一生恨むから。お母さんもお父さんもあとは自分でやってね。アンタがぶち壊したんだから。
12月21日。あき子からラインがきていた。
『来月末にできる予定なのでお母さんの荷物をどうにかしてほしいんだけど、今の家から出て行かないといけません』
『突然来るのはやめてください。父親は採血では結核陰性でしたが喀痰検査では今培養しているので結果が分かるのは来年末あたりだと思います。面会は直接病院で聞いてください』
『伝えるか伝えないかは任せます。私に迷惑かけないでください』
今日は休みだった。夫が帰るまで開かなかった。リビングに入ってきてから、内容を見る。一人だと怖い文章も一緒だとゼンゼン怖くない。母より夫。
内容は怖くなかった。
「返信する必要ないよ、どうせ悪口しか返ってこないんだから」
夫が言う。
「でも、荷物を取り戻せって言われてる。連絡を無視したら取り戻せないよ」
「お母さんにさせたら。本人の荷物だろ。仲介に入るなよ、傷つくのは美帆だ。また、嫌な文章を見て苦しんで」
「でも、お母さんは携帯を持っていないことになってる。それに話をして、またお母さんがおかしくなったらどうするの。あき子はお母さんを認知症にしようとしている。かわいそうだよ」
夫は何も言わなかった。
「荷物はどこに置く。引っ越し業者に保管してもらったらお金高いかな。倉庫とか手配しなくちゃいけないのかな」
「荷物は返してくれないと思うよ、ぎりぎりまで。人質だから」
わたしはラインをした。
『荷物を取りに行きます。いつがいいですか』
次の日の12月22日もラインがきていた。日にちを指定したのか。夫がいないときに開けた。母は居間にいた。
『ことし?来年?』
『いつぐらいがいい?』
『タンスはどうするの』
『車には入りきれないと思うけど』
私は返した。
『引っ越し業者に依頼して。全部荷物いただきます。予約とか空きとかあるので都合教えてもらえれば。いつでもいいなら日にちこっちで指定してもいいですか? 今年でもいいですか』
妹は今ラインを見ているのだろう。すぐに返事が来た。
『一回3人で話を持った方がいいのじゃないですか。もう話すことはない?今後のこととか。お父さんの件もあるし。引っ越し業者の立ち合いはしないの?全部お任せ?今後のことはわたしには言わなくていいってこと?おばあちゃんの位牌も引っ越し業者に渡すの?』
『お母さんは行きます』
矢継ぎ早に返信が来る。
『お母さんと話できるだろうか。建設的な話できる?ぶちぎれて終わりじゃないの?今後のこともあるから立ち会ってよ』
『お金のことや土地のこともあるし。私たちはどろぼうだろうからきちんと話し合いたいので』
『書面に録音でも残してほしいけど。後日もめたくないので』
『うちの旦那はノータッチだから』
吐き気がしてきた。旦那があき子を裏で操作しているのに、ノータッチ? 書面や、録音? どういうこと。立ち会ったらやばいヤツやん。脅して怒鳴って、何を証拠にしようとするの。
『わたしは会いません。当人同士で話してください。引っ越し業者に依頼したいので日時を教えてください。』
『当人同士?あんたのせいでこうなったのに?あんたは関係ないと?ふーん。お母さんは徳島に住むの?書類も送りたいんだけどいろんな郵便物が来るので。どこに住所変更すればいいの?迷惑なんだけど、あ。なんでも自分でするのよね。大きなお世話だったね』
えずいてトイレに行った。あき子とは会いたくない。
やっぱり妹にラインしたところで、引っ越し業者の日程を決めさせてくれるわけでもない。文句しか返ってこない。
夫の言ったとおりだ。
由紀子おばちゃんに電話した。ほんとうはメール内容をラインで送りたいけどラインの調子が悪いらしい。簡単に伝えた。
「だめよ、絶対に行ったら。相続放棄させるつもりじゃないの。脅して、恐喝して。何をされるかわからないわよ」
「立会するお母さんが心配だよ。怒鳴られて、ボケてきたら。最近お母さんおかしいのよ」
「大丈夫よ、お母さんは。一人で行かせなさい、自分のことだから」
「もう、いいんじゃない。荷物はいらないんじゃないのかな」
「荷物はいるわよ」
もう、荷物なんかどうでもいいよ。って言葉は飲み込んだ。
「警察に立ち会ってもらいなさいよ。事件が起きたけど、事前に相談していた警察が何もしなかったってことになったら、大変が起きるわよ。そこは上手く言えばいいんじゃない。生活安全課に行きなさい」
「警察に行くって? 」
「フジには言っておくわよ」
警察は民事不介入ってドラマで見たことあるんだけど。本当に動くのだろうか。ストーキングされたら、相談しなければならない。階段で、人気のないところで。妹が潜んでいる映像が脳裏に浮かんだ。身震いした。
