地獄に落ちろ
県営団地に帰った。家で書類を何度も見た。
頭が真っ白になって、何も入ってこなかったのだ。改めて見る。
実家、家の建物は閉鎖事項証明書に載っていた。
令和3年9月30日取り壊し〔令和3年12月30日同日閉鎖〕父が書類を出した。ネットには持ち主しか閉鎖証明書を出すことは出来ないと書いてあった。
寝たきりで生きることもままならない父。ありうるのか。
あき子の家の全部事項証明書。表題部には令和4年1月12日新築〔令和4年1月20日〕
権利部には甲と乙があり乙に楽天銀行の抵当権設定。負債額2760万円。利息0.537%。
土地の全部自由証明書の権利部、甲区に父の住所が変わった記載があった。そのあと、妹のモノになっている。
母親の住所を教えろ、と言っていたが、母の住所が知りたかったんじゃない、ほんとうは父の住所が知りたかったんだ。父の土地を自分のものにするには、父の現住所が必要だった。健康保険証の事務局に問い合わせたんだろう。入院している病院の看護婦だ。事務に聞いたら、調べたら、すぐにわかるはずだ。あんなに脅迫する必要もなかった。
やっぱり病院はグルだろう。あき子がわたしたちにやっていることを知ってるかは別として。でも、こんなことしてばれたら、個人情報漏洩にならないか? 身内の住所ならいいのか?
土地も楽天銀行の担保になっていた。
ウソつきは今に始まったことではなかったが、家と土地を売ってお金を返すと言っていたあの夫婦。ウソつき。まじでウソつき。
玄関の横の4畳半の部屋で電話をかけた。母はキッチンで夕食の準備をしている。
電話は母のいないところでかけたい。話しているときに無理矢理会話の中に入ってきてややこしくなったり、話がそれたら困る。それに電話で母の悪口を言ってストレスも発散している。母の妹のおばさんには悪いけど、それをしないと、わたしは壊れる。
「土地、あき子のモノになってたよ。家も閉鎖されてた」
由紀子おばさんに電話して報告した。
「どうしてあき子の土地になっているのよ、おかしいじゃない」
おばさんが言葉を荒げた。わたしに怒らないで。
「贈与されている」
父は寝たきりで身体も動かない。しゃべれない。
「どうやって」
「分からない。病院の主治医の印鑑使って書類を偽造したとか。医師に診断書書かせたとか」
父は認知症だ。認知症の人の土地の名義を変更できない、とネットには書いてあったのに。
「そんなことできるのかしら」
「医師とグルなのかもしれない。姉が父の土地を取ろうとしているって言えば、書類を書いてくれるかも。知らないわたしより、妹の方を信じるでしょう」
「医師がそんな危険なこと、する? 看護婦のために。自分の職を失う可能性だってあるんだよ」
「そうだけど」
わからないことだらけだ。確実なのは、これは犯罪だということだけ。
電話を切った。
あき子は父に借金を返してもらって、土地を奪い取った。こんなこと、許されるのか。
キッチンに行った。五歩歩いたら着く距離。部屋を出て廊下を渡って、台所。目の前のテーブルを片づけながら母に話しかける。
「お母さん、警察に被害届を提出したら。これは詐欺だよ」
母の顔が曇った。
「そんなことをしたら、あき子はどうなるの」
「100万円以下の罰金、5年以下の過料、もしくはその両方って感じじゃない」
しらんけど。
テーブルをふきんで拭いた。
「どういうことなの」
「犯罪を犯したあき子は病院をクビになって、職を失う。犯罪者だから転職もできず借金を返すこともできなくて、あの土地は楽天銀行に取られる。あき子は牢屋に何年か入る。そして、金づるじゃなくなったから、ユウジ君に捨てられて牢屋に入っている間に離婚。ユウジ君は証拠がないから罪に問われることはない。離婚してもらえたら、幸せが訪れる。いいんじゃない」
そうだ、アイツは無罪放免だ。
「やめて。あき子がかわいそうよ」
テーブルを拭いていたふきん。手を止めた。
「自分で仕掛けたんだよ、自業自得じゃないの。お父さんがあの女にどんな目にあわされているのか、お母さんはわかっているの?」
「イヤよ、職を失うなんてかわいそう。それに団地に転がり込んで、わたしが養うのよね。年金を取られるのは困るわよ」
