プロローグ
眩い光が視界を白く埋め尽くす。
ふわふわと身体に纒わりつくような霧にも似た光と、小さな星屑のようにキラキラ瞬く無数の光の粒。
あまりの美しさと神秘的なその光景に目が離せない。
まるで世界に祝福されているようだ、と感動を覚えるより早く冷たく硬い地面にぺちゃりと落ちた。
せいぜい30cmほどの高さからだろうか。その程度の高さであれ、薄いパジャマでお尻から落ちればそれなりに痛い。
「ああ……やっと、やっと成功したのか………!!」
「なんと喜ばしい!!聖女様がついにお越しくださった!!」
「まさに奇跡!一度に複数呼べるなど奇跡だ!!」
(え?なにこれ?)
つい先ほどまで自分の家にいたはずであるのに、今は全く見覚えのない場所の冷たい床に座り込んでいる。更に辺りを良く見渡せば、目の前に広がるその光景に言葉を失くした。
ステンドグラスから色とりどりの淡い光が降り注ぐなか、足元までのローブを羽織った人たちがずらりと並んでいる。薄暗い上にローブのフードを被っているため、彼らの表情を窺うことは出来ない。
石畳の床には魔法陣のような複雑な模様が光りながら広がっており、何だか漫画の世界で見たことある光景だな、とそんな事を思っていた。
「………ここはどこなのですか?私は自分の部屋にいたはずです」
聞こえてきた鈴を転がすような声の主は、同じように魔法陣の中にいる女の子だ。肩までの髪はくるくるとカールしておりなんとも愛らしい。彼女の薔薇のような赤い髪の毛と同じ色の瞳は、不安に揺れているようであった。
そして、赤い髪の彼女の隣にもう一人。
こげ茶色の腰までの長さの艶やかなストレートヘアと、若葉のような瑞々しい黄緑色の瞳を持つ背の高い美人。彼女は一言も発さず、周りを警戒するようにその若草色の瞳で睨んでいる。
まるで武人のような強いその視線に、ついギクリと体を竦ませてしまいそうになってしまった。
地面に座り込んでいるのは自分だけで、他の人は皆きちんと立っている。このまま座っているのも目立つだろう、と思い立ち上がる事を決めた。石畳の上だとお尻が冷えてしょうがないからというのは秘密だ。
すっくと立ち上がりお尻の汚れを払うと、改めて周りを見渡してみる。
ここは教会のような施設なのだろうか。少し高い位置にある祭壇らしき物には花や果物、煌びやかな器など様々な供物が供えられている。その祭壇の後ろにある美しいステンドグラスから降り注ぐ光の淡さから、今が夜である事が推測出来た。
ほんのりと香る乳香のような香りは、ローブの人が手に持っている香炉からだろう。その香炉からはゆらゆらとたゆたう煙と共に、ダイヤモンドダストのような光の粒が舞う。小さなその光は地面に着く前にシュルリと消えてゆき、なんとも幻想的な光景であった。
そんな非現実的な光景に、はてさてどうしたらよいか、と考えているうちに穏やかそうな中年の男性が一歩前へと進み出た。
「聖女様方。よくぞ我々の呼び掛けに応じてくださいました。疑問や不安がおありかと存じますが、どうぞ今は御身をお休めください。こちらにお越しいただいた際に魔力負荷がかかったはずですので」
(いやいやいや!呼び掛けに応えたつもりなんてないんですけど!)
そう思って他の二人を見れば、同じように思ったのか眉をひそめている。誰が好き好んでこんな急で訳も分からない呼び掛けに応じるものか、と心の中に小さな怒りがふつふつと湧いてくる。
しかし、今は反論するほどの力がない。座っていた時は気がつかなかったが、どうやら少々疲れているらしい。
(よく分からないけど、目の前の男性が言っていた魔力負荷とか言う物のせいなのかな……)
他の二人へと目をやれば、身体に不調が出ているのは私だけではないらしい事が見て取れた。
長髪の美人は、警戒した面持ちで変わらず立っているが少しばかり顔色が悪い。赤毛の子は今にも倒れそうで足元がふらついている。
事情も分からない上に疲れた身体で反抗しても仕方がないので、ひとまず大人しくローブの人たちに従うことに決めた。深いため息を一つ吐き出すと、気怠い身体に鞭を打ち魔法陣の外へと歩く。
(これから一体どうなるんだろう)
不安な思いをぎゅっと手のひらと一緒に握りしめ、ローブを着た彼らの案内に続いて扉を外へと歩みを進めた。