初七日
家に帰って戸籍謄本を調べたら、父の名前は間違っていなかった。
「そういえば、数十年前にお義父さんが戸籍の名前変えたって、言ってなかったっけ」
夫が言った。
そうだったっけ。そんな気もするが。遅いよ、思い出すの。
ショートメールで、叔父に報告。
『戸籍を調べたら、父の名前は間違っていませんでした。ご心配をかけました』
伯母には電話した。伯母はショートメッセージの存在を知らない。
妹には送らなかった。気になるのなら、連絡をよこすだろう。
団地を出て、栄明寺に向かった。サキから電話。携帯を取る。
「今からうちに来てよ」
サキが言う。
「ごめん。今からお坊さんに用事があるからお寺に行くんだよ」
「ちょうどいいじゃない。帰りに寄ってよ」
電話を切った。
「疲れているのよ。なんで行かなきゃいけないの」
母が言う。
くたくたのまま、お寺に着いた。駐車場に車を停めた。境内に入る。少し歩いて大きな玄関の引き戸を開けた。
「椛島です。よろしくお願いします」
普通なら家じゅうに響くだろう大きな声で言った。
玄関前には廊下、その奥には板間のスペースが、ずっと続いている。中学校の体育館ほどではないにしても、それに近いくらい広い。天井も高い。
玄関の下足室みたいな場所は20畳くらいの広さ。細長い。ふたのない靴箱に各々靴を入れる。靴は全部で3足。他には、入っていない。
年配の中肉中背の女性が出てきた。
「どうぞ、お入りください」
スリッパをはいて中に入る。場所は知っている。左へ進んで、本堂まで歩いていく。
女性が本堂の電気をつけた。中央一つ上がったところに金メッキの仏像。金色の花が両横をかためている。その前に木の椅子がずらりと並ぶ。最前列中央に座った。母が横に座る。夫はわたしの後ろに座った。
住職が現れた。仮通夜に訪れたお坊さんだ。
初七日は3人。これくらいが丁度いい。
骨壷。位牌。写真。前の台に並べられた。
お経の本を渡され、ページを開く。お経が始まる。しばらくお経が音楽のようにリズミカルに流れた。終わってから、母に促されて事前に準備した仮通夜からのお布施、御食事代、交通費を渡した。もちろん、金封に入っている。表書きはわたしが書いた。母は文字を書くのが嫌いだ。今までは父が書いていた。これからはわたしが書くのだろう。
「こちらにどうぞ」
本堂を出て、別室に行く。長細いテーブルに付く。大きな窓があって、中庭が見える。カーテンみたいなものはついていない。奥にも部屋があって、中庭をめでる窓が同じようについているのが、中庭を通して見える。松があって、小さな植物があって。花がついていないから何の種類かは分からないけど。南天も見えた。
父の話をした。父が入院していて会えなかったが、病院が変わって会えるようになったこと。やせ細っていたこと。わたしの事をわかっていたのか疑問なこと。
七日ごとの法事の話をした。お坊さんは自宅に来ないという。お母さんがお経を唱えることになって、お経の本をいただいた。どこをよんだらいいか聞いた。49日の日程も決まった。
「来年の十月、主人の父の50回忌と母の33回忌の法事をして、魂をお寺にお返ししようと思うんです。そんなことできるんですか」
母が言った。
「お母さん、それ叔父さんが仕切るって言ってたやつだよ。勝手にそんなこと言って、ダメなんじゃないの。叔父さんの口から言うべきことだよ」
母は人をたてるとか、わかっているのだろうか。
「何言ってるんだい。間違ったことなんか、一言も言ってないよ」