「あき子、マインドコントロールされてるみたいなの。DVも」
「ああ、フジに聞いた。あの子が変わったのは、ユウジくんのせいってやつ」
「うん」
「美帆、違うんじゃないかな。結婚した当初はそうだったかもしれないよ。でも、今は夫婦ともに同じこと考えでいると思うよ、そんな気がする。罵倒電話がかかってきたとき、あき子と話したけど、洗脳されている感じはしなかった。すごかったんだから、怒鳴り方が」
「このままで、いいのかな」
「このままでいいわけないじゃない。あき子に土地とられるわよ。アナタには権利があるんだから、そこは主張しないと」
「わたし土地なんかいらないよ。どうせ住まないし」
「何言ってるのよ、アナタこんな目にあわされて悔しくないの」
由紀子おばさんの鼻息が荒くなる。それ、怖いんだけど。
何回もおばさんから言われる。悔しくないの?って。悔しいとか、そんな感情は湧いてこないんだよな。腹は立つんだけど。自分の主張ばかりして人のことをおもんばかることもできない、あの夫婦と関わりたくないだけなんだ。あんな感覚の違う人間と電話したりラインするのがそもそも無理なんだよ。怒鳴ってきて怖いし。別々に生きていきたいの。
「とにかく気をつけなさい。あいつらは策を練ってるはずだから」
12月23日ラインが来た。仕事で帰ってきたら、大量だ。夫に言って開く。心臓がドキドキして、気分が悪い。なら、見なきゃいいのに。と、思う自分。
『早く住所変更して』
『あと、一日で引っ越し業者、いいのね。見積もりとかないのね』
あと、一日で引っ越し業者ってどういう意味だろう。わからない。見積もりと引っ越しの日、二日間教えろっていうことなのか。あき子が具体的な日時を教えてくれなければ、予約はできない。年内に引っ越しさせてくれるという意味なのか。
『私の休み一日空ければいいのね』
『当日持っていってくれるのね』
『お母さんが荷物取りに来ても、お迎えなんか行かないからどうにかして来てね』
『位牌も持っていって』
『墓も自分でして』
『なにもしないから』
『すべてやって。これはする、これはしないって分けないですべてして。私に伝えないなら私に迷惑かけないで』
『住所変更は今年中にやって』
『一人で来るなら旦那が話したいって言ってるけど、無視するなら徹底的に行います。お母さん一人なら家に入れませんと、旦那に言われました。立ち会わないなら荷物を処分するかもしれません。旦那はかなり激怒しています。来てほしい時には来ないで来るなっていったら来る』
『家を売るかもしれないと言ったと思うけど、お母さんが一緒に住むつもりで部屋を作ったりしたことで土地を買うくらいのお金がかかっていることを自覚してほしいです』
『新しい家を建てる一生に一度のことをアンタたちのせいで最悪になったね。自覚した方がいいよ。一生恨むから。お母さんもお父さんもあとは自分でやってね。アンタがぶち壊したんだから』
『あやまる気もなさそうだし』
『縁も切るかもしれません』
『その覚悟はあるんだね』
『よろしく』
『あと、引っ越し業者は当日持っていったりしないけど、それくらいの常識もないのかね。まあ、一日で来るならいいんじゃない?いくらかかるか知らないけど大金だろうね。年内は無理です。仕事していますから』
『お母さんボケてるっていってたけど、そんなお母さんを一人で来させるの』
「吐きそう」
わたしが言った。
夫は震える手を握ってくれた。震えが収まった。大丈夫?って声をかけてくれたので、頷いた。
「ライン見るからだよ。思いつきで罵詈雑言、言ってるだけ。気にしなくていい」
夫が言う。
「そうかな」
「自分が前言ったことも覚えてないよね。あき子さんの病院に入院させないって言って、転院させる。旦那はノータッチって言って、それくらいの常識はないのかね、ってラインに割り込んで入ってくる。一貫性が全くない。感情的に怒鳴って、話し合いのテーブルに付かせようとしているだけだ。やってることが、透けて見える。もはや透けてもいない、丸見え。ハダカだ。必死すぎる。美帆に振り向いてほしいんだよ、くだらない」
「まだ、家を売るって言ってるね」
「売れるわけがない。借金抱えて住む家を見つけて、家賃を払う。二重の支払いだ。そんなことなんて出来ると思う? そもそも銀行が借金のかたに家を押さえるんだよ、売却できるわけがない。無職の旦那を抱えて、五十代で2800万。ありえない。ほっとけばいい。お義父さんの年金をあてにしていたんだね。借金をそれで返そうとしたんだろう。あれは、お義父さんのお金だ。あの二人のものじゃない」
