また借金してるの?
母は家にはもういない。以前と同じ生活に戻った。夫婦二人だけの生活。
母が食器を洗ってくれていたが、今はわたしがしている。
夫も元通り。居間の座椅子に寝そべっている。テーブルに足を乗せたりもする。だらしない姿も、以前と同じ。
わたしはひとり、平日に休みを満喫できるようになった。
母がいない正月。あんなにいっしょにいたのに。不思議。
長男と長女も実家に帰ってきた。
リビングには、携帯をいじっている娘。寝そべるさまは夫と同じ。横顔もそっくり。同じ遺伝子だ、と思った。
「ライン、送っていいよ。ショートメールじゃなくて」
娘の晴にいった。画面をのぞく。ツイッター。友達らしい人物がミッキーの被り物をして、シンデレラ城で写真撮影。ディズニーで遊んでいる。
子供達には妹のあき子ともめていることを伝えていた。連絡がきても絶対に返さないで、と。ラインは調子が悪くて開けないとウソを言っていた。心配かけないためだ。子供との連絡は、ノーストレスで知りたい。
「うん」
「あき子おばさんから、怖いラインが大量に届いてたんだ。怖くて開けれなくて。でも、いいの今は。なんとかなってるし、お父さんが優しくフォローしてくれているから。また、怖いの送ってくるかもしれないけど」
「大丈夫? 」
娘がわたしの方を見た。
優しくされると、涙が出てくる。自分って、こんなに泣き虫だったっけ。
「痩せたって言ってたから、病気だと思ってたんだよ。良かった、病気じゃなくて」
娘もちょっと涙ぐんでいた。
「怖い言葉は凶器だからね、ゼッタイに会話しちゃだめだよ。ひどいことを言われると心が壊れるけど、ラインとかなら何とかなるから。あっちから連絡来ても脅迫されても、ゼッタイ電話を取るなってSNSで言ってた人がいた。たぶん、お母さんの知っている人だよ」
娘が携帯を見せてくれた。ツイッター。発言しているこの人、見たことがある。ワイドショーでコメンテーターしている人だ。
「知っている、この人」
「わたし大好きなんだ、この人。フォローしてるの」
「へえ」
晴は大学3年生。それなりに人生経験も積んでいる。国立の大学にいっているから、そこまでお金がかからなくて助かっている。一人暮らし。
「成人式、どうするの。本当に着物なしで大丈夫なの? 」
「うん、わたしの周りはみんなワンピースだって」
「ごめんね、成人式休みとってなくて。お母さん、おばあちゃんのことで頭がいっぱいで、アナタの成人式の休み取るの忘れていたの。まあ、コロナで父兄の参観は無しだから大丈夫よね。ごめん、ほんとうに」
成人式は本当は去年のはずだったが、コロナで中止になっていた。着物は借りていたが、成人式が中止になったため、写真撮影で使ったのみ。前撮りは撮ったが、それとは別に去年の正月に地元の神社でお参りして友達と写真を撮って終わり。成人式というより初もうで。
成人式は一つ年下の人たちと同じ日に日程が変更になっていた。何度も変更を繰り返し、一年後にようやく決まった。年令で午前の部と午後の部に分かれた。去年、今年と二回も着物を借りることはしなかった。服は晴がバイトでお金をためて買った。
成人式は終わり娘は帰っていった。今年は美容院の予約もしなかったし、何の手間もなかった。わたしたちの唯一の女の子。去年あるはずだったと思ったときは、髪留めもいろいろ探し回ったし、美容院の予約も一年前からしていた。二人でレンタルきもの屋で気に入った着物を探しまわったし、いろんな人に聞いて、情報収集をしまくっていたのに。
後日、成人式の集合写真が市役所から届いた。ほとんどの参列者が着物。服を着ているのは娘を入れて5人。仲のいい友達の一人は洋装だったが、仲良しグループのそれ以外の子は着物だった。娘は「みんな、持っている着物で来たんだって、借りてないって言ってたよ」と言っていたが、そんなわけない。最新のデザイン性のある今どきのキレイな着物ばかり。一生に一度の成人式をこんな風に終わらせたのはわたしのせいだ。
何も気づかない。ダメな母親だ。
「晴が一番かわいかった。着物より洋服が目立って逆に良かったよ。痩せてたし、垢ぬけてさすが関東の大学生。きれいになったね」
電話した。これは本当。でもごめんね。
「親ばかだよ」
娘が電話の奥で笑っていた。
