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ハズレ聖女は花開く!  作者: 茶々
第一章 カラス色の聖女
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典礼聖歌1

「小鳥様、おかえりなさいませ」



 部屋まで戻ってくるとリサが笑顔で出迎えてくれた。

 テーブルにはティーポットとカップか用意されている。どうやら戻ってくる頃合いを見計らって、お茶を準備していてくれたらしい。そんな気遣いがなんとも嬉しい。


「ただいま戻りました…」


「司教様とのお話し合いは大丈夫でしたか?」


 どんよりと浮かない顔の小鳥に、リサは心配そうに眉を寄せながらティーカップへと温かなお茶を注ぐ。

 そのお茶の穏やかな香りに、ようやく少し小鳥の身体の力が抜けた。


「あまり良くなかったかも知れません。どうやら魔力も魔術の属性も何もないみたいで……。最悪、こちらで使用人として働く覚悟は決めました…」


「そうだったのですね。しかし、小鳥様はこちらに聖女様として呼ばれたのです。きっと何か特別な力をお持ちなのだと私は思いますよ。神々にお心が通じれば、内なる力の目覚めへと近づくかもしれません。よろしければ、午後は私と一緒にミサに参加してみませんか?」


「そうですね。午後やることもないですし、連れて行って欲しいです。ミサというと何か特別な作法があるのでしょうか?」


「いえ、特に特別な作法はありません。司祭様のお話を聞き、皆で祈り、神々へと典礼聖歌を捧げるだけです。昼食が終わりましたら典礼聖歌の本をお渡し致しますね」



 リサはそう言ってふわりと微笑むと、昼食の準備のために部屋を退出して行った。

 人目がなくなった途端、小鳥はくたりとだらしなくソファーの背もたれへ身体を預ける。ゆっくり目蓋を閉じ、先ほどのことを思い返す。


(まさか何の力もないとは思わなかった…。もしかして、誰かと間違えて召喚されたってことなのかな。本当にこのまま何もない状態だったらどうしよう。せめてこちらでも有用な元の世界の知識があればなぁ……)


 元の世界の知識は常識程度にはあるものの、何かを教えたり作ったりするほどのレベルの知識は、残念ながらないのだ。小鳥が出来る事といえば、極々普通な家庭料理と家電をフルに使った家事程度である。

 深いため息を吐きつつ、少しばかりぬるくなったお茶を一気に喉へと流し込んだ。




 昼食を済ませるとリサは一冊の本を取り出してきた。小ぶりな茶色いその本が典礼聖歌の歌集のようだ。


「こちらは小鳥様用ですので、どうぞお受け取りください」


 お礼を言いリサから歌集を受け取ると、パラパラとページをめくり中身を眺めてみる。中の紙は植物紙で出来ており、時折り描かれている繊細なイラストが美しい。

 そうして歌集を見ているうちに、一つの重大な問題が小鳥の目の前にあることに気付いてしまった。



「あの……、大変申し上げにくいのですが、私こちらの世界の文字が読めないみたいです……」



 異世界の文字の壁にぶち当たったのである。


 小鳥は油断していたのだ。こちらに呼ばれた時から聞こえてくる言葉は理解出来た。母国語である日本語と同じように聞こえたからだ。

 しかし、ここに来て言葉は分かるけれど文字の読み書きが出来ない、という事実にとうとう気がついてしまった。



「まあ!そのようなご不便に気がつかず申し訳ありません。よろしければ、ミサの時間までの間に少し文字の勉強をいたしませんか?本日歌う予定の典礼聖歌を元に少しでもお教えできればと思います」


「ありがとうございます!とても助かります!とりあえず今はそれで教えてください。その後は何か文字を覚えるための教材をいただければと……」


「もちろんです。夕食の前までに読み書きの教材をご用意致しますので、こちらの文字が習得できるように一緒に頑張りましょう」


 そう言うと棚から紙とペンとインクを取り出し、テキパキと手早くテーブルに並べてゆく。書き取りをしながら教えてくれるようだ。リサの明るい笑顔がなんとも心強い。


「本日のミサで歌われる予定の三曲がこちらです。とりあえず、この短めの一曲分の文字の練習からしていきましょう。紙に歌詞を書き終わりましたら僭越ながら私が歌いますので、歌詞と一緒に曲調も覚えてしまいましょう!」


 リサがゆっくりと読み上げる歌詞に耳を傾けつつ、歌集を見ながら歌詞の書き取りをしてゆく。

 見慣れない文字に最初は苦戦していたが、どうやらアルファベットに似ているようだぞ、と小鳥は気付く。文法は日本語のそれとほとんど変わらないようで、なんとか覚えられそうだ、と小鳥はほっと胸を撫で下ろした。



「こちらの曲は一通りお教えしましたので、一度歌いますね。あまり歌は得意ではないので恥ずかしいですが…」


  リサが頬をほんのりと赤らめてそう言うと、ゆっくりと聖歌を歌い出した。


 《我らに与えたもうた 神の恵み

 御手に溢るる その癒し――》


 リサは小鳥が書き写した歌詞を指でなぞりながら歌を歌う。歌手のような上手さではないが、リサの人柄が滲み出てくるようなあたたかな歌声が小鳥の心に染み渡る。


「……このような曲調の典礼聖歌です。では、小鳥様も歌ってみてください」


(歌は好きだしカラオケにもよく友達と行っていたけど、こうしてマンツーマンのアカペラで歌うのは結構勇気がいるかも)


 リサに教わった歌詞と曲を思い出しながら大きく息を吸い込むと、最初の音を定めて口を開いた。




「………驚きました。小鳥様はきっと音楽の加護を受けておられるのですね!こんなに素晴らしい歌声は初めて聞きました!」


 リサは目をキラキラと輝かせながら興奮した様子で、スカートをギュッと強く握りしめていた。握り締めた布がシワシワになるほどの強さで掴んでいる。


(こんなに褒めてもらえるなんて思わなかった。少し恥ずかしいけど嬉しいかも)


「ありがとうございます。きちんと歌えていたようで安心しました。元々歌うことは好きなので、こうして褒められるとなんだか嬉しいですね」


 小鳥はそう言うと照れを隠すように歌集へと視線を落とす。

 今歌った短めの聖歌は問題なく覚えられた。他にも覚えるべき聖歌はあるが、とりあえずは一安心だ。


「とても、とても素晴らしかったです!可憐な歌声はどこまでも透き通っていて、天上から舞い落ちる花弁のように清廉で……。あぁ………。せっかくの歌声です。文字の書き取りは後にして、他のニ曲を覚えましょう!!」



 興奮冷めやらぬ様子のリサは歌集から新たな曲のページを開くと、先ほどと同じように指でなぞりながら典礼聖歌を歌ってゆく。

 そうして、ミサの時間を知らせる鐘が鳴るまでリサの猛特訓は続いた。




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