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火葬

 葬儀場の案内チラシに書かれていた住所をナビに入れた。山の中の火葬場に行って、広い駐車場に車を停める。実家からそんなに離れていないところだった。

 葬儀場は大きかった。建物の周りは芝生に、整備された木。自然に囲まれている。

 入り口は大きく、ガラス張り。建物は平屋で広く、屋根は重厚感のある瓦。全体的にぱっと見、火葬場には見えない。中に入り進むと、視界には観音扉が続いている。知らない人が入ったら、火葬場だと気が付かないかも。棺がなかったらだけど。広いスペースには中央にソファー。端にもソファー。ソファーだらけ。

 葬儀会社の人が会場入りしてくれていた。受付まで案内してくれる。火葬の予約を取ってくれたおかげで、スムーズに事が運んだようだった。受付に行って、死亡診断書を渡して書類上の手続きをした。お金を払う。

 母は疲れてソファーに座っていた。促して火葬する窯の番号のある場所に誘導した。父の棺桶が台の上にのっている。その前には観音開きの鉄の扉。その上に大きく⑤と書かれている。鉄の扉はたくさんあり、左から右までずっと続いている。隣の番号は④。⑨の数字もある。

 忌み嫌う数字でも、ちゃんと使っているんだ。公共の施設だから当たり前か。

 扉の前には小さな祭壇があって、父の写真と位牌。両側左に母、わたし、夫。反対側に伯母さんとサキ。叔父さん夫婦。そして妹。

 扉が開いて、父が扉の向こうに棺桶ごと入って行った。待合室で、父が骨になるまで二時間ほど待つことになった。葬儀会社の職員が場所まで誘導してくれる。この待合室は葬儀屋が手配したものだ。葬儀屋に無駄はない。すごい、と思った。

 待合室は数に限りがある。葬儀場の通路のソファーで骨を拾うのを待っている人がいる。予約が必要なんて普通の人は知らない。

 多少お金がかかっても仕方ないのかも。流れはカンペキ、無駄がない。

 待合室はボロだった。8畳ほどの古い畳。縁側がついて、床の間らしきものもついている。入り口に土間みたいなスペースがあって、ステンレスの簡単な流し。ソファー、小さなテーブルがある。その上50センチほど上に上がって畳。手配したお弁当が葬儀屋から届いた。畳の上の大きなテーブルの上に置いた。

 葬儀に来た人に出したお茶菓子も、わたしは持ってきていた。畳の上のテーブル、お弁当の横に置く。隅に置いてあった座布団をみんなに配る。足の付いた座椅子を勧めたら誰も座らない。妹が座ると言って、一人座った。前々から膝が痛いと言っていた。畳に座布団で正座なんて無理なんだろう。夫は上に上がらず、お茶の準備。わたしも手伝った。みんなにお茶を配った後、夫は流し横のソファーに座っている。

