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第三話 邂逅

 彼らが門番と少し話をした後、村の外壁の中に入っていくのを見送り、そこで俺も、疲れを感じていることに気づく。……加護を使った反動かもしれない。

 俺もそろそろ村に戻ろう。さっきの貴族の人が言っていたことも気になるし、用心するに越したことはないだろう。


「村の入口には見張りのおっちゃんがいるから、見つからないように、またこっそり入るしかないな。親に心配は掛けたくないし……」


 結局、出て来た時と同じように、外壁をよじ登って村に入ることにした。皆久々の旅人の来訪に気が行っているだろうから、こっちまで注意している人はいないだろう。

 とか、思っていた時。



「――――――――!――――!?」



 微かに聞こえたのは女の子の悲鳴、それも聞き覚えのある声だった。

 その声は、たしかに俺の幼馴染の女の子の声。


「っ! 嘘だろ。どうしてあの子が……!」


 外壁に囲まれた村の入口には門番が居るし、俺は加護のお陰で抜け出せたけど……そもそも、普通子供は村の外に出られない。


 そして今村から誰も飛び出してこないってことは、村には多分聞こえていない。

 今から人を呼びに行って事情を話して、一緒に戻ってくるか?

 いや駄目だ、それじゃ間に合わない。さっきのはかなり切羽詰まった声だった。


 脳裏に、彼女の顔が浮かんだ。


「…………行くか」


 俺は、木の枝をきゅっと握りしめた。



---



 風が強まって来ていた。

 どんよりと曇った低い空の下、ざわざわと不吉に蠢く森を駆ける。

 生い茂った木で視界は遮られ、木の根や落ちた枝で足場も悪い。

 疲弊した体で探し周り、そろそろ引き返さないと俺まで遭難する可能性を考え始めた頃、遂に見つけた。


「……はっ……はっ……ッ! おい!」


 森の中、少し開けた場所に人が倒れているのが見えた。

 慌てて駆け寄って声を掛ける。


「大丈夫か!?」


 俺と同じくらいの年頃女の子、長い蒼髪が地面に散らばっていた。その姿はやはり村で見知ったものだった。


「アリアッ! しっかりしろ!!」


 倒れた少女、隣の家に住む俺の幼馴染であるアリアの名前を呼ぶ。

 うつ伏せに倒れた彼女の近くには、木編みの籠が転がっていて、中には薬草のようなものが見える。もしかして、薬草を取るために村の外に出て来たのだろうか。


 いや。

 そんなことはどうでもいい。

 目を逸らすな、と俺の中の冷静な部分が言った。


「…………」


 俺はすう、と息を吸い。無意識に視界に入れないようにしていたそれを認識する。



 ぐったりと動かない彼女の背中は、血に濡れていた。



「…………あ、」


 赤。


「ああッ…………!!」


 赤。

 土に汚れた衣服は裂け、その下からどくどくと血が溢れ出ていた。

 今さら、辺りに血の匂いが充満していることに気がつく。


「やばい、やばいやばいやばいッ……!」


 ぽつぽつと降り出した雨粒が彼女の頬を叩くが、目を開ける様子はない。

 必死に、前世の知識を頭の中で手繰り寄せる。


「そうだっ、止血……!」

 

 どれくらいの出血量で致命的なのか正確には覚えていないが、このままの調子で彼女の傷口から血が流れ出ていくと、多分ヤバい気がした。


 止血にはたしか清潔な布が必要だ。清潔と言えるかは分からないが、俺は慌てて着ていた上着を脱ぐと、彼女の背中の傷にあてがった。そしてきつく縛る。

 すぐに麻の上着が彼女の血で真っ赤に染まっていく。


「…………う、」


 半分パニックになりつつある俺がそれだけ処置していると、彼女はその目を薄く開いた。


「……ヴァン?」


 ! 意識が戻ったか。

 ぼんやりとした彼女は、不思議そうな声音で、今世での俺の名前を呼んだ。

 俺と顔見知りで、村の同世代の中では比較的仲の良かった彼女は、やがて我に返ったように、目を見開いた。


「に、にげて……! はやく! あいつが、あいつがくる……!」


 痛むはずの己の傷にも構わず、必死な表情で俺に何かを伝えようとするアリア。その金の瞳はひどく揺れていて、何かに怯えているようだった。


 ……異常だ。

 普段は年の割にしっかりとした彼女が、これほど怯えている様子を見るのは初めてだった。

 そもそも、とそこでようやく俺は思い当たる。

 何故、彼女はこんな怪我をした。


「…………」


 そっと彼女の背中の傷口を見遣る。

 ……普通、事故でこんな風になるだろうか?

 それはまるで衣服の上から何か鋭利なもので斬られたようで。


「……? あいつ?」


「……っ!!」


 ところで、少し前から背中側からからずん、ずんと大地の揺れが伝わってきていたが、目の前の彼女に必死になっていた俺は、それを頭から無意識に排除していた。

 だから、ついに彼女が息を呑んで表情を凍らせるまで、彼女が何を言っているのか理解出来なかった。


 そして理解した時には手遅れだった。

 気づけば地面の揺れは止まっていた。

 本能が振り返るなと囁いていた。

 しかしそれは振り返らなければ解決する類の問題ではないと体の震えが告げていた、

 俺は、ゆっくりと首を回し、背を向けていた方向を、見た。


「うあだぞあがえらこえづかがい」


 ――――向かいの丘に、化け物がいた。


 さわさわと。

 静かに、雨が降り始めていた。

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