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初盆の提灯

 父の初盆は伯母さんが母の団地にきてくれることになっていた。

 わたしは免許を返納している伯母さんの家におむかえに行った。

 伯母の自宅の下の駐車場には古いジャガーがある。廃車にするらしい。もったいないって言ったら、どうせ乗っていないんだから動かないでしょう、って言われた。ジャガーの前に停めた小さな軽に伯母を乗せる。こんな小さな車に乗せるのもどうかと思いながら。

 伯母を乗せてから、ナビの行先を母の家にセット。

「ナビなんか必要ないわよ。わたしが教えてあげるから」

 伯母の言葉。あいまいに笑いながら、ナビを消した。

 ハンドルを握った。そろりそろりと車を運転する。

「じゃあ、教えてよ。遅刻したら困るんだから」

「大丈夫、大丈夫」と、伯母。

 高校を卒業して九州を出たわたしは、地元の道は苦手。自信がない。ゆっくり大通りを抜けて、目印の牛丼屋を左に曲がる。ほっとした。ここからは、なんとなくわかる。

「ちょうちんは届いたかしら」

 助手席に座っている伯母が言った。

「家にあったよ。届いてた。伯母さんが買ってくれた提灯は上品できれいだったよ、ありがとう。きっと高かったんでしょう」

 視線を動かさずに、わたしは言った。

「フジさんはちょうちんが届いても、届きましたって電話一つもしないんだけど。普通はありがとうとか、助かったとか、一言、言うものじゃないかしら」

 目線を前に向けたまま、一瞬思考がとまった。すぐに我に返る。

 やばいやばい。事故を起こしたら、お説教どころではない。

「すいません。電話していなかったんだ。叱っておくから。ちょうちん買いに行ってくれてありがとう。本当に助かったんだよ。お母さんを連れてお店に行ってくれたんだよね」と、わたし。

「浩一が自分で選ばせた方がいいって言うから。そのお礼は浩一に言って」と、伯母。

「もう、何度も休暇を取って久留米に行ってるから、休みを取りずらくて。本当に助かっているの。ちょうちんを買いに行けなくてごめんなさい。ほんとうに、ありがとう」

「もう、いいのよ、自分の弟のちょうちんなんだから。それより、あなたのお母さんはいったい、いくつなのかしら。あの人は、本当に全く」

「ごめんなさい」

 溜息しか出ない。

 母の代わりに謝るのはわたしの仕事だ。

 叔父さんからも伯母さんからも母は嫌われているのは、空気が読めないわたしでさえ、もうしっかりわかっている。そして、それを妹が利用していることも。

 家についた。伯母が母に、ありがとうの電話をしていないことをとがめられ、謝っているのを遠めで見ていた。あの母の表情も見慣れている。ハッとして、バツが悪くて、謝る姿。

 その場からは逃げた。仏間を簡単にかたづける。

時間はまだだ。

この空気。サイアク。

 玄関を出て、階段の踊り場に出る。しばらく目の前の駐車場をながめていた。斜めに停めた白い車が見えた。出てきたのは住職だ。黒い袈裟を着ている。慌てて、階段を駆け下りる。

 住職は30分ほど早めについた。住職の駐車場は団地に住んでいる同じ階段の吉田さんに借りていた場所だ。娘さんが出勤で使っていない時間帯に貸してくれていたのだ。住職のそばまで走って行って、駐車場を指さした。

「ここに停めてください」

 住職は再び車に乗ってバックし、車を停める。

 住職を誘導して、玄関へ。ドアを開ける。

「五嶋さんがみえられました」

 大声で言った。

 五嶋さんとは住職の名字だ。

 二人の声は止んだ。二人とも玄関に出てきて、あいさつをした。

 住職は仏間の用意していた座布団に座った。お経が始まる前に、いろいろな質問をした。


 祖父母の50回忌と33回忌はわたしが仕切らなければならない。

 家にいないことをいいことに、わたしは祖父母の法事を参加せずに過ごしていた。父に参加を強要されたこともない。結婚してから、香典を出していただけ。お祭事は全く分からない。

 お母さんが、祖父母の法事を仕切らなければならないことになった。すなわち、わたしがするということだ。


 49日の法要が終わり家に帰ったとき、母が位牌は祖父母のモノではないと言い始めた。

「またわけの分からないことを言っているよ」なんて言いながら位牌を確認した。

 位牌は細長い屋根がついたような形で、中に札が入っている。位牌一つが一人ではないらしい。位牌は二つ。二つともひっくり返して中を開けると、古い木の札。それぞれに戒名が書かれている。見ても分からないから、裏を確認。俗名は知らない名前だった。

 ここまでくると、わたしが生まれる前の歴史だ。祖父母はそこにはいなかった。あれは祖父母の位牌ではなかったのだ。

 わたしは子供のころからいったい今まで誰にお参りをしていたのだ。祖父母は過去帳の中にいた。真っ黒な漆で塗られた小さな手帳が過去帳だ。子供の頃、仏壇にあったことさえ意識したことはなかった。まじで、魂抜きしていなくて良かったと思う。

