Teardrops Ire Covetousness Kindness TICK!3
飼っていたサキュバスのお産に間に合った。従業員のゴブディランと世話を交代する。
特にステータスの高い子で、こういった、種族の平均的なステータスよりも高い能力を持つモンスターを我が領土では高個体値個体、と呼んでいる。
サキュバスは番になる相手の種族も雄雌も関係なく次代が生み出せる性質をもつので、特に高個体値個体は重宝されていた。
過酷な氷雪に包まれ、鉄と石炭しか採れぬ我が領土は外の人々にシュバルツヴァイスと呼ばれている。もしくはブラックホワイト。白と黒しかないこの地で新たな産業になればと思い、この地下モンスター牧場をつくったのだ。もうずいぶん昔の、はるかな未来の話であるが。
今では蓄積が増え、強力なモンスターを全国に出荷出来るようになった。ブラックホワイトのアングラモンスター、略してあぐもん、と呼ばれブランド価値を持つようにもなった。
それもこれも全ては我が神のお陰。
それもこれも全ては我が神の御為。
ああ神よ。醜く汚泥に塗れし、穢らわしい我らが神よ。あなたこそ我にふさわしい。
最初の出会いは屋敷が燃え落ちた時だった。
対外的に用意した地上の建物など、いくら壊れても構わない。油断させて坑道で迎え撃つ算段だった。そこに現れた旅の偉丈夫。最初の我が神は野老の侍で、赤銅の肌に逞しい角を滾らせ、他領の兵士を峰打ちにして沈めていった。結果、死者をほとんど出さなかったこの侍に、敵味方共に心服することになる。
私などは、この小さな土地の領主となるために多くの穢れを被ったと言うのに。全てを吹き飛ばしてしまう颯爽とした人だった。
我が神が真実神であると知ったのは2度目3度目の頃だったが、私の心酔具合ときたら、この頃から私の中ではあの人は既に神として鎮座していたのだろう。今になって思えば。
この時の我が神は送り狼、猿鬼、姑獲鳥という3匹のモンスターを従えての1人旅。各地を巡り、争いの仲裁を半ば強引に行っているらしい。
「今は身内で争ってる場合じゃねぇんだ。団結して当たらねぇと故国そのものがなくなっちまう」
大いなる目的の為に1人動いていた。これほどの漢でも個人の武には限界があると痛感している、というのは何とも悲しいことである。
「ご領主さま。大丈夫ですかい?おうちまでオイラがお送りしますよ。なぁにあやしいものじゃありません。大丈夫大丈夫なにもしねぇってマジで」
送り狼がすごく送り狼だったので我が神と2人でこいつをしばきつつ彼らを真の領土で歓待した。思えばモンスターに興味を抱いたのはこの時だったか。
そして5年後、我が神は自らを鎮撫将軍と名乗り、全国各地で募った領主、戦士、商人市民の群れをまとめ上げ、諸外国との戦争を突き進んだ。
結果は無惨なもので、すでに王が機能していなかったことが致命的で加護もほとんど失い、我々は地と血に塗れ王都で最後の抵抗をしていた。
「逃げ帰れ。お前のとこならひっそり暮らしてれば外の連中も気付かんだろ」
「でしたらあなたも!我が国に!」
「俺は大丈夫。死なねぇからな」
何とも涼やかに笑うものだから何も言えなくなってしまった。今でもあの笑顔を覚えている。
この時は、その言葉が真実そのままであるとは思いもしなかったが。
辛くも領地に逃げ帰り、共に連れてきた送り狼、猿鬼、姑獲鳥を利用して初心者の街のモンスター牧場の真似事を始めた。
伝え聞く狗尾草の新たな神の様に、我らも神と王を戴いて祈れば、再び故国が戻るのではないか、という淡い期待を込めて、初心者の街を我が領土に再現しようと思ったのだ。
老いさらばえた頃に、我が領土も血に塗れることになったが。
血と肉が地下を耕し、穢らわしい汚泥となって底に溜まり、ひとり自害して果てようかと皺枯れた手と喉を晒したときに、それが来た。
「素質あるナお前!悪魔に興味ないかなだゼ☆」
そして私は時間と空間を超越し、己の生の中で何度も試行錯誤と蓄積を繰り返し、土地も鉄もあぐもんも発展させてきた。今度こそ、我が神に勝利をもたらすために。そのために親族親友すら地獄に落として。悪魔として振る舞った。しょうがない。男に惚れるとはそういう事なのだ。
2度3度と行き来している間に我が神の特異性を知ることとなり、その度に、影に日向に支援してきた。今生は子をなして、どこかで活躍する我が神の元に彼女らを宛がう算段である。
全国展開したあぐもんセンターのネットワークを駆使すれば我が神の特定なぞ造作もない。凄く輝いてるカッコいい若者。と指定したらあ、この子だ。と皆一目で気付くからな。
いよいよサキュバスの子が産まれそうだ。湯を脇に抱え迎え撃つ。
今回はどこで生まれどこで死ぬのだろうか。そしてきっと本質は何も変わらないのだろうな。あの人は。
そして、血に塗れたあの人を、再びこの手でかき抱くことになり、私は信仰を更に深めることになるのだ。
ああああ我が神かわいいぃ早く罵って欲しいぃぃ泥んこプロレスまたヤりたいぃぃうひぃぃぃぃぃ
「男としてはホントにキモいよ」
今生の妻にしてかつての親友が廃石を見るような目で私を睨む。からっとした性格が野老の偉丈夫たった頃の我が神にちょっと似ていて、今生では無理して生存して貰ったのだ。事情も全て話した上で、若かりし頃のクーデターに、彼女も巻き込んだ。
犯した罪は時を遡ろうと清算されるものではないが、それでも1人だけでも生かすことが出来るようになった自分を褒めてあげたい。いや、我が神には罵って欲しいのだが。
…………早く大きくなんないかな。