母とはほとんど毎日連絡を取り合っていた。
65歳になったら、一か月5000円でどこにでも行ける西鉄バスのパスを買うことができる。それで、最近はお出かけしていた。
荷物を一人で取りに行くのは危険だ。刺されたらどうする。母は久留米の警察に行って相談すると言った。しかし、取り合ってくれなかった。荷物を受け取る場所が佐賀だから関係ないと相手にされなかったらしい。もうすぐ80のおばあさんは、バスで佐賀県の鳥栖警察署に行った。鳥栖警察署は、親身になって聞いてくれた。でも、警察は立ち合いは出来ない、と言った。もしものことがあったら困るから弁護士を立ち合わせたらどうか、と。
わたしは「法テラス 久留米市の弁護士」をネット検索した。ヒットした法律事務所に電話した。
始めに出た事務所に電話した。名まえがちょっと怪しいけど。
「久留米のためにがんばる弁護士事務所です」
年配の女の人の声だ。
「妹が母を実家から追い出して家を建てているんです。父はアルツハイマーで命が幾ばくもない状態で入院してます。母の荷物が妹の家にあって、取り返したいんですが、立ち会ってほしいんです。妹は久留米の私の実家を壊して新居を建てています。わたしは徳島在住です」
「荷物の立ち合いですか? 先生に代わりますね、聞いてみてください」
少し保留音がして、違う声が聞こえた。
「もしもし」
おじいさんの声だ。
「母の荷物を受け取る際の立ち合いをお願いしたいんです」
「はあ?何言ってんの」
なんか、嫌な感じだ。女の人はいい感じだったのに。雰囲気が全然違う。
「アンタ、徳島にいるんだろ。妹に任せたらいい。あんたは出てくるな」
「母は妹に追い出されたんです。妹に任せることはできません」
「何言ってんの。ムリでしょ、面倒をみるなんて。徳島にくるって言ってんの、アンタのお母さんは」
「久留米がいいって言ってます」
「そりゃあそうだろ。妹にさせりゃあいいんだよ、母親の世話」
「でも、家を追い出されたんですよ」
「知らねえよ、そんなこと」
「土地の名義は父で、家も父の建てた古い家が登記にのってました。これってどういうことですか」
「新居を建て終わったら登記を変更するつもりなんだろ。その時土地も妹のものにするんじゃねえの」
「そんなことできるんですか、父はアルツハイマーなんですよ」
「できるよ」
「お父さん、言葉も話せないんですけど」
「アンタねえ、どうやってこの番号知ったんだよ。どうせ、婦人会のババーから聞いたんだろ」
「違います。インターネットで検索しました」
「ネット?ええ? それはそれは。いろいろ大変ですね。こちらは案件が立て込んでいまして。明日は北海道に行く予定があるんですよ。しばらく戻れそうにありません。申し訳ないですけど、依頼は受けられません。すいませんねえ」
言葉使いが180度変わった。なんだ、今のは。
電話を切った。
投書とか、苦情とか、いいねの数とか? 恐れているのか。なら、最初っから汚い言葉使うな。
二番目に出てきた法律事務所は山下葛西法律事務所だった。電話した。
「荷物の立ち合いをお願いしたいんですけど」
恐る恐る言った。最初みたいになじられたらイヤだ。
「そういうのはやっていません。失礼します」
即答。切られた。まじですか。
三番目に出てきた中島田法律事務所に電話した。ここは他市にも事務所のある大きなところだった。ホームページには顔写真。何人も弁護士が在籍していて女性も多い。
きれいな声の女性が出た。感じがいい。
今までの経緯を説明した。弁護士事務所の中で一番長く説明した。
登場人物の名前も聞かれた。母、わたし、妹、妹の旦那。何かを確認している。
「荷物の立ち合いをお願いしたいんです」
「少々お待ちください」
しばらく待たされた後、立て込んでいて忙しいからと断られた。きっと、旦那が短気でどなる人だと言ったのがまずかったのかも。そんな人がいる前で荷物の立ち合いは無理だ。わたしならいやだ。それとも、荷物の立ち合いなんて、そもそもしないのか。
「65歳以上の人が対象の法律無料相談のお電話番号をお教えしますので、そこに電話したらいかがですか」
「わたしは対象外の年齢です」
「お母様についてですので、大丈夫ですよ」
そこは木曜日に電話ができるらしい。
「予約をしてから窓口に行くのですか」