母が強い口調で言う。
「大丈夫ですよ、できますよ」
住職が言う。
「あの、このこと聞かなかったことにしてもらえませんか。叔父がそちらに言うと思うんです。叔父から話があったら、初めて聞いたことにしてください」
「わかりました」
住職は言った。
お寺の玄関を出て、駐車場までの道のり。三人で歩く。
これですべて終わったと思ったら涙が出てきた。仮通夜、通夜、葬式、初七日。
色々あったけど、わたし頑張った。すごく頑張った。もう、頑張らなくていい。
「うわーん」
大声を出して泣いていた。嗚咽する。
車の助手席に乗った。母が後部座席に乗ってから怒鳴り出した。
「わたしは間違ったことは言っていないよ。どうせ、法事もお金も何もかも、わたしがするんだ。なんで、言っちゃいけないんだ。おかしいだろう」
母はいろんなことを言っていたけど、もう、聞く気力もなかったし、反論もしなかった。自分は間違っていないと、言いたいだけだろう。
泣くのは止まらない。わたしは泣きたいだけ泣いていた。大声で、ずっと。幼稚園児のように。だから、母も私が泣き止むまで怒鳴り続けていた。わたしの事が許せないんだろう。態度とか言葉とか。何もかも。
この時は、母はこういう人間なんだ。自分のことしか考えていないんだって思ったけど、今ならわかる。母も疲れていたのだ。
八女のお寺から家に帰ってきた。葬儀屋がきて、仮の祭壇を作ってくれる予定だ。約束の時間には間に合った。骨つぼと、遺影、位牌をテーブルに置いた。もうしばらくしたら、くるだろう。それは、母に任せた。着替えて、夫と二人でおばさんの家に向かう。このときは怒っていた母も落ち着いていた。
車に乗った。母に、夕食のお弁当を帰りに買ってくるね、と言った。
40分くらいでおばさんの家についた。駐車場にはサキの大きな車がとまっている。アルファード。その後ろに停めた。
流線型の階段を上がる。ベルを鳴らすと、玄関で、サキが出迎えた。家の中に入る。
仏さまにお参りした。お菓子を持ってきていなかったから、100円を二枚、夫の分まで出して仏壇に置いた。そして、いつものソファーに座る。
「今日はお疲れさまでした」
サキに言われてどうも、と言った。目に敵意が見える。妹に何か言われたのは確かだと思った。
「おじちゃんが亡くなったのに、なんで連絡してくれなかったの」
サキが言う。
「何回も叔父さんとおばさんに電話したけどつながらなかった。履歴を確認して」
わたしが言う。
「亡くなる前日、あき子ちゃんから連絡があった。今日が山場だって。会いに行ってって」
病院から会いに来てくださいって言われた日だろうか。
「看護師にお父さんは大丈夫ですかって聞いたのに、大丈夫ですよって言われた。あの言葉はやっぱりウソだったんだ」
わたしが夫に言う。
「看護婦は言えないんじゃない。そういうことは。でも、あき子さんは身内だから言えるんじゃない」
夫が言う。
お母さんはお父さんに会って、元気だったって言った。病室の雰囲気を見て、つけられた機材をみれば、お父さんがどんな状況かわかるはず。お母さんの目には何も映っていなかったんだ。
「病院から電話があったんよ、おじちゃんが亡くなったって。電話口で知らせてくれたのも、あき子ちゃんだった。電話しても、おばちゃんは出ないって。どうしようって」
サキが言う。
「わたし、おじちゃんが亡くなったとき実家に泊りに来てたの。電話を取ったのは私なのよ。そのときにほかの話もいろいろ聞いた」
どういう状況?