 父はわたしに何も伝えることなく、あの世に行ったのだ。きっと、わたしに託すつもりもなかっただろうけど。

 これからはわたしが全部するのだ。


 住職がきてしばらくしたころ。始まる五分前に妹が家に来た。ドアが開く。

「メールしてもつながらない。駐車場所がどこか分からなくて困ったんだけど。本当に、アナタって、何様なの。いい加減にして」

 ぶちぎれている。ああ、住職と話しているときにショートメールが来たのか。気づかなかった。家からそんなに離れていないんだから歩いて来い、と思った。何も言わなかったけど。


 お経が終わって、母と妹、伯母は奥の居間に行った。わたしは住職とそのまま父の話をした。祖父母の法事の話も。初めて存在を知った過去帳のことも。そもそも、位牌でなく過去帳にだけ、俗名と戒名ってアリなのか。結論からすると、過去帳だけでもアリらしい。でも、いまさらナシと言われても困るから、アリって言ってくれた可能性もあるんだけど。

 祖父母の魂抜きするのにいくらかかるのかも相談した。

「お気持ちでいいんですよ」と、住職。

「そういうのが、一番困るんです。相場はいくらでしょうか。はっきり教えてください」

「言葉通りで受け取って頂いて構わないんですよ」

 住職が言った。

「母は年金生活者です。財産もない。金額はそんなに払えませんが、それでいいんでしょうか」

「いいんです。いいんです。そういう意味です。それより、わたしはあなたの方が心配です」

「はあ」

 言葉を濁した。

 過去帳のありようについても、相談していた。過去帳とは亡くなった人が今まで存在していたことを記録するものらしい。父の名前はそこに入れる。でも、祖父母以外の位牌の人たちもそこに入れたい。

 本家の家長だった父の思いは、わたしにはわからないけど。

 伯母さんに相談したら、入れることに否定的だった。叔父さんに確認して、叔父さんを立てなさい、と言われた。叔父さんに聞いたら決定事項になる。そんなの嫌だ。

「アナタがすべてやっているのだから、アナタの思うようにやってください」

「みんなの思いがあって。わたしが勝手に進めるわけにはいかないんです」と、口では言った。

 わたしはザコだから、決定権はない。椛島家でもない。

 でも、自分の考えは伯母さんたちと違うところにある。母が亡くなったら過去帳を持っていくのはわたしだ。すべてを持ち帰って管理するのはわたし。なんで、管理する側が決められないのか、納得はしていない。

 居間から母と妹が怒鳴り合っている声が聞こえてきた。

 まじか。すごい声だ。住職がいるのに。恥ずかしいとか思わないのだろうか。

 あの二人は正真正銘の親子だ。思考回路がいっしょだ。

「お恥ずかしい話ですが、父は入院中に実家を妹に追い出されてしまいました。以前住んでいる家にはさっきいた妹とその夫が新しい家を建て、二人で住んでいます。母は今までいた家を追われ、この団地に住んでいます。だから、ケンカが絶えません。これからも、こんな感じがしばらく続くと思います」

 わたしは妹とは仲良くなれないだろう。こんな風にすべて、いろんな人にばらしているのだから。このことを知られたら、妹はわたしを絞め殺しに来るのかもしれない。

 住職を車まで見送って、居間に入った。相変らずの怒鳴り合い。近所にも聞こえているだろう。恥ずかしくないのか。

「お母さんはなんでも、お姉ちゃんにやらせているだけじゃない。自分一人では何もできないくせに。一人で野垂れ死ねばいいんだ」

 妹が怒鳴っている。

「野垂れ死ね、野垂れ死ね」と、妹。

 しょうもな。ガキか。

「姉ちゃん、お母さんのことほっとけばいいのよ」

 妹が叫んでいる。

「それに。アンタたちからぜんぜん連絡来ないんだけど。お父さんの貯金はいったい、どうしたのよ」

 矢継ぎ早に妹が言う。

「おろしたよ」と、わたし。

「なんで、わたしの許可もなく勝手におろすのよ」と、妹が怒鳴った。

 土地を自分のモノにしたくせに、貯金も狙っていたんだ。

「弁護士の先生に聞いたら、同じ世帯だから大丈夫って言われたんだけど」

 弁護士の先生が年金は大丈夫って言ったのに、違う言葉で言ってしまった。これって、ウソかな。でも、一緒の世帯で生きてるうちにおろしたものは関係ないんじゃない。お父さんの年金がなければ、母は生きていけないんだから。

「さっきからお前は何言ってるのよ、泥棒。お前は泥棒だよ。土地を勝手に自分のモノにして。こっちはあんたの悪事の数々を知っているんだよ。書類を取り寄せているんだからね。恥ずかしくないの」

 母が怒鳴った。

「あれは、お父さんがくれたんだもん。わたしにくれるって言ったんだもん。お母さんじゃなくて、わたしにくれるって言ったんだから」と、妹。

 お母さん、まじで。おしゃべり。

 こっちの切り札を勝手にしゃべってほしくないんですけど。

「和之が? あの和之があの状態でどうやってあげるって言ったのよ。寝たきりで話すことなんてできなかったのに」

 伯母が言った。

「お父さんは話せるときもあった。体調がいい時は、普通に話せるときもあったんだから」と、妹。

 は?

