葬式
二泊目の朝もあまり眠れなかった。夜中、となりにいる父に何回か会いに行っていた。今日は火葬だから形ある父に会えるのも最後だし。
起きて、広い洗面所で顔を洗う。まじで、高級ホテルの一室みたいなつくり。脱衣所兼洗面所にはバスタオルやタオルも置いてあり、アメニティーも充実している。
毎日お風呂に入れるなんて幸せ。
歯も磨いて、部屋をかたづける。開けっ放しの大きなキャリーバック。中に服を詰めてファスナーをとじた。
葬儀は10時からだった。その前の9時、葬儀場で朝食を食べた。
仮通夜のとき職員に葬儀前の朝食を何人分注文するのか職員に聞かれていた。
「これはするものですか」って聞いたら、「みんなで食べるものですよ」と言われた。
そうなのか。
それで夫を入れた3人分をたのんでいた。
結局夫は辞退した。わたしも辞退したかったが仕方ない。以前家族だった3人で食べる。
妹が一人葬儀場に来た。妹の旦那はまだ来ていない。そうだろうな、土地をだまし取った人間の葬式なんて、ほんとうは来たくないだろう。妹だって、どんな気持ちでこの場にいるのか。恨みを抱えて、わたしへの悪意を心に秘めてきているのか。
中に招き入れた。
父の前で一緒に食べると思っていたから頼んだのに、プライベートスペースで食べるだけの御膳だった。それも妹と。なんでだ。安くない金額。こんなの頼まなきゃよかった。葬儀屋の策にはまった。速攻後悔した。
ホテルの高級なおいしくない和朝食のようだった。ご飯にお吸い物、小さなおかずの数々。見た目は美しいけど。あほくさ。味なんてしない。
「まあまあ、おいしいね」
母が言う。ほんとか。
わたしは無言。話もしなかった。食べた後はすぐに場所を離れた。妹といっしょにいるなんて、苦痛以外の何物でもない。でも、手は震えなかった。
母と妹はどうでもいい話をしていた。わたしはすぐに父のもとに行った。夫もいた。
「コンビニ行ってないの?朝食食べないと、おなかすくよ」
夫に言ったら、いらないという。
食欲がないのだろう。わたしもない。あ、食べたからか。
しばらくして、親戚が入ってきた。浩一叔父さん夫婦もいる。
「あき子ちゃん、昨日ここに泊ったの」
叔父さんの嫁、智子おばさんが小声で聞く。
「あの女が泊まるわけないじゃない、今朝来たよ」
何言ってんだよ、と思った。
「美帆ちゃん、コトバ、コトバ。そんなこと言ったらダメよ、二人きりの姉妹なんだから。仲良くしないと。お父さんも悲しむよ」
と、智子おばさん。は? 意味が分からない。
妹は、みんなの前ではわたしを怒鳴らなかった。わたしは話さなかったし、妹も近寄ってこなかった。必要なことだけは伝えた。通夜の時のあいさつ時には、わたしの横にくるように言った。それだけだ。
親族がぞくぞくと集まってきた。妹の旦那も来た。無視した。あっちも無視している。
父の知り合いらしい人も来た。来るはずだと言った、妹の職場の看護婦はだれも来なかった。
受付にいるとき、いとこのサキにオレンジのカバンをどうにかしろ、とまた言われた。カバンは受付カウンターの下の椅子の上において、わたしがカバンと離れるときは車の中に入れた。
サキは妹に何か言われたのだろう。わたしは悪者なのだ。
葬儀場に大きな看板が出ていた。葬儀場の前に父の名前。立派だった。ユリの花をメインに飾ったゴージャスな大きな看板。これ、必要か?
外の入り口から中に向かって、看板を眺めた。葬式って、いったいなんだ。結婚式か?