おかしくないですか。
わたしは徳島にいるんです。知っていますか。妹はお父さんの入院している病院で勤務しているから、情報をすぐにゲットできる所にいる。なんで、みんな分からないの。
わたしは母から、父が亡くなったことを聞いた。わたしが最後に知ったのだ。わたしは母から訃報を聞いて、おばさんにもおじさんにも電話したけど、つながらなかった。なるほど。そりゃあ、そうだ。その時にはみんな、お父さんのことを知っていて、バタバタしていた。
笑える。
「美帆ちゃんがなんでも持ってるんだって? 家の権利も、お金も、何もかも。すべて徳島に持っていったって。だから、あき子ちゃんは苦労したって。お母さんの住んでいる住所や電話番号さえ、教えてくれないから知らないって。家にあき子夫婦が住むのが気に入らないんでしょ」
サキが言う。
「わたしはなにも持っていないよ。お金って何? あの通帳のこと? あれはお母さんとお父さんのお金で、わたしのモノじゃない」
伯母さんは黙って聞いている。
伯母さんと叔父さんには家なんかいらないって言ってた。言っていてよかったと思った。これ、土地を欲しいなんて言っていたら、すごいことになっていた。
「あき子からは、怒鳴られてばかりで、まともな話なんかできなかったんだよ。こっちだって、恐怖で身体が固まる。電話番号なんかを知られたら、お母さんが怒鳴られるって思ったから、教えなかった。あき子と話すとボケたみたいになるし、そんなことになったら困るから」
わたしは言った。
「怒鳴られたら、電話を切ればいい。まともに話せない人と話す必要なんてないじゃない」と、サキ。
何を話しても無駄だ。わたしが悪いってことになっているんだ。
バックから書類を出した。オレンジのバックを見てサキが苦笑い。
そうだ。何もかもが、わたしが、悪者なんだ。
「これ、見てくれる? 」
法務局で取った、全部事由証明書。見せた。
「なにもしゃべれない、寝たきりのお父さんがあき子に家を贈与している。1月に。土地と家はあき子のモノ。家の権利をわたしは持っていない。妹から、お母さんの住所を教えろって何度も脅迫されてた。嫌がらせをするために家に来るかと思って、教えなかった」
「嫌がらせ? 大丈夫でしょうよ、教えても」
サキが言う。
「これを見て知った。お母さんの住所を知りたかったんじゃない、お父さんの住所が知りたかった。土地を自分のものにするために」
サキは書類を見た。おばさんものぞき込む。
「なんだい、楽天銀行って? 聞いたことないよ。そんな怪しげなところに2800万、借りているなんて。どういうことだよ」と、伯母さん。
「お母さん、楽天銀行はネット銀行だけどちゃんとしたところだよ」
サキが言う。
「ネット銀行、なんだいそれは」と、伯母。
「最近は窓口を持たない銀行があるんだよ」と、サキが言った。
二人は真剣に書類を見ている。
「2000万借りたってあき子ちゃんは言ってたんだよ。借りた金額違うじゃない」
サキが言う。
「へえ、そうなんだ」
妹はまじで、どうでもいいことでウソをつく。でも、助かった。
サキの目が変わった。
土地の所有はおばあちゃんだった。それから父に代わり、父の住んでいる住所が団地に変わった。そして、手続した同日、妹に贈与。住所を変更しないと、贈与ができなかったのだろう。変更届をした日にちは令和4年1月20日。
「こんなことまで書いてるの? 書類にはここまで書かれるって、あき子ちゃん知ってるの」
「さあ」
知っているかもしれないけど、ここまでの証拠をわたしが持っているとは思っていないだろう。それとも、葬式を乗り越えたら、どうでもいいと思っているのかもしれない。債権額、2760万円。利息年0.537%。妹と楽天銀行で共同担保になっている。
「あき子ちゃんに旦那さん働いているか聞いたら、働いてないって言ってたけど。あ、でも、ネットで何かして少しの収入はあるって言ってた」と、サキ。
