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ハズレ聖女は花開く!  作者: 茶々
第一章 カラス色の聖女
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星を落とす4

「――くしゅんっ」



 肌寒い夜風に当たっていたため、少々身体が冷えてしまったようだ。小鳥が小さくくしゃみをすると、彼はハッとした様子でこちらの服装に目を留める。


 淑女らしからぬ、薄い寝巻き一枚という格好だ。


 肩にかけていたはずのラベンダー色のショールは、小鳥と一緒に夜空へ舞ったため今はない。さて私のショールはどこに落ちたのだろうか、と視線を巡らせれば、近くの植栽にパサリと見覚えのある色が引っかかっている。

 小鳥が拾おうと踵を上げるより早く彼が動き出した。素早く植栽からショールを拾い上げ落ち葉を払うと、小鳥の方へと戻ってくる。

 腕にかけたショールを大きく広げると、背後からふわりと肩に掛けてくれた。


(紳士として当たり前の行動なんだろうけど!そういう文化で育ってこなかった私には刺激が強いよ……)


 ベランダから落ちて今に至るまで、彼の行動に小鳥の心臓は鼓動を早めてばかりいる。顔が綺麗な男性であることはもちろん、異性からここまで接触されたことはないのだ。

 高校時代に付き合った彼氏とすら、このような触れ合いはしなかった。


(昔、彼氏とキスした時よりよっぽどドキドキするわ…)


 高校時代の彼とは、手を繋いで触れ合うだけのキスをするような至極健全な仲であった。そしてその関係はいつの間にか消滅したが、特に残念とも思わなかった。その後はもう人付き合いに時間を掛ける余裕もなく、バイトと受験勉強三昧の日々であったからだ。



「失礼した。君の服装に気が回っていなかった」


「いえ、私もすっかり忘れていましたから。助けていただいてありがとうございました。そろそろお部屋に戻りますね」


「そうだね。少しずつ暖かくなってきたとはいえまだ冷える。早く部屋に戻った方が良いだろう」


 そう言うとすっと腕を差し出してきた。日本で生活していた小鳥には馴染みのない行動であるが、このような場面で差し出される腕となれば一つしかないであろう。


(これは……多分エスコートしてくれるって事でいいんだよね?こんな平凡な私をこんな綺麗な人が………)


「宿舎の入り口まで送ろう。こんな夜中に女性一人では良くないからね」


 どうぞ、と言われしばしの逡巡(しゅんじゅん)の後、おずおずとその腕へと手を伸ばす。


 そっと触れた小鳥の手から伝わる彼の温かな体温と、服の上からでは分からなかったしっかりと筋肉のついた腕。さらりとした上着の生地の質もなかなか良さそうだ。

 こちらにどのような階級があるかは分からないが、おそらく彼は貴族やそれに準ずるような高位の人なのではないか、と小鳥は考える。ミサにも高位と思われる服装の人たちがいたので、もしかしたら彼もこの神殿へ祈りに来た信徒の一人なのかも知れない。



(流石に高位と思われる人に身分を尋ねるのは気が引けるわ)


 そんな事を考えながら、月明かりに照らされたどこまでも静かな中庭を彼のエスコートで歩く。

 横に並ぶと随分と背が高い男性であることに改めて気がつく。彼の肩の高さに小鳥の頭がギリギリ届くくらいの高さで、きっと180cm以上あるのであろう。

 小鳥の歩幅に合わせて歩いてくれているその足は、どこぞのコレクションのモデルかと思うほどすらりと長い。


(こんな人と並んで歩くと私がいかに平凡なのか思い知らされるな。周りに人がいなくて良かった…)



「ここが入り口だね。本当は部屋まで送るべきなのだろうが…」


 神殿にある宿舎は基本的に2つに分かれている。男性用と女性用だ。各宿舎は異性の立ち入りを禁止しているため、彼が言い淀んだのだろう。


「いえ、こちらまでで十分です。部屋すぐ近くですし。ここまで送っていただいてありがとうございました」


「では僕はここで。おやすみ」


「はい。おやすみなさい」


 エメラルドグリーンの瞳を見つめながら就寝の挨拶をする。初対面の男性にこのような挨拶をするとはなんとも変な気分だ。

 そしてきっともう会う機会もないのだろうと思うと、小鳥は少しだけ寂しさを感じてしまった。

 彼と過ごしたのはほんの僅かな時間であったが、随分と親切にしてもらったからだろうか。どきりとする触れ方をされたりもしたが、その行為に下心はなく小鳥を不安にさせることはなかった。



(ここまで親切にしてもらったのに私の名前さえ伝えてない…!)


「――あの!」


 宿舎の扉に掛けていた手を解き振り返るとそこにはもう、エメラルドグリーンの瞳も柔らかに揺れる黒緑色の髪もなかった。




 翌日、召喚された三人は回復薬についての講義を受けていた。どのような薬草があり、どのような効能があるかについてである。魔力のない小鳥はいきなり回復薬を作ったりはしないようでほっとしていた。


(昨日の彼は一体誰だったんだろうな…)


 昨夜色々とあった小鳥は寝不足気味である。少しだけぼーっとした頭でそんなのことを考えながら、講義の内容を紙に書き写していく。

 薬草学の教本はもちろんあるが、やはり自分の手で書きまとめた方が覚えられるのだ。日本の教育で培われたノートへのまとめ方がここで活きてきた。


「薬草は神殿の森にも生えている物ばかりですが、温室や畑で栽培しておりますので、皆様が森は入られることはないでしょう。最初は学習のために温室で薬草を採っていただきますが、それ以降はこちらで全てご用意致します」


 どうやら基本的に勝手に素材を用意してくれて、聖女である我々はただ回復薬を作るだけでいいらしい。魔力がなく、回復薬が作れない可能性が非常に高い小鳥にはピンチである。回復薬を作る時間を他のことをする時間に変えてもらおうと心の中で決意した。


「回復薬の作り方についてはまた後日といたします。午後からは温室へとご案内致しますので、実際の薬草をご覧になってください。その際に何種類か採取していただこうと思っております」


「質問よろしいかしら?それは側仕えの者ではなく私がやらなくてはいけないことなのでしょうか?」


 薔薇色の髪をふわりと揺らしながら、レイアがそんな質問の体をしたクレームを口にする。彼女の白魚のような手が、荒れたり傷付きそうなことは避けたいらしい。


「いえいえ!聖女様方にご見学いただくだけでも十分ですのでご安心ください。もしご興味がおありでしたら採取を、と思いまして……」


 その回答にレイアが満足そうに笑うとチラリと小鳥を見遣る。


「そうでしたらきっと小鳥さんがやってくださると思うの。適材適所と言うでしょう?私は聖女として回復薬を作ったりしなくてはいけないけれど小鳥さんは……ねぇ?」


 可愛らしい微笑みの向こう側には微かな(さげす)みの感情が見える。やはり小鳥のことはあまり好ましくないようだ。

 魔力がなくても出来る手伝いは率先してやるつもりではあるが、ここまで言われるとその気持ちも萎えてしまう。


(アンジェリカさんのお手伝いだけ頑張ろう)


 小鳥がその思いを固めた頃、昼食の時間を告げる鐘の音が響いた。




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