薬草
「おー、兄さん、おはよ。今日も早いね」
「ったく、いつも遊んでばかり居られるお前は楽でいいよな」
今日も畑に出かける兄を寝ぼけ眼を擦りつつ見送る。
「かあさーん、朝ごはんは?」
それから居間の方に戻りつつ、母親に声を掛ける。
「……だから、薬草が足りなくて大変らしいぞ」
「そうなのね。お隣のアイシャちゃんは元からだけど、向こうのグレイルさんのとこも一家でなったっていうし、最近流行っているものね。何かの祟りかしら」
両親は何やら深刻そうな顔をして話をしていた。
入ってきた俺に気づき、
「どうかしたの?」
「ああ、おはようヴァン。今ご飯準備するわね。えっとね……」
「どうせ、ガキに言ったって分かるまいよ。おい、俺の分の飯をくれ」
「は、はい」
父親はどっかりと椅子に腰かけ、母親が朝食を出すのを待っている。
母親が俺の分のご飯を出してくれたのは、父親が食事を終え畑に行った後のことだった。
「ごめんねぇ」
「ううん。それで、さっきのはどうしたの?」
母親のせいではないだろう。男性優位の風潮が形成されているのはこの村全体のことだし。
それより気になるのは、話していた内容だ。
母親の言うところによると、今村では病が流行していて、その治療のための薬草が不足しているんだとか。
まぁ、衛生管理の怪しいこの村では、さもありなんと言ったところだ。
うちと、あとは仲の良い隣の家に関しては俺が全力でもって怒り泣きわめき甘え、頼み込みことである程度の衛生観念は定着させたが。
「薬草は、どこで手に入るの?」
「だいたいは、商人さんかしらねぇ。ほら、この前も隣町から来てくださった人がいたじゃない。あとは、年に一度、自警団の人たちが皆で森に入って取りに行くのよ」
自警団や商人から買った薬草は、自治会で管理し、必要な場合に分け与えるようになっているらしい。だが、今はその村の在庫が足りないそうだ。
「ふぅん。…………薬草って、どんなのなの?」
「えーっと、ねぇ。前に一度見たのだと、たしか……」
---
朝飯を終えた後、今日も俺は森に来ていた。
魔物を殺して歩く。あれからもしばらくは警戒していたが、うとうとしている時に草むらから突然飛び出して来た魔物の首を反射でさっくりと切り落とすことに成功してからは、それほど緊張感もなくサクサクと魔物を切り殺して回っている。
魔物は人間を見ると見境なく襲ってくる。村でも自警団が見回りを行っているが、加護を持たない人だと最初に倒した兎の魔物相手でもそれなりに苦労するらしい。
だからまぁ、俺に出来るだけは殺しておこうと思う。無理のない範囲で。
熊のような魔物。最も、その体躯は俺の知る熊の二倍以上はある。発達した爪や牙。
恐らくこの周辺の魔物の主。
何とかなったな、と思いながら木の枝を放り出す。木の枝はあれだけの戦闘の後でも折れていなかった。特別に丈夫な木という訳でもないだろうに、これはどういうことか……いや、考えるまでもないか。これも剣神の加護の力ということだろう。
そして、熊の魔物の倒れた奥。大きな木の洞を見つける。
「……って、お。これかな」
朝、母に聞いた特徴に一致した薬草を見つける。
森の奥には滅多に出られないから、こういうのは貴重らしい。
適当に回収しておく。
根こそぎ持っていくと、たしか育たなくなると前世の知識で聞いた気がするから、半分程度残しておくことにした。
---
「ええっ!? これ、どうしたのヴァン!?」
家に持って帰って、母親に渡した。
「なんか、その辺に生えてた」
「その辺に!?」
当然森に入ったことがバレると怒られるので、適当に誤魔化しておく。
「そっかー。意外とその辺に生えてるものなのね」
……この騙されやすさは少し心配になるが。
「おう、帰ったぞ」
父親の声がして、母親がパタパタと慌てて玄関へと向かう。
「おかえりなさいあなた! ねぇ、ヴァンが薬草を見つけて来たの!」
「何?」
訝し気な顔をしていた父親は、母親が手にした薬草を見て血相を変えた。
「バカなっ! だが、デカした!」
母の手からそれを奪い取り、そのものだと確認した父親はバシバシと俺の背中を叩く。
「これを上手く使えば、村での地位をかなり上げられるな……」
ぶつぶつと何かを言っているが、これで人助けになったのであれば、俺はそれでいい。