「上に上がったら」

 わたしが言うと「ここで良いから」と夫から返事が返ってくる。

 妹の旦那は来ていないから、旦那の分のお弁当を渡す。素直に受け取っている。

 以前、お母さんにはおごってもらわないってラインで言いきっていた旦那。昨日のお弁当は食べたのだろうか。

 みんなの前にお弁当を並べた。お茶もある。ふたを開けた。昨日と変わらないようなおかず。別のモノを頼んだはず。

「昨日のお弁当と違うものを頼んだんだけど、間違っているのかしら」

 母が言う。

 みんなは、食べ始めた。

「いいんじゃない、これで」

 わたしは言った。弁当の中身なんてどうでもいい。

「このお弁当おいしいね。昨日の弁当もおいしかった」

 叔父が言う。そうだったっけ、覚えていない。

「おいしい」

 サキも、妹も同調した。

「それはよかったわ」

 母が言う。

「高いんじゃないの、この弁当。豪華だけど」と、浩一叔父さんの妻、智子おばさん。

「葬儀屋のお弁当しか注文できないからね。高いのしかないのよ」

 母は言った。

「あき子ちゃん、今日はお仕事大丈夫なの」って智子おばさんが言った。

「大丈夫。お休みもらっているから」

「そう、よかったね。病院の当直大変でしょう」

 智子おばさんが言う。

「まあね」

 妹は膝をさすりながら言った。痛いのか。

「前の住職さん、亡くなったのよ」

 裕子伯母が言う。

「そうなの。亡くなって香典の催促があったから送金したよ」

 わたしが言った。

「いくら? 」

「あっちが3千円振り込んでくれって。伯母さんは振り込んでないの? 」

「送らないわよ、檀家じゃないから」

「へえ。そうなんだ」

 わたしが言う。

 妹がわたしを睨んでいた。妹が振り込んだんだっけ? 振り込んだあとの用紙が残っていた。手紙もあった。手紙には住職が亡くなったことが書いてあった。檀家代を年末に振り込んだのはわたし。香典と、ごっちゃになっているとか。どうでもいい。あき子が振り込んだとしても、お金を払ったのは母だ。

 お弁当はみんな食べ終わった。空箱は片づけた。あとで、業者が取りにくるという。箱を最初に入っていた段ボールに入れて持ちやすいようにした。下に置く。

 代わりにお菓子を置いた。お茶菓子として通夜、葬儀ともに出していたお菓子。いろんな種類が入っていて飽きないように工夫している、と思った。

「年金の手続きはどうするの。一人ではできないでしょう。健康保険証とか、戸籍の除籍とか、いろいろしなきゃいけないことがあるんじゃないの」

 伯母が言った。

「お父さんが亡くなったときは、母と一緒に行ってわたしがしたわよ。年金、税理士の石久保さんに相談したら大してもらえませんよ、なんて言われていたけど。年金事務所に行って申請したら、思った以上にもらえた。やっぱり、子どもがついていった方がいいと思う」

 サキが言う。

「大丈夫よ。美帆がきてくれて、やってくれる。5月9日から久留米に来るから」

 母から来てくれって言われて休暇を取っていた。日にち言う必要ある? サイアク。

 「田名家の方。骨上げの準備が整いました。Bの部屋にお入りください」

 館内放送。椛島家はまだ呼ばれない。時計を見る。まだ、残り一時間ある。


「お姉ちゃんはお母さんの住んでいる住所や電話番号さえ、教えてくれなかった。だから、わたしは未だに何も知らない。家にわたしが住むのが気に入らないんでしょ。同居するのを了承していたくせに、ウソつき。家が欲しくなったんでしょう」

 妹がみんなの前でわたしに言った。

「アンタが自分のモノにしたことはとっくに知っているだよ」

 母が言う。まじで、おしゃべり。

 周りの伯母さんたちの目を見た。母がウソをついていると思っている。

 わたしのことも疑っている目だ。

 わたしはカバンの中に証拠を持っていた。法務局でもらった土地の全部事由証明書。

 ここで見せる、妹がブチぎれる、火葬が台無し。

 ムリムリムリ。ありえない。あれは妹に見せてはいけないものだ。それも、みんなの前では。

 今ここで、こんなことを言いだす意味。なにかがあるのか。

 妹はこれから、ずっとあの家に住むつもりだ。みんなに祝福されたいのだろう。

 好きにしてくれ。


 椛島家の墓は浩一叔父が名義を引き継ぐ、ってことになっていた。今までは父が払っていた。それを叔父が払ってくれるらしい。最後の男だから、と叔父は言った。

母は振り込みができないから、わたしの名義に代えていた。わたしに請求がきて振り込みをする。3年に一度の請求で、3万6千円。ひと月千円の計算。管理費だ。

 墓参りはしているが、墓の構造がどうなっているのかは知らない。骨つぼの入る規模は決まっているはず。祖母と祖父が入っているから、入るスペースはあと二人分。叔父が入って、おばが入れば満杯になるから、父と母の分の墓を用意しなければならない。

 ネットで何度も検索した。わたしが福岡県に戻って墓守なんて不可能だ。自分は坂東家だから、徳島に自分が入る墓もある。希望は納骨堂よりも樹木葬。地面に入れてくれるところがいいと思っていた。が、家から母が父に会うために通える墓地は高い。隣の県の佐賀なら格段に安くなるけど、母には通えないだろう。

