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ハズレ聖女は花開く!  作者: 茶々
第一章 カラス色の聖女
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温室

 ――コツリ コツリ



 礼拝堂から続く回廊に小鳥たちの足音が響く。


 ミサを無事に終え、先程通った道を戻るように歩みを進めている。他の参拝者の帰り道はばらばらのようで、小鳥たちと同じ方向へ進む人はいない。



「小鳥ちゃんは歌が上手なんだね。驚かされたよ。透き通るような素晴らしい歌声だった」


 艶やかなこげ茶色の髪を揺らしながら、アンジェリカは小鳥へと視線を向ける。明るい若草色の瞳はどこか嬉しそうな笑みを浮かべている。


「ありがとうございます。魔力がない分、歌でどうこう出来たらよかったんですが……」


 小鳥が苦笑しながらそう答えると、後方からリサの声が飛んできた。


「小鳥様の歌声はきっと特別なものです。神々に祝福されたようなお声ですから。もしかすると、魔力がなくとも式典で歌うことが出来るかもしれません」


「確かに。神の祝福がある、と言われても信じてしまうかも知れないね。歌声も一つの武器には違いないのだから、聖歌に力を入れてもいいかもしれないね」


(もしかして、アンジェリカさんは私が魔力も属性もないことを心配してくれているのかな?)


 この世界の人々は皆、自身の身体に魔力と魔術の属性を持っている。

 突然見知らぬ場所に召喚されたうえに、何もその身に宿していない小鳥は特別異質なのだ。そんな小鳥の身を案じてくれたのだろう。


「そうですね。聖歌だけでもきちんと歌えるようにしっかり練習します!魔力がなくても捨てられないように色々と頑張りたいと思います!」


「おや。こんな可愛い子が捨てられていたら、私が拾ってしまうだろうね」


 涼しい流し目でこちらを見ながら、アンジェリカは(つや)やかな笑みを浮かべる。さらりと言われた言葉に、冗談だと分かっているのに僅かにどきりと胸が跳ねる。


(女同士の会話とはいえこんな言葉を言われるとは。アンジェリカさんが女性でよかったわ……)


 少しばかり鼓動が早くなった胸を押さえつつ、それを誤魔化すように他の話題へと話を変える。


「そういえばレイアさんはどうしているでしょうか?先ほどのミサでは見かけなかったですよね」


「そういえばあの子はいなかったね。昨日から色々とあったし、自室で休んでいるんじゃないかな。私もこれから夕食までは、少し休ませてもらおうと思っているよ」


「本当に色々ありましたもんね…。私は少しお散歩してきます。あそこに見える温室の中を見てみようと思っているんです」


「もう日も傾いてるし、あんまり遅くならないようにね。それじゃあ私はこちらだから。また明日ね、小鳥ちゃん」


「はい!また明日」


 アンジェリカはひらりと手を振ると小鳥に別れを告げる。小鳥は手を振り返しながら、さらさらと長い髪が揺れるその後ろ姿を見送った。



 アンジェリカと分かれた後、リサに温室へと続く道がある扉まで案内してもらう。木製のその扉を開けてもらえば、花の香りを乗せた爽やかな風がふわりと小鳥の髪を巻き上げた。