「あ、そう」
お母さんは腹が立たないのだろうか。
徳島に帰って夫に土地の全部事項証明書を見せた。他のも見せた。
「お父さんに借金を返してもらったのに、土地を奪い取った。お父さんは、あき子に財産をむしり取られた。倫理観や良心はあの女にはない。そんなの、おかしい。これが、また成功体験になる。椛島家は、永遠にあき子にすべてのモノを奪い取られる」
「家のローンが組めなかっただけじゃない。土地も必要だった。でも、親と同居できないから、親の土地を担保にできなかった。それで、自分のモノにしただけでしょ」
「あっちがお母さんと同居したくないって言ったんだよ」
「担保にするために同居してみたけど、相性が悪くてできなかったんだね。それで、お母さんを切り捨てることにした。徳島に連れてきたんだね。このまま同居したとしても、結局は関係は破綻しただろうから、同居はしないでよかったんじゃない」
「警察に被害届を出そうと思うんだけど」
「そんなこと、する必要ある? 」
「わたしは借金を返してもらったことはないし、心配されたこともない。あき子ばっかり愛情をかけて育てられて、結局結果がこれ? おかしいでしょ」
「借金がないから心配する必要がなかっただけでしょう。それは幸せなことだよ。心配する必要がなかった、いいことじゃない」
「あき子が犯罪を犯すことは正しいって、今言ってますか? 」
「そんなことは言っていない」
「このままじゃ、あき子はダメになる。これは間違っているんだよって、教える必要がある、姉として。これは成功じゃない、犯罪だって。罪は償うべきじゃないの」
「それをしたら、あき子さんの人生はめちゃめちゃになるよ」
「なればいいじゃない、それだけのことをしたんだから」
「そこまでする必要はないんじゃない」
「アイツは犯罪を犯したんだよ。許してあげるんだ、やさしいね」
「許すとは言っていない」
「あなたには関係ない話だから、どうでもいいんでしょうけど。あの土地はわたしが育った場所だよ。こんな汚いことにまみれるはずじゃなかった場所だったんだ」
「じゃあ、すればいい。どんなことになっても知らないよ」
「逆恨みされるってこと? 」
「一生恨まれるだろうね」
「犯罪を犯したのはあき子だよ。わたしじゃないのは理解してますか」
「そういう人間だってことは、君だってわかっているはずじゃない。今まで、どんなことが起こったか忘れてないよね」
「だから、泣き寝入りしろと言ってます? 」
「そんなことは言っていない。どうせまた、仕掛けてくるだろうからそうならないために、準備すればいいって。そう思わないのかな」
「何の準備よ。それって許せってことでしょう。おびえて暮らせってことだよね。犯罪者の方が有利って、どんな世の中なんだよ」
「そんなことは言ってない」
「あなたは、わたしに今まで何かしてくれたことがあった? 何もしたことなんてないじゃない。隣で安全なところで、ああしろ、こうしろって言うだけ」
「じゃあ、すきにしろよ」
「すきにするよ」
ムカつく。ムカつく、ムカつく。ムカつく。
自分のことじゃないからどうでもいいんだ。わたしの気持ちなんて夫はわからない。自分がこんなことをされても、平気でいられるのか。ゼッタイに怒るだろう。一人っ子だから、兄弟がいないから理解できないんだ。
もやもやする気持ちを抱えながら、生活していた。携帯のネットで調べた。私文書偽造と詐欺罪が適用するだろうから、何年刑期を受けるだろう。弁護士サイトばかりがヒットし、知りたい情報は入手できない。法律事務所のサイトを覗いた。弁護を引き受けたら、初犯の場合執行猶予を付けられる、的なことが載っていた。執行猶予なのか。身内なら、罪には問えないってこともあるのだろうか。
身内の窃盗の場合、犯罪にならないという話を以前聞いたことがある。お父さんのカメラやお母さんの貴金属、おばあちゃんにもらったダイヤの指輪は質流れをした。妹が盗んだものは、罪として認知されないのだろうか。
もし執行猶予になったとして、社会的制裁は受けられたことになるのか。普通に仕事をし続けることになるのか。