 寝たきりで生きた屍で、わたしの事を分からなかった、父が?起きあげることもできなくて、意識もない、父が? 

 ありえない。

 そうか。

 父に面会させたくなかったのは、会わせたくなかったのは、生きた屍だとばれたくなかったからだ。お父さんがたまにしっかりして、ちゃんと自分の名前を書いて、あき子に土地をあげるって言う必要があった。土地を自分のモノにしたかったから。

 そういう事か。

 土地を自分のモノにしてから、父親を手放した。もう、いらなくなったから。

 まじか。

「あんた、最低だね。わたしはアンタが犯罪者だって証拠持ってるんだけど。出るとこ出てもいいんだよ」

 わたしは言った。

「出るとこ出ろや、受けて立つから。わたしは悪くない。お父さんはわたしに土地をあげるって言ったんだ。本当だから。わたし悪くないもん。本当だもん。お父さんがくれたんだもん。司法書士の先生もお父さんに会って、話をしたんだから」

 コロナ渦で面会するのだって一週間に一度だけ。それも、5分間だけ。あのビニールの服を着せられ、話せるわけがない。家族以外の面会だって許されてない。家族以外の面会が許されていないのにどうやって司法書士と話せるんだよ。

「へえ、司法書士の猪下幸二先生がね。ふうん。お父さんと会って、話したんだ」

 わたしは妹に司法書士の名前を知っていることを、わざと言ってみた。

「わたしは間違ったことをしていない。全部お母さんのせい。お母さんが悪いのよ。お母さんが、土地をくれるって言ったんだから」

 妹が怒鳴る。

 わたしが出るとこ出たらアンタ破滅だよ。大丈夫?

 妹はウソばっかり言うけど、前言っていたことと違うウソをつく。つじつまもあわない。普通って、前言ったウソがばれないように、ウソを上塗りするものじゃないのか。なぜ違う種類のウソを新たにつくのだろう。


 車で八女の自宅まで伯母を送っていった。わたしは伯母と話をしていた。

「和之が土地をあげるって話したって。うそでしょ、話せるわけがない」と伯母。

「ウソだね」と、わたしも言う。

「あき子がどう言うか気になっていたんだよ。すっきりした。ウソをついていたんだね。あき子があの状態の和之が話すと言い出すとは。想像もしていなかったよ」

 伯母は言った。

「そうだね。わたしもびっくりした」と、わたし。

「土地のことについては、わたしはもう関わらないよ。あき子の旦那って怖いんでしょう」

「いいよ、伯母さん。わたしは伯母さんが理解してくれたことがうれしいんだから」

 わたしは言った。

 伯母を送り届けて自宅に帰る。今日は仕事が終わったら叔父が智子おばさんとお参りにくるって言っていた。きっと、伯母さんが初盆にはお父さんのところに顔を出せと、叔父に言ったに違いなかった。


 仕事が終わってから、叔父は夫婦で来た。わたしがいるか、しつこく聞かれていた。母だけの家には行きたくないのだろう。

 叔父は父にお参りしてくれた。ちょうちんのお礼も、母をつれて提灯屋に行ったことも感謝した。わたしでは、できなかったことだ。わたしは叔父伯母に助けられている。

 お参りした叔父夫婦は、奥の居間に移動した。そして、妹と仲直りするようしつこく言ってきた。あの49日のとき伯母にことづけて、妹が父の署名を偽造したことも、父の印鑑証明を不正にゲットしたことを証拠として見せたのに。それでも、叔父は妹と仲良くしてほしいみたいだった。

「姉妹なのに、憎み合うなんて。悲しすぎる。美帆ちゃんから、謝ったらいいんじゃない。お姉ちゃんなんだから」

 智子おばが言った。

「わたしがなんで、あき子に謝らなきゃいけないんですか」

 意味が分からない。

「お父さんのことだって、長女だからやっているんだろう」

 叔父の言葉。どういうこと。わたしは長女だから母を助けたんじゃないし、父を助けたんでもない。長女とか次女とか関係ある?これは人と人との関係だ。

「妹と関係を修復するなんて、ムリです」

 わたしが言うと、叔母が何か言いたそうにしたが、叔父が止めた。

「分かった。今すぐにとは言わない。いずれ、時が解決するかもしれないから。十年先、もっと先かもしれないけど、仲良くできたらいい。仲の悪い姉妹なんて辛いだけだから」

 わたしが母を助けるために、いろんな機関に電話で相談して、実際に足を運んで、何度も何度も久留米にきたことを叔父は知らない。

 怖いメールが来て、職場に電話するって脅されて、電話ですごく怒鳴られて。そのメールを見せたところで、わたしが怖かったことやその気持ちを理解はできないだろう。

 それとも、そんなことさえも、帳消しにするほど年数ってすごいの?

 いや、違う。わたしの気持ちなんて想像できないだけなんだろう。きっと今、彼らは幸せなのだ。だから、幸せのおすそ分けをしようと思っているのかもしれない。

 だけど、そんなおすそ分けはいらない。

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