司祭との面会3
艶やかなこげ茶色の髪がさらりと揺れる。羨ましいことに、美人は髪まで美しいらしい。
彼女は若草のような瑞々しい黄緑色の瞳でゆっくりと周りを見渡す。
「私はアンジェリカ・ナレンツォ、25歳。インレッドと言う国から来た。木と光の魔術属性の加護がある」
「ほう、インレッド国からでしたか。我が国フィルフューイメアとの交流はありませんが、海と砂漠を越えた先にある騎士の国でございますね」
「ああ。残念ながら私は女だから騎士にはなれなかったがね。剣術ばかり磨いていたから魔術についてはからっきしだよ」
(みんな異世界から呼ばれたものと思ってたらけど、そんなことはなかったのね。まさか、私だけ魔法使えないなんてことはないよね……?)
「では、次は私が」
次に口を開いたのは、薔薇のような鮮やかな赤い髪の少女だ。肩までの長さの髪はくるりとした巻き毛で、髪と同色の大きな瞳は可憐で可愛らしい顔立ちをしている。ふわりと立ち上がるその所作からは、彼女がそれなりの家の者であることが見て取れた。
「フィール伯爵家の次女、レイア・ディー・フィールと申します。今年で十六歳になりました。ガンガルド国からこちらに召喚されました。魔素適性は太陽を授かっております。お二人がおっしゃられている国名に心当たりがありませんので、私はきっと他の世界から来たのでしょう」
「おっしゃる通り、レイア様は異界より来られたのでしょう。どうやら魔術についての解釈も少し違っているようですね。突然異界に呼ばれご不安も大きいでしょう。事が済みましたら、我々が責任を持って元の世界へお返し致しますので、どうぞご安心ください」
(やばい。私だけ魔法も何もない世界から来たってことじゃない。でも、聖女として特別に召喚されたんだからきっと何か隠れた力があるはず……!あってくれないと困る!!)
二人の自己紹介を聞き、小鳥は心の中で焦り出す。どうやら二人とも魔法が使えるらしい。魔法も何も使う事が出来ないのは小鳥一人だけだ。
「では、最後の聖女様もお名前をお聞かせください」
バレンド司祭は優しく促すように小鳥に向かってにこりと微笑む。横に座る二人からも視線が飛んできた。
小鳥は覚悟を決めて立ち上がる。
「日本から来ました、花柳 小鳥です。つい先日二十歳になりました。私がいた所では魔法も何もなかったので、属性などはよく分かりません……」
最後の方は尻すぼみになってしまったが、なんとか無事に自己紹介を終えた。小鳥は椅子に腰を下ろし安堵の息を吐く。
「小鳥様も異界よりお越しですね。魔術属性についてはこれからお調べ致しますので、どうぞご安心ください。アンジェリカ様、レイア様も念のためご一緒に調べさせていただきます」
そう言うと、バレンド司祭は立ち上がり部屋の奥にある小さな祭壇へと向かう。その祭壇の中央に供えられている銀色に輝く水鉢を手に取る。直径40cmほどの大きさでその中身は空っぽだ。
銀の水鉢をテーブルに置きバレンド司祭が手を翳すと、何もない底からたちまち水が湧き出てきた。
「?!」
思っていたよりも早く異世界ファンタジーな力を目にし、小鳥は言葉を失った。初めて目にした魔法は美しく、それだけでもう満足してしまえるほどだった。
「こちらの“源の水鏡”で皆様の持つ魔術属性をお調べいたします。どうぞこちらに手を浸してください」
「私が最初でもよろしいかしら?このような物初めて見ましたわ!」
最初に名乗りをあげたのは赤毛の美少女レイアだ。大きな薔薇色の瞳を輝かせて水鉢を見つめている。
「ではレイア様からお手をこちらへ。片手だけで結構です。手が底に着くまで浸してください」
手首まであるベルのように広がった袖をたくし上げ、落ちないように左手で押さえる。あらわになったレイアの白く細い右手がそっと水面に触れた。
すると、キラキラとした光の粒が水鉢から溢れ出した。溢れた光の粒はレイアの周りへと集まってくる。
「レイア様、そのまま手のひらを底に着くまで沈めてください」
レイアは一つ頷くと静かに右手を水の中に沈めた。
すると、水鉢から溢れていた光の粒が燃えるような赤い色に変わった。水面には太陽のような強い光が映り、レイアの薔薇色の髪を輝かせている。
「これはこれは!レイア様は光と火の加護をお持ちでいらっしゃいます。特に光の加護がお強いようだ。とても素晴らしい、聖女様となるべくしてお生まれになったのでしょう」
「ふふ。このような形で自分の魔術を見るのは初めてですが、とても美しいものですのね。不満や不安は残りますが、聖女としてご協力いたしましょう」
レイアが水鉢から手を引き上げると同時に、しゅわりと光の粒が散ってゆく。ものの数秒で光は全て消え、先程と変わらない光景に戻ったのである。
「小鳥ちゃん、次は私でいいかな?」
突然横に座っている長い髪の美人、アンジェリカから名前を呼ばれ小鳥は息を飲む。
(アンジェリカさんから名前で呼ばれた!!こんな綺麗な目で見つめながら名前を呼ばれるのは心臓によくない……)
「も、もちろんです!アンジェリカさんからどうぞお使いください」
「ありがとう。では先に試させてもらおう」
小鳥に向かってふわりと微笑むと、迷いなく水鉢の底へとその手を沈めた。
すると、先程のレイアとは違う穏やかな煌めきが床に広がる。萌え出る若葉のように、緑色の光が部屋を埋め尽くす。
水面には夏の木漏れ日のような光がきらきらと瞬いている。
「アンジェリカ様には強い木の属性の加護があるようですね。光の守護もお強いようだ。それとご自身に自覚はないかもしれないが、風の加護もお持ちのようです」
「ほう、風の属性か。それは気がつかなかった。それを知れただけでもここに呼ばれた価値があったね」
「加護を自覚され訓練を積み、神々に祈ることで加護はより大きなものとなるでしょう。それでは最後に小鳥様の魔術属性をお調べいたします。こちらへどうぞ」
(私にはどんな力があるんだろう?聖女なんだから光の属性はきっとあるはず。もしかしたら私にも他の色んな属性があるかも…!!)
高鳴る鼓動を抑えつつ、小鳥はゆっくりと立ち上がった。