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ハズレ聖女は花開く!  作者: 茶々
第一章 カラス色の聖女
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司祭との面会4

 “源の水鏡”と呼ばれたその銀色に光る水鉢の前に小鳥は立った。


 その名の通り、水面は鏡のように小鳥の姿を映すし出す。

 柔らかな毛質の真っ黒な髪は緩くうねり胸下までの長さ。瞳も同じように黒い。少しの色も混じらない墨の色。



(黒髪と黒い目じゃ地味だよね。せめてお母さんのように瞳の虹彩に緑色が混じっていたらなぁ…)


 そんなどうでも良い事を考えながら小鳥は水鉢へと手を伸ばす。穏やかな水面に指先が触れれば、静かだった水面は小さく波打ち小鳥の姿はたちまち映らなくなった。


「あれ…?」


 先の二人はその水面に触れた瞬間から、ふわりとマジカルな光に包まれていた。



 しかし、今はどうだろう。


 驚くほど何も起こらないではないか。



(いやいやいや!何かおかしくない?なんで私の時だけ光らないの!?でも、もうここまで来たらやるしかない……。ええい、ままよ!!)


 内心の焦りを周りに悟られないよう隠しぎゅっと目を固く閉じると、一気に水の中へと手のひらを沈めた。



 どのくらい時間が経っただろうか。


 静寂の中、小鳥がゆっくりと目を開けると、悲しくなるほど何の変化もない状態であった。

 いくら目の前の水鉢を覗いても、薄いヴェールを纏ったように暗い水面はゆらゆらと揺蕩(たゆた)うだけだ。小さな光の粒のひとつも出てこない。



(これはやらかしたのでは…?)



 そう思った瞬間、小鳥の顔からサーッと血の気が引いた。


 召喚されてその身の安全が保障されてるのは有用であるからだろう。であれば、もし無能な場合はどうなるのであろうか。

 果たして、役立たずの者をわざわざ大掛かりな仕掛けを使って何事もなく、日本へ送り返してくれるだろうか。


 小鳥が恐る恐る周りを見渡せば、怪訝そうな顔をした三人が水面をじっと見つめている。待てど暮らせど何も起こらないその暗い暗い水面を。



「あの……。私には何も映っていない水面しか見えないのですが、私の目がおかしいだけなのでしょうか…?」


 一抹の期待を胸に、小鳥はバレンド司祭にそっと尋ねてみる。どうか見間違いであって欲しい、という小鳥の切なる願いはすぐさま砕け散った。


「私にもそのように見受けられます。魔術の属性は感じられませんし、魔力もどうやら……ないようだ」


 眉間にいくものシワを寄せ腕を組むと、何か考えるようにじっと小鳥の手元を見る。軽く伏せられたその目には、困惑と小鳥には良く分からない何かの感情が混じっていた。

 バレンド司祭が小鳥の視線に気がつくと、ふっとその表情を緩めた。


「魔術の属性も魔力もない人を見るのは初めてです。まるで何かに隠されているのではないかと思うほど、何も感じられない。しかし、こちらに召喚されたということは何かしらの御力があるはずなのです。アンジェリカ様とレイア様と共に精進されればきっと、神々のお導きがあるでしょう」


 バレンド司祭のその言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。すぐにどうこうされるわけではないようだ。

 万が一、無能のままであれば神殿の者として何か働かせてもらおうと、小鳥は小さな決心を固めた。


 これ以上手を入れていても変化は起きないだろう。小鳥は仄暗い水面からするりと手を引き上げると、何事もなかったかのように徐々に水面の揺らめきが収まり、再び鏡のような水面に小鳥の姿を映し出す。

 少し血の気が引いた顔は元より色白の肌をより白くさせ、黒い髪とのコントラストをよりはっきりとさせていた。



「皆さま、お疲れ様でした。昼食はまたお部屋にご用意致しましょう。午後はゆっくりされても結構ですし、神殿内をご見学いただいても結構です。三時の鐘が鳴りましたら礼拝堂にて午後のミサがありますので、よろしければご参加ください」



 バレンド司祭はそう言うとベルを手に取り案内の人を呼び出そうとしたとした。

 その時――。



「司祭様っ!至急のご連絡でございます…!!」


 ノックもそこそこに慌てた様子の男性が入ってきた。相当急いでいたようで息が上がっている。


「そんなに慌てて何事ですか。聖女様方の御前ですよ」


「申し訳ございません。正門に王国騎士団が視察に来ているのです。バレンド司祭への面会を求めておいでです。正式な書状を持って改めて来るようお伝えしたのですが、神殿は何かやましいことでもあるのかと強硬な姿勢でして……」


「また騎士団ですか。このような時にまったく……。聖女様方、お騒がせして申し訳ございません。すぐに案内の者を呼びますので、どうぞお部屋でごゆっくりお休みください」




 行きと同じ案内の男性が来ると、その後を追うように小鳥は廊下へと足を踏み出す。一人でも歩けるようにならなくては、と部屋までの道を覚えながら歩く。


 外回廊から色とりどりの花々が咲き誇る庭を眺めていると、ふと奥に見える森に目が留まった。深い森の緑はどこまでも豊かで、荘厳な神殿を守っているかのようだ。


 わずかに揺れた茂みに目をやると一匹の狼がいた。それはこれまで見たこともないほどに美しかった。


 大きな躯体に深い森のような緑色の豊かな被毛を持ち、遠くからでも見て取れるその宝石のような瞳はどこまでも透き通るようなエメラルドグリーン。



(なんて綺麗な生き物なんだろう……)



 小鳥は森をその身に宿したかのような美しい生き物の姿に思わず歩みを止めた。その姿は思わず見惚れてしまうほどに美しく力強い。

 その不躾とも言える視線を感じ取ったのか、小鳥の方へと顔を向けた狼と目が合った。小鳥を見つめるエメラルドグリーンの瞳はどこまでも静かだ。



「聖女様?いかがなさいましたか?」


 案内の男性の声に小鳥ははっと我に返る。ふるりと首を振りながら何でもないと返事を返すと、風に吹かれて少し乱れた黒い髪を押さえながら、先ほどの森の方へと視線を戻す。


 そこには深い森が広がるだけで、あの美しい狼の姿はもうどこにも見当たらなかった。



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