「お電話のみでの相談です」
「順番待ちになるのですか、事前予約とか」
「つながれば、そのまま相談できますよ」
「つながらないときは? 」
「根気よく電話してください」
「分かりました。ありがとうございます」
とりあえず電話番号を聞いて電話を切った。福岡県は人口が多い。久留米の無料相談も一年に一度だけ。つながるわけがない。
母に電話した。法律事務所に電話したが、荷物の立ち合いをしてくれる弁護士は見つからなかったと。そもそも、そんなことをしてくれる弁護士はいないのかもしれないことも。
「いいのよ、ひとりで行くから。弁護士頼んだらお金もかかるし。大丈夫、大丈夫」
「わたしは行かないんだよ、お母さん一人だよ」
「わかってるよ」
「ほんとうに大丈夫なの」
「大丈夫だって。しつこいね」
康雄おじはあの夫婦にケガさせられたんだよ。って言葉は飲み込んだ。
「この間、市役所に行ったんだよ。最近ずっと嫌な予感がして。お父さんの印鑑証明書、あき子が持っているでしょう。返してくれないから、無効にできないか聞いてみたんだけど駄目だった」
「そうなんだ」
「本人じゃないと駄目だって。お父さんは認知症だからできないよね、お手あげだ」
「あきらめるしかないんじゃない」
「しょうがないね」
「印鑑証明があったとしても、何もできないと思う。お父さん認知症なんだから」
ラインが妹からきていたが開けなかった。既読したくない。
しばらくして、今度はショートメールが来ていた。
1月8日
『電話して』
『両親の現住所を変えているからローン申請に支障が出る可能性があります。連絡先をすぐメールください。お母さんにお金を返すこともできなくなるから急いでください。』
『連絡できないなら職場にかけていいですか。電話はいいのでメールしてください』
『それとも徳島にいけばいいですか? 』
『それとも徳島にいけばいいですか? 』
『お父さんの支払いも毎月払っているのでローン払えなくなります。』
『請求書はどこの送ればいいですか』
『父親の急変時の連絡先変更してもらいたいのですが』
『引っ越しは14日でいいのですか』
夫に見せた。
「徳島にくるってどういうことだろう。めっちゃ怖いんだけど、この文章」
「さあ、切羽詰まっているみたいだね」
「ローン申請に支障が出るって言っておきながら、毎月支払っているって言う。相変わらず支離滅裂だけど、お金が必要なのかな。旦那に隠れて借金でもして、お金がないとか。借金する人は治らないんでしょ。また、助けてほしいのかな」
「お母さんに今まで助けてもらってたんじゃない。お小遣いをもらっていたとか。でも、今はお母さんと連絡が取れないから、お金が工面できなくて焦っているとかなのかなぁ。当てにしていたお義父さんの通帳もないし。ほっといたら」
「とりあえず、荷物だね。それと、医療費の支払いのことも聞いてみる」
お母さんに電話した。
「医療費、あき子に払わせたら。あき子が身元保証人の一番目。一番目の許可がないとなにも教えてくれないし、ほっときゃいいのよ。情報握りつぶしてるんだから」
残った荷物の引き取りのことで宮の里に電話したら、断られた。妻でも、荷物を引き取ることは出来ない。妹が身元保証人だから、妹の許可がいるのだと。第一の身元保証人に変更するには妹の許可が必要だから、連絡しましょうかと言われたが、連絡が来たこと自体の問い合わせも秘密にしてほしいと頼んだ。
「駄目よ、お父さんの医療費は払うの」
「あき子からおかしいメールが届くんだけど。尋常じゃないくらい大量に。お母さん、あき子におこずかいあげてたの? 」
「あげてないよ」
「でも、何かは買ってあげてんじゃない? 食料とか」
「食料はたまに買ってあげてたよ。お菓子とか、ケーキも」
食費の浮いた分を借金返済に充てていたとか? わからない。
「それで、借金が? 」
「なに訳の分からないこと言っているんだよ。とにかく医療費は払うよ」
「わかりました」
有名な全国区の引越センターをピックアップした。フリーダイヤルに電話をかけまくった。14日、空いていたのは引っ越しのサカイだけ。それも、見積もりをしてから引っ越し。取れたのは見積もりの日。担当は黒崎さんって人だった。ノリのイイ感じ。話しやすい。
