再会1
アンジェリカの手を掴んだままレイアは猛然と歩みを進める。上品で可愛らしい笑顔のまま突き進むその姿はなんとも迫力がある。
そんなレイアが真っ直ぐと向かうの先は、十人ほどの見目麗しい集団がいる場所だ。
(レイアさんの勢いがすごい……。あぁ、アンジェリカさんの目がどんどん虚になってきてるような気がするけど大丈夫かしら……)
抵抗を諦めてなされるがままのアンジェリカの目は本来の瑞々しい若草色ではなく、どんよりと曇ったような黄緑色だ。そんなアンジェリカの瞳が力なく小鳥へと向けられている。そこには彼女一人だけをレイアの生贄にするのは許さない、という意思が見える。
騎士団のいる場所までまだ少し距離はあったが、こちらの気配に気が付いたのか騎士の一人が振り返り、上官と思われる男性に何やら耳打ちをしている。
上官らしき男性は濃いめの金髪をさらりと揺らし振り返ると、蕩けるような笑みを浮かべた。
「可愛らしいお嬢さんたちじゃないか。いかがしましたか?俺らに何かご用でしょうか?」
彼の甘いオレンジ色の瞳がウインクを飛ばすと、レイアの頬が自身の瞳のような鮮やかな薔薇色に染まってゆく。彼女の周りには、目に見えないキラキラとしたエフェクトが見えるような気すらする。
そんなレイアの様子とは反対に、小鳥とアンジェリカの反応は冷ややかだ。二人とも騎士のその胡散臭い軽薄な振る舞いにドン引き状態である。甘い顔をした女好きそうな男の言葉にときめくは、ここにいる面子の中ではレイアだけだろう。
その軽薄そうな振る舞いに小鳥は出来るだけ平静を装ったが、もしかすると眉がピクリと動いてしまったかも知れない。
(うわ。これはまた面倒臭そうなタイプの人だな……。あー…、アンジェリカさんの顔がすごいことになってる)
アンジェリカを見ればあからさまに嫌そうな顔をしているが、レイアは全く気にしていない。彼女は目の前の騎士様に目が釘付けだ。
レイアが可愛らしく口を開こうとした時、それよりも早く騎士団に埋れていた少し影の薄い司祭が話し出した。
「お騒がせして申し訳ありません。皆様はこのような者たちと言葉を交わす必要はございません。ここは私で十分ですので、どうぞ皆様はお部屋にお戻りください」
バレンド司祭とは違うその司祭は、騎士団と小鳥たちとの間に割って入るような形で進み出た。司祭の言葉の端々から、この接触が好ましくないのであろうことは分かった。
小鳥とアンジェリカだけであれば、面倒ごとを避けるべく大人しくその場を引いただろう。
しかし、恋に恋するお年頃の乙女の勢いをそんな言葉で止めることは出来ないのである。
「あら?あなたに私の行動を止める権利はおありなのかしら?騎士団の方にきちんと名乗らず立ち去るような無礼な真似は聖女として出来ません。あなたが立ち去りなさい」
聖女というワードを出した時に司祭の口元がピクリと動いたような気がしたが、小鳥の見間違いか特に表情は崩さず司祭はレイアへ向き合う。
「彼らは神殿の者とは違う、粗暴な者たちです。皆様がお話しする相手ではあり――」
「あら?ごめんなさいね。私の言葉が聞こえなかったのかしら?私、あなたに立ち去りなさいと言ったのですけれど?」
上品な笑顔を浮かべてぴしゃりと言い放つその姿は貴族然としており、元のいた世界で高い地位であったということを如実に現している。
レイアの上位者としてのその態度に司祭が言葉を返せないでいるうちに、騎士団からも言葉がかけられる。
「司祭殿。我々も同じ国の者として国の大事な聖女様に挨拶すべきではないでしょうか。何も、無理やりどうこうしようという訳ではありません。司祭殿はどうぞ、執務室へお戻りください。後ほどそちらに伺います」
「……分かりました。くれぐれも無体な真似はしないように。危害を加えたり、何かを唆したりした場合は正式に神殿から抗議致しますよ」
司祭はその場を離れることに難色を示したものの、乙女の勢いを邪魔されたレイアに見事に追い返されたのだった。
「改めまして。俺は騎士団で副団長を務めているダニエル・フォン・ハイラインと申します。このような場所で素敵なお嬢さん方に会えて幸運でした。以後、お見知りおきを」
そう挨拶するとするりとレイアの手を取り、その甲に口付けをする。貴族として当たり前の挨拶なのだろうが、映画などでしか見たことがないその行為に小鳥は目を丸くする。レイアはうっとりとした目はしているものの、その行為自体には慣れた様子である。
「私はレイア・ディー・フィールと申します。つい先日、こちらに聖女として呼ばれましたの。これから騎士団とも協力することがあるかも知れません。私たちと騎士団で密に連携を取れるようにしたいですわね」
「ええ。我々としても聖女様や神殿と連携を取っていけるよう、努力を惜しまないつもりです。ではレイア嬢、後ろのお二人の紹介をしていただいても?」
「もちろんですわ、ダニエル様。こちらにいるのがアンジェリカ。彼女は私と同じ聖女ですので、これからも顔を合わせることがあるでしょう。私と共に仲良くしてくださると嬉しいですわ」
レイアはぐいっとアンジェリカを引っ張り、横に立たせ紹介をする。アンジェリカは面倒臭そうな顔を隠しもせず黙って立っている。どうやらこの軽薄そうな副団長がよほど気に入らないらしい。
そして、レイアはくるりと反対側の小鳥へと振り向く。どうやら小鳥の紹介もレイアがやるようだ。こちらを向いた薔薇色の瞳に小鳥は何か嫌な予感を覚える。
「そしてこちらの彼女も聖女として私たちと同じく呼ばれた存在です。……ですが、とても残念なことにそれは失敗であったようで……。彼女も頑張っているけれど、魔力も属性もないようでは……。彼女も召喚を失敗した神殿も悪くはないのです。あまり責めないであげてくださいね」
同情したような悲しげな笑顔をダニエルへと向け、小鳥に口を開く暇を与えずにそのように紹介を終える。
どうやら、小鳥の名前すら伝える気がないようだ。小鳥は気付かれないようにこっそりとため息を吐く。
そのような扱いは癪だが、実際小鳥は無力であるし騎士団と連携を取ることもない可能性が高いため、そのまま黙っていることにした。
そんな時。
「その子の名前は?」
ふと、どこか聞き覚えのある声が小鳥の耳に届く。月と星に照らされた夜に良く合う甘い声。
小鳥がその声に思わず顔を上げると、背の高い騎士団の集団の奥から一人の男性が歩み出てきた。