 温室へと続く道は、花々が咲き誇る庭を横断するかのように敷かれている。道の脇の植栽はよく整えられ、青々とその葉を輝かせている。


「こちらの道に沿って進んで行けば温室に向かえます。本当にお一人で大丈夫でしょうか?」


「はい。温室も見えてるし大丈夫です。部屋までの帰り道も覚えましたから帰りも問題ありません」


「分かりました。では、私は先に戻って文字を覚えるための教材を用意してお帰りをお待ちしていますね」



 リサに見送られ、温室へ続く道へと足を踏み出す。夕陽に照らされた草花が、柔らかなオレンジ色に徐々に染まってゆく。

 温室へ向けてさらに歩みを進めると、野菜などを育てている畑の区域へとたどり着く。


「あ、ここで育ててる野菜とスープに入ってた野菜同じだ。出来るだけ自給自足で生活してる感じかな?」


 目の前に広がる畑には、大きな花のようにこんもりと葉を広げたキャベツやぷっくりと身の詰まったサヤエンドウなど、食べ頃の野菜たちが育っている。

 少し遠くの畑では、小さな緑色の芽がポツポツと生えているのが見える。次の季節には豊かな実りとなるのだろう。


 野菜畑のその先、ハーブが植えられている区画まで辿り着くと温室はもうすぐ目の前だ。ガラスで出来た温室は、夕陽を反射しオレンジ色に輝いている。

 入り口近くまで進み辺りを見渡してみる。こんな時間だからだろうか、温室の周りには人影がない。


「リサは私が入っても大丈夫って言っていたものね」


 少しばかり躊躇(ちゅうちょ)しながら入り口の扉に手を掛けると、ゆっくりと静かに開いてゆく。薄く開いた扉の隙間からは暖かな空気が溢れ出てきた。

 扉を開き切るとそこには青々と茂った植物が辺り一面に広がっていた。大きく息を吸い込めば、ハーブのような爽やかな香りが身体いっぱいに染み渡る。


「すごい!こんなに沢山育てているんだ。ここに生えてるのは全部薬草なのかな?見た目も香りもハーブの仲間みたいに感じる……」


 小鳥は花壇向かってしゃがみ込むと、近くに植っている薬草らしき草に手を伸ばす。くるくるした葉を持つそれは、小鳥の(すね)ほどの高さに育っておりローズマリーにも似た良い香りがしていた。

 他にも沢山の種類の植物が育てられており、今日だけで全てを見るには時間が足りなさそうだ。



「どなたかいらっしゃるのですか?」



 可愛らしい声が小鳥の耳へと届いた。その声に後ろを振り返れば、見知った顔の一人の少女が立っていた。

 薔薇色のウェーブがかかった肩までの長さの髪、そして髪と同じ色の赤い瞳を持つレイアだ。


「こんにちは。レイアさんも温室に来ていたんですね」


「ええ。側仕えの者から温室が美しいと聞きましたので。あなたは小鳥さんとおっしゃったかしら?」


 小鳥がその問いを肯定すると、レイアはどこか冷めたような薄い笑みを浮かべた。


「今度ここの薬草を使って、回復薬を作る練習をすると伺いましたわ。でも、魔力がない人でも作れるのかしら?私とっても心配ですの。聖女なのにそんなことも出来ないのか、と周りの者に言われてしまうかもと思うと……」


 レイアの冷えた目の笑顔から、こちらを案ずる気持ちが全くないことが分かる。同じ笑顔であっても、小鳥を気遣ってくれるアンジェリカとは対照的だ。


(あれ?もしやレイアさんって“そういう”タイプの子?)


「回復薬作りがあることは知りませんでした。魔力がなくても出来るといいんですが、どうでしょうね」


 あははと乾いた笑いを浮かべつつ一歩引いた態度で答える小鳥を気にする様子もなく、にこやかな表情のままレイアはその場に立っている。無能な小鳥のことを完全に下に見ている内心が、大きな薔薇色の瞳から透けて見える。


「回復薬が作れなくても気に病まないでくださいね。私が聖女としてきちんとお役目を果たしますから。もし手持ち無沙汰になってしまったら、私のお手伝いをしてくださってもいいわ」


 小鳥は曖昧に笑って答えを濁す。出来れば馬の泡なさそうなレイアの手伝いをすることは避けたい。もし手伝うのであれば、アンジェリカの方を手伝いたいのだ。


「あー、そろそろ私は部屋に戻りますね。あんまり遅いとリサが心配しますので」


「あら?来たばかりですのに。もう帰ってしまわれるのですね。もっとお話ししたかったのに残念です。明日また会えることを楽しみにしておりますわ」


「ええ。では、また明日」


 本当は小鳥ももっと温室を見たかったが、思いがけない出会いがあったのだから仕方がない。今日はこれ以上レイアと関わると良くないだろう。

 小鳥は来たばかりの温室に後ろ髪を引かれつつ、出口を目指して歩き出した。



 帰路に着くと小鳥は先ほどのレイアの態度を思い出す。小鳥はどうやら友達にはなれなさそうだ、と小さくため息を漏らす。


(召喚された者同士仲良く出来たらよかったんだけど、こうも下に見られるようでは難しいだろうなぁ。アンジェリカさんだけが救いだわ…)


 少し低くなった夕陽を眺めながら、二度目のため息を吐いた。



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