聖女のウワサ3
午後からは温室で薬草の採取だ。
アンジェリカと小鳥は定刻より少し早めに温室へと入った。昨日は満足に温室内を見て回れなかった小鳥は、教員が来るまでの間ゆっくりと薬草を見てゆく。改めて見る温室の植物たちは初めて見る物ばかりで瞳を輝かせる。
「すごく良い香り!お茶にしたら美味しそうです」
「本当だ。これは良い香りだね。この薬草は私も初めて見たな…」
「これは回復薬を作る時に使うんでしょうか?そして私は回復薬を無事作れるのでしょうか…。魔力を使わないで作る回復薬とかがあればいいのですが……」
「うーん。そうだねぇ…。私が知る回復薬では魔力は必須かな。平民の薬師が作る薬も魔力を込めて作るんだよね。小鳥ちゃんは薬を作ることよりも、素材についての知識を増やす方向で学んでもいいんじゃないかな」
今現在魔力0且つ、近々魔力を得られる予定もないためアンジェリカのアドバイスをしっかりと受け止める。何かしらの役に立っておかないと小鳥の立場が危うい。異世界下働きコースは避けたいのだ。
「なんで私なんかが聖女として召喚されてしまったのか分からないです。アンジェリカさんとレイアさんが召喚されたのは理解出来るんですけど…」
正直あまり好きではないが、レイアは聖女に必須らしい光属性が強く、加えて火の属性も持っている。見目も聖女と呼ばれるにふさわしい愛らしさだ。
アンジェリカも光属性を持ち、他にも木、風と多属性持ちで、さらに武の才もあるらしい。二人ともそれぞれに有能なのだ。
エメラルドグリーンの瞳の彼には小鳥の身体に魔力の通り道があると言われたが、実際に今魔力がある訳ではない。小鳥だけが何もない状態で呼ばれてしまった。
「それなんだけどね。召喚された時の魔術の術式から多数の条件付けが見えたんだ。私はあまり魔術に詳しくないから、全てが分かった訳ではないけどね」
「条件付けですか……?」
「ああ。魔力量とか属性とかね。それらの条件をその身に持っていないとあの陣をくぐれないし、そもそもあの召喚の転移に耐えられないと思うんだ。だから小鳥ちゃんが魔力も属性も持っていないのが、どうにも不思議なんだ」
ううーん、と唸りながらアンジェリカは腕を組み考え込む。召喚されたのなら小鳥にもそこそこの力があるはずとアンジェリカは考えるが、その身の魔力は空っぽだ。
エメラルドグリーンの瞳の彼が話したことをアンジェリカに伝えようか、と小鳥が口を開くより早くふわふわとした薔薇色の髪を揺らした少女が勢いよく現れた。
「聞きまして!今いらしてる騎士団の方の中に団長さんがいらっしゃるんですって!爵位をお持ちで独身で見目麗しい方らしいですわ!!」
頬を薔薇色に染めながら興奮した様子で麗しの騎士様について語り出す。レイアの赤い瞳はキラキラと輝いている。まだその姿を実際に見てもいないのにマシンガントークは止まることがない。
「年頃の女の子はそう言う話が好きだよね…。まぁ、騎士団の面々が見目麗しいってのは噂話で良く聞くし、実際それは本当だったからね。私は騎士団自体には興味があるが、男の面に興味はない」
「まあ!!アンジェリカさんは騎士団の方をご覧になったの!?いつ?どちらにいらしたのかしら??」
恋に恋するお年頃の女の子の勢いはすごい。アンジェリカがタジタジになるほどの勢いで質問攻めにしている。爵位を持つイケメンの騎士様は相当に魅力的なようだ。
アンジェリカは昨日騎士団を遠目から見かけた話をする。聞いているレイアの乙女のボルテージはさらに上がっていく。
「お待たせして申し訳ありません。午後の講義を始めましょう」
ヒートアップしたレイアをどう鎮めようか考え始めた頃、ちょうどいいタイミングで講師役の男性が温室に入って来た。アンジェリカと小鳥は救世主の登場にほっと胸を撫で下ろした。
