3日目《後半》
「リーリアちゃん!!」
「クミンおばさん」
フィードの家に着き、玄関を開けた先で待ち構えていた彼の母親、クミンにリーリアは力一杯抱き締められた。
「あぁ、リーリアちゃん、なんでこんな事に……プラナ達に顔向け出来ないよ……」
「なに言ってるの、クミンおばさん。呪いはおばさんのせいじゃないし、おおばさんは私の事とっても気に掛けてくれたじゃない。母さん達も感謝しかない筈よ」
滝の様に涙を流して代わってやりたいと繰り返すクミンを慰めて落ち着かせ、フィードと二人いつもの東屋へとやって来たリーリアは、フィードの目の下に濃い隈がある事に気が付いた。
「寝てないの?」
「……いや、まぁ。少し気になる事があってな」
歯切れの悪いフィードの言葉にリーリアの眉間に皺が寄る。
「もしかして私の呪いについて調べてて寝てないとかじゃないよね?」
「違う。別の事だ」
「……」
即座に否定するのがまた怪しい、とジト目で見つめても口を割るつもりは無いらしいフィードにリーリアは溜め息をついて諦めた。
元々口数が多い方ではない二人は、今までは会話が途切れて沈黙が落ちても、別にその時間を苦だと思った事もなかった。
けれど今日に限っては、時々訪れる沈黙が重い。
お互いに呪いについては話題に出さず、あくまでも"何時もと同じような時間"を取り繕ってやり過ごす。
そうして何度目かの沈黙の後、とうとうフィードが意を決した表情でその話題に触れた。
「……いいのか?」
「なにが?」
「好きな奴がいるんだろう? ソイツに告白しないで、このまま終わっていいのか? 本当に、最後に見るのが俺の顔でいいのか?」
「いいのよ」
「……お前らしくもない」
「え?」
「何時ものお前なら、後先考えずに突進するだろう。それがどれ程高く、分厚い壁であったとしても、必ず越えて見せるって突っ走る」
「それは……」
確かに、深く考えるのが少し苦手なリーリアは『考えるより動け』を信条にしてきた。
けれど、流石に今回の件に関してだけはそれは出来そうもなかった。
自分一人の問題ならいざ知らず、確実に巻き込んでしまう人物が目の前に居て、しかもそれはリーリアが彼の事を好きだからという、これまたリーリア個人の、なんとも身勝手な理由から来るものだからだ。
それにリーリアは、告白はしないと昨日決めたのだ。
決めたからには守るのもまた、リーリアの信条であった。
「今回は、ほら、ね。流石にそこまで考えなしになれないよ」
「そうか……」
苦笑しながら言ったリーリアにフィードの眉間の皺が僅かに深くなった。
そして、それなら、と次の問いを口にする。
「お前の好きな相手は誰なんだ?」
「……またそれ? どうしてそんなに知りたいの?」
思わず真顔になってしまったリーリアにフィードは気付かない。
「大切な幼馴染を失うんだ。一発くらい殴ってもいいと思うんだが」
「ダメだよ」
それではフィードは自分で自分を殴らないといけない。まぁ、魔術師のフィードの力など高が知れているけれど。
間髪いれずに返ってきた否定の言葉。
フィードの眉間の皺が更に深くなった。
「そんなにソイツが大切か……」
「そうだね」
大切だ。だから、自分の命がかかったこんな時になっても気持ちを伝える事が出来ないのだ。
「なぜ……」
「うん?」
ポツリと、フィードが小さく呟く。
聞き返したリーリアを見返す彼の瞳には、緊張と、不安と、期待と、確かな熱が宿っていた。
「なぜ、俺じゃダメなんだ?」
「……え?」
ゴーン、と正午を告げる鐘が鳴る。
「俺なら、どんなお前でも愛するのに……」
「フィード?」
「素のお前を愛して、一生大切にしてやれるのに……」
ゴーン、ゴーンと一定の感覚で鳴る鐘の音が嫌に大きく聞こえるのに、囁く様なフィードの声はきちんとリーリアに届いた。
「どうして……俺は、こんなにもお前を愛しているのに」
「……」
それは正しく愛の告白だった。
何よりも切実な声音で告げられた、フィードの嘘偽りない心だった。
ゴーン、と鐘が鳴る。
「フィード、私は……私の好きな人は、」
そうして、3日目の12時に呪いは解かれたのだった。
これで本編は完結になります。
あと2、3話ほど番外編を載せるつもりですので、もう暫くお付き合いください。