも頼みたかった。そんなのは仕事じゃないと断られるかもしれないけど。でも、わたしにとっては大事なことだ。
事前に3時に予約をしていた。母のいない所で相談したかった。西鉄久留米駅で高速バスを降りて、レンタカーを借りた。月曜日の二時半から、水曜日の二時半まで借りる。二日分の料金。保険はマックス。前、事故したときどんなに助かったか。保険は外せない。車に乗り込んで、ナビ入力。目的地に向かった。
上津は広い。そして、交通量も多いところだ。市役所の分所のいつもの広い駐車場に停めて、となりの建物内に入った。自動ドアの先に数人の職員がいる。女性二人と男性一人。さて、誰が担当なんだろう。
「三時に予約していた坂東です。あ、青峰の椛島です。お世話になっています」
職員の反応が鈍い。新しい担当者はいないのか。携帯を見た。三時、五分前。
『じゃあ、新しい担当に伝えておきます。三時以降はずっと居るようにしますね』
電話で話したときの三好さんの言葉を思い出した。三時前にはついているかもしれないのに、ってあのとき思った。でも、三時過ぎるかもしれないから、まあいいか。長距離移動だから、時間が前後するのは仕方がない、多少は待てばいいことだ。逆に遅れるかもしれないし。そのときは連絡を入れよう。
「椛島さんですか?」と、男性。
「えっと、青峰の椛島です。県営住宅に、団地に住んでいます。わたしは娘の坂東です」
「担当者は誰ですか」
担当者?担当者は誰だろう。思い出せない。電話で聞いたとき、カレンダーに書き込んだ。忘れてる。じゃあ、前の担当者は?だれだっけ。それも覚えてない。さっきまで覚えていたのに。
母に電話する。母はすぐに出た。
「包括センターのお母さんの担当者って名前教えて。新しい人だよ」
「え」
母の困惑した声。急にそんなこと言われてわかるわけがない。失敗した。でも、母にしかわからない。
「冷蔵庫見て。名刺、はってるでしょ」
「ああ、あああ。三好さん、三好さん」
新しい人の名刺は、はってないのか。
「ごめんなさい。新しい人の名前はわかりません。でも、前の担当は三好さんです」
わたしってバカだ。担当者の名前ぐらい覚えておけよ。手帳に書いとけよ。
「え、なに」
電話の奥で母が言っている。
「ごめんごめん」
「何時に来るの、もう着くの」と、母。
「四時、四時。電話切るね、大丈夫だから」
電話を切った。大丈夫だからって、なに。自分にツッコミを入れる。時計を見る。三時を少し過ぎた。
「担当者の名前は吉田ですか、加賀ですか、三木とか」
男の職員が言っている。そんな名前じゃない。
「いえ、違うと思います」
でも、覚えていない。
「久住ですね。久住」
やっとヒットしたのだろう。でも、そんな名前だったっけ。やっぱり覚えていない。
女性がどこかに電話しているのが視界に入った。
「すみません。今出先で対応中で、すぐに戻ってくることは出来ないらしいんです。一旦戻ってもらって、家にお伺いするのはどうでしょうか」
年配の男の人が言う。この人も新顔。知らない人だ。
「家には来なくても大丈夫です」
母に包括センターに寄ることは言っていない。母がいない所で話がしたいのに、家に来られても。話す意味がない。
「本人から、連絡をさせない方がいいんでしょうか」
「連絡は構いませんよ」
わたしが怒って担当を替えると言いだすと思っているのだろうか。どっぷりいろいろムリなお願いしようと思っているのに。冷蔵庫を見に行ってくれ、とか。連絡を密にしてくれ、とか。担当者に怒鳴る人がいるのかもしれない。きっと、包括センターの仕事って大変なのだろう。
「今日、約束を忘れたんですよね」と、わたし。
ちくりと言いたかった。認めてくれたらそれでいい。
「違います。夕方くると思っていたみたいで」と、男性の職員。
最初に会って、いろいろお願いしようと思ったのに。気持ちがどんどん萎えていく。もう、どうでもよくなった。
これから、父の法事があるし、母の無理なお願いをきかせられる可能性があるから、先に話したかったのに。もういいか。次回は祖父母の法事に九州に帰ってくるときなのか。父の法事の後、十月に法事の予約をして、食事処を予約して。やることがいっぱいだ。ああ、思考能力低下中。
聞かれたので電話番号を伝えた。建物を出て、車に戻った。
団地に戻ってきた丁度その時、包括センターから電話があった。家に入る前、玄関の扉を開ける前だった。タイミングが悪すぎるのに、電話を取ってしまった。
足音が聞こえる。玄関前は踊り場。すぐ下には細い階段。人が一人通るくらいの幅だ。そこを、住人の女性が下から上がってくる。人がすれ違うには細すぎる踊り場で、大荷物を玄関前に置き、のけ反りながら女性にあいさつをした。住人といい関係が崩れてはいけない。あいさつは大事。電話の奥で「もしもし、もしもし」と大声。新しい担当の久住さんだ。電話をかけてつながったのに返事をしないわたしに、大声で返事を求めている。
「はい」
「今日はすみませんでした。今からお邪魔してもいいでしょうか」と、若い女の声。
今から?やっと帰ってきた今?