土地が戻ってきたところで、上には妹名義の家が建っている。妹が家に住み続けた場合、妹の住んでいる土地の税金を払い続けなければならない。妹は借金を返せなくなった時に、家は銀行のモノになる。楽天は家を買ってくれというだろう。必要のない、妹夫婦の家。いらない。お金もない。じゃあ、楽天が土地を売ってくれって言うか。叩かれた金額で。土地と家がセットでないと売却は難しい。使えない土地を買う人間なんていない。それとも、楽天は保険に入っていて、損はしない。放置されたわけのわからない家が永遠に存在して、その後処理を自分の子供たちがする。絶対いやだ、そんなの。
何が正解かわからない。
母は父と面会するため、何度も病院に出向いていた。電話を何度もかけても、今までずっと妹が情報を握りつぶしていたため、直接行って聞いた方がよいと思っているみたいだった。芳川病院はすでに受診を再開していたが、コロナの猛威のせいなのかクラスターのせいなのか、面会はできないみたいだった。
「お父さんのチューブのことを聞いても、まだ受診できませんって言うだけなのよ。お父さん、栄養取れなくて、大丈夫なのかしら」
母が電話の奥で寂しそうに言う。なんだかんだと父の悪口も言うけど、やっぱり好きなんだろうな、と思った。
わたしも電話して聞いてみた。一週間は大丈夫が、しばらくは大丈夫って言葉に変換されていた。適当だ。
病院に不信を抱きつつも、母には「大丈夫だって」って明るく言った。土地を奪い、父を丸裸にした芳川病院。医師はグルかもしれない。由紀子おばさんに、認知症の人間が贈与する場合、二名の医師の確認が必要だと聞いた。ネット情報だろう。医師が、たぶん書類を書いた。父は意志を示すこともできないのに。ふざけている。
一ヵ月に1回ある法律無料に相談することにした。住んでいる場所がココでよかった。久留米は一年に一度しか相談できない。それも予約は難しい。ここなら簡単に予約もできる。今回も予約は取れた。問題はしょっちゅう出てくる。これからも予約し続けるだろう。一年に一回なんて無理だ。
社会福祉協議会。家から車で5分くらいだ。駐車場に停めて少し歩く。小さな老人ホームみたいな建物に入り、階段を上がる。階段の先に少し広いスペースがあって、そこで受付を済ませた。
二回目だから緊張はなかった。前はかなり早めに行ったが、今回は五分前くらいに待機場所の椅子に座った。すぐに呼ばれた。
中央にテーブルがあって真ん中に透明の仕切り。会釈して手前の椅子に座る。
「よろしくお願いします」
言って、書類を見せた。妹に贈与されている、土地の書類。
簡単な経緯を説明した。
「ひどいね、これ」
目の前のおじさんはこの間、久留米にすぐに帰りなさいって言った弁護士だった。父親の成年後見人をつけろって言った人だ。あんなにすごい熱量で話していたことなのに、わたしのことも事件のことも全く覚えていなかった。いろんな案件を抱えていて、それどころじゃないんだろう。逆に良かった。
「こんなことって、よくあるんですか」
「めったにないよ、こんなの」
偽造したら土地なんて簡単に自分のモノにできる。でも、それは普通はしない。世の中の大半は、善良な人間で動いている。でも、善良じゃない人間もいるってことだ。
「地元の弁護士に相談しなさい」
「土地を取り戻そうとは思っていないんですよ。わたしは徳島に住んでいて、持ち家もあるので。ただ、これからもなにかしら、攻撃を仕掛けてくると思うんですよ。やらなきゃいけないことって、ありますか」
弁護士は、土地の権利部(甲区)(所有権に関する事項)の、妹が贈与された原因 令和4年1月20日贈与と書いてある項目のとなり、令和4年1月20日第1110号の文字を指さした。受付年月日、受付番号の欄だ。
「証拠を残しなさい。法務局に行って、ここを開示してもらう必要がある。写真撮影しかできないから、ちゃんと準備しなければならないよ」
「やります」
「これを見る権利があるのは贈与したお父さんだけだよ、あなたはできない」
「お父さんは認知症で、寝たきりで、しゃべれないんですよ。ムリです」
「だから、弁護士に相談するしかないよ。この書類もずっとあるわけじゃない。期間があるんだ。早くしないと、証拠はなくなる」