 叔父が誰でも入っていいよって言った。スペースはあるからと。

 聞いたら、骨つぼごと収納するのではなく、骨を地面に入れるスタイルの墓だという。そうだったっけ、覚えていなかった。夫の実家の墓と同じだと思っていた。

 その話はこの場でも出た。妹にも入っていいと言っていた。

 妹は「入りません」って言ってた。

 でも、気が変わると思う。 


「来年の十月、父は50周忌。母33回忌なんだけど。位牌をお寺に返したいんだけど。やってもいいね」

 叔父が言う。

「元気なうちに片づけたい。僕は椛島家の最後の男だから」

「なんで。でしゃばる必要はないのよ。本家にはまだお義姉さんがいるんだから」

 智子おばさんが言った。

「俺は、最後の椛島家なんだよ。最後は子供がするべきだろ」

「だから。でしゃばらないで。家で話しましょう」

 叔父の嫁の智子おばさんが強めに言う。

「来年じゃないでしょ。今年ですよ、法事は」

 母が口を挟む。

「来年だよ」

 伯母が言った。

「お父さんの初盆の後すぐにするのはわたしも困るよ。わたしも行くんだよね。お母さんだってバタバタするよ、困るでしょう。来年だったら焦らないでいいよ」

 わたしは言った。初盆の後すぐに休暇を取る。勘弁してくれ。わたしの事も少しは考えてよ。

「わかったよ」

 母が言った。


「お義母さんとお義父さんをお寺に返すなんて、かわいそうだよ」

 最初に伯母からその話を聞いて伝えたら、母はそう言った。母も何度も話を聞いていたらしい。父が亡くなる前のことだ。

 実家が問題を抱えるようになって、伯母さんの家に頻繁に行くようになって、わたしは知った。

「おかしいじゃないか、返すなんて」

 母は言う。

「あのね、わたしにおじいちゃんとおばあちゃんの面倒をみろって言ってるの。わたしは坂東で、椛島じゃないんだけど」

「そうは思っていないよ」

「じゃあ、誰が見るのよ。先のことも考えてよ」

「そうだけど」

 母の顔を見た。納得していない。

「お母さんはおじいちゃんとおばあちゃんの子供じゃないでしょう。実の子供がしたいって言っているんだから、口を挟む必要はないよ。任せたらいいんだよ」

「それはそうだけど」

 母の顔。何か言いたそうだ。こんな時は、とんでもないことを言いだす。それも、みんなの前で。

「今度のおじいちゃんとおばあちゃんの法事には、美帆も来てくれないかい。お父さんが入院して来れないだろう。一人なんて耐えられないよ」

「分かった。早めに言って。休暇とるから」

 母は、みんなの前で位牌は返さないと言い出すだろう。必ずもめる。わたしは山形のおばさんに電話して、母を説得してもらった。


「あき子ちゃん、家は完成したの」

 智子おばが言う。

「うん」と、あき子。

「外から見たら、大きい家よね。お母さんとは同居しなくなったし、スペース広くて残っているなら、余っている部屋に住まわせてもらおうかしら」

 智子おばの言葉。妹が笑う。

「犬を飼ってるんでしょう。犬はどう? もう慣れた? 」

「家中を探検してます」

「あら、かわいい」と智子おば。

「犬は大事だよね、家族だ」

 叔父が言った。叔父夫婦は犬を飼っているのだろう。

「骨上げが終わったら、あき子ちゃんの家にお邪魔してもいいかしら。新居を見たいわ」

 智子おばさんが言った。まじか。

「ちょっと待って。確認してくる」

 妹が電話しに外に出た。

「おばちゃん、家に入れてくれるわけがない。ムリに決まっているよ」

 わたしは妹が視界から消えてから言った。

 お父さんを家に入れなかった。母の荷物も入れたくなかった妹。おばさんを家に入れるわけがない。

「大げさね。冗談よ」と、智子おばさん。

 湯飲みを回収した。流しで洗う。母がソファーに座った。

「あき子が豪華な葬儀だけど費用はいくらかかったって言うから、金額多めに言ってやった」

 母の鼻息が荒い。

「ちょっと、勝手なこと言わないでよ」

 わたしは言った。

「なんで、いいじゃない」

 母は何も考えていない。

「お金はどうしたのって言うから、お金はためておいたから大丈夫よって言った」

 妹はケンカする前の通帳の金額を知っている。年金額も。残高も計算しているだろう。父が葬式代が出るくらいの死亡保険に入っていたのも知っているから、お金を請求してくるかもしれない。遺産相続だ。