「それウソだと思うけど」
わたしは言った。
「妹の収入は手取りで多い時で22万くらい。佐賀の家に暮らしていた時は家賃8万。病院は家を建てるときには2万補助をしてくれるって言ってたから、10万ローンで支払うと思う。今住んでいる家でも、やっていけるから、大丈夫って。20年ローンらしいよ」
「70までローン? 返せるわけないじゃない、後半は年金だよ。定年は60だって言ってたけど」
サキが言った。
「65まで伸びるかもしれないし、資格持っているから再就職できるんじゃない。正看だから」
わたしが言った。
「返済は無理よ。おじちゃんの年金を狙っていたんじゃない。それで、返済しようと思っていた。でも、お金はあき子ちゃんのものじゃないよ。おばさんだって、生きていかなければならないし。二人の年金っていくらなの」
「わからないけど、父が亡くなってからのお金を試算してもらったことがある。概算だけど。お父さんが亡くなったら、遺族年金足して12万前後くらいだって。お母さんは9万あれば生活できるって言ったから、何とかなりそう。お金送らなきゃ生活できないかも、って思ったからまじ助かる。娘はまだ大学生だし」
「へえ、少ないね。そうなの」
伯母さんが言った。元社長夫人とは比べものにならないのだろう。
「あき子ちゃんの旦那さんが働けばすむことじゃない。親の年金をあてにするなんて。おかしい」
サキが言った。
「あ、でも。おばさんから急に一緒に住めないって言われて困惑してるって、あき子ちゃん言ってたけど、あれはどうなの。そっちから同居できないって言ったんだよね」
「一番最初に、わたしはあき子に、お母さんと一緒に住むと旦那に離婚されるって怒鳴られたんだよ。お母さんには言えなかったから、わたしに言ったんだろうけれども」
夫は本人たちに話をさせろって言っていた。本人たちの問題だからと。わたしが出ると、恨まれるのはわたしだから。実際、一生恨んでやると言われた。わたしは、お母さんが体調が悪くなるから話させたくなかっただけだ。
妹も母とは話さず、わたしの携帯に連絡をよこした。母と話したければ、家電を使えばよかった。こっちから電話をすることは許されなかった。親の生き死に以外で電話をするなと言われていたから。ラインで電話をしていいかお伺いを立て、約束して電話をする。だから母は電話はできなかった。
「お母さんはいらなかったけど、お父さんは必要だったんじゃない。夫婦の住所を別々にしてほしかった。お父さんは入院して家には帰らないから、あき子夫婦水入らずで生きていける。年金は自分たちのモノになるし」
お父さんと離婚しなさいって、お母さんは言われていた。自分に都合のいい考え方ばかりする人たちだ。母の今後のことなんか一ミリも考えない。徳島に住まわせて、わたしが養えばいいと思っていたのだろう。
自分の両親を離婚させて、父だけ妹と住所を同じにする。父親がこんなに早く亡くなるとは思っていなかった。しばらくは父親の年金を搾取しようと思ったが、通帳を取られて当てが外れた。
「そもそも、家を建てるのは反対だったんだよ。お父さんが死ぬか生きるかってときに、おかしいんじゃないかって。でも、母親からはここが壊れた、ってしょっちゅう電話かかってくるし、妹は家の老朽化で直してもまた壊れるから、家を新築にしたいって言うし。お母さんに妹と同居する必要はないから断ろうかって言ったら、健康に不安を持っているから、いっしょに住みたいって、言った。だから、同居も新築もいいよって。あのときはお母さんとお父さんの面倒も妹がみてくれていたから、わたしは楽できていると思っていたのは、事実だし」
おかしいとは思ったけど、母親を引き取ってくれるのはラッキーだと思ったのだ。まさか、家を取られたのに、母の面倒をわたしがみることになるとは思わなかった。
「美帆ちゃん。葬儀の態度、ひどかったよ。村八分って言葉があるでしょう。残りの二分は、葬儀やお祝い事では停戦して、仲良くしなさいっていう意味なんだよ。何あれ、完ぺきにあき子夫婦を無視じゃない。あれは大人としてどうなの」