「妹も母もDVを受けています。母は追い出されました。荷物を取り返すために今回頼みます。引っ越し先の住所は絶対知られたくないので、秘密保持お願いします」
「わかりました」
「本当にお願いします。絶対に知られないようにしてください」
「大丈夫ですよ。プロですから」
1月10日
『どこの引っ越し屋も1月14日空いていませんでした。事前に見積もりも必要です。見積もりに業者が行きます。サカイです。1月14日16時~立ち合いお願いします。日にちは後日でお願いします。業者からの連絡はショートメールでお願いします。』
『わかりました』
『連絡先は、教えないのですか』
『印鑑も引っ越し業者に送ればいいですか? 位牌とかは? 』
『入院費などの請求書はどこへ送ればいいですか? 』
『お父さんがもしもの場合どうしたらいいですか? 』
『連絡先を教えたら、直接言えるんですけど 』
『教えないなら、ちゃんと応えてもらっていいですか』
『今すぐにとは言いません。私たちが困らないようにしてください』
あき子の借金なのだろう。締め日までにお金が欲しいのか。旦那に秘密にしているのだろう。ここ聞いたら困るかも、言ってみるか? 駄目だ。夫にDVされている。借金がばれたら、また死に場所を求めて日本中を徘徊する。
返事をした。
『今までに払った父の領収書、お返しします。ただし、領収書を送ってください。コピーではありません。原本。届き次第、指定の口座に振り込みます。新曽我と、宮の里』
『今後はどうするのですか。原本はありますけど。宮の里の請求も払いました。全部払ってください。今後のことを聞いているのですが』
『お母さんにはいっぺんには無理ですが返そうと思っています。差し引こうと思っています。連絡がないと話すこともできません』
『今まで母が払った医療費以外の父の医療費を払います。お金がいらなければ、領収書は送らなくても大丈夫です』
『芳川に連れてきて正解かはわかりませんが、今日会ったらちゃんと返事してくれてるし以前よりもすごくいいです。栄養も入っているし必要なものは持って行ったりしてます』
『お母さんは話したくないと言っているですか? 』
『ケンカになった原因が私たちでないのに? 』
『突然怒鳴られ、罵倒されたのに? 』
『何を私たちはしたのですか? 』
『父親の暴力、家の老朽化、今後の面倒をみようとした私たちに』
『水道が壊れや、トイレが流れなかった件を知っていますか?』
『伸び放題の木を知っていますか?』
『私たちを責めるんですか?』
『お母さんとの間に立つのはきついでしょうが、間に立つならきちんと立ってください』
『わたしたちの生活がめちゃくちゃになります』
母親と話したい? 自分たちが母に携帯を使わせることを許さなかったのに。
父親の暴力? お父さんは暴力なんか振るわなかった。妹が若いころ無断で朝帰りしたとき、怒って、ほっぺたを叩いた。その時ピアスに手があったって、耳から大量に血が出た。それで、父はビビッて妹が何をしても手を挙げたことはない。あれ、一度きり。あんな借金をしたときも、二度目の借金の時も。手なんかあげなかった。
暴君はお前だ。
言いたいことはたくさんある。でも、我慢した。どうせ、心に響かない。
『激しい怖い言葉は暴力です。情報を遮断され、強要され思い通りに動かされています。周りの人間関係を遮断され電話がくることも許されず、手足にされすべてあなたの責任だと言われていませんか?あき子は被害者です。悪くない。自分の嫌な気持ちを増幅され意のままに操られているだけです。精神科の看護婦でしょう。なんでわかんないの?』
アイツがメールをチェックする。アイツが見る文章にDVされてるだろうなんて、言えるわけがない。
しばらく返事がなかったが、怒涛のような文章が来た。
『意味が分かりません』
『電話が来ることも許されず?』
『私たちが言っていたのは家が建つまで我慢してねってことですけど? 』
『まったく我慢しなかったから』
『家が建つまでは不自由だけど建ったら快適って言っただけ』
『頭に来てギャアギャア言うのはみんなだよね』
『自分だけ辛いと思っているの?』
『荷物のことだって確認しないでお母さんに言ったのは自分じゃないの?』
『確認することからじゃないの?』