「美帆が葬式仕切ってくれてよかったよ。あき子だったら貧相な葬式だったと思うよ、ケチ夫婦だったから」

 妹はすぐに戻ってきた。

「ごめん、少ししたら仕事行かなきゃいけないんだ。夜勤もある。今日は家に招待できないの」

「あら、残念ね」

 智子おばさんはやさしく笑いながら言った。

 こわっ。策士だ。

 母がトイレに行っているときに、伯母さんがわたしに言った。

「美帆。アナタのお母さんはどうなっているのよ。あき子が香典を払わないって、あき子の悪口をわたしに言うし、美帆の悪口もあき子にもわたしにも言うし」

「わたしの悪口? どんなことを言ってたの」

 伯母はわたしの顔を見ると、言葉を濁して去っていった。

 そうか、そうだろう。悪口を言ってもおかしくない。思ったことを言っているだけ。どうせ、優しくないとか、気に入らないとか言っていたのだろう。わたしだって、天使じゃない。毎回母親の気に入る態度なんかできない。

 

 放送が鳴った。椛島家が呼ばれる。荷物を持っていった。夫が弁当のゴミを職員に渡しに行った。母は廊下まで歩いて横のソファーに座っている。来るように促した。

「お母さんは、骨は拾わないわよ。お父さんの骨なんてかわいそうで。見たくもない」

 はい。そうだと思ったよ。そうくると思っていた。叔父さんが骨を拾いたくないって言ったときの叔母さんのお説教をわたしは聞いていた。それを知っていながらの母のメンタル。アナタはすごいよ。ゼッタイに言うと思っていたよ。

「分かった」

 部屋に入った。中央に大きな台があってその上に骨が乗っている。骸骨。手前に頭、奥の方が足だ。これはお父さんなのか。不思議だ。

 ガンで亡くなったおばあちゃんの骨を拾ったことがある。骨が細かくなって割れていてもろかったけど、お父さんはしっかりしている。

「おかあさんは」

 伯母さんが聞いた。

「骨拾いたくないって」って言った。

「はあ? 」

 伯母さんの声が一オクターブ上がった。

「美帆、あなたがお母さんの代わりに真ん中に立ちなさい」

 伯母が強い口調で言う。

「はい」

 返事をした。

 職員がやり方を説明。体のどの部分かも教えてくれた。いれる体の場所は決まっている。奥の足の方から拾った骨が、参列者の手にある箸を使って、次々とわたしの所にタスキリレーのようにつないで移動してくる。わたしが最後に壷の中に骨を入れる。

 最後に喉ぼとけを入れるという。首あたりの大きな丸い骨を箸で掴もうとしたら、違うと言われた。

 言われた部分の周りの骨を崩して、小さな一部分の喉ぼとけを入れる。最後、頭蓋骨の頭頂部を少し割って細かくして、蓋のようにかぶせ壷の中に入った。ふたを閉める。職員が箱に入れ、箱は風呂敷に包まれた。

 終わって、伯母が母の所に直行する。何かを話しているが、母ははいはい言うだけ。伯母はあきらめて母から離れた。わたしが風呂敷に包まれた箱を渡すと受け取った。

 持つのはいいのか。ツッコミどころ満載だ。

 みんなに頭を下げて、火葬場を出た。参列者が次々に車で去っていく。妹も消えていった。サキが最後。アルファードを運転している。助手席に伯母さんが乗った。

「今日はありがとうございました」

 わたしが言うと、さきが窓から顔を出した。

「今日は大変だったね。お疲れさま」と、サキ。

 車を見送った後、自分たちの車を火葬場の玄関に夫に移動してもらい、母を後部座席に乗せる。

「ああ、疲れた」

 母が言う。

「まだ終わりじゃないよ。家に帰ったら戸籍を確認してお父さんの名前をチェックする。そのあと速攻で初七日をしに八女に行くよ」

 後ろを振り向いて、わたしは言った。

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