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仮通夜ってなんだ

 高速道路を走っている。関門海峡は通り過ぎた。大宰府を通過したあたりから、帰ってきたって実感がわく。きっともうすぐ着く。

 車を走らせたまま、職場に電話した。葬儀場の名前、通夜と葬儀の時間。お花は出した方がいいか聞かれた。わからないけど、お願いした。電報も。家族葬だけど、普通ってどうだ。まあいいか。

 葬儀場にも電話した。何時に葬儀場につくのか聞かれていたのだ。母を連れて葬儀場へ行く。一時間あればつくか? 母は準備なんてしていないだろう。暗くなる前には葬儀場につきたい。夫と相談して6時にした。

 母に電話をかけた。

「どこにいるの」

「今は家に帰ってきているのよ」

 母が言う。

「もうすぐ着くから。着いたら葬儀場に行くから、出る準備しておいてよ」

 わたしは言った。

 高速インターを久留米で下りて実家に向かう。何度も通った道だ。もうすぐ実家だ。いつもは曲がらなければならない道。実家が変わったから、まっすぐに進む。郵便局を超え、いつもの道へ。

 周りはすべて団地。わたしはいろいろ夫に指図して、団地の敷地内に入った。車を邪魔にならない所に停めてもらい、階段を上がる。ドアを開けて中に入る。あと、30分で待ち合わせの時間だ。

「お母さん、準備できてる? 行くよ」

 夫も家の中に入ってくる。見ろ。ここが新しいわたしの実家だ。

「ボロだ、ボロだって言ってたけど、そうでもないよ」

 夫が小声で言う。 

 お風呂は狭いし、レバーをまわして種火をつける仕組み。トイレにはふたもない。あちらこちらで配管がむき出し。ペンキを何重も塗っているのだろう、壁はボコボコ。そんな場所に母は住んでいる。

 前住んでいた実家はわたしが小学生の時に建った。古い家だったが後付けのウォシュレットもあったし、お風呂のお湯を沸かすのも簡単だった。配管がむき出しの所はなかった。築40年くらい。それよりも古いってことだろう。

「お母さん、準備は出来てるの」

 母に言った。

「まあまあ疲れたでしょ。すわって何か食べたらどう? パンがあるわよ。英樹さん、疲れたわよね、ありがとう」

 母は喪服を着ていた。

 立ったまま棒パンをかじった。喪服に着替えた。ストッキングを母からもらって履いた。冠婚葬祭用のバックを持ってきていないのに気付いた。まあいいか。肩にはオレンジのいつも使っている大きなバックをかけた。大学生の娘から誕生日にプレゼントされたものだ。

「お父さんに白装束着せるの? お義母さんはお気に入りの着物を着て、旅立ったよ。好きなものを着せていいらしいよ」

 母に言った。

「いいのがある」

 母がタンスから紺色の着物を出した。帯と腰に巻き付ける紐も。

「いいね。これ着せようよ」

 わたしは言った。

「すてきでしょう」

 母が言った。


 葬儀場は久留米の中心部にあった。ナビで住所を入力した。裏道をグルグル回った。結局見つからなくて葬儀場に電話したら、大通りの石橋文化センターを通過して何軒かある横だと説明を受けた。大通りに出て、反対側も見まわして、通り過ぎたことに気づく。

「葬儀場、あった? 」

 夫が言う。

「ないと思う」

 返事した。

「そんなわけない」

 夫が言う。

 同じ場所を二周した。また、文化センターに戻ってスタートだ。

「石橋文化センターの横に木が生い茂ったところがあったよね、あそこかな。それ以外はそんな感じの建物なかったよ」

 そこを通過した後、わたしは言った。

 もう一度ぐるっと回ってリスタート。森みたいな場所の手前で減速して、わきのスペースに少し入る。そこはかなり広くて、独立したドーム式のコテージみたいな建物がたくさんある。メモリアル・苑って会場の看板が立っていたのに気付いた。

「ここだね」

 夫が言う。

「入って右側の、安らぎの間って所だって」

 わたしは道を指さした。

 キャンプ場にあるみたいな長い木のポールに、矢印みたいなプレートがいくつか貼ってあって、その中の一枚に「安らぎの間」って名前があった。プレートの指す方向に進む。少し奥に椛島家って立て看板があって、そこにいくと男の職員がドアの前で待っていた。

「ナビだと、上手くたどりつけないことがあるんです」

 職員が言う。5分遅刻したが、自分では上出来だと思った。遠いところから来たのだから、それくらいは許してほしい。

 中に入った。家族葬とはいえないくらいの、想像より広くて天井も高い。お義母さんの葬式の会場の時よりもかなりデカかった。椅子がずらっと並んでいる。それらしい木の椅子にきれいな刺繍で作られた高そうなカバーがついている。左右に20脚ずつ、40脚。その前に祭壇。祭られる前だ。小道具状態。

 絶対に金額は高い。ヤバいだろ。やられた。ここしか空いてなかったとか。八女も空いてなかったし。わたしが徳島だから足元を見られたとか。

 父は祭壇の前の、ストレッチャーの上にあおむけで寝ていた。

 コテージみたいな孤立した建物内には、プライベートスペースがあった。簡単な流しがあって冷蔵庫があってお風呂があった。ベッドに金庫、テレビに大きなテーブル。まるで広い個室のホテルだ。