無視はしていない。あき子とは必要最低限の話はした。旦那とは言葉を交わさなかったが、それはあちらも同じこと。
「妹は亡くなる前に父を家から追い出し、母親をだまして実家を壊した人間だよ。お父さんは、亡くなった後、自分の家の敷居さえもまたぐことを許されなかった。こんなことってある? 許さない。ムリ。妹を陰で操っているのはあの男だからね。あの二人と仲良く話すことなんてできない」
「それでも。それでもだよ。やるべきだった」
サキは言った。
「ムリ。そんな必要はない」
サキはため息をついた。
「旦那さんは、あき子ちゃんの旦那さんに焼香を促したり、話しかけたりして気を使っていたよ。一人きりにならないように気を配っていた。いい人と結婚したじゃない」
知らなかった。こっちは、葬式を円滑に進めることしか頭になかった。
夫がそうしたんだったら、それで十分じゃないか。わたしがなんで、あの男に媚を売る必要があるんだ。
「おばさんと同居するの? 今日、フジおばさんあき子ちゃんにいろんなことを話していたよね。言われたくないこといろいろ言っていたんじゃない。美帆ちゃん、すごい顔していたけど」
サキはそう言って、わたしの顔を見た。
「美帆ちゃんなら、おばさんとうまくいくかもしれないね。でも、おばさんに、いいように使われているだけなんじゃない。今回のことだって、おばさんに頼まれてやっているんでしょう」
言いたいことはたくさんある。そうそうって、言って悪口を言うこともできるけど、言わない。そんなの、母と一緒だ。
「同居はしないと思う。夫が同居してもいいって言ってくれたから、話はしたけどイヤだって。母は久留米で生きていきたいって言ってたし。今はヨガ教室にもデイサービスにも友人がたくさんいる。父が亡くなったら同居の選択肢を作ってって言ったけど。自分の思ったことを曲げない人だから。久留米を離れないでしょうね」
「デイサービス? 」
伯母さんが言った。
「介護認定はしていないけど、久留米のサービス受けられているんだよ」
「わたしは嫌だね」
伯母が言う。普通はそう思うよね。
「じゃあ、あき子ちゃんとおばさんと、美帆ちゃん。三人がそれぞれ生きていければいいんじゃない」
「そうだね」
わたしは言った。
「それぞれ生きていくんだから、あき子ちゃんを訴えることなんてしないよね」
サキが言った。
何それ。
「あき子ちゃんだって、職場で孤立していると思うよ。通夜のとき、美帆ちゃんが身内以外は参列できないってこと最初に言っていたじゃない。あのとき、葬儀にはたくさん職場の同僚がくるのに困るって。私に言いきっていたけど、だれ一人参列に来なかったからね」
団地に帰った。4畳半の部屋に入った。階段状の祭壇がある。白のサテンみたいな布がかぶさっている。きれいな砂糖の置物が一番上の両側に並んで、その下中央に遺影。位牌。両側に白の菊の花。紫色の風呂敷にくるまれた骨つぼの入った箱も乗っている。部屋奥には母が注文した蘭。父が好きだったらしい。ロウソクがついている。おりんを鳴らして、お参りをした。
居間に入る。
「サキちゃんと話した。お父さんが亡くなったって病院から直接連絡が来たんだって。連絡してきたのって、担当看護師じゃなくてあき子だったんだって。第一連絡先はわたしだよ。わたしには病院からの着信履歴はなかった。なんで、病院からわたしに連絡がないのか、意味わかんない。あのとき電話があったなら、夫はリビングにいたのに。わたしにつながっていたはずだよ。多分伯母さんがお父さんの訃報を、最初に知ったんだよ」
その時間なら、夫が職場に行く前だったから動きはスムーズだったかもしれない。
「ああ、あき子からわたしにも亡くなったって連絡があったよ」
母が言う。
「まさか。あき子から、電話があったの? 」
「電話が来たのはあき子からだよ」
