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洗脳されているのか? 

 相談所から帰ってきた。母にどうだったか聞かれたが答えられなかった。

 母はわたしになんでもさせようとしている。それはとっくに気づいていた。それをやめなさい、と言われたなんて。

「弁護士にはつながらなかった。あのさあ、お父さんが前、あき子の借金の時に頼んだ弁護士事務所わからない? 隠していた借金が出てきたり、約束を守らなくて裁判沙汰になりそうだったときに、弁護士に怒られたって言ってたでしょ。その人に荷物の立ち合いしてもらえないかな。お説教してもらおうよ。お父さんをこんな目に合わせるなんて、担当だった弁護士だってびっくりすると思うよ」

「そうね。でも、お母さんわからないよ。お父さんが全部やってくれたから」

「お母さん、なんでもお父さんにやらせてるんだね」

「お母さんはわからないから。仕方がないのよ」

 母が当然のように言う。

「そうなんだ」 

 納得できないけど、スルーした。

「康雄も借金して、お父さんが弁護士に頼んでくれたの。康雄の場合は、借りたところが全部違法なところだったから、お金返さずに済んだけど」

 まじか。あき子と康雄。こっちの方が親子じゃないの。

 お父さんは、あき子のことも康雄おじさんのことも救うために必死だった。まるで、今のわたしみたい。お母さんがそのことをわかっているかは疑問だけど。

「康雄が知っているかもしれないね、聞いてみようか」

「認知症なのに、事務所の名前覚えているのかな」

「覚えているわよ。和之さんには世話になったんだもの」

 手帳を開いた。前仏壇をもらってもいいか交渉したときの電話番号。載っていた。電話してみる。今回はすぐつながった。

「どうしたの、フジねえさん」

「あなた、前借金してたわよね。和之さんが弁護士事務所に連れて行ったことあったでしょ。どこだったか覚えてる?」

「ねえさん、僕は借金したことなんてないよ」

「アンタは借金してたわよ」

「僕は、今まで一度も借金したことなんかないよ」

「何言ってるんだい、バカだよアンタは。こんなに迷惑かけて借金して」

「お母さん」

 わたしは大声を出した。母の言葉は止まった。

「ごめんね、勘違いだった」

 わたしは母の肩を叩いて耳元でささやいた。

「ごめんね、勘違いだった。電話を切るよ」

 母は言った。電話を切る。

「お母さん、今のは言っちゃいけない言葉だよ。叔父さんは認知症だよ。混乱するからやめて」

 母は黙っていた。怒っている。しらんし。

 しばらくの沈黙の後、言わなきゃいけないことを思い出した。。

「あのさあ、さっき言ってきた相談所は弁護士事務所じゃなかったけど、妹はDVを受けている。そして、洗脳されているみたいなんだよ」

 母は黙っている。

「お母さん、わたしはあき子が嫌いだけど、あき子が自殺するのは困るんだよね。気分が悪くなる。わたしのせいで自殺したかもって思ってしまう。嫌がらせされているから、死んでしまえとは思わない。それとこれとは違うって言うか。あき子、あの旦那からDV受けてるらしいよ。みんな、大丈夫って言うけど、心配なんだよ」

「DV? 」

「暴力とか、怒鳴られて支配されているのをDVって言うの」

「そうなの」

「芳川病院から仕事の引継ぎか何かであき子あてに電話がかかってきたとき、旦那が怒ってすごく怒鳴ったって言ったでしょ。休みの日に電話をかけてくるなって。それから、職場から電話かかってこなくなったって」

「言ったよ」

「あれ、DVだよ。わたしもずっと前にラインしたとき、親の死に目以外は連絡するなって旦那が怒っているって、あき子に怒鳴られたことがあった。あれって、孤立させようと思っているんじゃないかな。人とのつながりを断っていく作戦っていうか。あき子はそれがおかしいことだと思ってないんじゃない。面倒くさいから、言うことを聞いてるだけかもしれないけど。でもそれなら、あんなに怒らなかったと思う。すべてにおいて、旦那が言うことは正しいと思っているのかもしれない。もしそうなら、がっつり支配されてるよ、あの男に」

「それと自殺とどう関係あるの」

「あの男に支配されて、自分のやりたいこともできなくて。人生に嫌気がさす、とか。わからないけど」

「バカだね。死ぬってことは相当なことなんだよ。あき子は二回目の借金が発覚したときに、死に場所を求めてさまよったことがあったんだよ。樹海なのか、断崖絶壁なのかはわからないけど。結局死にきれないで家に帰ってきた。汚くてボロボロで、身なりもひどくて。恥ずかしいなんて思わなかったんだろうね、それどころじゃなかったんだ。あき子は自殺できなかった。自分で死ぬってことはね、すごいことなんだよ、簡単なことじゃない」

「え、そんなことあったの」

「自殺するするなんて言うから、いらないことを言ったよ。このことは忘れて」

 お母さんはおしゃべりだから、ほかの誰かにも言ってると思うけど。


 包括支援センターから、康雄おじの住んでいた県営の撤去費用についてわたしの携帯に連絡があった。引っ越し費用は概算で五万円。その他にも、退出にもろもろお金がかかるとのこと。今はっきりしているのは、荷物の処分料を含んだ引っ越し費用だけ。