12月26日。久留米に帰る日。今日は休むつもりだったが、どうしても人手が足りない、と言われて職場に半日出勤した。飛行機は夕方出る。最近は福岡便は朝と夜の二便あるので、今回は夜にした。
仕事から帰ってきて、母を連れて空港へ。車は有料駐車場へ。何度使っただろう、ココ。慣れたものだ。空港、高速バス、そして西鉄久留米駅。駅のほぼ構内といえるホテルへ。
ホテルについて、部屋に入った。買ってきた弁当を食べ、お風呂に入った。母は横になった。気分は悪かったけど、えずいたりはしなかった。日にちが妹にばれていないからだ。いよいよ、母の新居が決まる。
母は寝ている。イビキがない。ウソでしょ。たまにかくけど、寝息程度。
「母さん、イビキしてないよ」
大声で叫んだわけでもないのに、母は飛び起きた。
「お父さんに、お前が寝ているときは恐ろしい。イビキがとまるって言われていたのよ。呼吸してないって」
「それ、睡眠時無呼吸症候群じゃないの、やばいヤツだ」
「ああ、それそれ」
「健康になってるじゃない、よかった。こっちもうるさくないし」
「ほんと、よかった」
ストレスはイヤだけど、痩せて健康になった。よかった。
朝、銀行に行って振込手続きをした。県営住宅の支払いは、福岡の地方銀行しかできない。地元の銀行を守っているのだろう。当日入金する旨は伝えていた。何とか終えて住宅公社へ。簡単な説明を聞いて、鍵をもらった。団地に行って、床の拭き掃除。畳の表面は真っ黒。生活用品が届いて、送った電気のかさが届いた。ガスと電力会社に電話。電気はすぐについた。ガスは夕方来てくれるらしい。高牟礼市民センターに行った。職員が母の顔を覚えていた。
「大丈夫ですか、大変ですね」
声をかけられた。
住所変更の手続き。紙に書いて渡した。
あき子がラインで、今年中にやれっていっていた住所変更だ。
「妹が夫にDVを受けているんです。母も一緒に怒鳴られています。今は別れて暮らすことができていますが、居場所を知られたら、どんなことをされるかわからない。住所を知られたくないんです。妹に。住所がばれないようにしてほしいんですけど」
わたしは言った。すると、一人の職員があわてて母に近寄ってきた。
「DV?住所を知らせないことをするのは、難しいんです。本人じゃなくても委任状を出せば、簡単に住民票を手に入れることはできます。住所を変更しないで、このままにしてはどうですか」
「県営団地に住めるようになりました。でも、住所変更をして送らないと、入居取り消しになるんです」
わたしが住宅公社の返信用封筒を見せた。
「それは、説明したらわかってもらえるんじゃありませんか」
「住所を変更したい。あき子と同じ住所なんてイヤだ」
母が言う。
「困りましたね。住所を知られないようにするのは、かなりハードルが高いんですよ」
「住所がばれてもいいよ」
母は住所を団地に早くかえたいと言う。
「ちょっと待ってください」
女性の職員がどこかに電話していた。
「後期高齢者の相談窓口に予約が取れました。明日行ってください」
「わかりました」
わたしは答えたが、母は納得していなかった。行きたくないと言っていたが無視した。
父と母の住所はかえた。
そのまま、電気屋に行って冷蔵庫と洗濯機、炊飯器や電子レンジ、トースターなどを物色した。取り付けは最短明後日。帰りの飛行機の次の日だ。
電気屋のカウンターで、取り付けの日程をめぐって母と意見が分かれていた。帰った後に取り付けはできない。
「わたしは徳島には帰らないよ」
母が言う。
「あの家で過ごすのは無理だよ。暖房器具もないし、なにもそろっていない。あんなところで次の日死体になって発見されたとか、困るよ。荷物だって足りない」
万全だと思っても、買い忘れたものはまあまあ、あった。こたつとホットカーペットはある。簡易的な電気ストーブも家から送っていた。でも、今は12月。コンクリートの住宅で寒い場所で、どうやって過ごすというのだ。
「わたしは久留米に残る。冷蔵庫と洗濯機は最短で設置してもらうよ」
母が言った。
「凍えてしまったらどうするの」
「お父さんのそばにいたいんだよ」
「正月は一緒に過ごすって言ったよね。もう少し温かくなってから来てもいいんじゃない」
「帰らないよ」
母の意見はゼッタイだ。わたしの意見を受け入れたことはない。
設置は最短日になった。持ってかえれる炊飯器などは持ってかえった。
団地に帰った。ガスもついた。カラーボックスと、ハンガーラックを組み立てた。母を家に残してニトリに行き、足りない物を買いまくった。最低限のプライバシーを守るカーテン、布団と毛布も買った。
