星を落とす3
目の前の美しい男性からじっと見つめられている。
普段であれば赤面してしまいそうな状況だが、小鳥は顔色を悪くするばかりだ。何せ、彼がどのような反応をするのか全く見当がつかないのだから。
しばしの沈黙の後、彼はおもむろに口を開いた。
「魔力が全くないということはないと思うよ。ただ綺麗なだけの歌声で星を呼ぶことは出来ないはずだ」
(へ………?それだけ?他に言及しないの……??)
どんな反応が返ってくるのかと顔を強張らせて待っていたが、それは拍子抜けするほどあっさりしたものだった。小鳥に何かをする気はない様子に静かに胸を撫で下ろす。
しかし安心したのも束の間、彼は一歩小鳥へと近づいて来た。
「だが、何かがおかしい」
「――っ!?」
小鳥の頭にするりと彼の長い指を這わせると、緩くウェーブした黒髪を絡め取ってゆく。耳の近くを通り髪を掬ってゆく彼の指の感覚に、ぞわりとして身を竦ませてしまう。
さらりさらりと何度も髪を手に取ってゆく。小鳥の柔らかな黒髪が彼の白い手に良く映える。
彼は何かを確かめるかのように真剣だが、為されるがまま髪を梳かれている小鳥は冷静ではいられない。
小鳥が気恥ずかしさのピークを迎えた頃、ようやく解放された。その頃にはもう何も言えないほどいっぱいいっぱいの状態であった。
(やっと終わった…………。恥ずかしすぎて無理………)
赤面しつつもようやく終わった羞恥プレイに安堵した。彼は何やら確かめたかったようだが、その確認がどうやら終わったらしい。そして今度はまた考えるような仕草に戻っている。彼の中の疑問はまだ解決していないでいるようだ。
「あの………?」
「君は不思議だね。髪も瞳も漆黒のはずなのに」
彼のエメラルドグリーンの瞳にじっと見つめられると、小鳥は魔法にかかったようにピタリと動けなくなった。全てを見透かすようなその色に目が離せない。
一度離された手が再び小鳥へと伸ばされる。また髪を触られるのかと思ったが、今度は頬に手を添えられた。大きな両手ですっぽりと小鳥の頬を包み込む。夜風に晒され冷えた頬に、彼の手は温かくひどく心地の良い体温であった。
小鳥の黒い瞳を深く覗き込むようにゆっくりと近づいて来た。彼の髪の毛が小鳥にかかるほどの距離に小鳥の心臓は一際大きく飛び跳ねた。
どのくらい時間が経っただろうか。小鳥が息を呑み微動だにせず立ち尽くしていると、頬に添えられた手が外された。再び夜風に晒された頬は妙に冷たく感じられる。
「よく分からないが何かを隠されているようだね。夜の系譜の気配が僅かだが感じられる」
「隠されている?それは一体どういうことなのでしょうか?」
「薄いヴェールに包まれているかのようで、残念ながら僕にも分からない。だが、君を害するものではないはずだよ」
隠されているとは一体何なのだろうか。ぐるぐると考えているとき、ふとあることを思い出す。
遠い遠い夢か現か分からないとある記憶。
あの短い記憶の中、誰かが隠すと言っていたはずだ。それで小鳥の何かを隠しているのだろうか。不確かな記憶を人に伝えることに不安はあったが、ここまできたら何かの縁だ。意を決して彼にその記憶のことを伝えた。
「なるほど。そのような事があったのだね。であれば、やはり何か理由があって夜の系譜から守護を受けている状態なのだろう」
優しく小鳥の手を取ると言葉を続ける。
「魔力は確かに感じられない。しかし、魔力の通り道はきちんと出来ている。本来であればそれなりの魔力を持っていたはずだ」
「え?私にも魔力があるのですか?」
まさかの言葉に小鳥は瞳を瞬かせる。
昼間に魔力や魔術属性を確かめられたばかりだ。その時は誰が見ても魔力がないことが分かる状態であったし、バレンド司祭にもそのお墨付きをもらった。