「そんな金額で大丈夫なんですか」

「はい。安くできました。お支払いお願いします」

 担当の吉田さんが言う。

「分かりました。よかったです。由紀子おばさんに連絡します」

 お母さんに説明した。

「わたしもお金払うよ。まぜて」

「そうね、お願いね」

 母は言った。

 由紀子おばさんにすぐに電話した。

「なんで、払わなきゃいけないの」

 想定していない言葉だった。

「美帆。こういうお金はね、一度払うと何度も請求がきて、ずっとお金を払い続けなければならないようになるの」

 そうか。そうかも。

「康雄は年金をもらっているのよ。なんで、年金で払わないの。おかしいじゃない」

 確かに。

「それに、なんで美帆の所に電話が来るのよ」

「包括センターのおじさん担当の吉田さんから、わたしが成年後見人になれって言われてる。そういうものですって」

「なんで、美帆がやらなきゃいけないのよ。甥っ子や姪っ子はアナタだけじゃないのよ」

「そうだけど」

 そばにいるあき子がしないのなら、わたしだと思われているのだろう。文句を言わない、頼めそうなところにやらせる。世の中ってそういうものだ。そして、それを母も望んでいる。

「美帆、成年後見人は親族がするって決められているわけじゃないのよ。他人がしてもいいの。弁護士がしたりするのよ。なんで、今まで関係なかったあなたがしなければならないの、おかしいじゃない。やる必要なんてないから」

 涙が出てきた。ありがとう。由紀子おばちゃん、大好き。

「康雄の窓口はわたしがなるわ。あなたは、これからどんな問い合わせも受けないで。これはね、わたしの願いでもあるのよ。あなたは、十分大変な目にあっているのに。こんなことまでさせたら、わたしが辛くなる。わたしのためにも、絶対にやらないで」

 はい、由紀子おばちゃん。一生ついていきます。ありがとう。


 13日。県の住宅公社から連絡が来た。県営の入居申請許可が下りたらしい。今、部屋の修復作業を行っているとのこと。畳の張替えや、壁のペンキ塗り。早くて12月15日に入居できる。一か月かかるところを二週間くらいで入居とは。本当にありがたい。母は大喜びだ。

「お母さん、よかったね。まわりに恵まれているね。感謝しなきゃいけないね」

「本当にそうだね」

 母は言った。

 母は妹と同居してから、汚い心のない言葉を使うようになっていた。たった一週間一緒にいただけなのに。人任せな性格は仕方ないにしても、悪意のある言動や汚れた言葉はだめだ。つとめて良い言葉を使うように心がけていた。花の美しさを愛でる言葉や、おいしいごはん、楽しいことをたくさん、素敵な言葉を使って話した。妹のことはなるべく話さなかった。

 感謝の言葉はたくさん使った。市役所職員、年金事務所のあのおじさん、住宅公社。すべての人の力がなければ、久留米に住めなかった。運がいい。良すぎるくらいだ。

 わたしの働いている店のシフトは21日からだ。20日までは出勤日が決まっている。それ以降で久留米に行くことにした。シフトの申し込みは終わっていたが、職場に急の休みをお願いした。実家で妹にやられていることはすでに伝えていた。母にお願いして、わたしの仕事の都合で日程を決めた。26日~28日。航空券を取った。団地の入居は27日月曜日にしてもらった。鍵をもらう日だ。

 ニトリに行って買い物をした。布団、物干しざお、鍋、包丁。こたつにホットカーペット。生活に最低限必要だと思われるもの。家にある皿や枕、アイロン、電気のかさなどは日にち指定で送った。

 家電は家のそばで買いたいって言うから久留米で手配することにした。

 久留米には相変わらず帰りたくなかった。でも、日にちを知られていないから、前よりは気分が楽だ。それでも、日にちが近づくにつれ、体調が悪くなった。体重は母が家に来たくらいの頃と比べると、7キロ痩せていた。

「ストレスって痩せるんだ」

 夫に言った。

「食べていないだけだよ。食事量減ったんじゃない。最近、仕事が終わってからのおかし、食べてないじゃないか、食べればいいよ」

 そうだ。夜のお菓子食べてない。

「お菓子食べたいと思わなくなった。スーパーに行っても、買わなくなったし。でも、食事はしっかりとってるよ」

 夕食が減った認識はない。

「お母さんも体重減ったんだよ、9キロも」

 相当のストレスを感じてるんだろう。

「食事がいいんじゃない。バランスのいい食事、毎日の散歩。健康でいいじゃない」

 うちではわたしが夕食を作って、仕事に行く。魚に味噌汁、野菜に肉。キノコに納豆。母はわが家に来て朝、嫌いだったヨーグルトを食べるようになっていた。酸っぱくない、母の好きな味を探し出したのだ。

「ストレスが原因だといいたくないわけ? 」

「健康的になったんだよ。これから、歳を取り続けるわけだから、今の方がいいに決まっているんじゃない」

「そうだけど」

 なんか、納得いかない。

「歩くのも早くなったし、疲れにくくなった。捨てようと思っていたスカートだって、はいるようになったんだよね、喜んでいたじゃない」

 母はそうだ。わたしは職場で使っているスキニーパンツがゆるくなって、買いなおした。二回。お腹周りと太ももが細くなった。

「よかったね」

 夫が言う。

「そうだね、あき子には感謝しないとね」

 自分が幸せだったのを気づかせてくれたのは、あき子だ。わたしは夫に怒鳴られない。日々自由に過ごしていて、夫は仕事もしている。それは普通じゃなかった。ありがとう。お礼を言うよ。

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