母は妹と同居するって言ったばかりに、家を追い出された。父に会うために飛行機に何度も乗った。生活に必要なものをそろえ、大型家電を買った。団地に入居するためのお金を使った。タダだった家賃。これからは払い続けなければならない。引っ越し代もまだある。古い家に住み続けていれば払わなくてもよかったお金だ。
妹は自分のことばかり。恨みや文句を言い続けている。家を建ててくれと頼んだことはない。いっしょに暮らす必要はないって言ったら、一緒に暮らしたいと言ったのはあき子だ。離婚されるからいっしょに住めないと言ったのもあき子。被害者はだれだ。あき子なのか。
次の日。市役所の本局に行った。相田市役所とは比べ物にならないくらい建物がデカかった。のぼりに人権のまち久留米市って書いてあった。
JR久留米駅の近く。石だらけの駐車場に車を停めて、中に入った。玄関に体温を測る装置があって、大きいモニターに自分と母が映し出された。頭の上に緑色が書かれた体温が浮かんでいる。
エレベーターに乗って八階に行った。後期高齢者のエリアに入ったら、中のテーブルのあるエリアに通された。
そこには年配の職員と若い職員がいた。話をした。家を追い出されたこと。父の保険証や印鑑証明、荷物を返してくれないこと。妹がDVを受けているかもしれないこと。母も怒鳴られていたこと。父親の入院している病院名、そしてそこで働いている看護婦の妹の名前。病院の情報を妹が握りつぶしていること。
「この間は高牟礼市民センターの職員さんにDVって言いましたが、実際母がされた証拠はありません。可能性があるってことです。母から聞いたことを説明しただけで、わたしは見ていません。だから、住所を隠してほしいっていうのは、あきらめます」
昨日の夜、夫に市民センターにDVのことを伝えたと言ったら、証拠がないのに断定するなとお説教を食らったのだ。
「荷物や家の権利はうちではどうもできませんが、書類の再発行はできますよ」
頭がヤマアラシみたいな白髪の職員はそう言った。
「保険証の再発行と、ワクチン接種の証明書。マイナンバーの受け取り、あと弁護士無料相談の窓口に案内して。青木さん」
「はい」
となりで話を聞いていた職員が立ち上がった。20代前半くらいのきれいな女性だ。
「全部いっしょに手続きしてあげて」
「はい」
職員がわたしと母を連れてエレベーターに乗った。各受付に誘導して、そこの職員に説明。番号札を受け取って手渡ししてくれて、記入の紙を渡し、書くように促した。順番がきて手続きが済んで、次の場所にそつなく移動する。
手に入らなかったマイナンバーも、納税証明書と健康保険があれば手に入れることができた。すべての手に入れられる書類は受け取った。今度は弁護士無料相談所のコーナー。確認したが直近での空きはなかった。
相談に乗れるのは年に一回だけ。相談内容は、相続と借金のみ。該当してないと思ったが何も言わなかった。
「大丈夫です」
青木さんにお礼を言った。母は書類が手に入ったと喜んでいた。
母を父の病院まで送って行った。帰りはバスで帰ると言っていた。私はレンタカーを返して、高速バスで空港に向かった。空港に着いたとき母から電話があった。父と面会できた、と喜んでいた。ビニールの服を着せられ重装備だったが、それでも父はわかってくれたと。
テレビで見る、医療従事者がきているビニールのガウンだ。新曽我病院はマスクのみなのに。病院によって対応はまちまちなのだ。
「よかったね」と言った。ほっとした。飛行機に乗って帰った。
家に帰った。ラインがきていた。出発した日に届いていた文章だ。
『まだ日にちは決めていないけど、荷物はどうするか具体的なことを教えてもらっていいですか』
返事したら、どうせキレるんでしょ。心の中でそう思った。
次の日。またラインがきていた。
『面会は一週間に一度と許可が出ています』
『住所変更はできましたか』
やっぱり、面会させるつもりはなかったんだと思った。面会した後に、面会が可能だと伝える。転院した次の日に、自分の病院に転院したと伝えたのと同じ。これって何? 意味あるのか。来年末に結果が出るっていったときは、来月末の間違いだろって思ったけど、検査自体がウソか、とっくに検査結果は出ていたのだろう。そもそもウソだらけな人間。一年も検査にかかることを信じるだろうと? そうとうなバカだと思われているってこと? 子供でも信じないよ、そんなこと。
絶妙なタイミングのライン。市役所に相談したのがばれたとか。わたしは妹の名前も出したし病院名も言った。市役所にも年金事務所にも包括支援センターにも相談した。今起こっていることを。バレたらこんな文章では終わらないか。
まあ、妹は自分の旦那のユウジさんにDVされている側だから、きっと許されるだろう。しらんけど。