講師は使う頻度の高い薬草を中心に教えてゆく。その薬草の持つ効能やどのような薬に使われるか、薬草の組み合わせの禁忌などを分かりやすく教えてくれる。
そのままの薬草を組み合わせただけでは無害であっても、魔力を使って薬草同士を練り上げるとどうしても組み合わせの禁忌は出てしまうらしい。
小鳥はメモをしながら真剣に薬草について学んでゆく。時折手を上げ薬草について質問をすると講師は嬉しそうに教えてくれる。
小鳥がメモを書いているとすっとレイアの手が上がる。興味がなさそうにしていたが質問があるのだろうか。
「お聞きしたいのですけど、こちらの神殿には私やアンジェリカさん以外にも聖女と呼ばれる方がいるのですよね?薬の調合などの雑務はそちらの方たちに任せた方が良いのではないかしら?」
(レイアさんの中では聖女の範囲に私は入っていないんだね。知ってたけど)
「はい。神殿には数名の聖女がおります。しかし、こちらの聖女様方とは御力の強さが違うのです。高品質な回復薬や難しい物は彼女たちでは作ることが出来ないのです」
「巫女と呼ばれる人たちもいると聞いたのですが、違いはあるのですか?」
小鳥は昼食の時に聞いた噂話に出てきた巫女の存在が気になっていたのだ。聖女と巫女は同じような括りのようだが違いが分からない。
「ええ、巫女もおります。きっと他の講義で教えられるとは思うのですが、疑問はその場で解決した方が良いでしょう」
そう言うと講師はこの神殿にいる小鳥たち以外の聖女と巫女について教えてくれた。
聖女とは穢れを祓い清める存在であり、必ず清めるための光の属性を持つのだそうだ。穢れの強さによって、浄化に必要な光属性の力が変わる。そのためより大きな光の力を持つ聖女は貴重なのだ。
巫女は聖女ほどの力はない者のことだ。穢れを根本的に清めるだけの力はないが、一時的に穢れの瘴気を少しだけ祓うことが出来る。
瘴石と呼ばれる物から瘴気が発生する現象をひとまとめにして穢れと呼ぶらしい。この無数にある穢れを浄化するために小鳥たちが召喚されたのだ。神殿にいる他の聖女たちでは小さな穢れを浄化するので精一杯な上、年々聖女自体が減っているらしい。
そんな話を聞いているうちに講義の終わり告げる鐘が鳴った。
(今の私の状態って聖女どころか巫女にすら届いてないんじゃ……?本格的に何か強みを見つけないとだわ)
小鳥が真剣な様子で悩んでいるのを尻目に、レイアは講義の前にしていた話をまた持ち出している。その話のお相手はもちろんアンジェリカだ。
「私の側仕えから聞いたのですけれど、なんでも団長さんが婚約者を探してらっしゃるらしいの!聖女という身分でも結婚は出来るみたいですし、高貴な聖女と騎士団長で結ばれればとても素晴らしいと思うのです!アンジェリカさんはどう思いまして?」
「あー。うん。そうだね、すごくお似合いだね」
アンジェリカは遠い目をしながら生返事を返している。恋するお年頃の乙女の勢いに完全な負けてしまっているようだ。そんなアンジェリカの様子など気にせずに、キラキラと薔薇色の瞳をさらに鮮やかに輝かせながら話は延々と続いてゆく。
噂をすればなんとやら。
ガラス張りの温室から見える庭園に騎士団らしき姿が現れた。司祭のローブを纏った男性となにやら話をしているようだ。
夢中で話をしていたレイアがその姿に一番に気付く。乙女のセンサーが発動したのか実に目敏い。
「あちらにいらっしゃるのは騎士団の方?私、挨拶しなくてはいけませんね!アンジェリカさんも聖女としてご一緒に参りましょう!!」
アンジェリカの答えも聞かずにグイグイと手を引いて扉へと向かう。華奢な身体のどこにそんな力があるのかと思うほどその姿は力強い。
「小鳥ちゃんも、行くよね?」
小鳥へ問うアンジェリカは笑顔だが目が全く笑っていない。乙女モードで暴走中のレイアへの生贄として、アンジェリカをつい先程まで捧げていた小鳥に拒否権はないようだ。