玄関で物音がしたのか、母が玄関ドアを開ける。ただいまっと言って、とりあえずキャリーバックを玄関内に入れる。
「包括センターの久住さんが家に来てもいいかって」
母に聞く。
「なんで」
「まあ、いろいろ」
言葉を濁した。
「これから夕食作るんだよ。忙しいのに嫌だよ」
そうなるよね。
「また次回お願いします。母は疲れているみたいなので」
電話を切った。
母は包括支援センターにわたしが行ったことを知らない。これから会いに行く意味も分からないだろう。母の性格を知ってほしかったから、いないところで話したかった。三好さんには言ったのに。そこらへんは伝えていなかったのか、伝わったけど忘れられたのか。
年寄りを山のように抱えている職員には、一人一人の配慮は難しいのだろう。母は、ボケてなければ寝たきりでもない。目が悪くて糖尿病だけど、今すぐに支援しなければならないわけでもない。重病で問題のある年寄り優先なのは当たり前。今回の用事が重病の年寄りなのかは分からないけど。忘れられたってことは、それだけ問題がないと判断されているってことなのだろう。
お友達がいるから、まあいいか。最近は民生委員の人も家をたずねてきてくれるらしい。母はいろんな人に支えられて生きている。
奥の部屋のこたつに入った。四月なのに、ホットカーペットもある。我が家と一緒だ。まだ、家の中は冬。
母に最近不便なことはないか聞いてみた。録画したものが見たいらしい。
「デイサービスのお迎え前にドラマしてるんだよ。途中までしか見れないから、それを録画してほしいんだけどね」と、母。
テレビは古いけど、地上波を見れている時点で録画は出来るはず。テレビの裏を見る。HDMI端子がついている。
「できるよ」
「このテレビは録画できないんだって。お父さんが言ってたよ」
きっと、父は知らなかったんだと思った。HDMI端子を。黄色と赤、白の配線でつなげる時代の人間だ。今の方が簡単。
電化製品のトリセツファイルを出し、さぐった。テレビの説明書。中を開けたら、録画の仕方の項目を見つけた。やっぱりできる。
「今から、電気屋に行って買ってくるよ」
「いいよ。疲れてるでしょ」
「わたしがいるときじゃないと、できないでしょ。行ってくる」
明日は法事だ。帰ってきてからやってくれって言われたくない。水曜日には帰る。その前にできることはしなければならない。
車に乗り込んだ。ナビにヤマダ電機と、入力。
でもこれ、あってるのかな。思った感じと違う。でも、まあ着くだろう。
道のりは長かった。市内どころか八女市に連れて行こうとするナビ。道路標示は広川町。久留米を出てしまった。思っていた道とやっぱり違う。大きな幹線道路は交通量が多くて渋滞している。なんとか右側の止まれそうな駐車場に曲がり、検索して携帯を見ると、こっちが正しい。名前では出ないので、住所で入力。もしかして、テックランドと書かないと出ないのか。ヤマダという名字はたくさんある。同じような事業名もたくさんあるのだろう。
やっとたどり着いて、ハードデスクコーナーを探した。テレビはフナイ。持ってきた取説を見せて、どれが合うのか店員に聞く。箱の裏には、いろんなメーカーの機種がずらり。字が小さすぎる。見えない。調べてもらうのにまあまあ時間がかかった。母には、電話で夕食は食べておくように伝えた。お店を出たとき、外は真っ暗だった。
家に帰って、さっそくテレビにつけた。設定して、録画もできる。だけど、年寄りには難しい。いろいろ説明したけど、できないできないを連呼。一応怪しいけど、できるようにはなった。適当に録画して、こんな感じで見てね、と言った。今度は見たいものが録画されていない、おかしいと言いだす。当たり前だ。母がみたいモノは明日の朝九時に放送。まだ録画されてない。明日の朝の時間にならないと、録画されないからね、と言った。先が思いやられる。
夕方は酢豚だった。帰るたび毎回思うけど、年寄りなのに肉や油モノが好き。
唐揚げや、とんかつ。肉類ばかりだ。しかも最近は揚げ物。揚げ物は危ないからあげないで、食べたかったらコンビニで買ったらいいと何回か言ったのに、大丈夫、大丈夫と繰り返すだけ。それで、言うのをやめた。っていうか、わたしが来るたびに揚げ物を出される。
今回も豚の肉を油で揚げてからの酢豚。なかなか凝っている。でも、おいしくはなかった。母はわたしの作るご飯に、容赦なくダメ出しをするけど、そこは我慢。おいしいね、おいしいね、と食べた。
母はわたしが肉を好きだと思っているのか。それとも揚げ物が好きだと思っているのか。わたしが危ないからやめてを、揚げ物好きだから出して、と変換して記憶したのか。
なぞすぎる。火傷したと電話で言ってくるくせに、ほんとうに困った年寄りだ。