それなのに魔力があると言うではないか。
彼のエメラルドグリーンの瞳には、小鳥や司祭には見えない何かが見えているのだろうか。
「そのはずだよ。でも今はその、守護が解かれる様子はないから気長に待つしかないだろうね」
わくわくとした気持ちであったが、その言葉にがっくりと肩を落とす。小鳥にもマジカルな力があるかも知れないのに、それを発現させる手立てがないらしい。
そもそも、守護とは一体何なのか、誰がどのような思惑で守護をかけたのか。小鳥の中に疑問が増えていくばかりである。
「その守護に覆われていても君の歌は星に届いたのだね。もしかすると精霊の……」
それで言葉を切るとじっと小鳥を見つめる。
「いや、何でもない…。先ほど歌っていた歌はあまり馴染みのないものだったけれど、君は他国から来たのかい?」
「はい。私はここではない国の出身で、歌はその国のものです。何となくその歌が急に歌いたくなってベランダで歌っていたんです。その結果大変なご迷惑をお掛けしましたが……」
異世界から来たということは隠して答える。ここフィルフューイメアという国ではない、日本から来たのだ。異国から来たことは紛れもない事実である。
「気にしなくていい。けれど危ないから少し周りに気をつけた方がいいね」
(まったくもっておっしゃる通りでございます)
小鳥に反論の余地はない。もしもあのまま石畳に叩きつけられていたら、大変なことになっていただろう。
「それと君の歌声は無意識であっても星を呼べるほどだ。あまり他人に知られない方がいいだろう」
「それはこの神殿の人たちにも言わない方が良いということですか?」
「そうだね。今の無力な状態では知らせない方が良いだろう。その星も隠していた方が良い」
そう言うと緩く握った小鳥の手のひらへと視線を向けられた。
小鳥としては魔力がない分、歌でも何でも他のことが出来ればと思っていたが秘匿すべきらしい。そんな助言を言う彼から悪意は感じられないため素直に従うことにする。
(正直この星のことは私の力だとは思えないんだけどなぁ。本当にたまたま歌ってたタイミングでだっただけで……)
「分かりました。なるべく隠す方向にします。あとこれ、お礼です。よかったらお一つどうぞ」
大きい方の星を彼に差し出す。
助けてもらった上に色々と助言をもらったのだから、お礼をするのは当然だ。それにこんなに綺麗な星を手元に置いていても、魔力のない小鳥には使い道が分からない。
「星は貴重なものだ。それは君が大切に持っておくべきだよ。なるべくいつも持ち歩くようにした方が良いだろう」
「でもお礼に渡せるものがこの星くらいしかなくて……」
「では、また今度会う機会があれば君の歌を聞かせてくれるかい?」
「それくらいで良いなら私は構いませんが、お礼として不足な気がします…」
「精霊をも魅了する歌声は十分に価値がある。そうだね、もしいざという時があれば歌ってみるといい。誰かが手を貸してくれるかも知れないよ」
「こんな歌でも価値があると言ってもらえて嬉しいです。それに精霊という存在に気に入ってもらえるのならなんだか心強いです!」
(精霊はこの世界にいるんだ。星が落ちてくるくらいだから他にもファンタジーなことがあるんだろうな。ユニコーンとかドラゴンとかもここには存在するのかしら?)
何もないと思っていた小鳥の心に、ひとつの希望が宿った。今すぐ魔力をどうこうする事は出来ないが、歌を歌う事くらいならばすぐに出来る。
いざと言う時が来ないで欲しいとは思うものの、急に異世界に召喚されるほど何が起こるか分からないのが人生だ。
小鳥は星を乗せた手のひらをぎゅっと握りしめ、その手をそっと胸に当てる。
無力ではないと言われた自分の可能性を少し信じてみたくなった。