『本当だったら、怒っていいんじゃない?』
『確認って大事。思い込みって周りが見えなくなる』
『お母さんたちはわたしに怖いことしてもいいの』
『娘だから我慢しろと』
『ひとりの大人としてキレたのは悪かったけど、原因はわたしじゃない。お姉ちゃんが責任取ることだろ』
『情報を遮断するってどういうこと。』
『具体的に言わないとわかりません』
『情報の遮断って何』
『父親のことは言ってるだろ』
『お母さんがお姉ちゃんを操っているの』
『具体的に言って。わかりません。』
『私一人で対応するので』
『一月中に全部終わらせたいので協力して。終わればお姉ちゃんに連絡しないので』
『お母さんは立ち会うのよね』
『どこの業者ですか』
『家に上げるので業者の名前も教えてください』
『返事は今日中です』
こわっ。
マインドコントロールされているって。妹を救えない自分に腹が立っていた。怖かった。自殺するかも、人を刺すかも。ずっと思っていた。
白おばさんは言う必要はないって言ってたけど、そんなのウソだと思っていた。
それで、伝えた。言って、気づいてくれるかも。洗脳されているって。返事が来て、速攻後悔した。
妹は激怒したけど。怖かったけど、怖くなかった。
もしかしたら、これが本当の妹。元々の地。そもそも洗脳されていない。
それとも。
言ったとしても彼女は気づかない。周りが教えても心の中には響かない。
そうか。そうなんだ。
助けられないことに罪悪感があったんだ。でも、そもそも自覚がないから助けられない。後ろめたい気持ちを抱える必要はない。助けるのムリだもん。
攻撃されてしんどくて辛かった。それを素直に受け止めよう。可哀そうなんて、思わないことにしよう。自分たちのことだけを考えよう。
視野が広がった感覚がした。
『サカイです』
送った。
警察に電話した。鳥栖警察署。母が優しく接してもらった方の警察署だ。生活安全課に回してもらった。
「母がそちらに行って、引っ越しの立ち合いをお願いしたと思うんですけど。妹に追い出されて、今は県営に住んでいる椛島フジです。担当してくれた警察官の方に代わってほしいんですけど。わたしは長女の坂東です。徳島に住んでいます」
紙をめくる音がした。
「お待ちくださいよ。はいはい。ありますね。すいません、担当だった梁川は今不在でして」
「そうですか。その人に弁護士に立ち会ってもらえって言われて探したんですけど駄目でした。弁護士は立ち会ってくれないものらしいです。警察にお願いできないでしょうか」
「それはできません。何かあればすぐに電話ください。それしか言えません」
「そうですか」
予想通り。ドラマと一緒。民事不介入ってやつだ。
「前、妹の夫の旧姓の名前を聞かれたんですけど、母が覚えていなくて。名まえは山田ユウジ。妹夫婦は再婚同士なんです。妹はDVを受けています。DVは初めてじゃない気がするんです。前結婚していたときも、相手の方にDVしていたんじゃないかって。教えてもらえないですか、DVしていたのか。母を守るためなんです。そんな人だったら接近命令とか出せるでしょ」
警察はできるとは言わなかった。
「命がかかっているんです。もしDVしていたのなら、わたしに電話をください」
自分の電話番号を言って、電話を切った。
教えてくれるかな。無理かもしれない。個人情報だから。
アイツが何回離婚して何回名前が変わったかわからない。旧姓は一つじゃないかも。結婚するたびに婿養子になって、その度にDVしていたら。複数の人間にDVしていたとしてもヒットしないかも。
「どうして、妹さんにそんなこと送ったんだよ。DVって」
家に帰ってきた夫に言ったら怒られた。
「DVとは言っていない。におわせただけ。気づいてほしくて。気づかなかったけど」
「こういうのは、言ってそうですかってならないって言われたんでしょ。洗脳解くのは難しいんだから」
「言ったらすっきりした。なんか、怖くなくなったし。言って後悔したけど、これでよかったの。そもそも洗脳なんかされてないかも。あき子はそういうことをする人間なんだよ。なんか、ほんとバカバカしい。自分がビビっているのが」
「へえ、そう」
夫は少し笑った。
「じゃあ、よかった」
見積もりも日にち指定できたし、これであらかた終わった。