なにそれ。お母さんの電話番号、知ってるじゃない。その時初めて知ってたかもしれないけど、葬儀のときはすでに知っていたってことじゃない。今日の火葬場での話。なんなんだよ。
「どうしてそんな大事なこと、わたしに言わないんだよ。伝えるの遅いよ」
「なにが」
母が言った。
買ってきたお弁当を三人で食べた。
布団を敷いて、夫と二人で居間に寝た。夫からイビキが聞こえる。うるさい。夫も寝不足なんだろう。
わたしも眠たかった。イビキがうるさいのに、いつの間にか寝ていた。
朝。徳島に帰る。母がおにぎりを作ってくれた。お礼を言って車に乗った。
夫が運転してくれている。高速にのる。関門海峡。九州を出た。視界には大きな橋と海。なぜだかわからないけど、涙が止まらない。
「地獄だった。お母さん、何もしてくれなかった」
わたしが言った。
「自分のことだと思っていないんだね。他人事だった。あき子さんだって、完全なお客様だった。頑張ったよ、美帆は」
夫が言う。
「葬儀は上手くいかなかった。怒られてばっかり」
「いうのは簡単だけど、やるのは大変だよ。全部やりきったじゃないか。ちゃんと見てくれた人はいると思うよ」
そうだろうか。いとこも、叔父伯母も冷たい顔をしていた。わたしは完全にアウェーだった。
「だれも、見てないと思う」
あのとき、優しく声をかけてくれた人はいただろうか。記憶がぶっ飛んでいて思い出せない。まじで地獄だった。しいて言えば、お葬式の職員の人とか。予約とかいろいろ手配してくれていたし、声をかけてくれて優しかった。でも、商売だからね。誰にでも優しいよ。
「まさか、あき子がサキちゃんの心を鷲掴みしているとは知らなかった」
メールを印刷したものを見せることもできたがやめた。あんなもの見せたところで真意は見えない。タダの姉妹ケンカにみえるだけ。ますます、わたしが悪者だ。それに比べて、私文書の証拠ってすごい。一瞬でこっちの正当性を理解してもらえた。
なんで、妹の方が正しいと思ったのだろう。父が亡くなったのを一番に教えたから? わたしがサキを頼らなかったから?
「いろんなことを言っていたんだね。あき子さんは、自分が正しいと思っているんだろう。でも、正しいかどうかは事実をみればわかると思うよ。いろいろなことを言ったところで、ただの詭弁だ。実際、土地を自分のモノにしているしね」
寝たきりで話せない父が、贈与。医師が問いかけて、頭を縦に振らせたら贈与になったのか。
「サキさんは頭がいい人だね」
夫が言った。
「サキちゃんもそうだけど、叔父さん伯母さんにも、優しい旦那さんだね、って。言われた。モテモテだ。いろいろ動き回っていて、気も利くって。よかったね」
わたしが言う。
母も言っていた。英樹くんに感謝しなさいって。
見ている人は見てるって何。夫のことだろ。
「僕は何もしていないよ。あき子さんの旦那さんは、旧家の婿養子になったけど、どうなんだろうね。自分がどういう立場なのか理解できているのかな」
夫が言った。
「そうね。あなたは何もやらなかったよね。いつも、端にいてこっちの輪に入ってこなかった。遠くで様子をうかがって、火の粉がかからないように防御していただけ。こたつに入って暖かい安全なとこで、テレビに映っているわたしに向かって、右だっとか、ちょっとだけ左とか言うだけだった。わたしは断崖絶壁で、少しでもバランスを崩すと落ちてしまうような足場に立って、アナタの指示に従っていた。風は強くて、足元から真っ逆さまに落ちそうで怖かった。足元では小石がぱらぱらと落ちていく。わたしは震えながら、下に見える吸い込まれそうな海に落ちないように必死だった」
夫は何も言わない。
「第三者の視点が必要なんだよね。そうだよね。わたしと同じ視線にいたら、俯瞰して物事がみれないってことなんでしょう。わたしが全部悪いんだよね」
「そんなことは言っていない」
「はいはい。もうわかりました」
疲れた。どうでもいい。