「どんなお葬式にされますか」

 祭壇の父を残して、プライベートスペースに職員とともに入った。

 中央にあるローテーブルの天板の上に、カタログを広げられた。細かい商品が並んである。大まかなプランは3パターン。一つずつチョイスしていく方法もある。

 祭壇の種類があって、棺桶や骨つぼを選ぶ。母がいろいろ選んでいく。わたしは霊柩車だけこれにして、と言ったがあとは母が決めた。

 基本的に料金が高い。でも、互助会のおかげでお金は抑えられている気がする。でもこんなの、あるようで、ない金額だ。言い値。高い金額を提示されて、安い金額を提示されればそっちに流れていく気がする。でも、安い祭壇は貧相だ。明らかに、見た目が違う。葬儀屋も商売。策士だ。

「家族葬なのに、こんなに豪華にするとかおかしくない」

 母に言った。

「これ以外は選べません」

 職員が言う。まるで、ぼったくりバーか、ここは。家族葬なのか、これ。

 家族葬は生前父が言っていたことだ。金をかける必要はない、家族葬で十分だから、と。

「家族葬にはしていないよ。狭くなるって言うから広いところを頼んだんだ。お正月には親戚一同がきて、家はぎゅうぎゅうだったじゃない。30人くらいしか入らない所に全員入れないだろう」

 うちは本家だ。戦前は地主で大きな家が八女の稲富にあった。お米が蔵に大量にあったと祖母に聞いたことがある。戦争が終わって農地改革があって、農地は安い金額で強制的に取り上げられ、小作人のモノになった。そして家だけが残った。家は借金のかたに取られ、椛島という名前だけが残った。そこに代々続く長男の最後。それが父だ。

「喪主は椛島フジ様で大丈夫ですね」

 男の職員が言う。

「美帆、アンタがしてくれないかい」

 母が言った。

「それ、おかしくない」

 やっぱり。そうくると思っていた。

「イヤだよ、わたしはみんなの前でしゃべったりしないよ」

 母はごねたら終わり。絶対やらない。でも、それはダメだ。

「みんなの前でわたしがあいさつするよ。でも、お母さんが喪主だよ。わたしは坂東だよ、椛島じゃない。わたしが喪主なんておかしいから、いいね」

 母に言った。

 おかしくはないかもしれないけど。当主の役割を放棄した妹を喪主にはしたくない。そうすると、母しか喪主はいないだろう。

 決めることはいっぱいあった。焼香の順番も決めるという。親戚の名前も順番があるらしい。カースト制で言えば伯母さんが椛島家では一番上、頂点だ。でも、嫁にいったから椛島ではない。叔父さんは四人兄弟で一番下。弟。でも、今椛島家の男は叔父さんしか残っていない。

 まず、母、わたし、になるのか。妹は親を手放したのだから、母の隣に座るのは、わたしが許さない。アイツは当主ではない。名字が一緒なだけ。わたしの隣に夫、と思ったら夫が嫌がった。一番最後でいいという。もめごとにはかかわりたくないのだろう。それも、ムカつく。妹の隣には伯母さんかそれとも叔父さんか。叔父さんの名前を書いた。もめるだろうか。渡された紙。書くのをやめた。

 バカバカしい。こんな順番、どうでもいいことだ。勝手に座るだろう。


 お寺に電話した。場所を伝えた。お坊さんは来てくれた。若い人だった。30代か。もしかして40過ぎているのか。マスクだからわからない。

 仮通夜。初めて聞く言葉だった。父の前で拝んでくれた。三人で説法を聞く。穏やかな、いい時間だった。

 お坊さんに父の生前の話を聞かれた。ひとの面倒見がよかったことを伝えた。母の弟の面倒をみていたこと。以前は神奈川で会社員をしていたが、母を連れて福岡県に戻ってきたこと。再就職先で出会ったお金のない大学生のアルバイトがお昼ご飯を食べていないのに気付いて、毎回母の手作りお弁当を渡していたこと。若い同僚の男の子がお金がなく免許が取れず希望の就職につけないから、お金を貸してあげていたこと。

 わたしはお金が戻ってこないかもしれない人に貸さない。戻ってくるって思っても貸さないけど。それをできる父はすごいと思う。その人とは音信不通になって半年後、毎月一万、最終的に全額返ってきたという。


 母はどんなに憔悴しているだろう。そう思って久留米にきたが会ってみたらいつもと変わらない感じだった。取り乱して泣き叫ぶと思っていたから、ほっとした。全部終わってから、父がいないことに気づくのかもしれない。

 わたしの横で父を眺めている母。今、何を思っているのだろう。


 夜。父が気になって寝れなかった。部屋を出てとなりの葬儀場に行った。祭壇は電気がつきっぱなし。父は目を閉じている。でも、完ぺきには閉じていなかった。小さなすき間があって、覗くと黒目が見えていた。

 足を触ってみた。上から下になでる。冷たい。水分が足にたまっていて、細いはずの足がパンパンに膨れていた。

 顔を見る。怖い顔。怒ってる。苦しんで死んだのか。こわくて顔には触れなかった。

 夫が来た。夫も寝れないらしい。二人で、関係ないことを話した。子供のこと、近所のこと、仕事のこと。

 明日は通夜だ。しっかりしなければ。

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