「お姉ちゃん、お父さんの名前が違うって、みんなが言っているけど」
妹が葬儀場から外にむかって、わたしに言った。看板の名前を眺めた。「椛島和之」どこが違う。
「禾ヘンが違うって」
妹が言う。
「はい? 」
そういえば、そうだった気もする。いらない点がついていたような。でも、この世の中にそんな漢字はない。戸籍は当用漢字ではないから。
葬儀場の職員に確認したら、死亡診断書に書かれていた名前だという。妹は横で「全く、もう」って言っている。なんだそれ、全部わたしの責任なのかよ。母を見た。母は何も慌てていない様子。関係ないって顔。まじですか。お母さん、お父さんと夫婦じゃなかったっけ。
母の家に戸籍謄本がある。家族全員のモノを取った。父が亡くなる前のこと。県営住宅に入る前、書類をかき集めたときに、ついでに取ったものだ。これを見て、ラッキーなことにあき子の旦那の旧姓を知った。家に帰ったら父の名前がわかる。でも、このことを妹に知られたくない。ここで母に言えば、秒でバレる。妹に言うだろう。おしゃべりだから。覚えていなければいいけど。
名前は大事だ。位牌に俗名も、戒名もつく。今は仮の位牌だから何とかなるだろうけど、本物の位牌が京都の本願寺から母の家にきて、父の名前が間違いだったとしたら、どうすればいい。戒名には和が使われていた。ヤバイ。早いうちに訂正しなけらばならない。逆に名前が違うってわかってラッキーだったかも。今日、訂正をかけられる。
「今日は日曜日なので、市役所は開いていないので後日戸籍で確認します。今回は勘弁してください」
みんなに頭を下げた。母は何も言わない。自分の責任ではないと思っているのだろう。一旦ざわめきは収まった。
電報披露はなしにしてもらった。夫の職場とわたしの職場、妹の職場だけの義務電報。父の関係のモノはない。披露をやめていいかと妹に確認したら、いいよと言われた。夫の母の葬儀のとき思っていたことだ。これって、実質夫の葬儀じゃないの。義母の関係者のモノはない。働いていないから。年金生活者だからだ。
今回の葬儀は父のことを知っている人だけでいい。そう思った。
「あき子が、お父さんの土地はもらっています。お父さんがくれるって生前言ってくれたからって。わたしに言うのよ。土地は今はあき子のモノだって。だから、言ってやったの。お父さん、土地は美帆にあげるって言ってたって。そしたら、なんで家を建てる前に言わないんだって、すごい剣幕で怒鳴るの。全く」
母親がわたしに言った。
「怒鳴った後、どこかに行ってまた戻ってきたのよ。そして言ったの。お姉ちゃんは土地をいるとは言わないって。くれるって。あき子は、いったいどういうつもりなんだか」
母親は鼻息が荒い。
「おかあさん、あき子にしゃべらないでよ、そういう大事なことを。ほかに何か言ってないでしょうね」
どういうつもりかって言いたいのはこっちの方だ。
「わたしは話したら駄目なことは話さないよ」
サイアクだ。反省すらしてない。おしゃべりクソババー。
「あき子さんは焦っているんだよ。お父さんが想定より早く亡くなったんだね。土地を自分のモノにしたのがバレるって焦っているから、バレる前に言ったつもりなんじゃない」
一緒に聞いていた夫が言った。
早いとか遅いとか。意味ある? 発覚を恐れるとか。クソだ。
たとえ、こちらがそのとき気づかなかったとしても、父が亡くなっていなかったとしても、土地の税金がこなくなったら普通にバレるだろう。あいつら、わたしがバカだと思っているのか。
母に言われて、その言葉をあき子の支配者の旦那に報告して、何を話したらいいかお伺いを立てる。それで、出た言葉はわたしは土地はいらないってことだったのだろう。今まで話していた母との会話の内容は、事前に打ち合わせしているはずだ。
まじでバカバカしい。
葬儀は結婚式のようだった。花形のロウソクを水槽に並べたり、影印をつけたスポットライトを暗くした中に棺桶に照らしてみたり。父の生前の姿をスライドショーで流すのは宗派的にNGらしくてなくなったが、泣きをさそうナレーション。不覚にも泣いてしまった。あれもいらなかった。
焼香も終わり、御棺にみんなで花を並べて父は花いっぱいになった。出席者が並んで花を入れていく。妹は父の顔を手で触った。あんな目に合わせたのに。父の持っているすべてをはぎ取ったのに。
汚い手で、触っている。
わたしは触れなかった。妹のふれた手が、ほほに触ったから。うそでしょ。父に触ってほしくなかった。罪悪感なんて、この女にはない。
棺には、用意していた車の写真を入れた。それは今、あき子の旦那が使っている父の車ではない。その前に使っていた車だ。あと、イラストで描いた父の服も。チェックのシャツ、赤の半そで、ベンチコート、ジーンズ。靴。地図も入れた。旅行が好きだった父。手紙も入れた。母はわたしが守るから、安心して。そんな内容だ。母が心配になって、あの世から出てこないように。父は母に過保護だった。最近分かった事実だ。
もうすぐ出棺。最後に霊柩車がきて火葬の流れ。叔父が兄の火葬は見たくない、帰ると言ったので「分かりました」と、言った。来たくない人は来なくていい。ただ、伯母さんが知らないとまずいと思ったので、報告しに言った。
火葬場に来る人は少なくなるのだろう。
伯母さんは道理を重んじる人だ。話を聞いた直後に、叔父さんに火葬場に行って骨を拾うように強く促した。
「兄さんが焼かれる姿を見たくないんだよ」
叔父は言う。
「最後まで見届けなさい。それが弟としての務めだよ」
伯母の口調は強かった。結局くることになった。
最後に位牌を妹に持たせ、母に写真を持たせ、あいさつをした。
あいさつは葬儀会社が用意した、決まり文句だ。紙を見て、ただ読んだ。
周りの、親戚の人間がわたしを冷たい目で見ている、と思った。そうか、そうなのだろう。わたしは悪者なのだ。妹が何か言っているのだ。もう、どうでもいい。
葬儀会社の職員がチラシのような印刷物をわたしに渡した。火葬場の移動案内チラシだ。複数の火葬場の住所が書いてある。簡単な地図もついていた。その中の一つに久留米の火葬場もあった。声をかけて、数人が受け取った。
母は霊柩車に乗り込んで出発した。出席者が花輪の花をもらっていく。まるで結婚式の最後みたい。なかなか終わらない。母が先に葬儀場についたら、ひとり待っているのだろう。みんなが満足して花がなくなった後、わたしたち夫婦は最後に葬儀場を出た。忘れ物をチェックし、見まわし、車に乗った。やっと一人になった。母とも一緒にいたくなかった。車の中でやっと解放された。
あ、夫はここにいるけど。椛島家関係とは距離をおいているとは思っていた。式のサポートをするだけ。
やっと一人になったと思っていたけどそうではない。通夜のときも最初っから一人だった。
通夜の時、わたしに話しかけた従妹はサキだけ。それも、バックについてのお叱り。ほかの従妹はわたしに近づきもしなかった。業務的なことだけの会話。妹とは和やかに話していたのに。
車の中で栄明寺に電話した。
「今から火葬なんですが、そのあと初七日を続けてやりたいんです。いいですか。仕事があるから長くは休めません。わたしは徳島だから、こちらにいる間にすべて終わらせたいんです」
わたしは実親だからもう少し休めると思うけど、夫は明日には帰ると言っていた。その前にすべて終わらせたい。
「分かりました。ただ、夕方は予定があるので。4時でもいいですか」
多分この声。住職だ。仮通夜で来てくれたお坊さんだ。
「火葬が終わったらすぐに行きます」
わたしは言った。




